第132話 熟練度カンストの凱旋者

『異分子。レイアが招き入れた不確定要素』


「そうなのか。俺がやって来たことは、おたくらにとっては想定外だったのか?」


『人の時代の到来を葬り去った者。精霊の時代の再来を葬り去った者』


「結果的にそうなったな。俺は誰も彼も救えるほど器用じゃなくてな」


『なに。風の巫女が共にある。資格は有している』


 ゼフィロス。

 なんだ? こいつ、今笑ったか。


『到来する新たな時代、止めてみよ。風は流れ続けるもの。風はとどまらぬもの。風は変化し続けるもの』


「そうだな。まあ、なんだ。ラスボス戦的な御託かもしれんが、互いに喋るのは苦手だろ」


 ぶっちゃけた話だが、相手にもコミュ障の香りを感じたのだ。

 俺は多少なりともコミュ障が改善された気がするが、正直、他人の話を聞いたり話をあわせたりは全く持って出来てない気がする。

 ゼフィロスも、この訥々とした喋り方からして、お世辞にもコミュ力が高いとは言えないだろう。


 結果として、俺の言葉がこのやり取りの終わりを告げたようだ。

 ゼフィロスは無表情に戻り、剣を天にかざした。


 ここは上空。

 俺はリュカから放たれた風の魔法で空を飛んでいる。

 ゼフィロスは、自らの力で飛んでいる。


 眼下一面に広がるのは、回転する雲である。

 スーパーセルを空から眺めているようなものだろう。

 そのスーパーセルが、集まってくるのだ。


 ゼフィロスが全ての力を集約し、俺と戦おうとしている。

 ついに敵は自然現象になったか……!


