第127話 熟練度カンストの対峙者

 騒がしかったヴァイスシュタットの町に、一時の静寂が訪れる。

 聞こえるのは、吹きすさぶ風の音ばかり。


 町を取り囲むように、巨大な積乱雲が発生し、凄まじい速度で流れていっている。

 つまり、ヴァイスシュタットはスーパーセルの中に飲み込まれた形になっているのだ。


「おい、クラウド、今の俺はあんたにだって負けねえ。いつまでもギルドの仲間に後ろ指さされるような事はねえんだ」


「ほう……。あのリョウガがでかい口を叩くようになったものだ」


 リョウガとクラウドが俺を無視して向かい合っている。

 リョウガはデュランダルを構えながら、何やらマフラーが不自然な方向にたなびいている。


「風の魔力を感じます。その戦士、ゼフィロス様の祝福を受けています!」


 タンクが一人やって来たかと思ったら、その影からアリエルが顔を出して叫んだ。

 あっ、そいつ、俺たちが盾にしてたタンクか。

 奇しくも、こいつだけが一般デスブリンガー最後の生き残りになってしまった。


 彼は股間のあたりを女子たちに人質に取られており、大変大人しい。

 しかし聞き捨てならぬ。

 あのリョウガがゼフィロスの力を受けるということは、やはり風の精霊王も敵に回ったと言う事なのだろうか。


 俺の中では、ゼフィロスは最も親しみを感じていた精霊王だ。

 リュカに呼びかけ、リュカの召喚に応じ、アータルを倒し……。


 それが、レイアに与しているというのだろうか。

 奴は、最初から俺たちを欺いていたのか。


 俺はリュカを見上げる。

 彼女の姿は空に浮いている。

 どういう原理かは分からないが、恐らくはゼフィロスの力を受けているのだろう。


「聞こえているだろうレイア。今からそこに行く」


「はっ。翼も無い人間が、どうやってここまで……」


「ゲイルッ……!!」


 俺の言葉に羽ばたきが応える。

 現れるのは、頼れる空の相棒、有翼の亜竜レッサードラゴン

 俺はこいつの背中に飛び乗ると、高く舞い上がった。


「どこにそいつを隠していたのですか……!?」


「ゲイルはいつも、俺たちの上空で待機させている。みんなで乗るのは無理だが、俺一人となれば、呼ばない理由が無い」


 ちなみに今回は、上陸した後、町外れで葉っぱなどを被って隠れていたのである。


「行っちゃえ、ユーマ様! リュカ様を助け出せー!」


「あんたの力、見せてやりな! 土の精霊女王がどれだけのもんだい!」


「行け! 貴様は、リュカと一緒でなければ締まりが無くてかなわんからな」


 俺は三人の言葉に頷いた。

 高く、高く舞い上がっていく。


「ええい、ゼフィロス! 力を貸しなさい!」


 レイアが天空に向けて叫ぶ。

 すると、四方八方から、ゲイルめがけて猛烈な風が吹き付けてくる。

 俺はこれに切っ先を向けると、


「伊達に、何度もリュカの風を受けてない。精霊が吹かせる風の性質は、よく分かっているつもりだ」


 風向きに切っ先を差し込み、そのまま切り裂いていく。

 衝撃波をも切り裂くバルゴーンだ。

 精緻なコントロールさえあれば、風を裂くことなど造作もない。


「風を斬る……!?」


「いかにも」


 俺とゲイルの呼吸を合わせ、一体となる。

 人竜一体。

 吹き付ける風を、連続して切り裂いていく。


 叩きつける暴風なら受け流し、槍のように突き刺す烈風は真っ向から叩き切る。

 圧するが如き強風は縦横無尽、千千ちぢに斬って引き裂いて。


 俺の視線はリュカだけを見つめる。

 だが、剣が狙いを誤ることは決して無い。


「ゼフィロスの風が……! あの魔風では止められない……!? リョウガ! 勇者リョウガよ何をしているのです! あなたの役割は、かの魔王を討ち滅ぼす事のはず……!!」


