第122話 熟練度カンストの回収者

 さて、時間を少し巻き戻そう。

 次はローザを助け出すぞと、意気込んでエルフェンバインに向かったら、いきなり港に救出対象がちょこんと座って俺たちを待っていた事実を受け止めるには、少し俺の中でも時間が必要だからだ。


 救い出したばかりのアンブロシアは、ひどく消耗していた。

 普段使わないほどの魔力を、オケアノスの補助があったとは言え、長時間行使し続けたのだから当然だろう。

 しかも何だかいつもよりもしおらしいではないか。


「まだ、ちょっと足元がふらつくね……。ユーマ、支えてくれると嬉しいんだけど」


「おう、いいぞ。……おっ! おお、おっ」


 彼女の肩を支えていたら、サマラに匹敵するくらいには豊かな胸が、俺の肩口で潰れているではないか。

 あれっ、育ってませんか。

 オケアノスの力で、体格もちょっと変動したみたいである。あの精霊王の趣味か。


 ぬう……なんというけしからん質量であろう。

 目を離すことが出来ん。

 よそ見をしながら船に乗り移ると、サマラが手をばたつかせて抗議してきた。


「いけません!! ユーマ様、そういうのは不純ですよーっ!! あ、アタシというものがありながらーっ!」


「おや、ユーマは別にサマラのものじゃないだろう? あたしだって、ユーマのハーレムの一員なんだから、いい目を見せてもらってもいいんじゃないかい?」


「うっ、うぐぐ、そ、そうだけどっ」


「それとも何かい? サマラは、あたしたちの間に上下関係を設けて、ユーマを独占する権利を不平等にするとでも? おやおや……そいつは戦争だねえ……」


「アンブロシア!? なんでそんなにユーマ様ラブになってるの!?」


 なんだなんだ。

 こ、これは一体どういう状況なのだ。


「ユーマさんを巡って争っているんですよ。ユーマさん、基本的に態度をはっきりさせないでしょ」


「なん……だと……?」


 それはつまり……どういう事なのだ?


「お、おい、争うのはやめよう。世の中平和が一番だ」


「それは恐らく、ユーマに一番似つかわしくないセリフさね……。ふう……。あたしもそうだね、ユーマに謝らなくちゃいけないことがあるよ」


 俺から離れないまま、アンブロシアが言葉を紡ぐ。


「いつだったかさ、あたしはリュカやサマラほどあんたを好きじゃないって言ってたろ?」


「うむ」


 あれはグサッと来たな。

 だが同時に、複数の相手に普通に好かれて当然だと思っていた自分は傲慢では無いのかとも思ったものだ。


「あれは撤回するよ! ひどいことを言ってごめん! あたしは今、あんたの事が好き!」


「ななななな、なにぃぃぃぃ!!」


「どええええええっ!?」


 俺とサマラの叫びが重なった。

 ああ、あの後は俺の中では修羅場だったなあ。


 結局、俺がみんなに対する態度をどうしていくのかを、決めなければいけなかった。

 まず、全員を平等に扱うこと。

 その上で、リュカが女たちの中では序列一位と。


 この辺は割りとスムーズに決まった。

 その他は輪番制である。


 難しい……。

 大変難しい問題だ。


「おい、ユーマ。貴様、いつまで呆けているのだ」


 俺の頬をぺちぺち叩いてくる者がいる。

 ローザであった。


 別れた時から、外見もそう変わっていない。やつれている訳でもなく、目つきや物言いがおかしくなってもいない。

 むしろ辺境伯時代から比べると、随分険が取れて丸くなったローザである。

 体型は一向に丸くならないが。


「貴様、今とても失礼な事を考えたな? 私の胸をじろじろ見回して」


「尻も」


「問答無用!」


 俺は額にチョップをかまされた。

 痛……くは無い。

 だが、ローザも体型のことは気にしているのだなあ。


「まあ、ローザが無事で良かったじゃないかい? あたしやサマラはもう、大変だったんだからさ」


「うん……自分の中に、自分じゃない誰かが入り込んでくる感覚っていうのかな。あれはちょっと、アタシ二度と御免だわ」


 サマラは顔を青ざめさせて、ブルッと震える。

 精霊王に肉体を乗っ取られた記憶は、結構なトラウマになったらしい。


「ふむ。して、アンブロシアも同じような感想を抱いたのか?」


「そうさね。あたしの場合、オケアノスの支配が強すぎて、記憶があちこち曖昧なんだよ。ただ、体の中の魔力をあるだけ搾り取られた気がするね……。あの野郎、あたしの体を自分のものだと思って、むちゃくちゃやりやがって……!」


