第124話 熟練度カンストの用心棒2

「思うんですが、ユーマさん」


「うむ」


 俺は斬りかかってくる少年剣士のバスタードソードを捌き、すれ違いざまに彼の胴を両断する。


「そうやって、一人ひとりきっちり仕留めていかなくても……温情とか」


「弱気な。いいかアリエル。こいつらはな」


 女魔術師は、俺を魔法でターゲッティングしようとしている。

 そうそう。ジ・アライメントの魔法は、確実に当てようと思うなら、相手をターゲットする必要があるのだ。

 だから、ターゲット後の魔法は発動は遅いものの、一度放てば必中。


 ……誰がやらせるか。

 俺は足元に散らばっていた樽の破片を蹴り上げる。


 そいつを剣で殴打して、魔術師に飛ばした。

 女魔術師はターゲッティングに集中しており、避けられない。


「うぎゃっ」


 悲鳴をあげた所に、俺が飛び込んだ。

 袈裟懸けに切り捨てる。


「アリエル。こいつらは、俺と同じ世界から来た連中だろう。しかも、レイアから特別な力を得ている。俺が思うに、俺やこいつらの力は、ゲームの中で俺たちが得た力を現実化させたものだ。だが、こいつらは正直チートとしか思えない強度と威力の武器を持っている。例えばこの魔術師なら、杖だ。明らかに異常な量の魔力増幅をしていた観がある」


「はあ……。全く躊躇しないで女性を斬りましたね……」


「うわあああ、アマンダをよくもおおおお!」


 激昂して襲い掛かってくる青年斧使いを、俺は余裕を持って回避する。

 斧が大振り過ぎるのだ。

 そのまま、下から上へと剣を振り上げ、彼の両腕を切り落とす。


「うぎゃあああああっ!!」


「つまりだ。レイアがこいつらに、無駄に力を与えている。本来ならば持てるはずのない、己で得ていない分不相応な力だ。しかも、全てが俺に匹敵する。俺がこの世界に何百人も現れるんだ。その意味が分かるか?」


「あ、それって」


 アリエルが青くなった。

 既に彼女は、姿を表している。

 俺の指示を、巫女たちに伝えるためだ。彼女は周囲の戦況を確認しながら、俺が示唆した、何百人もの俺が世界にもたらすであろう影響について、端的な答えを口にした。


「世界が滅びます」


「だろ? 俺もそう思う。だから、レイアに辿り着き、リュカを救いつつ、こいつらも減らしていかなきゃいかん。可能なら全滅させるべきだ」


「だけど、ですけど、ユーマさんと同じ世界の人なんでしょう? それをそんなにやすやすと……。みんなの意見も聞いてみます」


 風の魔法が、巫女たちの意見を吸い上げる。

 つまり、現在はそれくらい、戦況としては緊迫していないということだ。


『アタシはユーマ様に従うよ。仲間同士で殺し合いとか、よくあることじゃない? それにあっちは、レイアの息が掛かってるんだし』


『別に問題無いんじゃないかね。あたしだって、敵に回った奴は躊躇なく殺してきた。そもそも、ユーマとの出会いだってあたしがこいつを殺そうとしてたんだからね』


『ふむ、問題を単純に解決するためには、敵の一族を根絶やしにしてしまえば、遺恨は起こり辛いな。理想は、一族のみならず、親類縁者、家臣に至るまで全てを殺し尽くす事だ。もっとも、私は平和主義者ゆえ、そのようなことはしてこなかったが』


 自称平和主義者から一番物騒な意見が飛び出してきたな!!

