第137話 熟練度カンストの到着者
昼は廃墟や大きなサボテンの影でまったりし、夜は進むという動きをしながらの一昼夜。
スラッジが逃げ延びてくる程度の距離であるから、これだけ歩けば王都に辿りつくだろうと思ったら、ドンピシャだった。
「見えて、来ました……!」
スラッジが緊張した声で言う。
「うむ、見えてる。でかいなあ」
俺はしみじみと呟いた。
俺たち一行がアウシュニヤに到着した時、尖塔がある街にやってきた。
これだけでも、アルマース帝国にある海峡の都市、ディマスタンを超えるくらいのスケールがあると思っていたのだが、王都ともなるとこれはとんでもない。
かつて上空から見下ろした、ディアマンテ帝国の帝都よりも規模が大きいだろう、これ。
見渡す限りの城壁。
あちこちに開いた門と、都からあふれ出したテントの数々。
一体、どれだけ人間が住んでいるんだ。
「明らかに門の外にたくさん住んでるんだけど、あれっていいのか?」
「ああ……違法に住み着いている民たちです。王都は多くの仕事があって、毎日莫大な富が動いています。都の外にいても、その恩恵には
「なるほどなあ。おこぼれをもらいに来ているわけだ」
……なら、刺客が来るとして、都の外の人間には配慮しないだろうな。
俺は周囲を見回す。
殺気は感じない。
別に、俺たちが取り囲まれているというわけでは無さそうだ。
次に、頭上を見上げる。
鳥がいる。
「なあ」
「何ですかユーマ?」
「アウシュニヤには、ああいう人間の頭をした鳥って多いのか?」
「ええっ!? そ、そんな生き物はいませんよ!!」
「そうかー」
頭上の鳥は、ハーピーとかそういう類の怪物であろう。
恐らく、召喚師が呼び出した存在だ。
ということは、敵は俺たちの居場所を察知しており、包囲するまでも無いと。
だが、俺はあえて気にせず、のこのこと王都前のテント群に入っていく。
スラッジはきょろきょろしながら後をついてくる。
俺が先行するようにしたのだ。
さて、いつ仕掛けてくるか……と思ったら。
「おほほほほほほほほ!!」
凄い笑い声がした。
目の前である。
往来のど真ん中に、なんかゴージャスな格好をした女が立っている。
「見つけましたわよ、スラッジ王子! ここがあなたの墓場ですわ!!」
「わっ、なんだあれ」
「あ、あれが異国から来た召喚師です!!」
「あいつが! なるほど、良く見ると日本人だ……」
黒い髪、なんか黄色い肌、平坦な顔立ち、あんまり長くない足。
日本人である。
ということは、こいつは異世界からやって来た俺の同類。
俺たちがアウシュニヤにやって来た目的である、倒すべき敵の一人であるということになる。
敵の名は、ギルド・デスブリンガー。
かつて俺が参加していたゲームにおいて、権勢を振るっていた大規模ギルドだ。
俺を召喚した精霊女王は、尖兵としてこいつらをこの世界に呼び出し、あろうことか全員に何らかの超常能力や強力無比な武器を与えた。
そして、こいつらはゲーム感覚で世界を踏み荒らし始めたのである。
「もっとサクッとやれるかと思ったのに……。なんかずっと生き残っててむかつきますわ! ねえ、なんで死んでないんですの? どうして? あなたが生き残っていると、私は王妃になれないんですのよ!?」
「よし、やっつけてくる」
俺はけたたましく騒ぐ召喚師の女に向かって、無造作に進んでいく。
「ええい、空気を読まない奴ですわね! アスラ!」
女が叫ぶと、奴の指が黄金に輝いた。そこには指輪がある。
あれが召喚魔法の媒体か。
輝きに応じて、女を守るように紫色の肌をした巨漢が出現する。
六本の腕を持つあいつだ。
