第129話 熟練度カンストの対峙者3

 やって来たのは、恐らくは戦闘機が墜落した地点である。

 作戦本部からはそれなりに距離のあるエルフェンバイン領土内だが、最近はそれぞれの国内でも、森から森へパスを繋ぎ、自由に移動できるようにして行っている。

 という事で、みんなで移動してほんの一時間ほどだ。


「これは、まさに鉄の鳥ですな! 鋲の跡が無い……! 一体、どうやって作ったものか」

「高熱で金属を溶かして、繋ぎ合わせてるのさ。それにしたって、この金属も様々なものを混ぜ合わせているじゃないかね? 誰がこれだけのものを作って、しかも空に浮かべる? 冗談だろう?」


 学者先生ことエドヴィンと、ドワーフの女族長が戦闘機の欠片を手にして言い合っている。

 女族長も鍛冶には詳しいのだな。


「ドワーフはね、男が鍛冶を担当するもんだけど、手が足りない時は女も手を貸すのさ。だから、基礎的な知識程度ならドワーフは誰でも持っているよ」


 そんなものなのか。

 さて、俺が一見した所、墜落したこの機体、細かい所は良く分からない。

 一つだけ分かるのは、翼に描かれたこの星のマークは、日本のものじゃないなという事か。


 空の穴から、あちらの国の戦闘機がやって来た。

 しかも墜落して行方不明と来たものだ。

 これは思っていたよりも、早々に向こうの世界も動きがあるかも知れん。


 だが、問題はそんな事ではない。

 報告によれば、戦闘機はミサイルを放ったと言う。

 それは風に向かい、そして途中で爆発したのだそうだ。


 戦闘機は風に巻き込まれ、すぐにコントロールを失い……空中で爆発した。

 墜落して爆発したのではない。

 つまり、この風そのものに攻撃的な能力が備わっているという事ではあるまいか。


「おい。みんなに通達してくれ。空を飛ぶことを禁止する。空を飛んであの風に突っ込むと、下手を打てば死ぬぞ」


「それは……ふむ。ユーマの言葉は皆が共有すべきだ。これを落とす風ならば、あれは風の姿を借りた化物だぞ」


 ローザもまた、墜落した破片を分析して、俺と同じ結論に達したようだ。


「これは実に特殊な合金だな。軽量な金属に、亜鉛や胴、苦土マグネシウムを混ぜ込んで作られている。だが、腐食に弱い金属のようだ。これを見よ」


 差し出した破片の一部は、粉を吹いたように変色しているではないか。


「アリエルが、あの風は停滞させ、腐らせる風だと言った。それは証明されたわけだ。こうしている間にも、命知らずな人間たちがあの風に飛び込んでいるかも知れんな」


「ローザはこれを再現できるのか?」


「成分が分かれば造作もない。ドワーフですら作れるだろうよ」


 興味を失ったかのように、ローザは破片を放り投げた。


「それよりも、これではゲイルは使えんな。空はあの雲に区切られ、自由な移動を阻害されている。パスをくぐっていく他あるまい」


「では、ディアマンテの森に出てからは歩きか。きついな」


 最近ゲイルやら船やらを使うばかりで、足を使っていなかった。

 俺はちょっと顔をしかめる。


「ユーマ運動不足なんじゃない? お腹出てきた?」


「えっ!? ユーマ様が太った!?」


「ユーマ、お腹が出るのだけは許さないよ……!」


「うおおお!? お前らこぞって俺のお腹を揉むのはやめろおー!」


 いきなり集まってきたリュカ、サマラ、アンブロシアが、一斉に腹を揉んだり突いたりである。

 仕舞いにはローザとアリエルも神妙な顔をして、俺の腹を触りやがる。


「よし、歩いていこう」


 ローザが宣言し、女たちは全員賛成をしたのである。






 役割分担を行なわねばなるまい。

 パスを通って、精霊王ゼフィロスの核を探し、これを破壊する。

 大人数で行って出来る作業でもない。


 むしろ、頭数が多すぎればラグナ教の連中の目にもつきやすい。

 彼らからいらぬ詮索をされ、妨害される可能性だってある。いや、見つかれば確実にされる。


「少数精鋭で行く。条件は魔法が使えること」


 プリムが勢い良く挙手した。

 あとはエルフの面々か。


 だが、彼らは他に立ち上がった面子を見て、大人しく手を下ろした。

 まあ、これは出来レースなのである。


「うーん、巫女様がたが出られるなら、私たちの出番はありませんね。灰王様、万一があった時は……」


「ああ。指揮権をプリムに委譲する。後は任せる。そんな事にならんようにするがな」


「頼むよプリム。あんたはあたしより、よほど頭もいいんだし、何より今じゃ、軍勢全体に顔が利くからね」


