第139話 熟練度カンストの来客者2

 ソハンの屋敷に到着する。

 でかい。

 ひたすらでかい。


 これはもう、城なんじゃないか?

 そう思うほどの大きさだった。

 具体例を挙げるなら、我らが仲間、ローザことヴァイデンフェラー辺境伯の居城よりもずっと大きい。


「ほええ」


「ほわあ」


 俺とサマラがぽかーんと口をあけてバカみたいな顔をしていると、アムリタがふふーんと得意げに笑った。


「我が一族は、アウシュニヤ王族に連なる家柄なのよ。だから遥か西のアルマース帝国や、ネフリティス王国とも直接取引をしてこの国に莫大な富をもたらしてるの!」


「それはすごい」


 商売とかさっぱり分からん俺だが、何やら凄い事はアムリタの得意げな顔から察する事ができた。


「アムリタ、その辺で……」


「だから、その娘の私がスラッジをお婿さんにするんだから、ぜーったいに手出ししちゃダメなのよ! しかも生まれを聞いたら西の果ての蛮族じゃない!」


「アムリタ!」


 思わず憎まれ口を叩いてしまったと見えるアムリタを、スラッジが叱った。


「サマラさんはユーマの仲間なんだよ。僕を助けてくれた人の一人なんだから、そんな風に言わないで欲しい。それは、僕を悪く言うことと変わらないよ」


 すると、アムリタはしゅんとなった。


「そ、そんなつもりじゃ……。ごめんなさい」


「うん、僕はアムリタがそんな娘じゃないっていうことはよく分かってるよ」


 なんだこの清く正しい少年少女の交際みたいなの。

 背中がむずむずするぞ。


「サマラ、まあ気にするな」


「え? なんですかユーマ様? それよりもほら! 道の真ん中に牛がいます! 明らかに誰にも飼われてない牛! あれって食べていいのかな……」


 あ、言葉が通じてなかったっけ!


「牛かー。焼肉もいいよなあ」


 俺は同意した。

 濃い口のたれを付けて、白いご飯に乗せて掻き込むのが好きなのである。


 この世界に来てから、そんな白米なんぞ食べる機会に恵まれていないのだが。

 そんなことを言っていたら、スラッジとアムリタが真っ青になった。


「牛を食べるなんてとんでもない!!」


「そうよ! ウーディルの教えは聖なる動物である牛を殺すことを禁じてるのよ! 牛はウーディルの神々の乗り物だし、田や畑を作る手伝いをしてくれる人間の友達なのよ!」


「なんか俺の知ってる宗教に似てる」


 デジャブを感じるなあ。

 そして、ここで気付いたことが二つある。

 まず一つ。


「なあ、二人とも俺の言葉が分かるだろ?」


「はい、分かりますよ?」


「当たり前じゃない」


「でもサマラの言葉は分からないだろ?」


 俺はサマラに喋ってもらう。


「今度ユーマ様にひどいこと言ったら国ごと滅ぼすからね」


 うわあ、何てこと言うんだサマラ。

 だが、この言葉はスラッジにもアムリタにも通じていない。

 二人とも首をかしげるばかりだ。


「サマラさん、何て言ったんですか? 教えてくださいユーマ」


「いや、大したことじゃないから」


 つまりだ。

 俺の言葉は、誰が聞いても自分の言語だと捉えられるように聞こえているということだ。

 真実は、俺をこの世界に召喚した精霊女王が既に滅びてしまっているから明らかにはならないと思うが。むしろ滅ぼしたのが俺だ。


「でも、たまにユーマとサマラさんが会話してるのを聞くと、サマラさんの言葉がちょっと分かる時があります」


「ふむふむ」


 会話を行なっていると、俺はちょっとした翻訳機みたいな機能を発揮するんだろうか。

 この辺りは研究したほうが良さそうだ。


 新しい国に行った時、仲間たちの言葉が通じないとことだからな。

 それからもう一つ。


「なあ。田って言った?」


「そうよ? 田よ? それがどうしたの?」


「お米作ってるの?」


「田って言ったらお米を作らないでどうするのよ?」


 おおお!!

