第126話 熟練度カンストの決闘者2

「あやつもどうやら葛藤したらしい。私は年若く見えるが、実年齢は壮年だからな。何やら、手を出すか出すまいかという信念のせめぎあいの後、クラウドとやらが鼻血を吹いてな」


「なんとっ」


 あのクラウドが鼻血を。

 知恵熱だろうか。


「彼奴めが鼻血を止めに席を外した隙に、私は周囲にトンネルを作ってそのまま逃走だ。後は埋めておいたが、途中で魔力が尽きて半日気絶してな。気づくと連中は私を探しに、私よりも先に行ってしまっていた。それでまんまと逃げおおせたと言う訳さ」


「なるほど……。色々な意味で無事でよかった。で、チェア君はどうなったんだ?」


「さて……。大人しい性質で、上に人を乗せて走り回るのが好きだから、連中もおいそれと殺す気は無かったようだが。……というわけでだ。あのクラウドの性癖を利用する」


「えげつない作戦だ」


「だけど、それが一番確実かもしれませんね……!」


「乗ったよ!」


「アタシも!」


 決まってしまった。

 そんな俺たち。

 今は、ハンスの酒場を削りきりそうな勢いで放たれる飛び道具から、必死に身を隠しているところである。


 ローザの作戦説明を聞くうちに、自然とクラウドの降伏勧告をぶっちする形になってしまい、向こうさんは総攻撃を開始したのだ。

 前衛が出てこない辺り、非常にいやらしい。

 タンクや他の前衛たちが突っ込んでいって帰ってこなかったから、クラウドは連中を使うのをやめたのだろう。


「では行くぞ。サマラ、アンブロシア。貴様らの馬鹿力が役に立つ時が来たぞ」


「なんかひどいこと言われてる!?」


「サマラはパワーがあるかもだけど、あたしは普通だからね!?」


 愚痴を言いながら、火と水の巫女は、倒れているタンクの男を担ぎ上げる。

 ちょうど、盾を全面に押し出し、みんなで盾の後ろに一直線になる体勢である。


 なるほど、デスブリンガーのタンクは、この盾こそが絶対武器。通常の武器型なら、あらゆる対象を破壊できるデスブリンガーの得物だが、これが盾となると、とんでもない強度を発揮するようになる。


 実際、この盾を壊せる攻撃が存在するとは思えない。

 それを実証するかのごとく、前に盾を突き出した所、そこに矢や弾丸が集中する。だが、盾はそれらを弾いて傷一つ無い。


「行けるな。よし、順に前に。こやつが意識を取り戻したら、また股間を蹴れば良い」


「むごい」


 俺は思わず己の股間を押さえてしまった。


「なんと、こちらのタンクを利用するとは……。どうやら君たちは、我々よりも我々の武器の性質に詳しいようだな」


 クラウドの声が聞こえてくる。

 驚きの色が混じっているのが分かるが、まだまだ余裕という感じだ。

 あいつとしては、戦術に組み込める新しいデータが手に入った、程度の感覚なのだろう。


 クラウドは、戦場の様々な状況を取り込み、相手の心理を読み解き、戦いながら進化し続ける男だ。

 こちらの手を見せれば見せるほど、奴の手の内は広がっていく。


 長期戦はジリ貧。

 あいつが本領を発揮する前に仕留めなければならない。

 頼むぞ、ローザ。


「だが、それはつまり、我々に残ったタンクもまた、同じような運用が出来るという事だ。盾持ち、全員前へ!一列に並べ!」


 クラウドの号令に合わせ、デスブリンガーの残るタンク要員が前に並びだした。

 これではこちらの攻撃が通らなくなる。

 だが、それはあちらも同じこと。


 攻撃するためには、タンクの上にのぼるか、迂回する必要が出てくる。

 クラウドはやや高台に登り、タンクを両脇に配置してこちらを見下ろしている。


「これで、君たちからは俺を攻められなくなった訳だ。そして、こちらは角度を変えれば、盾の恩恵に与れないであろう場所から攻撃することが出来る……。どうだね? まだ君たちの劣勢は覆らな……覆え……」


 クラウドの声が尻すぼみになる。

 ローザが姿を表したからだ。

 彼女の背丈は、リュカの次に低い。


 俺よりも頭一つは間違いなく小さい上に、細い。

 そして、艶やかな長い黒髪に、本人も黒っぽいゴスロリ的なワンピースなどの衣装を好む。


 たまらん人にはたまらん属性に満ち満ちた女だ。

 しかも。


「きっ……君は、我が愛しのロリババア……!!」


 あっ、こんなクラウドの声初めて聞いたぞ!!


