第128話 熟練度カンストの対峙者2

「ぷふうっ」


 エルフェンバイン側のパスから飛び出してきたプリムが、こちらには水がない事を忘れていたようで、地面にぽてっと落ちた。


「危ないッス!」


 ちょうどその辺りをぼやーっと見上げていたタンクの太っちょが、彼女が地面に激突する前に受け止めた。

 さすが、タンク職。

 攻撃だろうが落ちてくる女子だろうが、受け止めるのはお手の物らしい。


「あ、ありがとうございますー……。あら、見覚えのない人間さん」

「は、初めまして」


 デスブリンガー唯一の生き残りとなったタンク君である。名前はフトシ。名は体を表すである。

 すっかりローザに恐れを成してしまい、彼女の使いっ走りになっている。

 後から駆けつけてきたオーベルトやダミアンが、先輩面してフトシに色々教え込んでいるのが微笑ましい。


「とと、そんな場合じゃなかったです! ちょっと人間さん、私を灰王様のところまで運んでいってください!」


 歩行できる泡を作り出す魔法が、マーメイドたちにはあるのだが、それを使う暇も惜しいらしい。


「はいッス!」


 フトシに抱っこされて、プリムがこっちにやって来た。


「報告です灰王様! 風は、ネフリティスとアルマースもその圏内に収めています! ディアマンテ、エルフェンバインを含めた四つの国は、その他のすべての世界から隔絶してしまった状況にあります!」


「そうか……」


 厄介なことになっている。

 レイアの消滅を機に、突如としてその規模を拡大させた風の精霊王ゼフィロス。

 それは、触れたもの全てを巻き上げ、粉々に打ち砕くまの風となってこの世界に広がっている。


 エルフたちの報告では、どうやらこの風は天高くまで続いており、亜竜の力を持ってしても飛び越えること困難との事である。

 風の一部は、天に空いた亀裂の中にまで吹き込んでおり、つまり俺がいた現実世界をも、ゼフィロスは侵食し始めているという。


「それはそうとして、この人間はいいですね……とっても乗り心地がいいです」


 フトシをぺたぺた触るプリム。


「うむ、そいつはローザの所有物だ。欲しかったらローザに許可を取るように」


「はーい。ローザ様はどちらに?」


「緑竜がこっちにやって来ててな。土属性の連中で作戦会議をしている」


「じゃあ、挨拶がてらこの人間をもらって行っちゃいますね」

「あ、あの、お、俺の意思は……?」


「まあ命があるだけマシだと思ってくれ。じゃあな、プリム」


「はいです、灰王様。全員集まったら対策会議ですね。ほら人間! そっちに向かうんですよ!」

「ひえーっ」


 プリムにペチペチ叩かれて、フトシが歩きだす。

 捨てる神あれば拾う神だな。唯一の生き残りのはずのフトシを無視して、クラウドの奴はどさくさ紛れに姿を消した。単身で三大宗教の教祖や俺に匹敵する戦力なので、放っておくのはよろしく無いのだが、今はとにかく奴以上にゼフィロスが問題なのだ。


「ただいま戻りました、ユーマさん。ディアマンテも結構ひどい有様ですよ」


 ディアマンテ帝国方面から帰還したのはアリエルだ。

 この世界をゼフィロスが覆ってから、既に二日が過ぎている。


 世界のあちこちの森を、魔法的なパスで繋いでいる俺たちだから迅速に情報収集が出来るが、人間たちは大混乱だろう。

 少なくとも明らかなのは、海は常に大荒れの状態。

 船を出すことは叶わないと言うことだ。


「エドヴィンさんから、エルフェンバイン語で報告書が上がってきています。ご確認になりますか? それとも読み上げます?」


「くれ。で、アリエルなりに端的にまとめた内容を口頭で」


「はい。では、ディアマンテ側のみですが。ラグナ教は全教徒に緊急事態の通告を発令しました。国内のみしか伝達できていませんが、人間たちは帝国ではなく、正教会の指示に従う形になっています。被害は他の情報と比べると、ディアマンテが最も少ないようです」


