第146話 熟練度カンストの推測者

 すうっと目を細めたアムリタだったのだが、パッと目を見開いて笑い出した。


「もう、あんた何言ってるのよ! 私は私。召喚師ってなに? どうして私が?」


「メタ発言をするとだな。俺はジ・アライメント時代にお前のパーティが戦っているボスを横殴りして経験点をむしりとった記憶がある」


「ああああああんただったのね!? マナーってもんがあるでしょぉぉぉ!」


「馬脚を現したな」


「ハッ!?」


 一瞬のやり取りであった。

 スラッジはもちろん、サマラもアンブロシアも、最も聡明であろうローザもポカーンとしている。


 どういう意味があるやり取りだったのかを理解できないのだろう。

 これはつまり、こうだ。


 俺がかつて遊んでいたオンラインゲーム、ジ・アライメント。

 このゲームはオープンワールドで、読み込みなし、シームレスにフィールドから戦闘へと切り替わる。


 この際、モンスターと戦闘していても、別のプレイヤーが割り込んできて戦闘を行なう事ができるのだ。

 モンスターを倒した際に得られる経験点は、戦闘における貢献ポイントというもので換算される。支援職についている連中は、仲間を支援することが戦闘への貢献とみなされるわけだな。


 ちなみに俺は、基本ソロだった。

 アルフォンスと別れた後の話だ。


 アホほど剣術スキルを高めていた俺は、相手との軸をずらした安全地帯(通称安地)の見極めをマスターしたり、通りすがりに横殴りして敵の体力をごっそり削ったりしつつ、日々を過ごしていたのだ。


 俺は強いプレイヤーであったので、ギルド戦ではよく呼ばれたが、それ以外では辻横殴りのユーマとして、蛇蝎の如く嫌われていたのである。

 そんな訳で、俺は召喚師に対して嘘など言っていない。


「きぃぃ! ありえないわよ! あんたみたいなプレイマナーがなってない奴が、なんでそんなハーレムみたいな状況になってるわけ!? しかもバカみたいに強いし!」


「うむ。何故こうなったのかは俺にもわからん。だが強いのは努力の結果だな。わざわざトイレに行くような軟弱な輩に負けるはずが無い」


「わけわかんないわよ!! さてはあんたが辻横殴りハイエナのユーマね!? あー、むかつく! むかつく! なんで、私がこうして玉の輿になろうってチャンスにやってくるのがあんたなんだか……ハッ」


 そこでアムリタは目を見開いて、わなわなと震えた。


「わ、分かったわよ。あんた、そこの可愛い王子もハーレムに加えてこの国に君臨するつもりでしょ!? このショタコン! 気持ちはとっても分かるけれど、私のサクセスストーリーすら横殴りされたんじゃ堪ったもんじゃないのよ!」


「ショタコンとは失敬な」


「あんたそっちを気にすんの!? ずれてるわ! でもおあいにく様! この娘は、魂のレベルで私がバッチリ掌握してるの。ローヒトがソハンの家に来たときに、私も同行してこいつに憑依しておいたのよ。だから、私はこの娘を殺さない限り絶対に倒せない」


