第135話 熟練度カンストの遭難者2

 というわけで。

 俺は何やら見た目が綺麗な感じの男の子に拾われたのである。


 いやあ、砂漠で全ての荷物を失ってだな。

 リュカとサマラとアンブロシアとローザとアリエルとはぐれてだな。

 しかもオアシスの水に流されてこの廃墟までたどり着いたときは、死を覚悟したね。


 俺はこんな砂ばかりの砂漠で生き残る術など知らないからな。

 野垂れ死ぬ他無い。


 ああ、せめて女の子たちに手を出してから死ぬんだった……。

 なんとなくいつまでも忙しかったり、この絶妙な距離感がニヤニヤできていいなーなんて思って手出ししなかったからご覧の有様だよ。


「あの、ユーマ、何を壁に向かってぶつぶつ言ってるんです?」


「いや、これまでのまとめをだな……」


「ユーマの仲間だったという女の人たちのことですか? あの、とても言いにくいのですけど、アウシュニヤで女の人だけで旅をするのはとても危険だから……」


「うむ、でもローザ以外は多分大丈夫だろう」


 あえて心配はしない。

 それよりも、今はこの目の前の少年である。


 名前はスラッジ。

 多分高貴なところの出じゃないかと睨んでいる。

 王子っぽいから、仮に俺の中では王子と呼称しておこう。


 俺たちはグレムリンっぽい怪物を倒した後、砂漠の日差しを避けて廃墟の中でまったりしている。

 なんと、グレムリンが落としてきたメテオストライクの衝撃で、砂の中に隠れていた動物たちが飛び出してきていたのだ。


 俺はこいつらを狩って、早速串に通して焼いて食った。

 スラッジにも食わせた。

 なんか、


「た、食べたこと無いので結構です……!」


 とか言うので、


「食べないといざという時逃げられないぞ。なんか、お前を守って死んだ連中なんかは浮かばれないじゃないか」


 と言ったら、ものすごい勢いで食べ始めた。

 うむうむ。

 子供は元気なのが一番だな。


「では、一眠りしたら夜を待ち、それで移動だな。案内は頼む」


「えっ、どこに行くんですか?」


「都に決まってるだろう」


 俺は何を言っているんだこいつ、という顔をした。

 スラッジがぽかんと口を空けている。


「えっ、だ、だって、そこはとても危険で、ローヒトの召喚師もいますし、僕を守ってくれる人たちもみんな」


「そこは俺がいるだろう」


 俺は謎のトカゲっぽいものの丸焼きをむしゃむしゃ食べながら言う。


「とりあえず、俺の切っ先が届く範囲にいろ。そうしたらお前は死なないぞスラッジ」


「す……凄い自信ですね……。でも、確かにさっきのあれを見ていると、嘘じゃないって思えてきます。あれは、一体どういう魔法なんですか?」


「うむ。あれは剣術という技でな……」


「……? いやいや、冗談でしょう。僕、剣術を習いましたけど、あんなこと出来ないです。師範だって出来なかったです」


「それは鍛錬が足りんのだ」


 俺は言いながら立ち上がった。

 近くに、俺が流されてきたオアシスの端っこがある。

 砂から川が顔を出しているのだ。そこに水を汲みに行く。


 …………。

 あれっ、川があるってことは、そこで張ってれば、水を飲みに来る動物がやって来てそれを狩って、とりあえず自給自足できたんでは……!?

 今になって気がつく、衝撃の事実。


 いかんいかん。

 空腹はただでさえ大雑把な作りをしている、俺の脳の働きをさらに弱まらせてしまう。

 今後は保存食など、服の裏側にくくりつけておこう。


「じゃあっ……!」


 何故か激昂した風で、スラッジが立ち上がった。


「じゃあ、僕を守って足止めに残った師範は、無駄だってっていうんですか! あのまま、死んで、死んで、犬死だって、そういう……」


「それはそれで、できることを最大限やったんだろう。別にいいんじゃないか?」


 俺の返答に、スラッジは絶句した。


「……ユーマ。あなたって、どういう人なんですか……」


「自分のことをよく知っているなんていう人間、俺は信用せんな。大体みんな自分のことすら全く分かってないだろ。だから俺も分からん。じゃあ行ってくるぞ。一緒に来るか?」