「ふむ……」


 俺は顎をさすった。


「じゃあ、ゼフィロスの核みたいなものは、恐らくディアマンテにあるな」


「? それはどうしてですか?」


「台風ってあるだろ。いや、こっちには無いのか?」


「ああ、いえ、風の精霊界でも似たような現象は存在します。ニュアンスは伝わってます」


「そうか。でな。台風は目がある。風が渦を巻いて回転する中心地点だ。そこは全ての風の真ん中にあって、風が吹かないんだ」


「ユーマさんは、その地点こそがディアマンテである、と」


「正確には、被害が少ない所、より少ない所を追っていって、ディアマンテのどこかが核に相当するだろうと思ってる」


「なるほど……」


 アリエルが考え込んだ。

 すると、俺の背後からスッと手が回される。

 俺の頭を抱きしめるようにして立っているのは、リュカだ。


「おう、リュカ、目が覚めたか?」


「うん。すっごく、大変なことになってるねえ……。ユーマ、どうするの?」


「どうするも何も。俺は今まで、障害はこの手で倒してきた。今回も逃げるつもりは無い」


「そっか……。じゃあ、私も一緒にがんばんないとなあ」


 むむっ。

 自分を取り戻してからのリュカだが、妙に俺に対するボディタッチが積極的になってはいないか。


 レイアが体から離れた後、リュカは暫くの間、死んだように眠り続けた。

 ゼフィロスと強制的にリンクさせられ、さらにはレイアに、体内の魔力を根こそぎ使用されていたのだ。


 憔悴しきっていたらしい。

 昨日一日と、今日は昼近くまで寝て、ようやく今のようなコンディションに戻ったと言うわけだ。


「リュカ。あの……リュカさん。みんなの目の前なので、示しがつかないので」


「ふふふ、うふふふー」


 伸びてきた手が、俺の唇の辺りを撫でる。

 うむむ、あの時は勢いに任せてキスをしてしまった。

 俺の初キッスはアンブロシアだったりするのだが、その辺話したら傷つくかしら。しかし隠しているというのも、うむむ。


「別に、アンブロシアから聞いてるから」


 俺の心を読んだ!?


「いつの間に読心の技を……」


「ん? だって、私とユーマ、ずいぶん長いでしょ。色々分かっちゃうよ」


 後ろからのハグが強くなった。

 むむっ、ささやかな彼女の胸が後頭部に当たる……あっ、ちょっと育ってますねこれは……!!


「んっ、おほんっ、ごほんっ」


 アリエルがわざとらしく咳払いをした。

 以前までのリュカなら、慌てて顔を赤くして離れていたところだ。

 だが、


「あ、ごめんね」


 優しくアリエルに微笑みかけると、俺から離れて、姿を消した……と思いきや、物陰から椅子を持ってきたではないか。

 俺の隣に椅子を置くと、そこにちょこんと腰掛ける。


「あ、あのー、リュカさん……?」


「私は風の巫女。そして、今のこの凄い状況をつくってるのはゼフィロス様だよ。これは私にもとっても関係があること。だから、ここにいるね」


 ぐうの音も出ない正論である。

 アリエルも、うっ、と声を漏らして反論に詰まった。


「つ……強い……。明らかにリュカさん、強くなってますよ。何をしたんですかユーマさん……!」


「何をしたって、いや、別に何……も……」


 しました。キス。

 今思うと、アンブロシアの時は冷徹に、戦術としてのキスだったからそこまで気恥ずかしくは無かったんだよな。


 だが、今回のあれは違う。

 あれは、ラブとか愛とかそういう純情可憐なサムシングに相当するキスだ。

 まさか……まさかこの俺が、そんな事をする日が来るなんて……。


 リュカはリュカで、俺をチラチラ見ている。

 膝の上においた手がむずむず動いているから、気を抜いたら俺の腕に抱きついたりしそうなのかもしれない。

 TPOを考えて頑張って我慢するリュカは可愛い。


「ま、まあ。私たち四人の会議で、しばらくの間はユーマさんをリュカさんに預けようと言う決定が出たんですけども。ですけどもっ」


 うむ……。アリエル、何をそんなに語気を強めているんだね。


「一応ですね? 私もですね? あっちの世界に飛ばされて、一番困ってたユーマさんを支えた自負っていうか、異世界観光してきただけみたいな気もするんですけど、でもですね! ご褒美じゃなくても、何かあってもいいんじゃないかなーって思うわけなんですけども!!」