「うむ……。私を取り逃がしたとでも思っていたか? 残念だったな。私はここにいる」


 儚げな美少女の容姿から繰り出される、軍人然とした凛々しい言葉遣い。

 そして。


「また、君の年を聞いてもいいか……?」


「四十三だ」


「くうっ……」


 クラウドが仰け反った。

 デスブリンガーたちがざわざわし始める。

 あいつら、戦列が狂い始めてるぞ。


「クラウド、あの女撃っちゃっていい? 撃つわよ? はい、バー」


「うるさい黙れ死ね」


 パァンッ。

 空気を読まずにローザを撃とうとしていた女銃使いが、なんだか側頭部を撃ち抜かれて死んだ。


 何だ……。何が起こっているんだ……。

 ちょっと呆然とする俺たちである。

 だが、ローザが後ろ手に俺に何かを伝えている。


 何? 下を見ろ?

 下というと……ローザの後ろ、どういう技術で再現したのかわからないが、黒いハイソックスに黒のシューズ。その下? さらに下?


 おっ、タイルだ。

 ローザの後ろにてこてことついてきたタイルが、そこにあった。

 これに乗るのか……?


「クラウド、やばいぞ、ユーマの奴が動いてる」


「む、むむっ……! ローザに気を取られていた! 作戦だったか……。なんと恐ろしい策を立てる……!」


「今だユーマ、跳べ!」


 ローザが呼びかけると同時に、俺が踏んだタイルが高く高く持ち上がった。

 これは、何と地面の下に、十メートル近くに及ぶケラミスの柱が形作られていたのだ。


 これを、ローザが地上に呼び出したらしい。

 この高さなら、デスブリンガーどもを眼下に見下ろせるではないか。


「迎撃!!」


 クラウドが俺を指し示す。

 射撃要員が武器を構え……というところで、サマラから嵐のようなヴルカンの群れが飛び出してきた。


 ちょうどタンクどもの列が乱れたところである。

 ヴルカンは打ち出すだけの火の玉ではなく、それそのものが獣の形をした火の精霊である。

 タンク列の隙間に割り込み、身をねじ込み、後衛に向かって襲いかかる。


「う、うわっ、炎が!!」

「ぎゃーっ!? 体を上ってくる!」


 俺はその声を聞きながら、飛び降りていた。

 落下しながら、即座に長く伸びたケラミスの柱を蹴る。

 俺の体は宙を舞いながら、クラウドの頭上を飛び越えた。


 一瞬前まで俺がいた空間を、クラウドの銃弾が抉っていく。

 ケラミスの柱が砕かれ、折れた。


「まずい。ユーマが後方に付いたぞ。後衛、撤退を……」


「遅いぞ」

 

 俺はクラウドの言葉が終わるより早く、バルゴーンを大剣に変えている。

 体を捻るようにしながら剣を構え、風車の如く大剣を振り回しながら着地した。

 これで、数人を巻き込む。


 ここからの挙動は、全て回転を基本とする。

 相手の数は多いが、近接戦闘で俺を撃退できる武器が無い。

 下がらせた前衛が来る前に、後衛の飛び道具要員と魔術師を全滅させる。


「う、うわあああ!」

「こっちに来るなああ!」

「タンク! タンクーッ!!」


 悲鳴を上げながら逃げ惑う後衛たちをなます斬りである。

 なんだか俺が悪役のようだな。

 盾持ちが駆けつける前に、決着をつけねば……。と思っていたら、クラウドが駆け下りてくるのが見えた。


「実に驚いたな。なるほど、君たちの強さはチームワークか。誰が上で誰が下ということもない。状況に応じてフレキシブルにトップが変わる。あのロリババア……いい動きをしてくれる」