 この国には米があるぞ。

 白米が食えるかもしれない。


 この世界、濃い味付けの肉料理は結構あるものの、主食がパンと芋ばかりで、日本人である俺にはちょいちょい物足りなく感じてきていたところだったのだ。

 お米が食えるとなるとテンションが上がる。


「あの、アムリタ様、スラッジ様、立ち話も何ですから、早く中に入られては……」


 護衛が恐る恐る切り出してくる。

 そう言えば、俺たちはずっと立ち話をしていたな。


 それと言うのも、あちらにいる牛が美味そうなのがいかんのだ。

 しかし牛肉禁止の国か……。

 残念だ。


 屋敷の中に案内されると、これもまた度を越してゴージャスな作りをしていた。

 真っ赤な絨毯がどこまでも続く、広い廊下。

 あちこちに台座があり、工芸品が並べられている。


「これはもう、凄いというかなんというか」


「ユーマ様、アタシ、目が痛いです……! どこもかしこもキラッキラで……!」


「うむ、趣味が悪いという次元に突入しているな」


「どう? 世界中の富を集めて飾っているのよ! お城よりも豪華なんだから!」


 後で知った話なのだが、豪商はアウシュニヤ王家にも金を貸しており、実質、経済でこの王国を支配しているに近いらしい。

 だが、国家の政治は安定しており、腐敗はしていない。

 ウーディル教というこの国の宗教が価値観の根本にあり、豪商もまたこれに従って生きているからだという。


 俺たちは、通るだけで疲れるような廊下を長々と歩いた後、客間へと通された。

 その客間と言うのがもう、呆れるほど広い。


 なんだこれは。

 アルマース帝国で泊まった宿がエコノミールームに見える広さだ。


「野球ができる広さじゃないのか、これは。体育館か!」


「ユーマ様何を言ってるんですか? それよりほらほら! ベッド! ふかふか! 天蓋がついてる!」


 サマラがダッシュしていって、ベッドにドバーンと飛び込んだ。

 柔らかな獣の毛をたっぷり詰め込んだというマットが、サマラのダイビングを柔らかく受け止めてずぶずぶと飲み込んでいく。


「沈む沈むーっ」


 楽しそう。


「よーし、俺だって飛び込むぞう。サマラどけどけえ」


 俺も負けじと走った。

 そしてジャンプ。


 !?


 眼下では、何だかサマラが仰向けになって両手をこっちに差し出している。

 これはいかん!


 なんか空を泳ぎながらベッドの上の女の子に飛び込む体勢だ!!

 いや、いかんというかとっても興奮するこの後の展開が予想できるんだが、それは二人きりでやってはいけない気がする!


「バルゴーン!!」


 俺は剣を召喚した。

 今、サマラが仕掛けたこのハニーなトラップから逃れるため、俺に新たなる技が閃く。

 抜き放ったバルゴーンで、俺は空を斬った。


 今まで感じたことが無い手応え。

 その瞬間、目の前の空間が割れた。

 それが、周囲の空気を吸い込みながら俺を引き寄せる。


 よし、ちょっとサマラからずれた!

 空間はすぐに閉じ、俺はサマラの頭の上辺りに、ぼふんっと着地した。

 うおお、沈む、沈む。


「ちいっ」


 サマラがとても悔しそうだ。

 しかし新しい技を閃いてしまった。

 あの型はディメンジョンとでも名づけておこう。


 そうかー。空間って切れるんだなあ。

 ワイルドファイアも割ってたしなあ。

 そう言えばあいつが割った空、割れっぱなしだなあ……。


「……ていうか、今ユーマ様、空を泳ぎましたよね? なんでスイーッと空を平行に移動できるんです!?」


 今頃気付いたか。


「うむ。どうやら俺はこの危機的状況で、新たな力に目覚めてしまったらしい」


「何が危機なんだかさっぱり分かんないんですけど!」


「つまり二人きりの時に抜け駆けはよくない。俺としてはリュカに言いつけることも辞さぬかも知れん……」


「ひいっ! そ、それだけは勘弁して!」


 先生に言いつけるぞ! みたいなものだが、サマラにとってリュカとは、半ば崇拝対象にもなるレベルの偉大なる巫女なので、これが大変効く。

 こうでもしないと、寝ている間に大変な事になりそうだからな。


 俺としては全く嫌ではないし、可能ならお願いしたいくらいなのだが、一つ大きな問題があり、子供ができたりしてしまうと彼女たち巫女の能力は大きく落ちるのだ。

 俺たちの旅が終わるまでは、そういった関係は控えめにしていこうではないか。

 ……という建前で自分をだましておく。


 決して、どうやればいいか分からないからではないぞ!!

