第130話 熟練度カンストの到達者
パスを潜ると言う行為は、言わばワープである。
森と森の間にある次元を捻じ曲げてつなげてしまう。
言わばエルフの秘奥義なのだが、今現在、灰王の軍ではこれを大安売りかというほど多用している。
俺も原理は分からないが、そもそも人間には再現不可能な代物なのだとか。
植物の精霊とのリンクが無ければ、パスを作る事はできないのだ。
「迷いの森っていうのがあるのはご存知です?」
「聞いた事は」
森を抜ける時にふと疑問を口にしたら、アリエルが教えてくれた。
「本来は、木の精霊であるエントが自ら動き回って、森の形を変えてしまうから旅人が目印を失い、迷ってしまうという事が多いんです。だけど、本当に次元が曲がってしまい、別のところに繋がる迷いの森がある。森の木々の生え方って、それだけでひとつの魔法なんですよ。無作為に生えているけれど、これに意味を与える。そうすると、植生に相似性がある別の森とつながる。これがパス」
エルフェンバインの森から、ディアマンテまで一瞬。
風の精霊王が遮った国々の行き来だが、パスの前には無力である。
では誰もがパスを通ればいいではないか、となるが、それは無理だ。
森の形、木の配置が崩れてしまえば、パスは無効となってしまう。
案内人である風の妖精が同行しているか、歩き方をマスターしない限り、人間にはとても活用できない。
俺は覚えたクチだ。
「はい、ということで森の外です。こっちでよかったんですか?」
「うん、まちがってないよ。なんだか思い出すねえ」
リュカの言葉に、俺も同意した。
「うむ……たった一年前くらいの事なのにな。懐かしく感じる。思い出は血みどろだが」
まるで大根か何かのように、ラグナ教の連中を斬ったものだ。
斬って斬って斬りまくった。
「もしかして、ユーマ様、リュカ様、なんとなくゼフィロス様がいる場所が見当付いているんですか? 風だから、どこにでもいて、どこにもいないって言う風に感じるんだけど……」
「ゼフィロスの目が、ここにあるだろうって程度だな。そこが外れなら、正直お手上げだ」
「うん、でも間違いないよ。私はゼフィロス様の感じが、凄く強くなってるのを感じる」
この、巫女が自分の精霊を感じる感覚というのが俺にはわからない。
アリエルも、現実世界へやって来てから風の精霊やらを感じていたから、五感とは違った感覚なのかもしれない。
そうすると、精霊王はどのように知覚できるのだろうな。精霊よりも遥かに規模の大きな存在を知覚するという事は……。
「んー、一番近いのは、におい?」
「そうだねえ。海は特に、潮の香りの濃さで分かるね。地上だとこれはまた、水のにおいは他の色々なにおいに紛れがちだから、あたしもちょっと水の精霊を探すには骨が折れるけどね。だから、地上で水を探す時は、あたしは音を聞く感覚で探す」
「アタシは困った事無いですね。火の精霊が自然にいるのは火山くらいだもの。あとはかまどかな? 夜になると、街は火の精霊がたくさんいて楽しいですよ。アタシの感覚だと、火は見えるっていうイメージですかね」
「土の精霊は探そうと思えば幾らでもいるな。だが、彼らはそのものを呼び出して行使するという対象ではない。むしろ副産物を利用させてもらう事が多いな。おおよそ、土の精霊の質は触れれば分かる」
人それぞれなのである。
「それじゃあ、リュカは今、物凄く濃厚なゼフィロスのにおいを感じているわけか」
「そお!」
力強い肯定をちょうだいした。
我々一行は、森を出てしばらく行くことにする。
弁当は、ヴァイスシュタットで仕入れた保存食一式である。
「あそこの保存食は美味しいよね。でもリュカ様、この食べ物が無くなったらどうするんです?」
「任せて。私、この辺の食べられる木の実とか野草に詳しいから」
おお……もう……。
俺の鼻腔に蘇る、あの生臭くて青臭い木の実の味。
栄養抜群っぽいんだが、最悪に不味いんだよな……。だが、食べられはする、食べられは。リュカは嘘は言ってないぞ……!
