第125話 熟練度カンストの決闘者
あれ、そう言えば……。
「なあ、ローザ。ロリババァって言ったヤツって、さっきの奴らの中にいたのか? 俺がもう斬っちゃったとか?」
「なんだ、そんな事が気になるのか」
ローザの精神衛生上、言葉の意味は教えていない。
まあ、教えたところでこいつは笑って受け流す気もするが。
「貴様がさっき、親しげに物騒なやりとりをしていただろう。あの優男だ。妙に私が気に入ったようでな。貞操の危機を覚えたぞ……」
クラウドお前かっ!!
あんな爽やかな外見をして、実はロリコンだったとは……。
いや、MMORPGにはまり、一つのギルドの頂点まで上り詰める男だから、並の人間ではあるまい。
「ユーマ、貴様と戦った男が、かのギルドとやらのリーダーらしい。そして、現れたあの優男が、ギルドの前のリーダーであったというな。だが、デスブリンガーの者たちは、あの男を信頼しているようだぞ」
「そりゃあな」
俺が戦ったリョウガは、火竜の山では仲間を見捨てて真っ先に逃げ出すような男だ。
それに、己の技量や能力に驕っているところが見られた。
間違いなく、剣の腕だけなら俺が今まで戦ってきた奴の中でそれなりにやる方だ。
それにあの強力な絶対武器とも言える得物があれば、鬼に金棒である。
だが、それはリーダーとしての資質ではない。
あいつには、僅かばかりのカリスマも感じなかった。
仮にあったとして、僅かばかり面識があるエルフェンバインの王様程度か、その半分以下だろう。
あれは粋がっているだけの子供だ。
異世界に転移してきた連中が、例えギルドマスターだからと言って、そんな未熟な男に命を預けるかというと……うーん、難しかろうな。
「いつまで隠れているつもりかな。ユーマ。出てきたまえ。なに、かつて同じギルドで戦っていたよしみだ。いや、あの時は敵同士だったのかな? だが、俺が覚えている程度には腕のいいプレイヤー。それが君だったはずだ。分かってほしいな。俺は、君のような貴重な人材を失いたくはない」
「何か言ってますよ、ユーマさん」
「あれは中身があることを言ってるんじゃない。ああやって言葉を並べ立てながら、俺が反応するであろう単語を探ってるんだ。あれをやりながら、部下がこっちを探りに来てるぞ。注意してくれ」
「は、はい」
アリエルがシルフを呼び出し、周囲の状況を探査し始める。
「参ったね……。完全に押してたはずが、なんだか身動きが出来ないよ。ユーマ、あいつのことを過大評価しすぎじゃないのかい?」
「うむ、それは過大評価だったかどうかはすぐに分かるぞ」
「ユーマさん来ます!!」
「ほらなっ!」
アリエルが立ち上がって身構える。
彼女の目線が注がれるのは、右側。
確かに、ガシャガシャと重いものが歩く音がする。
タンクがこちらに向かってきているのか?