「はい、アンブロシア様、ご無事で!」


 フトシの膝の上から手を振るプリムである。

 すっかり新しい乗り物が気に入ってしまったらしい。

 このまま海まで連れ帰るつもりだろうか。人間は水中では呼吸できないんだぞお。


「プリム、そやつは乗り物にするばかりでなく、盾持ちとして扱えばなかなかの腕前だぞ。攻めはからっきしだが、鉄壁の守りなら期待して良い」


 これは、フトシの所有権をプリムに譲り渡したローザ。


「今回は水の中じゃないんでしょ? なら、アタシは何も心配する事はないかな。リュカ様、久しぶりにご一緒できますね!」


「うん、頑張ろうねサマラ! それと」


 リュカが手招きした。

 ちょっと離れたところにいたアリエルが、え、自分? と己を指差して、リュカに頷かれる。

 そして、恐る恐るといった様子でやって来た。


「うん、アリエルも一緒。これで決まり。ね?」


「うむ」


 リュカの言葉に、俺は同意した。

 俺と、五人の女たち。

 これがゼフィロスの核を探索し、破壊する為の担当になる。


 うちの軍勢は誰も異論を挟まない。

 このメンバーが、文句なしに灰王の軍で最強である事を誰もが知っているからだ。


 そして同時に、このメンバーが欠けたとしても、既にそれ無しでの命令系統、連絡機能が形作られた軍勢は、滞りなく運営していくであろう事も。

 それこそが俺の狙いだった。

 

「では、俺たちが向かってから十日間程度をめどに待機だ。俺たちが連絡を断った場合、プリムの判断に従う事。恐らく、ラグナ教の連中が行動を起こすはずだ。場合によってはエルフの森を放棄する可能性もありうる」


「我らエルフは、森を捨てるくらいならば最後の一人となるまで戦います!」


「そこはそれぞれに任せる。ただ、身重の女や子供は逃がせという事だ」


「なるほど……。そうなるとは思いたくありませんが、万一の場合には」


 エルフたちも納得したようだ。


「では、一旦本部へ戻ってから解散だ。何か質問があれば、道すがら答えるぞ」


 そんなやり取りがあり、俺は帰り道の途上で、質問攻めにあった。


 曰く、これから世界はどうなってしまうのだとか。

 墜落していた鉄の鳥について、何を知っているのだとか。

 世界は精霊王たちは失ったが、それによって自分たちはどうなるのかとか。


 俺と、巫女たちが知る限りにおいて、質問には答えていった。

 縁起が悪い話だが、彼らにも、俺たちにも、心残りが無いようにだ。


 質問は山ほどあり、結局帰り着くまで止む事は無かった。

 おかげで俺たちはくたくたである。


「……明日にしよう」


 俺の宣言に、うちの女たちは一も二も無く賛成したのだった。





 体は疲労していないが、説明に次ぐ説明、説明で、精神的にくたびれていた。

 なんだこれは。

 人じゃないが、人の上に立つと言うのはこういうことなのか。


 今までは勢いに任せてうちの軍勢を率いていた。

 目標地点は明確だったし、最終的に俺自身が先頭に立てば良かったから、深く考える必要さえなかった。


 戦争は、言ってしまえば楽だった。

 守るものなどない戦いだからだ。


 取り戻すための戦いだったからだ。

 だから駆け抜けてこれた。


 現実世界まで飛ばされてしまっても、心折れることなく、やるべき事を見据えて戦い続けた。

 ならば今の俺はどうなのだろうか。

 眠れぬまま、俺は寝返りを打った。


「取り戻した。何もかも、取り戻して、みんなここにいる」


 呟いてみて、確認して、愕然とした。

 俺にとっての目的は、完全に達成されてしまっていた。


 サマラを取り戻し、アンブロシアを取り戻し、ローザと再会し、リュカを取り返した。

 俺を召喚して、影で操っていたレイアも呆気なく滅びた。


 デスブリンガーだって、ほぼほぼ全滅だ。

 クラウドは放置していても、悪さをするタイプの人間ではない。

 正義である自分に酔う男のような気がするし、きっとどこかで、俺tueeeeをしている事だろう。


 三大宗教はどうか。

 あいつらは悪か。

 確かに、奴らは巫女たちにとっては悪だった。敵だった。


 だが、人間たちにとってはそうではない。

 彼らが生きる為の規範で、コミュニティなのだ。

 例え理不尽な教えがあろうと、宗教に多くの人間が参加することで、彼らは繋がっていられる。


 人間は一人では生きてはいけない。

 ならば……あいつらを叩き潰す必要はあるのか?