 だが、これは実際に地球でも行われていたことだ。

 大陸の歴史は、王朝が変わる度にその親類縁者、一族郎党を皆殺しにして、彼らが作り出してきた文化を尽く破壊し、新たな支配者が都合のいいように歴史を書き直す。


 これに比べれば、こちらの世界はまだまだ穏やかな方だ。

 争い合っている国家の間にも国交があり、言語の性質も近くて新しい言葉を覚えやすい。

 識字率も低くは無く、せいぜい起こるのは宗教に関連した、少数民族の弾圧くらいであろう。


 平和そのものである。

 問題は、俺がその弾圧される少数民族の象徴である、巫女の味方であるところから来ている。

 最初から俺がフランチェスコやアブラヒムの側にやって来ていれば、世界はもっと安定していたことだろう。


「ユーマさん、敵が逃げます。……ふう、よかった。これで無駄に命を奪わなくても……」


「よし、追撃だ。サマラ、アンブロシア、フルパワーで頼む」


「えええええっ!? な、なんでですかっ!?」


「あいつらの背後には、聞いた話ではクラウドがいる。奴に少しでも手勢を与えたら駄目なんだ。あっという間に逆転されるぞ」


「もう、訳の分からないこと言って! クラウドって誰なんです!?」


「俺にとっての、戦術、戦略の教師みたいなやつだ」


 スーッとアリエルの顔から血の気が引いていった。


「き、聞きましたね、サマラさん、アンブロシアさん」


『絶対逃しちゃ駄目なやつだよね、これ……!!』


『用意してたもの、全力で使うよ!!』


 酒場の屋上に隠れていたサマラが現れる。

 逆側からはアンブロシアだ。


 サマラの回りには、住民が集めた油が用意されており、対するアンブロシアはホースのようなものを手にしている。

 これはローザが作り出した土の属性の物質らしい。俺が見る限り樹脂のホースに見えるのだが……。


「土と同化していれば、生物の死骸も利用できるのだ。私は一度に使用できる魔力は少ないが、こうしてコツコツ物を作るのは得意でな」


 ということで、これはとても長い長いホース。

 これが、あちこちにある酒場から集められた樽に繋がっている。

 樽はアンブロシアが見渡せる範囲にあり、これらの中身はエールではない。ただの水だ。


「集中っ……」


 サマラが念じる。

 彼女の胸元が真っ赤に輝き、強い魔力が発される。


「さあ、ド派手に行くよ!」


 対するアンブロシアは速攻である。

 ホースを手にすると、彼女の魔力に反応して、それが樽の中の水を吸い上げ始めた。

 勢い良く、ホースから水がぶちまけられる。


「なっ、なんだーっ!?」


 逃げ出しているデスブリンガーどもを、背中から水で濡らす形である。

 この水を媒介として、アンブロシアは宣言した。


「出てきな、”オケアノス”!!」


 その瞬間である。

 降り注いだ水が、デスブリンガーを濡らした水が、ホースが吸い上げた水が、ひと繋がりに固まる。

 全ては連続した水になり、水は渦を撒きながら、その中に巨大な目を生み出しつつある。


 水の精霊王を打ち倒したことで、これはアンブロシアの力になったのだ。

 オケアノスは轟々と渦巻く音を立てると、デスブリンガーたちを吸い込み始めた。

 濡れていた連中は、既にオケアノスの欠片を体に付着させていたに等しい。


 同時に、最初にアンブロシアがぶっぱなした超小型ヴォジャノーイたちも、オケアノスと一体になっている。

 これらは小さいことを利用して、デスブリンガー構成員の鎧や衣類の奥深くまで入り込んでいた。


 多くの連中が、オケアノスという巨大な渦潮に巻き込まれていく。

 残った者たちは、必死になって逃げようとした。


 丘の上に渦潮が発生したのである。

 混乱の極みであろう。

 だが、彼らにその選択は許されていない。


 酒場の上で、凄まじい規模の炎が吹き上がる。

 炎は形を変え、巨人となった。


 これが、跳躍。

 逃げ続けるデスブリンガーたちの頭上へと迫る。


「いけえっ、アータル!!」


 空気が焦げる臭いがした。

 自らヴァイスシュタットから離れたデスブリンガーたちに、出力を抑えて攻撃する必要は無い。


 アータルの落下と同時に、そこは爆風に包まれた。

 よし、やったか!?