 リュカが目を丸くしている。

 そして、俺の顔を見て、顔を赤くしてプルプル震えているアリエルを見て、ちょっと考え込んだようだ。


「ユーマ、アリエルにもキスしたげればいいのよ」


「なっ!?」


「なあっ!?」


 俺とアリエルは仰け反ったのである。





 かくして。


 ここはヴァイスシュタット近郊に作られた、灰王の軍緊急作戦本部である。

 リザードマンや獣人、エルフにドワーフ、マーメイドにマーマンにオーガにトロルにゴブリンと、その他希少種族も合わせてうちの陣営が勢揃いである。


 ディアマンテにあるエルフの森ではなく、ここを本陣と定めた理由は簡単。

 リュカがぶっ倒れていたので、動かすわけに行かなかったからだ。

 そして、ここはここでだだっ広い平原でもある。


 そこに、各地から資材を持ち寄って、巨大なテント村が出来上がった訳だ。

 ヴァイスシュタットの住民は、この村が完成した当初こそ警戒していたものの、そこにローザやオーベルト、ダミアンと言った見覚えのある顔がいたので、警戒心を和らげたようだ。


 明らかに人間ではない異種族連中には驚いたようだが、奴らも別に、人間を絶対的に敵視している訳ではない。

 ということで、ヴァイスシュタットからは物々交換的な形で、食料と水、酒などを仕入れている。


 今回、会議場のテーブルにはヴァイスシュタット製のワインと、ハムやソーセージの盛り合わせが乗っている。

 これをみんなで摘みながら話し合うのだ。


「火竜の山を境界に風が外と内を区切っちまってるねえ」


 発言したのはドワーフの長だ。


「例によって、火竜は手出しをするつもりが無いみたいだよ。空に大穴を開けて、あれだけのことをやっときながら、今回のことは他人事さね」

「遊牧民ハ、風を避けられる山の麓へ移動していル。風が作る壁は突破できなイが、そこから何かが現れると言う訳ではなイ。ただ……風が我らの行く手を遮るだけダ」


 リザードマンの長が続いた。

 その言葉に頷いたのは、エルフの代表をしているアリエルだった。


「ええ。それは私たちエルフも確認しています。これは風であって、ただの風ではない。だけれども、そこから精霊が実体化するようなこともない、あくまでも風なのです。しかし……」


 アリエルが手をかざした。

 会議場を、一陣の風が吹き抜ける。


「風は、空気を運び、物を動かし、世界に流れを運ぶものです。何事も留まっていては、淀んで腐ってしまう。風はそれらを絶えず揺り動かし、淀まぬように世界をかき回すものなんです。

 ですが、これは違う。風が、全てのものを区切り、遮断し、移動することを許しません」


 吹いていた風が、空気のカーテンのように会議場を横切った。


「実害は無いようで、これは致命的な風です。何者も、移動することが出来なくなる。他と交わることが出来なくなる。この風は……あらゆるものを淀み、腐らせる風です」


 ゆっくりと滅びを運んでくる風。

 それが、世界を覆ったゼフィロスの実態であるとアリエルは言ったのだ。


「アリエル、荒ぶる風は?」


「長は今、風を抑える術を調べておいでです。何か情報が分かり次第、四竜の方々に共有するとの事ですが……」


 アリエルの言葉を受けて、人の姿で議場に参加している緑竜は首を横に振った。


『いいえ、まだ何も聞いてはいませんね。彼はまだ、この風への対抗手段を思いつかずにいるのでしょう』


『うむ。生半な事態では無い。世界の精霊の力も、風ばかりが強くなっているのを感じる。アータル、オケアノス、レイア。四王のうち三つが、精霊王としての意思を失ったのだ。なれば、残る王であるゼフィロスに、四王の全権が集まるのも仕方あるまい』


 おや。見覚えのない白髯のオールドダンディが緑竜の横に座っているではないか。


「あのー、おたく誰?」


『何を言う、灰色の王よ。我は我でしかあるまい』


『この人、リヴァイアサンですよ』


「えっ、人の姿になれたの」


『我の本来の大きさでは、地上に上がることも一苦労であろう。それに、こうしてそなたらの元にいるという事は、我ら四竜もまたこの風を憂いているという意味である』


「そいつは心強い。それじゃあ、今後は四竜も当てにさせてもらおうじゃないか」


『お手柔らかにな』


 俺とリヴァイアサンは笑いあった。

 そんなところに、報告である。


 転がるように駆け込んできたのは獣人。

 狼の頭を持つ彼は、ぜいぜいと息を切らしながら声を張り上げる。


「報告致します! 空の穴より、異世界の鋼の鳥が現れ、風に向けて攻撃! その後、接触して火を吹き、落ちました!」


 ほう……。

 ついに、現実世界の方でも動きがあったらしい。

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