第144話  熟練度カンストの登城者

 アウシュニヤの王都は広い。

 そりゃあもう、大変広い。


 というわけで、王城へ向かうには乗り物を使うことになるわけだ。

 それが、人力車。

 俺は驚いたね。


「明らかにインドとかアラブっぽいのに、なんでここだけ人力車……!?」


「聖なる動物である牛を鞭打って、車を引かせることなどできませんから。ならば、自由が効く人間が車を引くということで人力車が盛んなんです」


 一台に一人が乗り込み、走り出す。

 女子たちはまとめて、複数人が引く大きい車だ。


 後ろの方で、サマラとアンブロシアがはしゃぐ声が聞こえてくるな。

 あれっ、ローザが慣れぬ乗り物に悲鳴を上げている。


 基本的に人間が走る速度しか出ないのだが、こうして高いところで座りながらそれを体感すると、ずいぶん速い乗り物のような気もしてくる。

 粗末なものだが椅子にも座れるし、俺は馬やラクダよりも、人力車のほうが好きかもしれんなあ。


「お客さん、ソハン様の知り合いなのかい? 異国人なのにあの人につなぎを作るなんて、大したもんだなあ」


「うむ、まあ色々あってな」


 車夫が話しかけてきたので驚いた。

 とりあえず曖昧に返しておく。


「しかし運が無かったね。ここのところ、王国は次の王様を選ぶって言うんで物騒なんだよ。俺たち市民にはそこまで影響ないんだけど、王子たちがあまり素性のよくない連中を集めてるからね。この時期は、例え歴戦の兵士だって裏路地や人気がないところには近づかないよ」


「ははあ」


 まあ、その物騒な原因のうち半数を、俺たちが一日で仕留めてしまったわけだが。

 きっとこれからは、王都は前よりも平和になるに違いない。


 国を治める王族が、率先して国の平和を脅かしてどうするのだという気はする。

 大きな城が見えてきたなと思った時、横合いから車が上がってきた。

 スラッジである。


「到着です。第一王子のヴィシャル兄様も、僕の命を狙っているかもしれません。ユーマ、護衛を引き続きお願いできますか」


「おうとも。そのヴィシャルってのはお前の腹違いじゃない兄なんだろ?」


「はい……。できれば、話し合いで解決したいと思いますが……。それに、僕は王位がほしいわけではなくて、そっとしておいてほしいんですけれど」


「まあ無理だろうなあ。王位継承権を持ってて、完璧に血が繋がった弟なんて、どう考えてもどっかの誰かが御輿に担ぎ出してクーデター起こすフラグじゃないか。むしろスラッジをこそ消したいだろうな」