「サマラ」
「はいっ」
「あっちに盾を持った奴が出てきたら、俺たちの背中側にとびっきりでかい炎をぶち込め」
「……? わ、わかりました!」
「あたしは?」
「カリュプディスを頭上にぶっ放してくれ」
「訳の分からないオーダーだねえ……」
「俺ならそうするって事だ」
「ふむ」
一連の流れを聞いて、ローザが頷いている。
何か考えているようだ。
彼女は、二十年間の間辺境伯領を治めた政治家でもある。
そして自ら戦陣に立つ将でもあった女性だ。
俺のやり方を見て、戦術や戦略を盗んでいてもおかしくはない。
そんなローザが、脇にしゃがみ込んで何かしている。
彼女が触れた所に、作りの粗い陶器のような地面が現れた。
……何をしているんだろう。
「貴様の頭だけで勝てる気がする相手なのか?」
「……いや。正直怪しいな。あれは俺の教師や師匠みたいなもんだと言ったが、分かりやすく言うと戦術では俺のアッパーバージョンだ」
「一人で足りないのなら、二人いればいいだろう。私は勝手に動く。主導権は貴様が握れ」
ローザが不敵に笑った。
なんだなんだ。
いつもは戦場で無力っぽいローザが、力強く感じるぞ。
「見つけたぞ!」
駆け込んできたタンクが、俺たちに向かってでかい声を上げた。
サマラがビクッとする。
俺は彼女の肩を叩く。
「無視しろ! 囮だ!」
「はいっ……! サラマンダーッ!!」
サマラは振り向くなり、誰も居ないはずの背後に火の大精霊を解き放つ。
炎の大トカゲは虚空に飛び出し、家屋の壁面に爪を立てて焼き焦がしながら、一直線に突き進む。
すると、ちょうどそこから顔を出そうとした男にぶち当たった。
「ぐぎゃあああああ!? な、なんでこっちにぃぃぃ!」
妙な方向に、黄金の矢が飛んでいく。
短い矢ということは、ボウガン使いか。
技量は必要なく、速射が効くタイプの武器だ。
スキルレベルを極めていくと銃使いにジョブチェンジ出来る……っていうのがジ・アライメントだったよなあ。
妙にボウガン使いが多いから、レイアはギルドの実力を重視して転移させた訳じゃないらしい。
そんな事をつらつら考えていたら、頭上に水の大精霊が飛び出していくところだった。
そいつは、飛び降りてきていた短剣使いを巻き込んで、空中で溺れさせる。
「がばばばばばばばっ……!? な、ばあっ……! 水、空中っ、にっ」
だが、これでは決め手になりづらい。
俺は正面からどんどん近づいてくるタンクを無視して、剣を構えた。
「お、おいっ!」
慌ててタンクが走ってくる。
だが、無視だ。
何か策がありそうだったローザに任せる。
「ええいっ、シルフよ、風を!」
アリエルがしきりに、風の魔法を叩きつけているが、これはタンクの盾に阻まれて全くダメージを与えられない。
急いだほうがいいか。
俺は対面の壁を蹴って跳躍する。
そして、カリュプディスごと、溺れているデスブリンガーの短剣使いを切り捨てた。
だが、それと時を同じくして、タンクがアリエルに掴みかかっていた。
いかんぞこれは!
「壁よ、立ち上がれ」
ローザが朗々と、魔法を唱えた。
その瞬間である。
タンクの足と足の間……つまりは股に向かって、ケラミス製の壁がそそり立ったのである。
何かとても形容し難い音がして、タンクが動きを止めた。
彼の顔が、とても悲しそうな顔になり、笑顔に似た表情になり、そのまま紫色になる。
わっ、い、痛そうだ。
タンクはそのまま泡を吹くと、壁に持たれるようにして脱力した。
金色の盾がそのままである所を見るに、まだ生きているようだ。
「むごいです……」
「やるねえ、ローザ……!」
「あ、あのっ、こっちも援護してえー! 行け、ヴルカンーッ!」
サマラが必死になって、やって来ようとするボウガン使いと競り合っている。
ボウガン使いの数が多いようで、一人がダメージを受けても、他のやつが援護射撃をしながら侵入を果たそうとするのだ。
「よし、アンブロシア、支援してやってくれ。なんならまとめて流しても構わん」
「ほっほう? それじゃああたし、オケアノスをまた呼んじゃうよ?」
「どうぞどうぞ……」
アンブロシアが集中を始める。
その横で、何やらローザが、うんしょ、うんしょと倒れたタンクを引きずっているではないか。
