第123話 熟練度カンストの用心棒

「ユーマ、そこでだな、ちょっと困ったことになってるんだ。話を聞いてくれるか」


 店が終わった後、ハンスが相談を持ちかけてきた。

 彼は間違いなく、俺が妖精たちを率いて魔王じみた事になっているとは知らないはずだ。

 俺としても、過去の自分を知っている彼の存在は一服の清涼剤だ。


「俺に出来ることなら頼みを聞くぞ。俺としても、まだ調べなきゃならんことがある」


 リュカが何処にいるかとか、リュカと精霊王の関係だとか。

 それに、レイアが呼び出したデスブリンガーという集団も気になる。


 俺がこの間まで、散々に打ち破ってきたわけだが、一人ひとりが手にしている得物は、油断すれば全てがバルゴーンを折る強さを持つ、規格外の凄まじい武器である。

 まあ、武器の使い手がどうしようもなく素人なんだがな。


 俺は、奴らの事を何処かで見たことがあるような気がしている。

 デスブリンガーという名前もだ。


 多分、あいつらはMMOにおけるギルドだ。

 そして、俺は傭兵として奴らとの戦いに加わったことがあるような……。


「おお、そりゃあ助かる。実はな、デスブリンガーとやら言う連中がこの辺りを徘徊しててな。この町に食料を無心に来るんだ。連中、最初は最近町の周囲をうろつきだした怪物を退治してくれていたんだが……。その度に、報酬を要求してきてな。

 怪物がいなくなるのはいい。だが、怪物たちは別に悪さをしていたわけでもなく、この町の交易にはさしたる影響も無かったんだ。だが、それで金を払わねばならんとなると、出費が馬鹿にならなくてな……」


「冒険者気取りと言うやつだな」


「冒険者……? なんだ、それは」


「ああ。世の中には、そういう悪さをする怪物を退治して金をもらう連中がいるんだ。この地方はそんなものは必要ないんだがな」


 何せ、怪物というのはそれぞれの属性に所属する妖精であろう。

 俺の傘下である。


「そういうものか。だけどな、そいつら、報酬を払わないと暴れるんだ。うちの自警団では歯が立たなくてな。本当なら国に頼んで、兵士を送ってもらうんだが……王都は未だ混乱状態でなあ……」


「その厄介な連中を撃破すればいいんだな?」


「有り体に言えばそうだ。やってくれるか? もちろん、礼はする」


「世話になった身だ。引き受けるよ。報酬は、まあ、その時考える」


 そういう事になった。

 俺としても、願ったり叶ったりである。

 今までは、サマラやアンブロシアを取り戻すことが最優先であった。


 そのために、デスブリンガーどもを生かしてどうするという余裕が無かった。

 一人生きているだけで、とんでもない脅威になるのだ。

 この世界で破壊できないものは無い、絶対物質とも言える武器を持った人間である。


 野放しにしないか、出来うることなら消してしまうのが世の中のためには良い。

 だが、奴らが何か情報を持っている可能性は無いか。

 今回は幸いにして、ローザが初っ端から無事だった。


 最早、巫女を最優先して敵を殲滅する、と言う事をしなくてもいい。

 出来うることなら、敵に関する情報を持つ相手を一人でも捕獲して、洗いざらい知っていることを吐かせねば……。


「では、俺も明日一番でローザと作戦を立てる。色々面倒なことを言うと思うが何とかやってくれ」


「おうよ! いやあ、随分とユーマも頼もしくなったもんだな! 男ってのは変わるもんだなあ」


 ばしばし背中を叩かれた。

 うむ、俺に昔同様の扱いをしてくれるのは、ハンスを含めて数少ないな。

 かくして、俺は策を練りながら提供された酒場二階の寝台へ向かい……。


「ここが、ユーマ様とリュカ様が同衾された場所なんですねっ」


 いきなり目をキラキラさせたサマラに飛びつかれた。


「うおーっ!? 落ち着け、落ち着けサマラ」


「私としては別に宿を取ることを提案したのだがな。こやつらが親睦を深めるため、などと言って、この狭い空間で五人雑魚寝と来たものだ」


 言葉とは裏腹に、ちょっと楽しそうなローザ。

 きっと、こういう合宿的な状況の経験が少ないのだろう。

 アンブロシアはいそいそと布団(というか寝藁)を敷いて、それぞれの寝るポジションを仕切っている。


 ふむ、俺が中央で、それを挟むようにサマラとアンブロシア……?