「ユーマが微妙な顔をしているな……」
ローザ、鋭いな。
そんなノリでずんずん進むと、町が見えてきた。
典型的な、ディアマンテ帝国内陸の町である。だが、俺とリュカにとっては、特別な思い出がある。
「あれはね、私とユーマが出会った場所なんだよ。ユーマは空から降りてきて、私を助けてくれたの」
「やっぱり、ユーマ様はいつも誰かを助けているんですねえ。やっぱりこの人で間違いなかった……!」
「だけど、最初がリュカってのは運命だったのかもね? あたしたちじゃ、もっと物事はこじんまり纏まってしまってたかもしれない。あたしら、リュカみたいな才能は無かったわけじゃない?」
「へえ……。私が最後って言うのは、ちょっと損した気分ですね……」
「アリエルは最初は、せいりゃくけっこんだーって言ってたもんね?」
「もう、止めて下さいよリュカさん!」
おうおう、女子たちが大変かしましい。
俺が彼女たちの様子にほっこりしていると、ローザがつんつんと突いて来た。
「ほれ、こういう状況なら、思い出話の一つもするものだろう。ラグナの狂信者から巫女の娘を救い出した英雄の語りが聞きたいところだが?」
「うむ……。あまり口は上手くないんだが」
ローザの催促に俺が折れると、みんながこちらを向いた。
興味津々といった様子だ。
リュカはニコニコ。
では、語るとしよう。
「あれは、リュカが杭に縛り付けられて、火刑とかで殺される寸前でな……」
「おお……」
「あああ……、そういう……」
「思ってたより陰惨だった……」
おや? すぐにみんなギブアップしたぞ。
「村のみんなも火刑にされてね……。私は最後に……」
「リュカ様もうやめてえ!」
サマラの悲鳴があがったのでこの話はここまでとなった。
リュカの村の人間たちを処刑した町は、一見するといつもと変わりが無いようである。
だが、よくよく見たら、半ばほどがゼフィロスの風に触れていた。
という事は……。
「うん、静かでしょ。あの町はもう、誰も生きていないと思う。ゼフィロス様、たまに気まぐれで風を吹かせるんだね。あの町はそれに触れちゃった」
運が悪いと言うか、散々やらかした業が回りに回って返って来たと言うか。
「よし、せっかくだから食えるものを頂戴しに行こう」
俺が提案すると、リュカ以外の女子が顔を引きつらせた。
結局、俺とリュカが二人でのしのしと町中に入っていくので、諦めた四人が後からついてきた。
とりあえず、生ものは干からび始めていたので、とりあえず乾燥済みである乾物系を中心に集める。
そこらで倒れている男の持っている袋を拝借して、これを食料入れとする。
死者はそこら中に倒れているが、不思議なことに腐敗しだしている死体は一つもない。
この風は、もしかすると触れた生物を殺してしまうのかもしれない。
例えば、腐敗を生む菌類も生物である。それらが殺しつくされたら、腐敗は起こらないだろう。
ここの連中は、このまま干からびていくのかもしれない。
感慨にふけっていたら、女子たちが慌てて走ってきた。
「ユーマ、風が来る!」
「おう!」
俺は袋を捨てて、彼女たちの元へ向かう。
なるほど、俺の額やら手首やら、むき出しになった部分がチリチリする感じだ。
随分危険なものが来るらしい。
それは、色の付いた風だった。
風の色を想像したことはあるだろうか。
緑、白、あるいは青。
そいつの色は黒かった。
禍々しささえ覚える、漆黒の風である。
なので、大変斬り易かった。
「おりゃっ」
バルゴーンを大剣に変えて、風に向かって叩き付けた。
黒い風が真っ二つに割れる。
そして、割れた風は色を失い、そよそよと流れていったではないか。
「何らかの意思を感じるな、こりゃ」
「それはそうだよ。ゼフィロス様の風なんだもん」
「あ、そうか。そうだったな」
あっはっは、と笑う俺とリュカ。
すると、アリエルがむむ、と唸った。
「でも、さっきの風には……シルフがいませんでした。むしろ、シルフは私たちに寄り添っている気がします。ゼフィロス様は、完全に狂ってしまったとしか……」
「案外最初から、ゼフィロスは狂っていたのかもしれんな。俺は、精霊王で唯一、ゼフィロスの意思ってのだけは確認した事が無いんだ。それで、アータルは精霊王の意識が薄らいで行ってるって言ってたんだろ? なら……一人くらいは、完全に意識が拡散しきっちまった精霊王がいてもおかしくない」
「うん、あそこで私が聞いてたゼフィロス様の言葉は、やっぱりレイアの言葉だったのかな。でも、ゼフィロス様は私の召喚に応えてくれたし……。よくわかんない」
「実際に本体……あれば、だが、そいつに会って問いただすしか無いだろうよ」
「それじゃあ、お二人があてにしている、ゼフィロス様の核があるかもしれない場所って」
「うん」
リュカは頷いた。
もう、あの時のことは吹っ切ったのだろう。
涙を見せる気配は無い。
「私の村。今はもう、何もなくなっちゃった私の故郷だよ」
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