「おいおい、ローザ、どうしたんだ。お前直接攻撃能力が無いんだから、隠れてたほうが……」
「ユーマよ。あのクラウドとやらが私のことをロリババアとか言って気に入っているわけだ」
「ああ、そうだったよな。だが、それが?」
「私がどうやって、奴らに囚われたところから逃げ出してきたと思う?」
ローザは不敵に笑った。
そう言えば、その話は途中だった気がする。
昨夜ハンスの酒場で、俺は強くもない酒を呑むうちに意識が混沌としてきて、途中からへらへらしていたような。
気付けの水をもらって、ようやく我に返ったのは閉店間近だった。
ローザは、あの時の話の続きをしようというのだ。
俺としても気になる。
「恐らく、これが貴様があの男に勝つ一手となるだろう。
いいか。あの男、部下の前では冷静を気取っているが、一皮剥けばろくでもないダメ人間だ」
「うむ……MMOでギルドリーダーにまで達する人間が、駄目でないはずがないな」
「そこは共通の見解だな。では次に、あの男、欲望を剥き出しにすると大きな隙が出来る。この事は知っていたか?」
「いや……。クラウドはあまり、他人に隙を見せない男だったからな。そういう自己演出は完璧だった。何せ出会ったばかりの頃は、名前の前と後ろに十字架マークが……」
ちょっとわかりづらい話になりそうだったので、この辺は詳しく話さないことにした。
そんな俺たちの背後で、どばどばーっと地上に洪水が生まれて、「うわー」とか「ぎゃー」とか悲鳴を上げてボウガン使いたちが流されていく。
高さ数十センチ程度の位置を猛烈な勢いで水が流れば、人は押し流されてしまうのだ。
「私はそれを見切ってだな。色仕掛けで脱出した……!」
「な、な、な、なんだってえーっ!?」
「ユーマさんっ!! そんなところでオーバーアクションしてないで、こっちを手伝って下さいっ! 上からもどんどん来るんですよおっ!」
アリエルが泣き言を。
だが、確かにデスブリンガーの連中は、素人とは言ってもアリエル一人には荷が勝ちすぎる。
どれ、ちょっと片付けてこよう。
「うむ、では戦いながら聞くがいい。
確かに色仕掛けは言いすぎた。
だが、奴は何かしら、己の好みに対して強いこだわりを持っているらしい。これは状況の有利さ、不利さに関係なく、あの男の持っている自らに課したルールとでも言うべきものだ。
確か、イエスロリータノータッチ……とか……」
「ローザやめて! 動揺で切っ先がぶれる!」
それでもどうにか、やってくるデスブリンガーを撃退しているとだ。
クラウドは己の作戦があまり功を成さない事に気付いたようだ。
ピタリと襲撃が止んだ。
それなりの数を仕留めた気がするが、何人いるんだ……?
「一息つけますねえ……。ふぃーっ」
アリエルが肩で息をしている。
サマラとアンブロシアは、魔力はまだあるものの精神的にくたびれているようだ。
何故か俺にもたれて、じっとしている。
「何をしているのだ」
「ユーマ様から元気をもらっているのです」
「堅いこと言いっこなし。ほら、減るものでもないんだしさ」
そんな俺たちをよそに、精力的に何やら作業を進めているローザ。
何をしているんだろう。
地面に指先を当てて、何がもぞもぞ呟いている。
すると、そこがタイル状に変化した。
ローザが立ち上がって歩くと、タイル状の部分が後ろをついてくる。
なんだ。
なんだこれ。
「おーい、聞こえているかユーマ。大人しく我々に投降したまえ。君たちが強いとは言え、所詮は少人数だ。こちらはある程度、君たちの能力は把握した。出てこなければ叩き潰すぞ」
クラウドの声が響いた。
いきなりぶっ放してこないあたり、なかなか紳士だな。
だが、奴のことだ。
本当にサマラとアンブロシア、アリエルの魔法のパターンや状態を読み取ったのであろう。
「さて、ここからどうやって行こうか……」
「うむ、ユーマ。いつも貴様の頭を使わせているからな。ここからは私の番だ」
ローザは、あのタンクの上に腰掛け、ぺちぺち叩きながら不敵に笑ったのである。
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