突然出現した怪物に、テント中から悲鳴があがった。
「やっておしまい!!」
「ほいさー」
俺は気だるげに答えながら、登場した阿修羅目掛けて切り込んだ。
俺の剣を受け止めようとする奴の武器を、上段からぶち割る。
衝撃で、阿修羅の巨体がたたらを踏んだ。奴が目を見開いて俺を睨みつける。
俺は踏み込みながら、さらに一撃を浴びせる。
今度は、奴が翳した槍ごと腕を二本斬り飛ばした。
おお、こいつ、この間の阿修羅より随分と強い。多人数が一人にまとまってるからだろうか。
「なっ、なんですの!? 真っ向から阿修羅を押すとか、あなた何者ですの!? デスブリンガーでは見たことが無い顔ですけれども……!?」
「うむ、俺はお前らの敵だ」
強いとは言っても、所詮は阿修羅。
俺は奴が体勢を立て直す前に、剣を袈裟懸けに叩き込む。そしてすかさず逆袈裟に切り上げ。
名づけてVの字斬りである。
阿修羅は目を見開きながら、消滅して行った。
さて、さっさと片付けてしまおう。
そう思った俺の目の前で、召喚師の女が天に手を翳している。
「ええい全力で叩き潰してやりますわよ!! おいでませ、炎の支配者! 炎の魔神! アウシュニヤの伝説よここに!! ”イフリート”!!」
すっごい早口で言った。
状況判断が早い女だ。
一瞬遅ければ、俺が首を飛ばしていただろう。
振り上げたバルゴーンは、召喚師に向けられることなく、新たな作業を遂行する事になった。
それは、頭上から降り注いできた炎の雨を防ぐ事である。
「スラッジ! 俺の背中に走って来い! いや抱きつけ!!」
「!? は、はいっ!!」
俺と一昼夜旅をしたスラッジは、反射的に俺の指示に従えるようになっている。
何せ、それが一番安全だということを、身をもって知っている。
俺の背中にスラッジに重みがかかる。
……おんぶの体勢にならなくてもいいんだぞ。
だがまあ、これくらい何の妨げにもならない。
俺は降りかかる炎の雨を払い、切り落とす。
時折俺を狙って打ち出されてくる炎の砲弾を切断。
その目の前で、女が王都に駆け戻っていく。
今追いかければ斬れるな。
だが、頭上にこいつがいるなあ。
長い二本の角を伸ばし、牛の尻尾を持った半人半獣みたいな炎の巨人。
金色の瞳が、怒りに燃えて俺を見下ろす。
召喚師が呼び出した、所謂召喚獣だ。
イフリートかー。
炎の魔神だな。最近のゲームじゃ扱いがしょぼくなってきてるが、本物ならやっぱりこれだけ存在感があるんだよな。
「テントが……! 人々が……!」
スラッジが悲鳴じみた声をあげる。
彼の言葉どおり、王都前のテント村は盛大な炎上を始めていた。
降り注ぐ炎の雨が、俺だけを集中的に狙えるわけが無い。
テントばかりではなく、運が悪い人間は火達磨になって転げまわっている。
こりゃひどい。
無差別虐殺だな。
「ユーマ、あの人たちを……!」
「うーむ、なかなか難しいな。奴らは俺の切っ先の外にいる」
俺の力は別に万能と言うわけではない。
この剣が届く範囲にのみ、力が及ぶというだけだ。
イフリートは空に浮いたまま降りてこないから、このままではなかなか攻撃を届かせる事ができない。
攻撃できないということは、奴は浮いたまま炎の雨を降らせ続けるから、俺が駆け回って一人二人救ったところで焼け石に水だろう。
何より、スラッジの安全を保証できん。
ということで、
「まあ、まったり構えようや」
「そんな
別に勝算が無いわけではない。
こうして周囲が燃えきれば、イフリートは炎の雨を降らせ続けず、俺たちにとどめを刺そうとするのではないか。
そうでないとしても、邪魔なものがなくなった周囲から燃え残った廃材でも足場にして、イフリートに飛び掛ることは可能だろう。