「…………。行きます!」


 賢い選択だ。

 俺と一緒にいる限り、スラッジが死ぬことは無い。

 俺もこんな子供に厳しいことを言ってるわけだが、これは仕方ない。


 俺は子供だからと言って物言いを加減できるほど器用ではないし、それにこいつみたいにシビアな環境のやつをちょっと慰めたからどうなるというのだ。

 いかんいかん、男同士だと殺伐としてしまうな。


 ということで水汲みである。


「いいかスラッジ」


「はい」


「俺のこっちの手をしっかり握っててくれ……。俺は泳げないから、水に落ちたら溺れるのだ」


「えっ」


 なんだそのびっくりした顔は。

 泳げないし、バルゴーンを抜くのを忘れていたから、オアシスの川に流されてここまで来たのではないか。

 俺が悲しそうな顔をすると、スラッジは何だか分かってくれた風で、しっかりと俺の手を握った。


 うお、君の手のひら柔らかいなあ。

 剣だこがあるが、ごく小さい。

 本当にいいところのボンボンだな。


 スラッジの情報をこうして集めつつ、水袋に川の水を入れた。

 対面では、大きなサソリみたいな奴が水を飲んでいる。

 一瞬目が合った。


 サソリはスッと尻尾を引っ込めると、砂の中に戻っていった。

 ……ゆっくり飲んでていいのに。

 俺は今、腹が膨れているから襲わないぞ。


「さ、サバクオオサソリです……! でも、ラクダにだって襲いかかる凶暴な生き物なのに、どうして逃げてしまったんだろう……」


「きっと満腹だったんだろう……」


 俺がな。


 ということで、水をたっぷりと手に入れた俺たち。

 これを持たせながら、昼寝をして夜を待つことにする。

 召喚獣とやらも、昼日中には襲ってこないようだ。


 来るとすれば、俺が睨む限りは、日暮れとか夜とか……。

 あ、来た来た。

 寝起きの俺は、剣呑な気配が近づいてくるのを察知していた。


「ううん……」


 寝起きのスラッジが、目をこすりながら体を起こす。

 なんだか色っぽく見えてドキッとした。


 いかんいかん。

 俺はノーマルである。

 少年を愛でる趣味は無い……。


「スラッジ、追っ手が来たぞ」


「えっ、も、もうですか!」


 一気に、彼の目が覚めたようだ。


「複数いて、地面を歩いてくるな。これは恐らく、お前が話してた師範の仇ってやつだろう」


「どうして相手が来るって分かるんですか……?」


「剣を握っていると、相手の殺気みたいなものが分かるんだ。こうも殺す気全開で来られたら、気づかない方がおかしいな」


 俺は少ない荷物を片付けて、背負った。


「よし、それじゃあちょうどいいタイミングだ。行くぞ」


「行くって……」


「都に向かう。追っ手が到着したってことは、連中、纏めてここに来るだろう。それを蹴散らしたら邪魔も入らん。簡単な道理だ」


「い、いやいやいや! ちょっと待ってください!? あの、だって、それって追っ手の中を突っ切っていいくわけで、危険なんてものじゃ……」


「いや、行き掛けの駄賃だ。壊滅させて行こうじゃないか」


 俺は歩き出した。

 すぐ後ろを、おっかなびっくり、スラッジがついてくる。


「バルゴーン、行くぞ」


 俺は得物を呼び出す。

 虹色の煌めきが、夕暮れの砂漠に映える。


 目の前には、実に仰々しい面々が揃っているではないか。

 六本の腕を持つ、紫色の肌をした巨漢ども。その腕の全てには、手槍や剣……あのリングはチャクラムだな? そういった物を持っている。

 さらに胴体は完全武装だ。


 こいつらはグレムリンとは違い、俺を見て油断していない。

 というか、戦いそのものを愛する気質の連中かもしれん。

 阿修羅、と仮称しておこう。


「ガアッ!!」


 阿修羅の一匹が吠えた。

 まずは、俺を指差し、手にしたチャクラムを投げつけてくる。

 俺はこいつを躱した。


「気をつけてユーマ! これ、戻ってきます!」


「うん、知ってる」


 俺は次に来たチャクラムを、バルゴーンの切っ先でキャッチ。

 これ、指に通して投擲する関係上、穴が空いてるのよね。

 同じ要領で、次々にチャクラムを、逆輪投げのような要領でキャッチしていく。

 そろそろ、後ろから戻ってくるな?