「それで、アンブロシアはユーマ様にキスされて我に返ったのよね」


 ジトッと横目でアンブロシアを見るサマラ。

 根に持っておるのか。


「ばっ、バカ言うんじゃないよ!? あたしはもっと前に自分を取り戻して、それでユーマをサポートしたんだからねっ!?」


「ほう……接吻を……? ほう……」


 ローザはやたらと俺を見てくる。


「ま、まあいいじゃないか。それより、どうしてローザが無事だったのか聞かせてくれ。何があったんだ?」


 話題を逸らす目的で話を振る俺。 

 だが、これはこれで確かに気になる。


「そうですね。私とユーマさんが別の世界に行っている間に、一体何があったんですか?」


「アリエルと」


「ユーマ様が二人きりで……?」


「い、いやいやいや! やましいことは何もありませんでしたよ! ありませんでしたからね!」


 いかん、この空気、誰かなんとかしてくれ。

 何か起こる度に、女子たちの間で火花が散るではないか。 

 うおー、リュカ、早く戻ってきてくれー。


「よし、では私の話をするとしよう。その前に、腹ごしらえをしようではないか」


 俺たちはローザに先導され、エルフェンバインの港から懐かしき町へとやって来た。

 ここはヴァイスシュタット。


 戦乱に見舞われたり、色々物騒なことになっているエルフェンバインの中では、比較的安全で栄えている都市である。

 それと言うのも、ここはディアマンテとアルマースの間にあり、国家間の交易の要衝だからなのだ。


「おおー! 誰かと思えばユーマじゃないか! 一瞬誰かと思ったぞ! 見違えたな!」


「ハンスも元気なようで何よりだ」


「うむ、色々あったが、結果として町の人通りも多くなってな。こうして繁盛しとるよ。しかしユーマ、前はもっと人と目を合わせるのが苦手な感じだったのに、随分雰囲気が変わったな。こう……一人前の男の面構えをしているぞ」


「そいつはどうも。色々修羅場をくぐったからな……」


 今も割りと修羅場中だしな。

 俺の背後で、隣の席を誰が取るか、サマラとアンブロシアが角を突き合わせて何か言い合っている。


 ローザはこいつらに注意するつもりも全く無いようだ。

 むしろ、


「ははは、若いということはいいな。微笑ましい」


 一回り以上年齢差があるからなあ……。


「ほいっ、ソーセージの盛り合わせお待ちどう! 後はエールだったな。よう、ユーマ、羽振りがいいようだな」


 料理を運んできたのはハインツ。

 ハンスの息子で、この酒場に俺とリュカが勤めていた時、世話になった男だ。


「……で、どの女がお前のコレなんだ? ……というか、リュカとはどうした。別れたのか? いかん、いかんぞ。あんないい子はなかなかいない。お前が悪いなら頭を下げてでも戻ってきてもらえ」


「いや、込み入った状況でな……。リュカはこれから迎えに行くところなのだ……」


「そうか! そいつは良かった。実はな、俺ももうすぐ結婚するんだ。お前とリュカを是非、式には呼びたくてな! 最高のソーセージを出すぞ!」


「ほう……おめでとう」


 旧交を温め合う。

 次の注文が入ったようで、すぐにハインツは別のテーブルへ行ってしまう。

 酒場の看板娘であった、ハインツの姉クラーラが嫁に行って、ハインツもフロアに出なければならないという事か。


 いや、何やら茶色い髪のウェイトレスさんが働いていて、ハインツと談笑しているな。

 あれが嫁か。


「ユーマ、そろそろいいか? 始めようと思うのだが」


「あ、ああ、すまん。じゃあ始めてくれ」


「よし。では、皆。この場に集まった我らで、最後の巫女たるリュカを救いに行かねばならぬ。だが、我らとて人である。糧を得ねば働くこと叶わぬ。ここにある料理も、酒も、明日の我らの英気を養う精霊からの恵みである! 感謝していただくとしよう! 乾杯!」


