第138話 熟練度カンストの来客者
「ユーマ様あーっ!」
「うーわー」
アータルが消えて、かなりの高さからダイブしたサマラが、ダイビングボディプレスさながらに俺に抱き付いてくる。
さすがに俺もこれは受け止めきれず、地べたにぺたりと潰れた。
いかに柔らかな女体と言えど、あの高度からの体当たりは充分に凶器だな!!
スラッジを背中から降ろしていて良かった。
「良かったー! もう、川に流されて行った時は、死んじゃったかと思いましたよ! 全ての精霊王を平定し、四竜をも従わせた灰色の王の死因が溺死とか、全然笑えない!」
「全くだ。あっ……! さ、サマラ、どこを触っているのだ。ぐわーっ」
のしかかったサマラが、上から俺を見下ろすみたいな姿勢になって、ぬふふ、と笑う。
何ですかそのいやらしい笑みは。
そう言えば、彼女にこうやってイニシアティブを握られる体勢になるのは初めてではないか。
いやあ、下から眺めると、彼女の胸元とか大変暴力的なボリュームである。
とてもハイティーンとは思えない。
俺もむくむくと元気になってくるのだ。
「ユーマ様、再会の……んーっ」
「うわー」
俺は顔にキスの雨を降らされてしまった。
ようやく解放されて立ち上がるが、その顔を見てスラッジが吹き出す。
「ユ、ユーマ、顔、顔がその、キスマークだらけで……ぷくく」
「うひー、人前に出られんではないか」
サマラの重みが気持ちよかったのと、人前でキスされまくった恥ずかしさと、あとは手加減無用のキスの雨によるキスマークで顔が大変熱い。
サマラめ、一気に間合いを詰めてきたな。
このままでは俺の貞操が危ういかも知れん。
いや、別に守らなくちゃいけないようなものではないんだが。
……はっ、そう言えば。
「サマラ、一人なのか? リュカは? アンブロシアは? ローザは? アリエルは?」
「みんなばらばらの方向にユーマ様を探しに行きました。アタシはこう、女は度胸っていう感じで直進してたら、向こうで爆発とか、炎の巨人とか見えたんで一直線に走ってきたんです! あっ、リュカ様はなんか、北のほうでよくない風が吹いているって言って、アリエルと一緒に行っちゃいましたけど」
「そうかー。じゃあ、この辺にいるのは、ローザとアンブロシアか。アンブロシアは水周りだろうし、ローザは単独行動はしないだろうから、二人一緒と見るのが良さそうだな……。この辺りで水というと」
「王都に流れ込む、バルサートゥという大河があります。アウシュニヤを貫く河で、人はこの河の流れで産湯を使い、死後はこの河に沈んで行くと言われています」
「そこか。その辺りにいるかなあ……」
俺は考え込んだ。
考え込んでいると、サマラがそそそっと近づいてきて、ぎゅっと腕に抱きついてくる。
凄いアピールだ!!
俺の理性が持たない可能性があるが、磨き上げたDT力がここから先の展開を考えるとオーバーヒートする。
「よ、よし、王都に入ろう」
そう言う事にした。
「待てい!」
いきなり、門番に誰何された。
サマラは言葉が分からないようで、首をかしげている。
俺はなんとなく、どんな言語でもニュアンスが分かるのだ。
そう言えば、スラッジの言葉もサマラには伝わっていないんだろうな。
こっちの言葉のニュアンスは、アルマースの共用語に近い気がするが、ネフリティスの影響も受けているようで……だが、もっとこう、洗練されていない気がする。
古い言語と言うのか。
「お、お前たち、外で化け物を呼んで戦わせていただろう!」
「イフリートのこと? あれを呼んだのは召喚師だろう。俺たちは精霊王を呼んで正当防衛をしただけだぞ」
「何をわけのわからんことを!? だ、だが、お前たちのような危険な輩、戦士階級の誇りにかけて中に入れるわけには……」
おお、構えた槍が震えている。
さっきまでの、アータルvsイフリートの大怪獣決戦を見てなお、俺たちを止めようとする勇気は素晴らしい。
だが、ここで足止めされるのは困るし、強行突破しようにも、こういう真面目で一生懸命な奴は怪我をさせたくないなあ、と。
「ユーマ様、サラマンダー呼んじゃう?」
「やめよう。大混乱になる」
サマラは基本的にアナーキスト寄りの考え方をする娘である。自由にさせたらいけない。
さてどうしようと思ったら、スラッジが歩み出てきた。
「僕の顔を知っていますか。第七王子、スラッジです」
なぬ!?
王子だと!?