 アリエルとローザは頭の上か。


 実に無駄のないスペースの使い方だ。

 だが、妙に俺のスペースが狭くないか……?


「ユーマはどこに移動してもいいんだよ! あたしの所に来てくれたって……ふふふ」


「ぬうっ、仕組んだな……!」


 サマラとアンブロシア、並んでふふふ、と笑っている。

 恐ろしい。


「ふむ、こういった空間では、女同士で秘密の話などをするのでは無いのか? いや、別に私に秘密の話などは無いが、ちょっと気になってな」


「ローザさん、ウキウキしてますね? お気持ちはわかりますー」


「ローザはほら、前のこの国の王様とちょっといい感じだったって聞いたけどね?」


「なっ!? アンブロシア、そんな情報をどこから仕入れたのだ!」


「エドヴィンとかいう学者がさあ……。あれ、あいつ今どこにいるんだっけ?」


「エドヴィンならヨハンと一緒じゃない? パスを使ってあちこち行き来してるから、アタシも分かんないなあ」


 エドヴィンは今、うちの軍勢の者たちに文字やら、この世界の知識を教えて回っている。

 その都度、自らの著書を教科書にしているようである。


 ヨハンはその護衛か。

 そうだ。雑談もいいんだが……。


「アンブロシア。ヴォジャノーイは普通に陸上でも使えるか?」


「うん? 使えはするよ。だけど、媒体になる水が少なけりゃ、そのぶんあたしの魔力を消耗するさね」


「酒は媒体になるか?」


「うーん……。水に酒を落としたくらいならいけるよ。この町のエールくらいの濃さならば、水の精霊を呼び出してヴォジャノーイにすることができるさね。そうさねえ……。樽一つから二体は呼び出せるね」


「そうか。じゃあ、カリュプディス以上の奴を呼ぶとなれば……」


 俺の言葉を聞いて、アンブロシアはにやりと笑った。


「おや、気付いてるのかい? そうさ。あたしの中に、あいつの力が満ちてるのが分かるよ。でもそれを使うには、少なくとも船一艘を満たすくらいの水が欲しいねえ……」


「とすると……。ハンスたちには悪いが、この町の酒場はしばらく休業だな。それと、ローザ」


「うむ。奴らとやりあう算段をつけているのだろう? 力を貸そう」


 ローザは話が早くて、実に助かる。

 かくして、俺たちの夜は更けていくのである。





 夕方であろうか。

 随分日も傾いてきたなと言う頃合いだ。

 地平線の向こうから、幾つかの人影が現れた。


「なんだ、こりゃあ?」


 あちこちの道端に置いてある、小さな樽を見て首を傾げている。

 やってくる人間たちは大半が男で、まだ子供と見える奴から、中年を過ぎたあたりまでいる。

 中には女も混じっている。これは子供はいなくて、それなりの年齢から中年くらい。


「おーい、今日の報酬を受け取りに来たぜ」


 先頭にいるのは、長い槍を担いだ男だ。

 それを出迎えるのが俺。

 灰色のローブを着て、腰を曲げてフードを被っている。


「あれ? いつもと違うヤツか?」


(ほら、ユーマさん怪しまれてますよ!? こんな格好やっぱりだめだったんですって!)


 連絡役となっているアリエルの、焦る声が聴こえる。


「大丈夫だ。こいつらにはこれでいいんだよ。雰囲気たっぷりだろうが」


(いや、全然分かりませんから!)