 アムリタの顔で、奴はニヤッと笑った。


「やめろ! アムリタを返せ!」


 スラッジが必死の形相で叫ぶ。

 割とお前の心の支えみたいな娘だものな。俺にとってはツンツン暴力娘なのだが、彼にとっては掛け替えの無い婚約者なのだろう。


「おい召喚師、その娘を解放するんだ。この外道め」


「横殴りするあんたに言われたくないわよ!」


 じりじりと、アムリタが俺たちから距離を取ろうとする。

 会話の意味が分からないながら、サマラとアンブロシアが俺の意図を汲んで、この娘っこを包囲するように動く。

 すると、ちょっと離れたところで突然黄金の輝きが放たれる。


 あれは召喚の光だな。

 飛び出してくるのは、阿修羅みたいな怪物たちである。

 これには、河岸でボーっと俺たちを見ていた住人どもも腰を抜かす。


 悲鳴をあげて逃げ惑い始めた。

 この人ごみに、アムリタが飛び込む。


「アムリタ!」


 追いかけようとするスラッジだが、俺が後ろから止める。


「今追いかけたら、お前まで誘拐されるだろ。そうしたらあれだぞ、お前死ぬぞ」


「で、でもアムリタが……!!」


「アムリタの中には召喚師が取り付いてるようだ。でな。お前が生きている限り、あの小娘はお前に対する人質になるんだ。殺される事は無いだろう。召喚師が憑依してるようだし、あいつを無下に扱ったりもしないだろうよ」


 たぶんな。

 それは口にしない。

 だが、スラッジは少し落ち着いたようだった。


「ユーマは……」


 かすれた声で言う。


「ユーマは、何でも斬ることができるじゃないですか……。なら、アムリタの中にいる召喚師も斬って、助けてあげてよ……!!」


 スラッジは涙目で俺を見上げ、俺の胸板をどんどん叩いた。

 これが可愛い女の子だったら絵になるのだろうが、可愛い男の子なのだ。


 むむっ? 絵になるんじゃないだろうか。

 ローザが見かねて、


「これ、無理を言うものではない。実体も捉えられぬものを斬ることができるわけが……」


 言いながら、じっと俺を見た。


「ああ、貴様ならできるな」


「うむ、やれるな」


「えっ」


 スラッジが驚愕して顔をあげた。


「新しく作り出した技で、人の体の中の敵も斬れるはずだ。だが、そのためには召喚師の位置と体内に剣を出現させる感覚を掴まないといかん。要練習ということだな。それと……」