「分かってるよ! ちいっ! てめえとの決着は後回しだクラウド!」


 下方から気配が昇ってくる。

 それは、ゲイルを貫くように一直線。

 俺はすんでの所で、亜竜の体勢を変えさせ、一撃をやり過ごす。


 奴は自在に空を飛ぶのか。

 風になびくマフラーを身に着け、リョウガがリュカの前に立ちふさがる。


「そうだった……! 俺に恐怖を植え付けた男、ユーマ……! お前も処分して置かなくちゃいけないんだったよなあああ!!」


 破れ鐘のような声で叫ぶ。

 襲いかかるのは、人間離れした気迫の圧。

 これを俺は、一文字に切り裂いた。


「どけ。リュカは取り戻させてもらう」


 俺の視線は奴ではない。その背後にいる、リュカに注がれている。

 ゲイルが俺の思いを汲み取る。

 翼が空を打ち、レイアを宿したリュカとの距離が詰まっていく。


「お、おおお……!」


 リョウガがブルブルと震える。


「俺を、俺を無視するな……! 無視するなあああああ!!」


 奴が手にしたデュランダルが輝く。

 黄金の剣が、風をまとって振りかぶられ、嵐となった斬撃が俺たちに向けて叩きつけられる。

 鋼よりもなお固く、凝縮された風の刃だ。


 触れれば忽ちたちまちのうちに、亜竜であろうと両断される事であろう。

 ならば、この風を二つに裂いてしまえば良い。


 リョウガによって折られた、俺の魔剣バルゴーン。

 だが、アルフォンスの手によって再生した時、バルゴーンは変化する力を失い、しかし俺の剣捌きをより精緻にするよう強化された。


 常に動き続け、留まることが無い風の刃であろうと、その挙動を正確に捉えさえすれば、断ち割ることは難しくない。

 俺が差し込んだ刃が、繰り出された嵐刃らんじんをするりと切り開いていく。


 行き先を遮る風が割かれれば、そこに生まれるのは無風の道である。

 ゲイルが突き進む。


「な、な、なぁっ……!! 何故だあああ! 俺は、俺は風の精霊王の力を受けて、パワーアップしたはずなのに!! デュランダルだって強くなった! 俺がチートで作った武器が、更に強くなって……! なのに、どうしてお前には通用しない!!」


「そこを、どけ……!!」


 奴の戯言に付き合う気など無い。

 俺はリョウガに向かって進みながら、一文字に剣を振るった。

 咄嗟に奴はデュランダルを立てる。


 武器の強度で言うなら、デュランダルは絶対武器である。つまり、何者にも侵されぬ不壊の刃。論理的に破壊することは叶わない。

 だが、俺はこれを断つ術を心得ている。


 使い手の気が篭もらない武器など、どれほどの業物であっても据え物に過ぎない。

 なら、俺の技とバルゴーンの力を合わせれば、絶対武器であろうとその根源から断ち割る事が出来る。

 バルゴーンとデュランダルが触れ合ったと見えた瞬間、ボグッ……と鈍い音を立て、黄金の剣がへし折れた。


「……あ……?」


 同時に、リョウガの胸から上が二つに断たれ、宙に舞う。

 これがクラウドであれば危なかった。

 あの男の銃は、その端までも己の気が行き届いた完成された絶対武器である。


 奴の強さは、その圧倒的に強力な自身と自信にある。

 隙と言うものが無いのだ。


 ただ、隙さえあるなら、例え神であろうと俺は断ち切る自信がある。

 信じられないものを見たような顔をして、リョウガであったものが地面へと落ちていく。


「おおおおっ…………」


「ユーマ……!」


 リュカの口からこぼれるのは、レイアの呆然とした声。

 そして、俺が誰よりも聞きたかった声。

 土の精霊女王の束縛を離れて、リュカの手が俺に差し出される。


「精神を……支配、支配したはずです……! この肉体は、私が受肉するために幾世代もの改良を重ねて積み出した、私のためのもの……そのはず、なのに……!! 逆らうなっ、逆らうな!! 私に逆らうな、人間っ……!!」


 血を吐くような声だ。

 だが、それを押しのけるように、リュカの小さな手はまっすぐ、空を掻きながら俺に向けて伸ばされる。


「ユーマ……。わたし、私ごと……こいつ、を……」


 リュカが口にするのは、つまりはあれだ。

 自己犠牲的な言葉。

 リュカと深く結びついたレイアは、このままで倒すことが出来ない。


 だが、レイアが残っている限り、デスブリンガーのような輩は次々にこの世界へと召喚されてきてしまうだろう。

 受肉したレイアはそれそのものが、世界にとって毒となる因子なのだ。

 だからこそ、世界のために自分を殺せとリュカは言う。


「断る。俺はお前を助けに来たんだ」


 俺は視線を巡らせる。

 何か、何か無いか。

 リュカがレイアに抗っている間に、精霊女王をリュカから引き剥がす一手は無いのか。


 俺が出会ったばかりのリュカもそうだった。

 己の身を犠牲にして、新たな時代の到来の人柱になろうとしていた。

 あれは誰の意思だった?


