第133話 熟練度カンストの魔剣使い

「はぁ!?」


 昼下がり、彼氏と二人で入った定食屋にて、牛丼の小盛りサラダセットなど頼んでいた彼女は、ふと見上げたテレビの中にありえない姿を発見した。

 思わず声を上げてしまい、彼氏のマサル氏が驚いてむせる。


「ウオッホ! げほげほっ! お、おまっ! ナニいきなりとんでもねえ声出してんのよ!」

「いや、だってさ! あれ、あれ!」


 ご飯粒がついた箸で、彼女はテレビを指し示す。

 マナー悪ぃなあ、と思いつつ、マサル氏もまた、その箸先に目をやった。


 そこには、最近テレビで大々的に騒がれていた、”空の穴調査隊”が行なったインタビュー映像だった。

 いや、これは生放送なのか?


『あなたが、この世界の代表ですか』


『まあ』


『ユーマ、ちがうでしょ! 代表じゃなくて、えっと、私たちの領土はここから向こうの山のほうで……』


『まあそんな感じ』


『もぉー! ユーマはてきとうな事ばっかりゆう!』


 灰色の甲冑を身に纏った男が、のらりくらりとインタビューを受けているではないか。

 横には、銀色の髪をした小柄な少女がいる。

 角度によって、彼女の髪は虹色の光沢を帯びる。


『我々は、地球の日本というところから来ました。何故、日本語を喋る事が出来るのですか?』


『俺もともと日本人なんで』


『はあ!?』


 それは、二年前にふらりと消え、一年前にふらりと戻ってきてはまた消えた、彼女の兄であった。

 のらりくらりとはしていたが、インタビュアーのガードを固めているらしい、銃を構えている護衛は緊張感に満ちている。

 彼らの目は見開かれ、息は荒い。


 それなりに腕に覚えがある者が見れば、彼らの心が一色の感情に塗りつぶされているのが分かったかもしれない。

 それは恐怖だ。

 彼らは、目の前で適当な返答をする、元日本人だと名乗った男を恐れている。


『では、日本人であるあなたはここで一体何を……』


『うむ、さっき聞かれた通り』


『うん、そっちはほんとう』


 なんともインタビューし甲斐が無い様子である。

 彼らは、スクープを狙って飛び込んできた某ケーブルテレビ局のメンバーだった。

 さるスポンサーから護衛を借り受け、遅々として調査計画が進まない国家的プロジェクトを余所に、勝手に乗り込んできたのである。


『参ったな……これじゃやらせみたいじゃないか……』


 インタビュアーが思わず、本当に困った声を漏らす。

 マサル氏はそれを聞いて、吹き出した。


「いや、っていうかやらせでしょ」


 空に穴が開いて、もう一年。

 一度はそこから、真っ黒なモヤが噴出してきたことがあったが、それ以降、穴から何かが現れる事も無い。

 噂では、ドラゴンが現れてあの穴を開けたとか言う者がいるが、当然のことながら信じる人間は少ない。


 マサル氏の中では、あの穴もまた日常の一部になっていたのだ。

 と、そこで画面の中では急展開である。

 カメラが揺れる。


 インタビュアーが叫んでる。

 何かが現れたのだ。

 護衛が銃を構えて、にわかに緊張感が増す。


『か、怪物! 怪物が!』


 映し出されたのは、トリケラトプスに似た巨大な生き物。

 それが頭の上に赤毛の女性を乗せて、のしのしと走ってくる。

 護衛が何かを叫びながら、銃を撃った。


 マイクが銃撃の音を拾い、スピーカーから割れ鐘のような音が響く。