 叩き潰してどうする。


 そこからあぶれてくるたくさんの人間たちを、俺が世話するのか?

 冗談だろう。

 俺には無理だ。


 では……俺はどうするべきなのだろう。

 俺は今、何をしようとしているんだろう……。

 悶々としていたら、額をぺちっと叩かれた。


「あいたっ!? なんだ!?」


「何だじゃないよ。ユーマ、ずーっと何か考えてるんだもん」


 リュカだった。

 彼女は体を起こして、俺を覗き込んできている。

 リュカだけではない。


 サマラも、アンブロシアも、ローザも目を覚ましている。

 俺たちは専用の大きなテントの中で、雑魚寝をしていたのだ。


「別に、逃げちゃってもいいんじゃないですかね……?」


 過激な事を口にしたのは、テントの外で夜風に当たっていたらしいアリエル。


「私たちエルフって、大きなイベントなんて十年に一度あれば多いほうなんですよ。だけど、ユーマさんは生き急いでるのかってくらい、色々な事に首を突っ込んできたでしょう。本当なら、元の世界に放逐された時点でみんな諦めますよ。そこでも折れないで、火竜すら使って元の世界に戻って、とんでもない連中や精霊王たちと戦って……。なんでそこまで出来たんです?」


「ユーマ様だからだよ。この人ね、アタシが知ってる中で、一番負けず嫌いだから」


「うん、まあ、頼りになる男さね。常識とかさ、モラルとかそういうのを全部吹き飛ばして、それでもあたしたちのためになる事は何かって考えてくれてる。それで、自分が真っ先に動いて成し遂げちまうんだ」


「世界の在り様すら、この男の前では些細なことになってしまうな。褒められた事では無いと思ってはいるが……私のために世界すら捻じ曲げたと思えば、嬉しくないわけが無い」


「ふふふ」


 リュカが、巫女たちを見回して笑った。


「みんなユーマが好きなんだよ。みんな、みんな。私たちだけじゃないよ。ドワーフさんたちだって、リザードマンさんや、エルフさんたち、プリムさんたち海の人たちや、獣人さん、ゴブリンさん、ゲイルちゃんにチェア君に、アイちゃんとマルマルちゃん……ええと、ええと……」


「分かった分かった」


 指折り、みんなの名前を挙げていくリュカに、俺の相好も崩れた。

 彼女の髪を撫でる。


「俺はな、目標を見失った。やろうと決めたことと、やりたかった事は全部やっちまった」


 誰もが静かになって、俺の言葉を聞いている。


「敵だと思ってた奴らも、本当にやばい連中を片付けたら、後は完全に敵だなんて思えなくなったんだ。でな、今は、もう、明確な敵はいない」


「ゼフィロス様は敵じゃないんですか?」


 サマラが首をかしげている。


「ああ。あれは何ていうのかな。もう、災害だ。止められるのかどうかも分からない。倒せるような事を言ったのは、あいつが精霊王だから、アータルやオケアノス、レイアみたいにやれるんじゃないかって思ったからだ。だけどな……」


「モチベーションが湧かない?」


「うむ……」


 アンブロシアの問いに、俺はちょっと情けない気持ちになって頷いた。

 なんだろうな。この盛り上がらない気持ちは。

 いや、これは俺が醒めてるんじゃない。


 俺は……。


「まあ、貴様は安心してしまったんだろう。いつも……私たちを気にかけてくれていたからな。私たちは、ほれ」


 ローザが俺の気持ちを代弁する。そして、リュカが言葉を継いだ。


「みんな、ユーマの剣が守れるところにいるよ。だからね、安心してるのはユーマだけじゃない。私たちも安心してる」


 彼女は俺の頭の上のポジションに寝転んでいたのだが、ごろごろと下りてきた。

 俺の顔の上を、リュカのお尻が通過する。


「むぎゅう」


 リュカは俺の押しつぶされてる声などスルーして、すっぽりと俺の傍らに収まった。


「だったら、あとは、みんなを安心させてあげようよ。今度はユーマだけじゃないよ。私がいるよ。サマラもいるよ。アンブロシアも、ローザも、アリエルも。みんなでやろうよ!」


「……そうか。そうだな……!」


 俺の中の戸惑っていた気持ちが、ゆっくりと固まっていくのを感じる。


「世界のみんなを安心させてやるとするか」


 かくして、俺の方向は定まった。

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