 束になって押し寄せる、黒い風の奔流。

 こいつを、


「それは大体見た」


 切り開き、バラバラに分断していく。

 これだけの風量になると、風も質量を感じるようになるな。

 切り裂かれるたびに、圧縮された風が爆ぜて散らばる。破裂音がそこここで響き渡る。


 そこへ、ゼフィロスが剣を振りかぶる。

 これを、巻くように振り下ろすと、俺を取り囲む形で竜巻が出現した。

 数は六つ。


 竜巻とは言っても、キッチリ黒い色が付いて見えるくらいには風の濃度が凄い。

 だが、こいつは結局、ひと繋がりの風が螺旋を描いて巻き上がっているに過ぎない。

 なので、


「ほっと」


 俺は近づいてきた竜巻から順に、その風の繋がりを断ち切っていく。

 風にも綻びというものが存在するのだ。

 それを見極め、正確に分断していく。


 バラバラになった風は竜巻を維持できず、無数の小さなつむじ風にばらけてやがて消える。

 俺が切り離した一部が、バラバラに分かれながら落下して行った。

 眼下のスーパーセルは、随分薄くなってきている。


 落下する先が見えるな。

 おう、あのごちゃっとした集まりは、ディアマンテ帝国の都だろうか。

 落下してくる黒いつむじ風に向かって、光の筋のようなものが都から走った。


 おお、戦っている。

 思えば、この国の首都には行った事が無かったな。

 こちらの世界にやって来てすぐに、巫女側のパブリックエネミー的立場に立ってしまったからなあ。


 今後も、文化的生活とは無縁そうだ。

 まあ、だが、そんな生活もいいじゃないか。

 人間、ゲームやインターネットが無くても、原始的な生活だってやればやれるものだ。


 俺が目線を戻すと、今まさに風をまとってデュランダルがこちらに突き込まれる瞬間である。

 これをバルゴーンでいなしながらも……凄まじい風の勢いに、後方へと押し流されていく。

 海を越えてしまったようだ。


 足元に広がるのは、半分に削れた山だ。

 かつて、火の精霊王アータルが出現したガトリング山は、全ての火の力を失い、死火山となっている。


 風が集まってきた。

 再び、俺にデュランダルを叩き付けるつもりらしい。

 振り上げた黄金の剣が、黒い風をまとって巨大化する。


 まるで大陸を割るほどの、凄まじい大きさの剣だ。

 実体ではないが、物体化するほどの濃密な風が、そう視認させるのだ。

 振り下ろされる一撃。


 俺は、バルゴーンを大剣へと変化させる。

 これはいなすとか、捌くとかそういう消極的対処でどうにかなる次元ではない。

 だから、真っ向から砕く。


 タイミングを合わせて、振り下ろされてくる巨大な風の魔剣に、切っ先を合わせる。

 先ほどの竜巻同様に、全ての風には綻びが存在している。


 風ばかりではない。

 それは光であっても、闇であっても、水であっても炎であっても。

 俺はそれを見極め、正確に……。


「断つ」


 バルゴーンが風の魔剣へと潜り込む。

 風と風がつながり合う綻びを、寸毫の狂いなく切断する。


 引き裂かれた風が飛び散り、俺たちの周囲に乱気流を引き起こした。

 下から見たら、俺たちの戦いはどんな光景に見えているのだろうな。


「終わりか? 次は、俺から行くぞ」


 風を引き裂きながら、俺は宣言した。

 どこかで、リュカは俺の言葉を聞いているのだろう。


 シルフの風が後押ししてくれる。

 空を、まるで大地のように踏みしめて、俺はゼフィロスへと接近する。


『風……。吹き荒れる……押し流す……風……』


 ゼフィロスはデュランダルを真横に振りかぶる。

 再び巻き起こる、暴風。

 ふと、俺は視界の端に四つの色彩を認める。


 俺の背後に、鮮烈な赤。火竜。

 左手に、清冽な青。水竜。

 右手に、壮麗な緑。綠竜。

 ゼフィロスの背後に、眩き白。白竜。出たなエルフの族長め。


『我らが風を押し留めよう』


『そなたは風の王を倒す事に注力なさい』


 水竜と緑竜が、吹き荒れる風を放つ魔力で押し返していく。


『とは言っても、お主は風による被害など気にもせんのだろうな』


 溜め息と共に、白竜の言葉が聞こえてくる。

 彼は空の穴の前に立ち、これ以上の黒い風がそこに吹き込むのを防いでいる。


『戦士ユーマ。物見に来たぞ。見事、風の精霊王に引導を渡して見せよ』


 火竜は野次馬だな。

 何か凄い事をやっているのかも知れんが、一見してよくは分からない。


 ゼフィロスはこれらに、何の反応も返さなかった。

 ただ、じっと俺を見据えて、デュランダルを振る。

 技も何も無い。


 だが、込められた絶大な魔力だけがある。

 俺は片手剣へと戻したバルゴーンを鞘に収め、迎え撃つ。

 デュランダル到達の瞬間に、抜刀。


 一閃、黄金の魔剣が纏う風を斬り裂く。

 返し、放たれる風の王の魔力を斬り裂く。

 反転、斬り下ろし、黄金の魔剣の命脈を真っ向から断つ。


 そして、突き上げ。

 切っ先が飛ぶ。

 風の王へと。


 ゼフィロスはじっと目を見開き、俺を見つめている。


『混沌の時代の到来を』


 虹色の輝きが、黒い風を突き抜けた。

 風の色が塗り変わっていく。

 全ての光彩を含む、万色の風へと。


寿ことほごう。切り拓く者よ』






「あっ……」


 削れた山を望む事が出来ることが出来る、ステップ地帯。

 遊牧民やリザードマンに混じって、小さな体に精一杯の荷物を運んでいた娘は驚き、顔をあげた。


「どうしタ?」

「ねえマルマル、きがついた?」

「むっ……風……?」

「うん、もどってきたんだよ、風が! 風、吹いてるよ!」


 走り出す。

 後ろを、リザードマンの娘がついてきた。


「みんな、戻ってきたよ! 風が戻ってきた!」


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