「いかん。我ながらフラグっぽい事を考えてしまった」


 俺は気を引き締める。

 水と火の精霊王の揃い踏みである。

 これには、デスブリンガーの連中も堪えられない。


 何せ、精神的には素人なのだ。

 突発的な出来事にはパニックを起こすし、不利になれば逃げ出しもする。

 理解できないことがあれば、フリーズするのだ。


 そこを逃さずに殲滅する。

 完璧である。




「生き残りは第三隊か。散開せよ。めいめい、己の武器で防御の体勢に入りながら後退。遠距離攻撃要員は攻撃に移れ。残存する魔術師は支援。バフを中心に」


 爆炎の向こうから声が響いた。

 俺は背筋に氷を入れられたような感覚になる。


 野郎、間に合いやがったか。

 俺は声を張り上げる。


「サマラ! アンブロシア! 飛び降りろぉ!! 精霊王の制御は手放せ!」


「えっ!? は、はいっ!」


「わ、わかったよ!」


 二人は転げるようにして、屋根から落ちてきた。

 サマラは俺が滑り込んでキャッチし、アンブロシアはアリエルの風の魔法で軟着陸する。

 それと同時に、二人がいたであろう家屋の屋根が、轟音を立てて弾け飛んだ。


「……判断が速い。少しはやる相手がいるようだね。さては……君が、女神が問題にしていた魔王ユーマかな」


 気づけば、爆煙は晴れている。

 もっと凄まじい勢いで放たれた何かが、煙も炎も吹き飛ばしてしまったのである。

 その向こうで、逃げていたはずだったデスブリンガーの連中が、それなりの陣形を組んでこちらを向いていた。


 そいつらの中央に立っているのは、黄金の銃を構えた男。

 茶色く染めた髪を、自然な感じで撫で付けた髪型。自信に満ちた甘いマスク。

 俺がMMOの中で見た姿とは随分違うが、間違いない。


「クラウドか」


「その通り。魔王ユーマ。いや、戦士ユーマ。久しいね。君はゲームの中で見たままの姿に近い。俺が魂の目で見た姿だがね」


「そうか。じゃあいきなりだが死ね」


 俺は剣を振り上げた。

 背後から、投擲されてくるものがある。

 ローザが生成したケラミスの短剣だ。


 これの背部を剣で打ち付け、クラウドめがけて射出する。

 クラウドは避ける気配も無い。


 何故なら……そこには盾を構えたタンク要員が存在しているからだ。

 タンクは盾を掲げ、短剣を受け止めた。


「なるほど、やるな。俺だってそうする。気が合うね」


「俺のやり方は、あんたのやり方を見て覚えたものだからな」


「ははあ、そうすると、これは師匠と弟子の対決と言うわけか。いいねいいね。では、君も死ね」


 クラウドの手首が、俺を指し示す。

 すると、ボウガンや弓を構えていた連中が、一斉に俺に射撃を開始した。

 俺は地面に身を投げだして、攻撃をやり過ごす。


 あ、いけねえ。

 人質にしてたリックを忘れてた。

 案の定、俺が避けた背後で、奴はハリネズミみたいになって死んでいる。


 これは、俺を殺せればラッキー、そうでなくともリックは仕留めて人質としての価値を無くすアクションではないか。

 さて……先鋒退治のつもりが、ご本人登場となってしまった。

 これは、俺かあいつか、どっちかが死ぬまで終わらない。


 バルゴーンを地面を掬うように振るい、土煙を引き起こす。

 これに乗じて、俺は転がりながら背後へと逃げた。


 家の影に飛び込むと、そこにはアリエル、サマラ、アンブロシア、そしてローザ。

 うちの手勢は俺とこの四人。

 さあて……、どう攻めるか。どう攻めてくるのか。

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