「ああ。あと二人が来たなら、目星もつくだろう。私がリュカとアリエルを呼ぶとしよう」


 ローザは頷くと、片膝をついて地面に手を当てた。


「いでよ、シャドウジャック」


 呟く。

 すると、ローザの目の前に真っ黒なつま先が出現した。

 それはくるぶし、すね、膝、腰と徐々に姿を現し、気が付くと真っ黒な男がそこに立っていた。


「これはなんだい」


「これが私に従う土の大精霊、シャドウジャックだ。アンブロシアやサマラの大精霊のような力は無いが、便利な奴でな。だが弱点があって、一日に一度しか呼べんのだ」


 説明するローザ。

 シャドウジャックはしばらくぼーっとしていたが、ハッと気が付いたようでローザの方向を向いた。


『お館様、いかがしますかな?』


「うわーっ、しゃべったあ」


 俺はびっくりした。

 サマラもアンブロシアも、「ひえーっ、精霊が!」とか「妙に声もダンディだし!」とか言って驚いている。

 ローザは当然、と言う顔をして、


「リュカとアリエルを呼んでくれ。大地の上にいれば、伝心の魔法を使えるだろう」


『御意に。彼の方々に言葉を伝えましょう』


 言うなり、シャドウジャックの姿が消えた。

 そのまま、少し時間が過ぎる。

 阿修羅どもがその間にこっちにやって来た。

 なので、


「サマラ、アンブロシア、やっつけろ」


「はーい!」


「あいよ!」


 うちの戦闘要員二人を向かわせた。

 炎の爆発と水が渦巻き、水蒸気がもうもうと上がる。

 住民と阿修羅の叫び声が響き、あっという間にこの辺りは地獄絵図である。


「あの、ユーマ、僕の国でもあるので、せめて穏便に……」


「あっ、そうだった。じゃあ俺が行って来る」


 スラッジの懇願を受けて、俺出撃。

 たったか走って水蒸気を斬る。真一文字に空間が開けて、視界が晴れ渡る。


 阿修羅が三に住民が七。

 うむ、これはひどい乱戦だったな。

 こんな状況に範囲を敵と住民諸共滅ぼすような巫女を二人いかせたのは間違いだった。


「サマラ、アンブロシア、そこまで。あとは俺がやる。アンブロシアは水を使ってアムリタを探してくれ。サマラは漏れてくる阿修羅がいたら倒して」


「大丈夫さ。もう水を向かわせてるよ」


 アンブロシアはさすがである。サマラよりはちょっとは頭が働くのだ。

 彼女は確か俺と同い年だから、年の功かな。

 そう思ったら、アンブロシアにわき腹を突かれた。


「ひえっ」


「失礼な事考えた顔してるよ! 後で聞くからね!」


 こいつもリュカみたいに鋭くなってきたな。

 俺は気を取り直して奥に進む。


 剣を抜いて、最初から戦闘モードだ。

 阿修羅どもが一斉に俺に振り返った。

 奴らの目に緊張が走る。


 なんだ、俺のことを知っているのか?

 今まで斬ってきた阿修羅と違って、慎重だな。


「ユーマ様が最初からやる気だからですよ。その気になったユーマ様なら、こんな雑魚はすぐに戦意をなくしちゃうのに、いつもギリギリまでやる気にならないんだから」


 サマラはヴルカンの群れをまといながらぶつぶつ。

 そうかなあ。割といつも平常心なんだがなあ。


 阿修羅たちは仕掛けてこない。

 それどころか、俺が踏み込むとその分だけ退く。

 隙間を抜けて、住民たちが必死に逃げていくので、これはこれでありだ。


 だが、どうも間合いが遠いな。

 飛び道具を投げてくる気配も無い。


 これでは時間稼ぎされてしまうではないか。

 そこで俺、ティンと来た。


「おお、練習すればいいんじゃないか。”ディメンジョン”」


 俺は言うなり、剣で空間を切り裂いて、異空間と繋げた。

 そして、阿修羅の腹の中をイメージしながら、大体の間合いを計ってさらに空間を斬る。


「ギャー!」


 阿修羅が悲鳴をあげた。

 肩から剣が突き出し、腕を一本斬り飛ばしたのだ。

 うむ、失敗。ちょっと位置が上過ぎた。

 アムリタをイメージして、あの小娘の体の中に最小限だけ出現させるには……。


「グエーッ」


 阿修羅の一体が五孔墳血して倒れた。

 いかん、これは脳みそをかき回したくさいぞ。これはアムリタが死ぬ。


「こうか」


「ギャエーッ」


「こうかな」


「グワワーッ!」


「ええい、ままよ」


「ギャピィー!」


 阿修羅がどんどん減っていく。

 遠距離から致命的な攻撃を繰り出してくる俺に、奴らは恐怖に駆られたらしい。

 何も出来ずにやられるならばと、俺に向かって飛び掛ってきた。

 これを俺は、


「縛りプレイでいくか。ディメンジョン縛りだ」


 連続攻撃を体捌きだけで回避しながら、ディメンジョンで相手の体内に剣を突き込む。

 今度は、剣が阿修羅の背中に突き出した。


 噴水のように血飛沫があがる。

 これは心臓を一突きできたらしい。


 徐々に狙いが正確になって来ている。

 要領は分かったぞ。


 俺は残る阿修羅を、最小限の攻撃で倒していく。

 大動脈辺りを切断したり、肺だけに穴を開けたり。

 そうやって、徐々に技の精密さを上げていく。


 そして最後の一匹である。

 それは、見た目に一切のダメージを受けていないというのに、目を見開いたままゆっくりと倒れていった。


 全く動かなくなる。

 痙攣も何も無い。


「うわー、出番無かったですよ。何をやったんですかユーマ様?」


「うむ。中枢神経を細かく寸断してやった」


 これで、ディメンジョンの総仕上げであろう。

 ミクロな攻撃にはかなりの自信がついた。

 後は、アムリタの体内のどこに召喚師が隠れているかなのだった。

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