第136話 熟練度カンストのあらすじ者

 ひたすら夜の砂漠を黙々と歩くのである。

 俺もスラッジも無言だ。

 スラッジは何か物思う事があるのだろうし、俺は俺で昨日会ったばかりの少年と、和やかに会話できるようなコミュ力など持ち合わせていない。


 ということで自然と無言になる。

 だが、何やら夜気に当てられて、スラッジが大変寒そうだった。

 一見して、作りがいいがひらひらした薄い服装だから仕方ない。


「こちらに来るのだ」


「えっ、どういうことですか!?」


「俺のマントの中に入って一緒に行こうではないか」


 ということになった。

 男二人がくっついて歩くわけで、これは大変アレでナニな光景ではないだろうか。

 うーむ、若いとはいえ、やっぱり男は女の子とは体つきが全然違うのだな。


 一見して細身だったローザでさえ、女性らしい柔らかさがあった。

 だが、こうして華奢な少年とくっついていると、俺もよからぬ趣味に目覚めてしまいそうな心持ちになり、アッーとかいう気分である。


 それを紛らわせる為に、俺はこれまでの旅を思い出すのだった。

 つまり現実逃避である。



 俺はかつて、引きこもりでニートであった。

 これはやんごとなき理由からの俺なりの闘争だったが理解されず、俺はゲームに埋没した。


 ゲームの中で、親友アルフォンスと出会い、ともに旅をし、別れた。

 友を失い、一人になった俺。


 ひたすらにゲームに没頭し、トイレにも行かず、出すものはボトルに出しながら剣を振るい続けた。


 気付くと剣術のスキルレベルがバグみたいな数字になってカンストしており。

 ついにやる事を失った俺は、何やら囁きかけてくる声に応えて、異世界に呼ばれた。

 それがこの世界な。


 俺は異世界に来て早々、魔女裁判にかけられて処刑される寸前の少女、リュカと出会う。

 虹色の髪をした彼女は、風の精霊を司る巫女で、彼女が死ぬ事でこの世界の時代は、人と精霊の時代から人間の時代へと移り変わると言われていた。


 で、俺は彼女を助けた。

 人の時代? そんなもんは知ったことではない。


 異世界に来て早々、墜落死するところだった俺をリュカは精霊魔法で助けてくれたのだ。

 俺はスラッジに助けられた恩をこうして返すように、元来恩義に篤い男である。

 自分でも知らなかったが、どうやらそうらしい。


 で、結局、リュカと敵対する、その地方最大の宗教と敵対する事になって、その中で今は仲間になっているヴァイデンフェラー辺境伯……ローザと会った。彼女も巫女で、土の精霊を司っていた。