 くそ、過去に得たネットでの知識がさっぱり役に立たん!


「お客様、お水と果物をお持ちしました」


 いきなり女性が何人も入ってきた。

 俺もサマラもうわーっとびっくりする。

 そうか、扉に鍵が無いのだ。


 なので、押せば誰でもフリーで入ってくることができる。

 女性たちは皆、お盆を頭の上に乗せている。


 そこには、焼き物で作られた水差しと、切られた果物が載っている。

 彼女たちは、二人でベッドの上にいる俺たちを見て、あっと言って固まった。


「し、失礼しました。愛の営みの最中でしたか」


「ちがうちがう!」


「そ、そうなのですか。申し訳ございません。異国の風習には疎いもので、男女が同じ寝台に横たわっていることの意味が他にあるとは露知らず……」


 俺は慌てて起きた。

 そして彼女たちからお盆を受け取る。


 この女性たちは、屋敷に仕えている奴隷なのだそうだ。

 住み込みで女中さんみたいな仕事をしているのだそうで、特にここに入ってきた面子は、俺たち二人の世話係を命じられた奴隷らしい。


「夜は虫が入り込んできます。東の密林より来る虫は病を運んできますから、虫が嫌う香を焚き、私どもが一晩中、お二人をこの葉で仰ぐのです」

「浴場へ向かわれる時は声をお掛け下さい。お体を洗う専門の奴隷がいますので」

「排泄の際は清めを担当する奴隷が……」


 なんでもかんでもやってくれるようである。

 だが、風呂とトイレは放っておいて欲しいなあ。寝顔を見られるのもちょっと……。

 この話をサマラにもしてみると、


「ええーっ。そこまで色々やってもらうと、逆にやりづらいんだけど……」


 ということで、奴隷の女性たちには退去願う形になった。

 そしてようやく二人きりになった。

 サマラと今後の行動について相談をすることにする。


「一応、これでスラッジを護衛して、飯の恩は返した。ちょっとご馳走になったら、召喚師の女を捜しに行きたいと思うんだ」


「あのイフリートを呼んだ奴ですよね? 話を聞いてると、色々な魔物を呼べるみたいだし、どれだけの事ができるのかちょっと分からないですね。もしかして、姿を消したり隠したりする魔物を呼べるかもしれない」


「うむ、ありうる。それと俺の勘なんだが、ここの娘のアムリタな。あれも多分なんかされてる。さっき変な目で俺たちを見てたからな」


「うーん……それじゃあ、このお屋敷にいた方がいいのかな。でも、それが召喚師っていう女だとは限らないですよね」


「そうだなあ。一つ明らかなのは、スラッジの兄のローヒトって王子が、召喚師のパトロンだってことだ。ローヒトはスラッジを殺したがっているようだから、それを考えるとスラッジと一緒にいるのが一番目的に近いって話になる」


「そうですねえ。アタシもそれがいいと思います」


「じゃあ、しばらくご厄介になるか」


 そういうことになった。

 俺たち二人は、あえてお屋敷で左団扇の生活をすることに決定した。

 苦渋の選択である。仕方ないね。


「あの、お客様、お夕食の前にご入浴されては」


「あっはい」


 そんな時間になっていたか。

 俺たちは風呂に向かうことにした。

 途中、アムリタとすれ違う。


「あんたたち、スラッジの護衛だって言ってたけど、私はまだ信用してないわ! ということで、お父様の目の前であんたたちの腕前をみせてもらうからね!」


 そんな事を言った。

 なんと。

 飯前に余興をやれと言うのか。

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