 彼女は思わず耳を押さえた。


「うっわ、ナニコレ!? 放送事故じゃん!?」


 だが、マサル氏はずっと、目撃していた。

 銃が撃たれた瞬間、いつの間にか、弾丸の軌道の前に灰色の鎧の男がいる。

 彼女の兄であるはずの男だ。


 その手には虹色の剣が握られており、それは既に、鞘に収められるところだった。

 一瞬遅れて、鋭い金属が弾かれる音が響き渡る。

 直後、カメラの画面が割れて、すぐに砂嵐。


『ああっ、か、カメラが!』


『スタジオに戻して!』


 結局グダグダな展開になってしまった。


「あれって……弾丸を剣で弾いたのか……? はは、まっさかあ……」


 半笑いになりつつ、マサル氏の脳裏をよぎるのは、己のスマホを貫いた割り箸の記憶であった。

 アレを投げたのは、彼女の兄で、ちょうどあのテレビに映っている……。




 後日、番組映像を解析した映像が動画サイトに貼られた。


 これによると、弾丸が放たれた瞬間には、既に灰色の男がそこに出現している。

 虹色の剣がいつ出現したのかは不明。

 早過ぎてコマ送りでも確認できなかった。


 弾丸は確認できたが、ある一コマに虹色の線が何度か発生し、そのたびに確認できる弾丸の形状や向きが大きく変化している。

 あれは間違いなく、剣で弾丸を弾き、その上で斬り飛ばしていたと証明されたのである。


 彼の話題は、一時期ネットを騒がせる事になる。

 だが、証拠映像もこの一つきり。

 しかも、ケーブルテレビ局は国のお叱りを受けて営業にペナルティを課されてしまった。


 これに萎縮し、各報道機関は自由な行動を慎むようになる。

 新しいネタが提供されないものだから、やがてこの動画もネットの海に押し流され、人々の記憶から薄れていく事になる。


 だが、一度ネットに流れ出した情報は、拡散する事はあれど完全に消え去る事は無い。

 この男は、謎の剣士……いや、虹色の怪しい剣を使うので、魔剣士として、ある種の揶揄と共にオタクな界隈の記録に残り続けた。









「……はずだ」


「ユーマはなに言ってるのか時々わかんないよね」


 旅の空である。

 俺は全ての仕事を終え、さらには灰王の軍の引継ぎまでを済ませていた。

 今、灰王の軍は火竜の山に本拠を構え、玉座には灰色の鎧を纏った恰幅の良い男が座っている。


 フトシである。

 ……。

 なんでフトシが、と思いはした。だが、うちの軍勢の王が側近、魔界軍師的な立場に上り詰めたマーメイドのプリムが、


「灰王様はお強いんですけど、凄みが本当に強い相手にしか伝わらないんですよねー。見た目的には大柄な方でもないから、見栄えがするとも言い難いですし。なので、従順で体が大きくて、直接戦闘力が無くて反逆しづらい人を傀儡に据えておくといいと思うんです。ほら、灰王様ご自身が、灰王の軍の抑止力を担当していたじゃないですか」


 恐ろしい娘である。

 無論、フトシに拒否権は無い。

 大出世だな!


 やったなフトシ!

 という事で、俺は全権をプリムに委ね、さらにはいかつい灰王っぽい全身甲冑をローザが嬉々として作り、偽灰王を仕立て上げたわけである。


 もう、肩アーマーどころか、背中や胸や腕からトゲがマシマシである。

 材質は、本体がケラミスだが、表面処理は最近ローザが加工をマスターしたジュラルミンで覆われている。つや消し塗装をされたあのアーマーは、なかなか厳つくて見栄えがすると個人的には思っている。