「そ、そういうものなんですか」


 スラッジが緊張の面持ちである。

 すると、やっぱりこの娘が飛び出してくるのだ。


「あんたー!! また殿下に悪いこと吹き込んでたでしょ! 離れなさいー! 殿下から離れなさいよー!!」


「くっついてないぞくっついてないぞ」


 俺は足蹴にされながら弁明した。

 アムリタは本当にスラッジが好きなのだなあ。


「おやおや、ユーマも人間が出来てきたんじゃないかい? 蹴られてもニコニコしてるじゃないか」


「もうー。あいつ、あれだからアタシ嫌いなんですよ! 暴力的な女の子はだめ! 粛清したい!」


 うちの女子連中も追いついてきたようだ。


「道すがら、アムリタに事情は聞いておいたぞ。政治的な問題も絡んでくるだろうが、そちらは私が受け持とう。貴様はいつも通り、荒事を担当しているがいい」


「おおっ、ありがてえ」


 ややこしい状況になるとローザが大変頼りになる。


 俺でも内政めいたことはやれはするのだが、基本的に全てこの剣頼みになる。

 必ず血の雨が降ったりするのだ。

 平和的に物事を運べる辺り、ローザはすごいやつだ。


「ユ、ユーマ様! アタシだって色々やれるんですよ!? 狩りとか! 野生動物捌いたりとか!」


「おうおう、サマラは野生児だなー」


 対抗意識を燃やす火の巫女がちょっとかわいく思えたので、頭をなでてやった。

 途端にサマラがニヤニヤする。


「サマラは本当にお子様だねえ。まだリュカの方が大人なんじゃないかい?」


「むきー!! アンブロシアはアタシに恨みでもあんのーっ!?」


「そりゃあ火と水だからねえ」


 傍から見ていると、姉妹みたいな関係だな。

 わいわい騒ぎながらやってくると、さすがに城門の警備をしている連中も不審に思うようだ。


「止まれ」とか「何者だ」とか誰何された。

 そこはまあ、スラッジに任せておく。

 王の見舞いにやって来たという事になり、俺と女たちは第七王子の護衛、そして婚約者のアムリタ、と。


 考えなくていいというのは、実に楽だな。

 門を通されて、俺達は城内をぶらぶら歩いて行く。


「へえー……。立派なもんだねえ。飾りとか、彫刻とかさ。一体どれだけの財があれば、こんな贅の限りを尽くした宮殿なんか築けるものなのか……」


「うむ、エルフェンバインは質実剛健を旨とする国であったからな。このような無駄の塊じみた作りなどしてはいなかった。これがあの国にあれば、大きく豪華なばかりで悪趣味だと笑われようが……不思議と、この国には似合っているようにも思えるな」