 結局なんだかんだあって、俺とリュカは戦争に勝った。

 そして、リュカが精霊王から得たお告げに従って旅に出たのだ……。


「ユーマ! な、何かいます!! 気をつけて!」


「おお、そうかそうか。すまん、物思いにふけっていた」


 俺はスラッジをしゃがませながら、バルゴーンを抜く。

 そして、微かな風音に合わせて剣を縦横に振るう。


 金属が割れる音がして、破壊されたダガーが地面に散らばった。ぬらぬらとした液体に塗れている。

 おうおう、ベタだな。

 これは暗殺者と言う奴だ。


「か、か、囲まれて……! これは、北方山脈のアサシン教団……! まさか兄上、こんな連中とまで手を組んでいたなんて……!」


「うむ。スラッジ、ちょっとマントを被って小さくなっていてくれ」


 俺は震える王子に灰色のマントを手渡した。

 手渡しながら、飛んでくる飛び道具を払い落としている。


「えっ……!? あ、あの、ユーマは一体」


「ちょっと全滅させてくる」


 俺は言うなり、闇夜に身を躍らせた。

 思ったよりも敵の数は少なかったな。


 たかが三人程度の暗殺者で、闇に乗じて数を誤魔化そうとは片腹痛い。

 飛来する飛び道具の角度と力の入り具合で、どういう体勢で投げたかなど丸分かりである。


 俺はのしのしと暗殺者の一人に近づいていく。

 向こうは真っ黒な、艶の無い衣装を纏っている。

 だが、不自然に風が滞るから丸見えと同じだ。


 暗殺者は狼狽もせず、俺に向かって機械的に投擲を行なう。

 一対一で払うとでも思ったのだろうか。


 俺はバルゴーンで、飛び道具を反射してやった。

 そいつは、さっくりと暗殺者の眉間に突き刺さる。

 暗殺者は死んだ。


 同じ要領で二人始末する。

 こういう機械的な作業は面白く無いんだよな。



 さて、思い出の話だ。

 リュカと共に新たな土地にやってきた俺。

 そこで俺は、火の巫女サマラと出会う。


 彼女はやはり、その地方を支配する宗教に虐げられていて、彼女の部族は宗教に対する、一大反抗を行なおうとしていたのだ。

 サマラの部族は、彼女を生贄にして火の精霊王を復活させ、その土地を焼き払おうとした。


 で、俺がサマラを助け出したので、精霊王は暴走を始めた。

 そいつをリュカが呼び出した風の精霊王がこてんぱんにした。

 うむ、簡単な話だが、思い返すとダイナミックだな。



 歩き疲れたので、ここでスラッジとともに砂丘の陰で休憩する。

 水を回し飲みして、昼間作っておいた砂漠の動物を焼いたものを齧る。


「ユーマは……どうしてそんなに豪胆でいられるんですか?」


 不意にスラッジが聞いてきた。


「豪胆とは」


「僕を助けてくれた時、あの小鬼の群れも、悪鬼たちにも、ユーマは臆することなく立ち向かいました。姿が見えない暗殺者が相手でも同じです。そんな強い心は、一体どうやって身についたんですか?」


「ああ、それか。そう難しいことじゃないが、真似はお勧めしない」


 人生を投げやりに生きるのと紙一重だからな。

 なんつうか、無念無想の考え方だ。


 俺は自分に恐怖心が欠けてるのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 うちの仲間の女の子たちとの関係を、大人の関係にするために踏み込むのを超ためらう程度にはチキンだからな。

 うっ、我ながら情けない。



 情けないと言えば、俺は今になっても全く泳ぎと言うやつができない。

 剣に乗って水上を走り回ることはできるのだが、後になってこれは泳ぎではない、とアリエルに指摘され、ガーンとなった。


 そんな剣を使った水上歩行術を身につけたのは、アンブロシアと出会った群島の王国である。

 出会いは最悪だった。


 アンブロシアは水の巫女にして海賊の親玉で、俺を殺そうとしてきたからな。

 で、結局クラーケン狩りをする仕事があって、その途中で打ち解ける事になった。

 アンブロシアの村はとある島にあり、やっぱりその地方の宗教にいやがらせをされていた。


 そんなわけで、俺は彼女の村の引越しを手伝う事になり、それを宗教連中に注目されないため、海賊として働く事になった。

 いやあ……一体、いくつの船を沈めたことか。

 思えば、やり過ぎだったんじゃないかと思うこともある。


 だがやってしまったものは仕方ない。

 最後は、宗教連中と戦争みたいになり、クラーケンまでやってきて大混戦だった。


 で、ドサクサに紛れて逃げたんだよな。

 そんな逃走の最中に耳にしたのが、ヴァイデンフェラー辺境伯、ローザが囚われたという話だった。


「西の国々は、ひどく乱れていると聞いたことがあります。ユーマはそこから来たのですか?」


「乱れてる……うむ。そう見えないこともない。何せ、人間じゃない異種族や怪物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしてるからな」


 で、そいつらを統括する王様ってのが、何を隠そう俺だったりするのだ。

 ちょっとした魔王様だな。


「よく、無事でいられましたね」


「うん? 付き合ってみると、素朴で気の良い連中ばかりだ。むしろ欲と策謀に満ちた人間の方が怖いね」


「人間の方が……。そうかもしれません」


 スラッジが悲しそうな顔をした。

 こいつ、腹違いの兄に命を狙われているのだったな。

 だがまあ、世の中には、かつて親しかった男の息子に幽閉されて酷使されるとか、そんな境遇の女もいたりするわけで。


 悲惨な話には事欠かない。

 俺が救出に向かったローザは、そういう有様だった。

 ローザの部下と合流した俺は、今度は国家との戦争ということで、勢力を集める為に世界を奔走した。


 そんな中で、世界が大きく変化している事に気づいたのだ。

 どうやら俺がリュカを助けた事で、人間の世界に変わりかけていた世の中が、また人と精霊の世界に戻りつつあったのだろうと思う。むしろ、戻りすぎて精霊界とこの世界……あちらから来た連中は混沌界と呼んでいたが、それが繋がってしまった。