 俺は頭をかがめて、頭上を通り過ぎていった戻りのチャクラムを、最後にキャッチ。

 目の前では、阿修羅どもが目を見開いている。

 連中の武器に、もうチャクラムは無い。


「お返しする」


 俺は一歩進みながら、バルゴーンを小刻みに振るった。

 先端に引っかかっていたチャクラムが、次々と放たれていく。


「ガッ!?」

「グオッ!!」

「ガウッ!!」


 奴らはチャクラムを、武器で受け止めたり、あるいは鎧の部分で受け止めたりする。

 だが、中には要領が悪いやつがいて、まともに食らって傷を負っている。

 ああ、でもこの程度では倒れないんだな。


 素晴らしいタフさだ。

 俺は連中に向けて、空いた左手を上向きにして差し出した。

 手招きする。


「よし、かかって来い。遊んでやる」


「ゴオオオアッ!!」


 阿修羅共はこれを見て、一気に激高した。

 紫の肌が真っ赤に染まり、叫びながら襲い掛かってくる。

 残り五本の腕が持つ武器が、次々に俺に迫り、これを俺は、リーチが長い順に捌いていく。


 手槍を受け流し、剣を払い除け、懐に入りながら短剣を撃ち落とし、奇妙な形の槌を破壊し、鉤爪を切り落とし。

 虹色の切っ先が、阿修羅の股間から頭上に向かって抜けた。


 阿修羅が真っ二つに裂け、両脇に倒れる。

 道ができた。


「よし、ついてこいスラッジ。サクサク行くぞ」


「は、はいっ!」


 途中で、スラッジが阿修羅の短剣を拾ったようだ。

 短剣とは言っても、小柄なスラッジからするとブロードソードくらいの感覚だな。


 俺はスラッジを気にしながら、横から飛び掛かってきた阿修羅の腕を三本切り飛ばし、そのまま飛び込んできた所を首をはねて胴体を輪切りにする。

 さらに横にステップして、もう一匹の阿修羅が体勢を整えきる前に袈裟懸けに斬り飛ばす。


「スラッジ、武器で戦おうと思うなよ。死ぬほど鍛錬でもしない限り、人間はこいつらには勝てん。死ぬほど鍛錬すりゃ勝てる。こう」


 俺は言いながら、斜め前の阿修羅の武器をまとめて腕ごと切り飛ばし、逆袈裟に叩き切った。


「な、簡単だろ」


「む、無理ですっ!!」


 だよねー。


「まあ、基本の動きを教えてやるから、見て覚えろ。まず、こう、な」


 俺は踏み込みながら、上段からの振り下ろしをする。

 ごく基本的な、剣道で言う面の動きだ。

 だが、これも相手の気を呑み、機を崩してやれば、ほら、この通り。


 阿修羅が防御する隙を与えずに踏み込んだ俺の上段が、巨体を真っ向唐竹割りに切断する。

 これで相手は真っ二つに割れるから、ちょうど中心を駆け抜けられる。


「で、この駆け抜けた動きを利用して、横の阿修羅を、こう」


 バルゴーンが、真横にいた阿修羅の胴体を、武器ごと半ばまで断ち切る。

 阿修羅は目を剥いて血を吐くと、そのまま崩れ落ちていった。


「返す刀で、こう」


 下から斬り上げる動きで、もう片側から来ていた阿修羅を武器ごと首を飛ばす。


「ユーマ! そいつが最後の悪鬼です!」


「えっ、最後なのか!? 参ったな」


 面と、胴と、小手の変型。

 こいつら相手だと打ち合いにならないから、失敗だったな。

 今度は普通の武器で相手をせねば。


「じゃあ、基本の型の最後だ。これが」


 残った阿修羅が、大声をあげながら向かってくる。

 なんだ、あの表情は。

 引きつっている。


 戦に生きる化物みたいな奴が浮かべる表情じゃない。

 あれは、恐怖だ。

 切っ先は、恐怖に歪んだ阿修羅の喉に、抵抗もなく吸い込まれていった。


「突き、な」


 この程度の体重差なら、剣勢で楽にひっくり返せる。

 俺は突きで阿修羅の息の根を止めながら、そのままあえて首を切断せず、力をこいつの胴体に向けた。


 突きの威力をコントロールすると、このように衝撃を逃すこと無く、相手の体内に全てぶつけることができるようになる。

 これによって、阿修羅の巨体だけが剣からすっぽ抜けて吹っ飛ばされていく。

 ちょっと向こうで、バウンドした。


「今度機会があったら、相手の武器を防御してからの立ち回りを教えてやるからな」


「は……はいっ!」


 夕暮れの日差しに照らされたスラッジの表情は、赤らんでいた。

 夕日のせいばかりではないな。

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