「かんぱーい!」


「乾杯っ!」


「乾杯ですー」


「おぉいっ!?」


 俺も思わず乗せられて、ジョッキで乾杯してからハッとした。

 ローザが話し始めるのじゃなかったのか!?


「何を言う。酒と食事は言葉の潤滑剤だ。貴様らも激しい戦いの末に疲れていることだろう。ここで英気を養うべきだという私の判断なのだぞ」


「それは間違っていないが……」


「それに、エルフェンバインも平和ではない。また明日から、物騒な輩たちとの戦いが待っているのだ」


「今さらっと聞き捨てならないことを言ったな?」


 ローザはジョッキを口にすると、その細身の体からは見合わぬほど、豪快に中身を飲み干した。


「ふうっ……! ヴァイスシュタットの地酒はいいな。二十年もの間飲みなれた味だ……。さて」


 めいめいに、ソーセージやザワークラフトを摘む中、ローザはゆっくりと語りだした。


「まず、私が女神レイアに操られなかった理由から話していこう。そもそも、奴にとって、私は欠番の巫女だったのだ。もぐ……うむ、いい味だこのソーセージ。おい店主、一皿追加だ」


「へい! まさかヴァイデンフェラーのローザリンデ様がうちを使ってくださるとはねえ」


「ははは、私はもう市井の小娘に過ぎん。気を使うな」


「小娘って年齢じゃ……。っていうかもう話の腰が折れたのか!?」


「おお、そうだったな。いいか。私はリュカ、サマラ、アンブロシアと比較して、古い世代の巫女だ。それ故に、土の精霊女王レイアの企みの計算の外にあった。私が存在し続けていたがために、レイアは受肉するための巫女を、己とは違う属性に求めなければならなかった。だが、それは何を意味するか。

 別なる精霊王との競合だ。

 レイアはリュカをその肉体として生み出すよう働きかけたが、リュカは同時に、精霊王ゼフィロスとも極めて親和性が高い特別な巫女だった。

 ユーマ。私たちが祭壇に上った時、一瞬だけ、私は意識を奪われた。

 だが、サマラとアンブロシアはそれぞれの精霊王が宿ったものの、私には何者も宿らなかったのだ。

 それ故に、私は意識を取り戻すと同時に、チェア君で急ぎ、その場を離れた」


「お待たせしました。ソーセージの盛り合わせです」


「おお、済まんな。マスタードも山盛りで嬉しい限りだ」


 ウェイトレスさんがお皿を持ってきた。


「君がハインツの嫁さん?」


「あっ、はい。ユーマさんですね? 主人から噂は伺ってます。とってもお強いんですよね」


「ははは、それほどでも」


「ユーマ、ユーマっ」


 どすどす。

 いたい! アンブロシア、足を踏むのは止めてくれなさい。


「さて、話に戻ろう」


 ハインツの嫁が離れていったので、ローザの話が再開した。


「私は逃げ延びようとしたのだが、運悪く、レイアが召喚したデスブリンガーという集団に囚われてしまった。

 そして、彼らは私に向かってこう言ったのだ」


「む……」


 一拍、溜めを作る語りに、俺もサマラも、アンブロシアもアリエルも、酒や食事の手を止めて聞き入る。


「”うっひょお! リアルロリババァじゃないですかーっ!! この世界に来て良かったー!!”

 ……ユーマよ。あれは一体どういう意味だったのだ……?」


 俺はテーブルに突っ伏した。

 そんな事を言う連中が、次の相手なのか……?

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