なんなら、このままじりじり王都まで攻撃を防ぎながら突っ込んでも良い。
「そ、それはダメです! 王都の民たちまで巻き込むわけには!」
「だよな。ということで現状、こうしているより他にない。だがな、まあ、これだけ派手な事をやらかすとだ。先日のメテオストライクもそうだが、あいつらが気付かないわけが無いんだよな」
「えっ……!? それって、どういう……」
イフリートは、俺たちが反撃不能と見て、さらに炎の雨の密度を濃くする。
見た目に似合わず、陰湿な奴だ。
だが、俺の耳は、近づいてくる地響きを感じ取っていた。
何か巨大なものが、こちらに向かって突っ走ってくる。
それは、なんだ。
「殴れーっ!! アータルーッ!!」
懐かしい声が聞こえた。
少女の叫び声に応えて、背後から現れた炎の巨人が、『ま”っ!』とか叫ぶ。
いや、なんでそんな叫びなんだ。
イフリートが、ハッとして前を向いた。
その顔面に、馬鹿でかい炎の拳が叩き込まれる。
角が一本へし折れて、イフリートの顔面が歪んだ。
一拍後、炎の魔神がぶっ飛ばされる。
そいつは王都の城壁まで飛ばされると、ぶち当たってずるずると下に滑り落ちた。
あ、なんか炎の血反吐を吐いている。
いやあ、やっぱり来たな。
「ああああああああああああああ!! ユーマ様! ユーマ様! ユーマ様あああああ!」
「うむ、俺です」
俺は頭上に向かって手を振る。
そこには、イフリートを筋骨隆々とするなら、筋肉ゴリゴリのゴリマッチョな炎の巨人が佇んでいる。さらに、その肩の辺り。
炎と同じ色をする、揺らめく髪の少女が、ぴょんぴょんと飛び跳ねているではないか。
「助かったぞ、サマラ!」
「はーい! 無事で、無事で良かったー!!」
城壁の辺りで、イフリートが立ち上がる気配がする。
炎が吹き上がり、折れた角が再生した。
何やら怒りに燃える目をしながら、低く身構えたな。
「来るぞ、サマラ」
「はいっ! じゃあ仕掛けます」
「よし、俺も一緒に仕掛けよう」
炎の巨人アータルが、右腕で力瘤を作り、底に左手を当ててぐるぐると回す。
その横で、俺はスラッジを背負ったまま、廃材になったテントの柱を駆け上る。
イフリートが怒りの絶叫を上げた。
奴の全身が炎に包まれる。
そして、疾走が始まる。
自らを砲弾にした突撃である。
「アータル、カウンター!!」
「スラッジ、しっかり掴まっていろよ。振り落とされたら死ぬぞ」
「は、はいぃっ!!」
王子がぎゅっと力を入れてしがみ付いてくる。
そんな俺たちの元へ、イフリートは叫びながら角を突き立てるように襲い掛かった。
これを待ち構えていたのがアータルだ。
体勢を低くしながら、下から上へ掬い上げるように、右腕の力こぶ辺りをイフリートの喉から顔面に叩き込む。ラリアットだ。
自分の勢いも合わせて、カウンターを叩き込まれた炎の魔神が絶叫を上げながら仰け反る。
そこへ、俺は跳んだ。
炎と炎のぶつかり合いで生じる、上昇気流。
俺はバルゴーンを大剣にして足場にし、これに乗る。
ちょうど良い高さで、大剣を蹴り上げて手に握り、
「そぉいっ!!」
一回転した。
仰け反りむき出しになっていたイフリートの首が、小気味良い音を立てて飛ぶ。
「すっ……すごいっ!!」
スラッジの声が聞こえた。
着地した背後で、イフリートの巨体が地面に崩れ落ち、ゆっくりと消えていった。
俺は、サマラがアータルを消すのを待ちながら、スラッジの肩を叩いて言う。
「それじゃあ、胸を張って凱旋と行こうじゃないか」
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