 俺はそこで、ドワーフやリザードマン、そしてドラゴンと遭遇した。

 ドラゴンと色々あって力を認められ、その勢いで水の精霊界の連中とも親しくなり、次いで風の精霊界の連中と遭遇。

 風の精霊界と俺との繋ぎになったのが、今は共に旅をする仲間、エルフの娘アリエルだった。


 ここで一息。

 ローザを助けようと必死に動いていたのは確かだったが、なんだこれは。


 俺は何を生き急いでいたのだ。

 もっとゆっくりでも良かった……いやいや、それではローザの身が持たなかっただろう。


「ユーマ、何を難しい顔をしてるんです?」


「いや……たった半年くらいの出来事なのに、色々やったなあ、と思ってな……」


 俺の世界行脚と同時進行で、サマラには火の精霊界連中を率いてローザを閉じ込めた国に戦争をふっかけさせていた。

 これに、水と風の精霊界を引き連れた俺が参戦して、そりゃあもう凄い戦いになった。


 人間と怪物、睨み合った両軍は一歩も動かず……。

 とはならなかった。俺が空気を読まずに仕掛けたからだ。

 しかも、一日で何もかも踏み潰すつもりで仕掛けた。電撃戦も電撃戦。超電磁電撃戦というくらい電撃戦だった。


 で、俺はリュカとローザの部下とともに城に飛び込み、そこで敵対していた宗教のボスの一人と丁々発止の戦いを繰り広げることになった。

 優先事項はこいつの打倒じゃなかったから、こいつの攻撃を利用してローザの閉じ込められたところまでの道を開かせ、そこでローザを救出。

 見事脱出と相成ったのだが……。


「そう言えば、ユーマは西の土地にいる怪物たちの王に会ったことはあるんですか? 何やら、大群を相手に一人で立ち回る化物だと聞いています」


「会ったことがあると言えばある。きっと悪いやつじゃないんじゃないかな」


 俺だから。

 その通り、結局俺は人間連合軍相手に、怪物連合軍を率いて戦う事になった。

 それまでに土の精霊界も味方につけ、めちゃめちゃにやりあった後、俺は宗教のトップどもと会談して和睦した。


 お互い手出しをしたら死ぬような目に遭うと確認しあったのだ。

 そこで、平和になった俺たちは、いよいよリュカが精霊王に啓示を受けた、東の地へと旅立ったのだが……。

 そもそも、この啓示自体が罠だったんだよな。


 見つけた古代の祭壇で、リュカを始めとした巫女たちは精神を乗っ取られてしまった。

 主犯は精霊女王。

 なんと、こいつが俺をこの世界に召喚した存在だった。


 で、宗教の力が弱まって、リュカもやって来たということで復活したわけだ。

 俺を用済みだと言うんで、こいつはなんと俺みたいな戦士を異世界から召喚した。

 戦士は俺を殺すために、俺に対してメタった能力を持っていたらしい。俺のバルゴーンはそこで折られた。


 叩き潰してやった。

 だが、やり過ぎたのか、俺は精霊女王によって元の世界に戻されてしまったのだ。

 なんかアリエルがついてきて、俺は部屋に残っていたサムシングが詰まったボトルを見られたり、両親との不仲を見られたり、可愛くない妹を見られたりした。


 で、リアルなアルフォンスと再会した。

 いやあ……。実は女だった親友と会うと、不思議な感慨を覚えるよな。

 で、アルフォンスにバルゴーンを直してもらい、俺は元の世界に戻った。


 そうしたら、なんと精霊女王が召喚した、異世界の戦士が大暴れではないか。

 俺はカッとなってそいつらの退治を開始した。

 途中で、サマラとアンブロシアを取り戻した。


 ローザはなぜか無事だったので合流した。

 最後にリュカを取り戻し、精霊女王もやっつけた。

 でまあ、色々あって……精霊王と決着をつけて、今に至るわけだ。


 うむ。

 一生分の冒険はしたな、これは。

 ……おっと。


「おいスラッジ、動くなよ」


「はい?」


 首を傾げる彼の脇に、俺はバルゴーンを出現させざま、深く突き立てた。

 その瞬間、甲高い叫びを上げながら、赤く巨大なムカデみたいな奴が飛び出してきた。

 モンゴリアンデスワームみたいなやつだ。


 でも、こいつバッカだな。

 頭にバルゴーンが突き刺さっているのだ。

 俺はそのまま、奴が飛び出していくのに合わせてスーッと剣を滑らせて、こいつを開きにした。


「なんだこいつ」


「こ、こ、これは、僕の乳母の仇です……!! ああ……!」


 スラッジがなんだか跪いて震えている。

 そうか、そんなに怖かったか。


「仇を討てた……! どうか、どうか天国で安らかに……」


 あ、違った?

 俺が首を傾げていると、スラッジが立ち上がった。


「ユーマ、頼みがあります! 僕を……僕を強くしてください! 僕は、二度と、彼らみたいな犠牲を出したくない!」


「ふむ」


 俺は唸った。

 なんとなく、辺境伯の騎士団連中を思い出す。

 スラッジは戦にしか生き場所が無いほど不器用ではないだろうが、何というのかな。


 まっすぐ過ぎる気がする。

 だがまあ、いいか。


「よし、では教えてやる。だが、人間限界というものはあるぞ。なので無理はしないこと」


「はいっ!」


 という訳で、俺はスラッジに剣を教えながら、一路王都を目指すのであった。

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