 あれは、風の精霊王ゼフィロスの意思では無かったのか?

 あの時リュカが犠牲になっていればどうなった?


 レイアは受肉する機会を失い、世界は変容せず、静かに世界の支配権は移譲され、人の時代が始まっていたのでは無いのだろうか。

 だが、俺がリュカを救って全てが始まった。


 それならば、リュカを助けることは、俺にとって何か。

 決まっている。

 これが俺の天命だ。


 俺はバルゴーンを腰に収めながら、滞空したゲイルの上を、リュカに向かって歩きだす。

 彼女の手を取るために。


「ユ、ユーマ……め……」


「リュカ、今助ける」


 俺は彼女の伸ばされた手を取ろうと、己の手を伸ばし……。


「だ……め……、手を、取っ……ちゃ……!!」


「これは私がお前に差し出した、最後の一手なのです!!」


 瞬間、レイアの声がリュカの声に被さった。

 こいつは、リュカが己の意思に抗って肉体をコントロール出来るように見せていたのだ。

 差し伸べられた手が、罠。


 そこから、俺に向けて不可視の魔力が放たれる。

 俺が伸ばした手の、爪の先端が石になった。


「おう、ようやく捕まえたぜ……!」


 俺は、笑った。

 レイアが直接手を出してくるこの瞬間。

 それを待っていた。

 既に、逆腕でバルゴーンを抜き放っている。


「!? これを察知していた!?」


「初見だ。予測もしてなかった。だが……俺のモットーは初見殺し殺しでな」


 絶対の自信を持つ、初見殺しの一手を放ち、曲がりなりにも決まった瞬間に対象は隙を生み出す。

 隙がある者を殺すことなど、容易い。


 虹色の刃が、リュカから放たれた不可視の魔力に触れ、それを精緻な動きで絡め取る。

 ずるり、とリュカの中で何かが動く気配がして、リュカの目の前に黒い衣装と一体化した肌を持つ、異形の女が現れる。

 土の精霊女王レイア。


 奴はまだ、状況を把握していない。

 己が放った魔力を手繰り寄せられ、一瞬引きずり出されたとしか理解していないだろう。


 だが、それこそはどれほど生きたのか分からぬ、精霊女王の最後である。

 俺はバルゴーンに、もう片手を添えた。

 虹の刃が、僅かにリュカから離れた精霊女王を、正確に斬り裂く。


『あっ』


 それが精霊女王の最後の言葉だった。

 黒衣の女が、傷口から膨大な魔力を吐き出した。

 急速にその輪郭は薄れ、やがて消える。


 すると、リュカを宙に浮かせていた力が消滅したようだ。

 彼女の肉体が、ゆっくりと降下を始める。

 俺は一歩進み出ながら、彼女を出来る限り優しく受け止めた。


「ユーマ……!」


 手を伸ばしてくるリュカ。

 もう、精霊女王の意思ではない。


 彼女の、彼女だけの意思がリュカの肉体を動かしている。

 リュカの掌が、俺の頬を触った。


「ただいま。それと、お帰りリュカ」


「うん、お帰り。それと、ただいま、ユーマ……!」


 俺はここで、気合を入れた。

 もうこれは、ここでやらねば嘘であろう。


 男としてやっておかねばならぬ。

 俺は彼女の背中をしっかりと抱きとめると、


「……? ユーマ?」


 彼女の唇を奪った。


「…………!」


 リュカは一瞬目を見開いて、すぐに閉じて、俺の背中に優しく手を回した。

 すっかり俺たちは二人の世界である。

 もう、気分は大団円なのだ。


 だから気づかなかった。

 ヴァイスシュタットを取り巻いていたスーパーセルが拡大していることに。


 風の精霊王は、突如無尽蔵にその勢力を増し、どこまでもどこまでも広がり……。

 世界そのものを、その暴風に巻き込みつつあるという現実に。

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