それっぽい気はしていたし、それっぽい話を聞いていたような気がしたが、やはり王子様だったのか。
彼の顔を見て、門番は目を見開き、すぐに直立不動になった。
「はっ! 存じております!」
どうぞ、とばかりに道を開ける門番だが、彼の同僚らしき男が脇を小突く。
「いいのか? ローヒト王子が、スラッジ王子は殺したって……」
「うるさい! 俺はスラッジ王子の顔を知ってる! 戦士階級の俺にも偉ぶらないこの方が、間違いなくスラッジ王子殿下だ! 俺が責任を取る!」
ローヒトとか言う奴は、ひたすらスラッジの足を引っ張っているのだな。
結局、その門番の一存で、俺たちは門を潜る事ができた。
「ありがとう」
スラッジが礼を言うと、門番はやたらかしこまっていた。
こいつ、あれだな。
人柄が慕われているタイプだな。
「ユーマ様、この子って誰なんですか?」
「うむ。餓えて死にそうだった俺を助けてくれた恩人なのだ」
「なんてこと! ねえ君! アタシのユーマ様を助けてくれてありがとう!!」
「え!? ええええ!?」
いきなり、サマラがスラッジの手をぎゅっと握った。感謝の意を述べているのだが、スラッジとサマラは言葉が通じないから、彼は顔を真っ赤にして目を白黒させている。
ハハハ、初心なやつめ。まあ俺もそう変わらないけどな。
あと、アタシのって何だ。他のメンバーがいないことをいいことに、既成事実を作ろうとしているのではあるまいな……。
「ユーマ! こ、この人なんて!? ええと、その、いきなり見ず知らずの男に、女性が触れるのは、そのぉ」
「サマラはお前に感謝してるんだよ。俺を助けてくれてありがとうってな。話したろ? 彼女が俺の仲間の一人だ」
「そうだったんですか……! いえいえ、どういたしまして!」
うんうん、礼儀正しいいい子だ。
俺がほっこりして見ていると、いきなり向こうから女の子が走ってきて、
「うわきもの!」
とか言いながらスラッジの後頭部をぺちっと叩いた。
「痛い!? あ、あれ!? アムリタ!? どうしてここに」
「どうしてって、スラッジが戻ってきたって門番が伝えに来たから、慌ててこっちに来たんじゃない! そうしたらどこの女だか分からない異国の女と、あんな、あんな……! ふけつ!」
「……スラッジ、そこの憤慨しているお嬢さんは?」
「あ、は、はい! 彼女は、僕がお世話になっている豪商ソハンの娘で、アムリタと言います。僕の婚約者です」
「婚約者……だと……!?」
俺は瞠目した。
子供だ子供だと思っていたら、婚約者がいる!?
お、恐ろしい。
最近の子供は恐ろしい。
アムリタは、鮮やかな色合いで織られた布とかわいらしい装飾品を身につけている。
黒髪を三つ編みにしていて、大変気が強そうな顔立ちだ。
そうか、スラッジが王子なら、場合によってはこの子が王妃になるのだなあ。
「あー、これこれアムリタちゃん」
「あんたなによ! 冴えない顔して!」
「あっ、グサッときた」
「ユーマ様!? さてはそこの小娘がユーマ様にひどいこと言ったんですね!? よし、この国を滅ぼします……!」
「やめろサマラ!? いいかいアムリタちゃん。彼女は俺の仲間で、俺はこのスラッジに助けられたんだ。それで彼を護衛してここまで来た。彼女はスラッジが俺を助けてくれたことに礼を言っていただけなのだ」
アムリタが、ぷくーっと頬を膨らませる。
「だってだって、おかしいわ! 年頃の男子と女子が、手を握り合うなんて、もう結婚するしかないじゃない!」
「サマラは遊牧民の出だから、もうちょっと男女の距離が近いのだ。文化の違いと言う奴だな」
「そ、そおなの? ねえスラッジ?」
「う、うんっ! やましいことなんか何も無いよ!」
どうやら、これでアムリタは納得したらしい。
良かった良かった。
彼女がやって来た通りを、後から大人たちが走ってくる。
どうやらアムリタの護衛だったのだが、普通にダッシュで振り切られたらしい。
なんと言う健脚の娘だろう。
「ユーマ、これから僕は、ソハンの家に厄介になるつもりです。その……まだ、護衛をしてもらえるなら、ユーマにも来て欲しい」
「うむ……。三食と寝床と風呂がつくと嬉しい」
「それに、午前と午後のお茶もつけましょう」
「よし乗った」
新たな契約が成立した。
サマラが首をかしげているので、
「当座、この女の子の家で厄介になるのだ。飯もお風呂もついて、しかもお茶とお菓子をもらえるぞ」
と言うと、彼女は目をキラキラ輝かせた。
「異国のお菓子……! やだ、アタシ太っちゃうかもしれない……! その子のことは、寛大な心で許す事にする!」
そうかそうか、そりゃあ良かった。
俺とスラッジだけなら随分静かだったのに、女子が二人増えて恐ろしく賑やかになった。
思えば、あと四人がいたころはとんでもない姦かしましさだったのだなあ……。
追いついてきた護衛たちに案内されつつ、大通りを行く。
道の脇には、幾つも屋台や露店が並び、実に活気のある雰囲気だ。
ついさっきのイフリートが出現した騒ぎで、兵士が街中に出てきてはいるが、市民たちはもう、特に気にしてはいないようだ。
「ユーマ様、あれ! あれが欲しいです!」
サマラが指差したのは、露店に並んでいる手作りの針金細工みたいなものである。
ほう、この国、柔らかい針金を作る事ができる程度には、製鉄技術が進んでいるのか。しかも、一般市民が手に入れられるほど安価らしい。
「しかしサマラ、俺たちは文無しだぞ」
「そう言えば……」
「厄介になるところは商人の家だそうだし、そこで働いて小遣い稼ぎをしよう」
「そうですね! もう、本当にお金って不便……!」
貨幣の無い部族出身のサマラは呟くのだった。
そんな和気藹々とした道行きの途中。
俺は、ふと違和感を感じて振り返った。
アムリタが目線の端でこちらを見ている。
……あの目つき、どこかで見たような。
だが、すぐにそれは消え、あの強気でツンツンした少女に戻ってしまった。
「いつまでグズグズしてるの! 行くわよ!」
「へいへい」
いやあ、これはどうやら、商人の家についてまったりとはいかないようだぞ。
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