「でもアタシ、これより豪華なとこ見てきちゃったんでイマイチかなー」


 三者三様の感想である。

 確かに、スケールはたいへん大きな宮殿だが、豪華さ贅沢さという点に限れば、間違いなくソハンの屋敷のほうが上だ。

 アウシュニヤ王国の経済を一手に握る豪商の家なのだから、それも当然か。


 宮殿の中は、なんと驚くべきことに運河が引かれている。

 建物がシームレスに外庭、中庭へとつながり、水がそれら全てを通して流れ続ける。


 外の街は暑かったが、宮殿はそういう工夫がされているせいか涼しく感じた。

 見回すたびに違う種類の草花が植えられており、南国の大木が風に葉を揺らす。

 ここは見たことのない異世界だった。


「ソハンの家が人工の贅を凝らしたものなら、ここはそれに自然なんかをくっつけちまった贅沢さだな。全部入りって感じで、げっぷが出そうだ」


 偽らざる俺の感想だ。

 この光景に慣れてしまっているのか、スラッジとアムリタはどんどんと先に行く。


 本日の目的は、第一王子ヴィシャルに会うこと。それから、父王へとこの王位を奪い合う戦いを始めた真意を問いただすこと。

 俺は見てるだけ。

 頑張って欲しい。




 いきなりの登城だったが、さすがは大国の王城だ。さまざまな備えがされているようで、すぐに食事の席を用意してくれた。

 俺たちは客人用らしき席に案内され、そこで飯を食うことになった。

 やっぱり素手で食うのな。


「金属を食器に用いることは、穢れを呼ぶとされているんです。木の匙は湿気が多いこの地方だと、すぐに腐ってしまうから逆に不衛生なんです」


 スラッジの言葉になるほど、と納得する。


 食事の内容は、焼けた大きな鳥丸々一羽を、香辛料で辛く味付けしたものとパンやサラダ類。

 芋を加工した餅みたいなものもあって、パンと餅で料理を挟んで食う。

 これがもう、大変美味い。


 サマラとアンブロシアが無言になり、がつがつと料理を貪り始める。

 俺は俺で、こういうのをリュカが食ったら喜ぶだろうなあ、などと考えていた。

 酒が出されていたが、俺はあえて口にせずに茶だけを飲んだ。


 ほどなくして、第一王子ヴィシャルがやって来る。

 神経質そうな男だった。


 年齢は思ったよりも上だな。

 スラッジの倍くらいの年だろう。


「お久しぶりです、ヴィシャル殿下」

「こんな非常時にやって来るとは、何を考えているスラッジ」


 やり取りが始まった。

 色々話し合っているのだが、なかなか長い時間を要していた。


 俺たちは茶を飲んで飯を食って、おかわりしてデザートを食べて、そして今回の美味しい料理についてみんなで品評をしていたところだ。

 ローザがフィンガーボウルで指を洗う前、ぺろりと舌で舐めていたのが意外だった。

 俺に見つかって、恥ずかしそうにそそくさと指を洗っていた。


 その背後で、どうやらスラッジとヴィシャルのやり取りが終わったようだ。

 要約するとこうだ。


 スラッジは、戦をするつもりはない。ヴィシャルがそのつもりなら、王位継承権を放棄してもいい。

 ヴィシャルは、それはならぬと言う。王位を継ぐ資格を持つ血が残っているだけで、それはすなわち戦の種になる。ゆえにスラッジは戦わねばならない。


 ヴィシャルは今、ローヒトの手による暗殺に怯えているようだ。

 実の弟であるスラッジの言葉にも耳を貸すつもりは無く、それどころか彼もまた己の首を狙っているのだと決めつけて糾弾する。

 これは重症である。


 俺が見るところ、こうやって人間関係をぶっ壊すくらいの疑心暗鬼は、不治の病だな。

 そもそも、スラッジとヴィシャルの話し合いに着地点が無い。

 誰か一人しか王になれないのだから、直系の兄弟など一番のライバル同士だ。


 いやあ、この血で血を洗う王位争奪戦ってのは、本当にバカなシステムだな。

 国力を落とすだけだろう。


「では、僕はこれで」


「ああ」


 スラッジの顔が失望に染まっている。

 ヴィシャルは、まあ弟を見る目つきじゃないな。不倶戴天の敵を見る目をしてやがる。


 第一王子というだけあって、常に命を狙われているようなものなのかもしれない。

 しかし、これほど人間が小さい奴が王の器かね。


「よし、帰るかスラッジ?」


「いえ、父上に……陛下に会わないと」


「ふむふむ」


 最後のひと仕事か。

 スラッジは王の寝室へ向かう。


 入室は、親族以外許されないそうだ。

 俺たちは外で待つことになった。

 だが、気をつけるに越したことは無いということで。


「いやあ、水が多いのはいいねえ。お陰でこういうこともできるよ」


 アンブロシアが小さな水の精霊を呼び出している。

 それは運河から細い水の筋を作ってここまでやって来ており、扉の隙間から伸びて伸びて入り込んでいく。

 これが、アンブロシアにとっての目と耳代わりだ。


 どうみても、ただの水。

 だが、水だからこそ精霊の通り道となり、室内で行われる全ての情報を俺たちに伝えてくれる。


「ああ、こりゃあ良くないねえ」


 アンブロシアが顔をしかめてみせた。


「どうしたどうした」


「王様、病気ですっかり弱ってるみたいさね。原因は分からないけどね。だから、この部屋に仕込まれてるものも気付いてないんじゃないかね」


「ほうほう」


「来るよ、ユーマ」


「おうよ」


 アンブロシアが合図した。

 同時に、俺は寝室の前に詰めている兵士どもを無視して、バルゴーンを召喚する。

 いきなり大剣モードである。


「おわあっ!?」

「き、貴様いったいなにを!?」


 騒ぐ連中をよそに、一撃で寝室の壁面をぶち抜く。

 何かが切っ先に刺さって、野太い悲鳴をあげた。


「なっ、何!? なんなの!?」


 アムリタが飛び上がって驚く。

 彼女もまた、室内へ入ることを許されてはいなかった。


 スラッジの婚約者とは言え、まだ他人だからな。

 だから、いきなりの俺の暴挙に肝をつぶしたらしい。

 だが、俺の行動の理由は、壁面を破壊しながらバルゴーンを戻した時に理解したようだ。


 切っ先に突き刺さっているのは、壁と同じ色をした人型の怪物だ。

 その胸から腹にかけてはバルゴーンで断ち割られており、既に息は無い。

 手には短剣のような長さの鉤爪が生えている。


「暗殺用の魔物か何かだな。張ってやがった」


「ユーマ!」


 スラッジが駆けてくる。

 俺は彼を受け止めると、


「どういう了見だか知らんが、連中、宮殿の中でも構わずに仕掛けてくるつもりかもしれんな。帰るぞ」


 宣言した。

 とりあえず分かったことは一つ。


 王宮に、スラッジの味方はいないな。

 こりゃあ、片っ端から潰していく必要がありそうだ。

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