「ローザだ。ロリババア言うな」


「ローザ……! いい名前だ。ではユーマ」


 後衛たちを押しのけて、クラウドが俺の前に立ちふさがる。


「彼女は俺がもらおう。ああいう理想の嫁が欲しかったんだ……! 三次元にいるとは思わなかったぜ。”吼えろ、ケルベロス”! ”猛れ、オルトロス”!」


 クラウドが宣言すると、奴が構えた銃が、黒い装甲に覆われていく。同時に、もう片方の手にも赤い装甲に覆われた銃が出現した。

 二丁拳銃である。


「銃で俺とこの距離で?」


 俺は問いかけながら、一気に間合いを詰めた。

 手加減抜きの、縦一文字斬り。まずは小手調べだ。


 こいつを、クラウドは銃を交差させながら受けた。

 にやりと笑う。


「銃は近接戦のための武器だ。その方が格好いいだろう?」


 そのまま、クラウドは銃を跳ね上げて俺の剣をかち上げる。

 俺は回転しながら剣を繰り出す。


 こいつを、クラウドは赤い銃で受け止めながら、ゼロ距離から黒い銃を俺に突きつけた。

 俺は咄嗟に、頭を逸らす。

 一瞬前まで俺の頭があった場所を、弾丸が駆け抜けていく。


「その動き、ガン=カタか……!」


「家でずっと練習していたのさ。ジ・アライメントではシステム上再現出来なくてな」


「大した厨二だ。実戦で使うとは正気とも思えん」


「君もな。ユーマの全ての動きが、その場での即断だろう。戦う度に敵に合わせた技を生み出していく。それこそ、キングオブ厨二さ」


 互いに笑みが浮かぶ。

 だが、戦いの手は休めない。


 俺はステップして踏み込みざま、鋭い突きを繰り出す。

 これを、クラウドは斜め上空に発砲しつつ、その反動で仰け反って回避した。

 さらに側面に発砲、その勢いで俺から間合いを取る。


 この男、戦術や戦略面に於いてもてはやされてきてはいるが、それだけでギルドの頂点に立てるほどMMOは甘くはない。

 地位に相応しい、個人戦闘力も求められるのだ。


 そうでなければ、自我が肥大したゲーマーの集まりであるギルドなどまとめられない。

 即ち、クラウドはデスブリンガーにおいて最強とも言える。


「さあ、ギアを一つ上げていくぞッ」


 クラウドが黒い銃を後方に撃ち、反動でダッシュを加速させた。

 銃使いが剣士との間合いを詰める。通常であれば正気の沙汰ではない。

 だが、この男はそれをする。


 今までシステムの制約で出来なかったアクションが、この世界であれば再現できるのだ。

 俺もまた、距離を詰めた。


 赤い銃が俺の額めがけて突き出される。

 これを、俺は手の甲で奴の腕を逸して回避。


 クラウドは反転しながら、脇から俺に向けて黒い銃を向ける。

 俺は、これを切っ先で銃口を跳ね上げて回避する。


 互いの得物がかち合った瞬間を狙い、クラウドは蹴りを繰り出してきた。

 足癖の悪い奴だ。

 ならば、俺も技を見せてやろう。


 この剣技と共にこの世界を渡り歩き、鍛え上げられた体術だ。

 地面を蹴って飛び上がる。

 着地の勢いは、水面に大剣を浮かべる要領。


「おっ、おおおおおおっ!?」


 クラウドが驚愕に叫んだ。

 周囲のデスブリンガー連中も目を見開いている。

 俺が、クラウドの蹴り足の上に立ったのだ。


「なっ……なんという技を……!! ずるいぞ、かっこいいじゃないか……!!」


 だが、ニヤニヤ笑いが止まっていないクラウド。

 ああ、この世界はこいつにとっても理想郷なのかもしれん。

 俺も、こいつとの一騎打ちは妙に噛み合う。


 互いに一撃必殺。だが、いつまでも戦い続けていられそうだ。

 しかし、得てして邪魔者は、こういうタイミングで現れるものだ。


 不穏な風が俺の頬をくすぐる。

 何度も俺の命を救ってきた、勘と言う奴だ。


「ユーマ! 来るぞ……! これは、レイアの魔力だ……!」


「それと、この風……ゼフィロス様……!?」


 空が一面にかき曇る。

 曇天が太陽を隠し、周囲は暗がりに包まれた。

 そんな黒雲の中で、キラリと光るものがある。


「ッ!!」


 俺は跳んだ。

 全力で、後方へとジャンプする。

 クラウドもまた、双銃を撃ち放ち、猛烈な勢いでバックダッシュする。


 間に合わなかったのはデスブリンガーたちである。

 そこに降り立った、凄まじい風をまとった剣の一撃に巻き込まれる。


「…………!!」

「っ…………!?」


 物を言う事も出来ず、彼らは吹き飛ばされた。

 後衛、前衛ともにダメージは甚大。盾持ちたちは辛うじて無事だが、上空に巻き上げられている。叩きつけられる際に盾の操作を誤れば、一巻の終わりだろう。


「ふうーっ……! 清々しい気分だよ……! まるで生まれ変わったみたいだ」


 そいつは風で逆だった髪に、緑色の光沢を宿しながら周囲を見回した。

 ゆっくりと立ち上がる。

 バルゴーンを折った、最初のデスブリンガー。


 勇者リョウガ。

 そして、俺は。

 懐かしい気配に頭上を見上げる。


 そこには、貫頭衣を用いた巫女衣装に身を包む、虹色の髪の少女がいる。


「リュカ……!」


 一瞬だけ、彼女の表情が泣きそうに歪んだ。

 だが、唇は別の言葉を紡ぐ。


「ようやく、この肉体の主導権を得ました。それでは……世界に仇をなす異分子を、排除するとしましょう……」


 リュカの心はまだ残っている。

 ならば、救う手立てはあるだろう。


 排除されるのは俺ではない。

 レイア、お前がリュカの中から排除されるのだ。

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