「ああ。可能であれば、ユーマに着せたかったがな……」


 とても残念そうに言うローザ。

 チェア君の上でまったりしている。

 勘弁して欲しい。あんな鎧を着たら、俺は動けなくなってしまうではないか。


「何を言う。動きを妨げるほどの鎧を身につけて、あの剣技を使えるようになってこその灰王であろう。私は心を鬼にして、貴様の腕をさらに高めてやろうと思っだな……」


「絶対、俺に着せるのが楽しいだけだよな!? 最近分かってきたぞ、お前実はケラミスで装備作ったりするのが趣味なんだろう!?」


 ローザはスッとそっぽを向いた。

 おのれ、ロリババアめ。

 そんな俺たちのやり取りを羨ましそうに見ていたサマラが、意を決して走ってくる。


「ユーマ様ッ!!」


「ぐわーっ!! な、なぜ抱きつく!!」


「次の町で子作りをしましょう!!」


「な、なにいーっ!!」


 巫女たちは全ての役割を終えた。

 精霊王は自意識を失い、自然現象と同化している。

 彼らを地上に降ろすとしても、それは力の形として呼び出すことしか出来ない。


 レイアによる異世界召喚めいた干渉は、もうこの世界では起こらない事なのだ。

 俺が巫女を守るために作り上げた灰王の軍は、俺たちなしでも動き続ける。

 そして、各国は灰王の軍を無視する事は出来ないはずだ。


 全ての異種族を内包し、一軍で世界を相手取れる勢力だ。

 そこから、俺と巫女たちが抜けた事など、世界だって気付くまい。


「ユーマさん、一応私もいるんですから。サマラさん、サマラさんはお子さんが出来ると力が落ちますけれど、私は問題ないんですよ?」


「あ、アリエル……! あんた、ずっと狙ってたのね……!? ユーマ様! もう一刻の猶予もありません! 今、今ここで……!」


「いい加減におしよ!」


「アンブロシア!? な、何を……ぎゃーっ」


 おっ、背後から走ってきたアンブロシアがサマラを背後から抱え上げてのフルネルソンスープレックスである。

 サマラは頑丈だから、あの程度の攻撃ではどうということもない。

 アンブロシアは火の巫女を大地に沈めると、不敵に笑みながら立ち上がった。


「あんたの意思はあたしが継いでやるさね。さあ、ユーマ! あたしの胸に飛び込んで来な! あの時の続きをしよう!」


「あのキスは不可抗力なので……」


「往生際が悪い!」


 俺は、襲い掛かってくるアンブロシアと、復活したサマラに追い回される事になった。

 二人の後ろから、虎視眈々とアリエルが狙ってくる。

 肉食系女子ばかりなのか……!?


「はい、そこまでー!」


 そこに、突風が吹いた。

 女子たちは「ぐわーっ」「ぐえーっ」「あひーっ」とか叫びながらなぎ倒される。


 俺を守るように立っているのは、リュカである。

 風の巫女にして、巫女たちの筆頭。

 あと、俺の第一夫人。


「これから新しいお仕事するんだからね! 子供を作るところまでは禁止だよ!」


「リ、リュカ様、せめてその直前くらいまでは……」


 サマラがしぶとく食い下がる。

 だが、彼女は基本的にリュカの子分なので、腰が引けている。

 リュカはちょっと考えて、


「じゃあ、私が味見してから……」


「リュカ……恐ろしい子だよあんた……!」


「己の発言力をよく分かっているが故の余裕ですね……!」


「むふふ。でもね、本当に大変なんだよ。デスブリンガーの人たち、どうやら凄く東の国にも出てきてるらしいじゃない。あの人たちの自由にさせてたら大変なんだから。あと、それから、向こうは言葉が違うから、覚えなくちゃいけないこともたくさんあるし、それに独自の精霊がいるとか……。だから、ちゃんと真面目にやんなくちゃだめよ!」


 巫女たち+エルフ、叱られてしおしおとする。

 それを見て、ローザはからからと笑っていた。


 そう、俺たちが向かっているのは極東の地。

 約束の地のさらに向こう、山脈を越えた先にある道の国々だ。

 そこからやってきたという行商人が、暴れまわるデスブリンガー一味の話を俺たちにしてくれたのだ。


 そいつというのが、俺とリュカからジャージと貫頭衣を買い取り、服を売ってくれたあの行商人だったのだが……それはまあいい。

 俺たちはレイアの残した厄介ごとを解決せねばなのだ。


 それに、最近はちょこちょこと、空の穴から向こうの世界のヘリや飛行機が顔を出してくる。

 近々、あちらさんとの交渉もあるかもしれない。


 精霊王たちの動きは終わったが、まだまだこの世界の試練は続くのだ。

 俺たちの旅もまた。

 さて……落ち着くのはいつになることやら。


「おや? ユーマ、リュカ、サマラ、アンブロシア、アリエル。遠くに何やら見えてきたぞ。あれがアウシュニヤ。熱砂の王国だ」


 蜃気楼野彼方に揺らぐ、幾本もの石の尖塔。


「まあ、新婚旅行みたいなものであろう……」


 呟く俺の手を、リュカが握った。


「それじゃあ、行こっか、ユーマ」


「おう」


 俺は頷く。

 

「そおれ、先に行ってしまうぞ!」


 チェア君を急かして、ローザがのしのしと先行していく。


「植物の精霊が……あまりいないですねえ……」


 げんなりと、アリエル。


「うわ、あそこって、アタシは結構居心地いいかも……! 普通にあちこちに火の精霊がいるし」


「大きな河があるんだったよね? あたしはまずそこに行きたいねえ」


「こらー! みんなバラバラに行っちゃだめでしょー!」


 先行したみんなを、リュカが慌てて追いかけようとする。

 俺はそんな彼女に背中を向けた。


「乗るがよい。鍛えぬいた俺の脚力を見せてやる」


「むむっ。必ずやあの子たちに追いつくんだよ、ユーマ!」


「御意!」


 背中に、暖かな感触が宿る。

 さてさて、こちらでも一暴れしてやろうではないか。

 だが、少しくらいはまったりしても罰は当たるまい。


 それに……成り行きで子供が出来てしまってもだな……。フフフ……。


「ユーマ、またエッチなこと考えてたでしょ。めっ!」


「痛い!? りゅ、リュカさん、走ってる最中にほっぺたをつねらないでいただきたい! いたいいたいたい!」


 異世界の空の下で、大地を踏みしめて突き進む。

 さあ、新たな旅を始めよう。



 熟練度カンストの魔剣使い 第一部 完

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