 俺は、わざと声を低くして、ボソボソと話し始める。


「おつとめご苦労様です。では、ここに皆様への報酬を用意したのですが……一つお聞きしたい」


「うん? なんだ? 言ってみろ」


「いつまであなた方に報酬を与えねばならんのですかな?」


「は? 何言ってんだお前。馬鹿だな。モンスターを狩ったら報酬をもらう。それで俺たちは強い装備を買う。それが普通だろ? 残念なことに、生産職の連中はこっちに来れなかったんだよな。どこかで良い腕をした鍛冶師とかいるといいんだが」


「我々の金も、あまり蓄えがあるわけでは無くてですな。そろそろ報酬をお出しできませんぞ」


「ああ、その話か。なら稼げばいいだろ? それで俺たちに報酬をよこせよ」


「その、我々も別に、外の怪物に困っている訳では無くてですな」


「はあ? モンスターがいたら、村人が困っているのは当たり前だろ!? だから俺たちが退治してやってるんじゃん! 金を払いたくないからって屁理屈言うなよ!」


「おーいダムド! もうめんどくせえからそいつやっちまえよ! 俺たちは女神様から力をもらって、いちいち相手の顔色を伺わなくてもいいんだぜ? ちまちま魔物退治なんてしなくてもよお」


「いやあ、そういうの、クラウドさんがうるせえからさ……」


 クラウド。

 その名前は知っているぞ。


 かつて、とあるギルドの対抗戦で、卓越した戦略を以て数々のギルドを出し抜き、頂点に君臨した男の名前だ。

 俺は奴の戦い方や戦略を学び、それを活かしたのがエルフェンバインやエルフの森の攻防戦だった。

 ある意味、俺の師匠筋に当たるような男だな。


 今は引退したと聞いたが、たまたま名前が同じなだけだろうか。


「クラウドなんざもうロートルだろ!? もういい、ダムド引っ込んでろ。俺がこいつらの頭を張るわ」


「ヒューッ! リックかっこいいー! ダムド引っ込めー!」


 後ろから野次が飛んだ。

 うーむ、本当に遊び半分でやっているんだな、こいつらは。


(どうします? ユーマさん)


「こいつらはダメだ。やっちまえ。裏に控えてるボスを引きずり出そう」


(了解、作戦を決行します)


 そういうことになった。

 次の瞬間、辺りに置かれた小さな樽が爆発する。


 中に詰め込まれていたのは、エールだ。

 エールは空中に飛び散ると、飛沫の一つ一つが小さな人の形になる。


「そぉら、行くよ! ヴォジャノーイ!!」


 影に隠れていたアンブロシアが、水の精霊の名を呼ぶ。

 飛沫は無数のヴォジャノーイである。

 こいつらは、やって来た連中……デスブリンガー一行に飛びつくと、その体を這い上がり始めた。


「ひいっ!? 何!? 何こいつら!?」


「うわ、手で払ってもダメだ! ぶ、武器で!」


「だめだって、武器で払うって、こんな小さくで密着してて……」


 大混乱だ。


「お、おい、お前ら……」


 ダムドと呼ばれていた槍使いが後ろを振り返った。

 俺は背筋を伸ばして、既にローブの下に佩いていたバルゴーンを抜刀する。

 ポンっと間抜けな音を立てて、ダムドの首が跳んだ。


「は?」


 リックとか呼ばれていた奴がマヌケな声を漏らす。

 俺は一歩進む。


 おや。このリックとか言う男。

 見覚えがあるような……。


「お、お前、お前、ユーマか!? お前もこの世界に……」


「よし、お前だけ残そう。後でたっぷり情報を吐いてくれ」


 俺はバルゴーンの腹で、リックの顔面を思い切り殴打した。

 奴は目を回してぶっ倒れる。

 さあ、お掃除と行こう。まずはデスブリンガーの先鋒を平らげる。

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