第120話 熟練度カンストの海戦人2

「行け、者ども……!!」


 アンブロシア……の肉体を操るオケアノスが命令を下す。

 水で作られた透明な船からは、数名の人間が姿を現した。

 連中、どうも他にいた金色の武器の奴らと異なり、おどおどしていて頼りない。


「いくら水の上を歩けるからってさあ……」

「金髪のボインの姉ちゃんの命令とは言え、俺って泳げないから……」


 泳げない組である。

 泳げないのに海に配属されてしまったのか。哀れ。


「命令を聞けぬか……」


 アンブロシアがぼやいた二名に向けて指先を突きつけた。

 すると、彼らの足元にある、水の甲板が急に実態を失う。


「あ、あ、あ、あああああがぼごぼぼっ」

「た、たすけっ、がばばっ」


 沈んでいってしまった。

 水の精霊王だから、浮力くらい操れるのだろう。

 船の中に沈んだ奴らは、もう浮かび上がってこない。


 これは強権政治ですなあ。

 残る金の武器の連中、怯えた顔をしているではないか。


「行け……!」


「う、う、うわああああ!」


 やけくそっぽい声を上げながら、連中は海に飛び込んできた。

 水上を走れる加護を得ているから、海面に着地してこちらまで駆けて来る事が出来る。


「ユーマ様、また海を剣で行くんですか?」


「いや、多分オケアノスは浮力をコントロールして、俺を沈めにかかるだろう。今この船が浮いていられるのは、常時クラーケンが水を吐き出して浮き続けているからだ」


 少し考え込む俺。

 海上という場は、正にオケアノスのフィールドである。

 今までの戦いで、最も俺にとってアウェーな環境であると言えよう。


 ならばどうするか。

 決して沈まない足場があればいい訳だ。


 俺、じっと船べりを見つめる。

 そこへ、ふわふわとクラーケンの触腕が上がってきた。

 これだ。


「パラム、頼むぞ」


 俺は声をかけるなり、触腕へ飛び乗った。

 間違いなく、これは俺以外には不可能な戦いである。

 小船だろうと、水の妖精だろうと、オケアノスの前には無力。


 自ら浮き上がる力を持ったクラーケン以外では、奴と渡り合うことは出来まい。

 だが逆に、クラーケンを足場に出来れば充分に戦えると言う話にもなる。


「クラーケン、振り回して!」


 パラムの指示が飛び、クラーケンは触腕をあちこちに振り回し始めた。

 俺はその上を突っ走る。

 ゲソ部分のヌメヌメを水に見立て、基本移動方法は大剣を使ったサーフィンだ。


「な、なああっ!?」


 敵の一人の目の前に触腕が迫り、そいつは慌てて武器を振り回した。

 ただでさえ水上と言う慣れない環境。

 そこに襲い掛かる、大質量の触腕。


 で、触腕の影から飛び出してきた俺が放つ、必殺の斬撃。

 呆気なく、首が一つ飛んだ。

 そのままゲソ部分へターンする俺。


「ユーマさん、今度は逆から来ます!」


「よし、イカ足追加してくれ! 逆に飛ぶぞ!」


 俺が乗っていた側のクラーケンが、触腕を高らかに跳ね上げる。

 こいつをジャンプ台にして、俺は反対方向へ跳躍した。

 それをもう一杯のクラーケンがキャッチする。


 ナイスである。

 駆け下りざま、クラーケンのえんぺらに接近していた奴を叩き切った。


「あ、やばい、アンブロシア魔法を使おうとしてる!」


 サマラの声がした。


「任せた、サマラ!」


 俺はこの件に関して、サマラに全権を委任する。


「任されましたっ!! ええい、サラマンダーッ!!」


 向こう側でド派手な水蒸気爆発が起こる。

 男たちの悲鳴も聞こえるのは、連中巻き込まれたな。

 しかし、例の勇者とやらの仲間もピンキリである。


 この間しとめた弓使いは、顔こそ拝んでいないがかなりの使い手だろう。

 だが、それ以外の連中、恐らく慣れた環境では油断せず、チームでの戦いになれば強いのだろうが……。


 戦いとは、常に予想外の状況が起こるものである。

 故に、不利な戦場で有利に戦う事を考えておかねばならない。

 このように。


「ああああっ、なんでっ、なんで海上なんて初めてのフィールドなのに、そこで強キャラと戦闘なんだよーっ!! クソゲーだああああっ」


 とか叫んでいた槍使いの首を刎ねる。


「ちょっと、チュートリアル! チュートリアルくらい普通用意するだろう!? くっそ、くそくそくそぉっ!!」


 何やら罵声をあげていたボウガン使いを袈裟懸けに断つ。

 俺は基本的に油断しない。


 なので、こんな相手だって舐めたりはしないのだ。

 キッチリとこの場で仕留める。不利な足場や戦場に慣れる前に全滅させておかなければいけない。


「おい、みんな!? ちっくしょう、なんなんだよこれ!! 俺たちはすげえ力をもらったんじゃなかったのかよぉ!! お前、お前だってそうなんだろう!? なんで、お前と俺たちでこんなに違うんだよぉ!」


 クラーケンの触腕の先に、最後の相手がいる。

 奴は取り乱して、俺に向かってまくし立てた。

 ふむ、そうだな。


「違いと言うなら……何だろうな。よく分からん」


「なっ、お前、そんなっばっ」


 そこで真っ二つに断った。

 意識してやってる訳じゃ無いからな。


 色々必死に生きてたらこうなっていた。それだけである。

 さあ、本命の元に向かおうではないか。


「むぐぐぐぐ!! こ、こいつ、アンブロシアよりも全然強いんだけどぉっ!! っていうかアンブロシアの魔法はそこまで凄くなかったしっ」


 サマラが大声で不満をぶちまけながら、火の魔法を放っている。

 うむ、多分それ、アンブロシアに聞こえてるぞ。

 彼女は元々、才能豊かな巫女という訳では無かったみたいだからな。指輪の力でドーピングして、リュカやサマラに並んだだけだ。


 待てよ。

 それを言うなら、サマラもアータルに取り込まれたときに火の精霊王の力を受けて変化した、言わば強化人間的な存在で……。


「ひえーっ!」


 サマラが吹っ飛ばされてきた。


「あぶないっ」


 俺は慌てて触腕から飛び上がり、サマラをキャッチして甲板へ着地。

 サマラは結構なボリュームのある子なので、俺は滑り止めのため、大剣の腹をマストに叩き込む要領で態勢を固定する。


「ユーマさん、折れちゃう折れちゃう」


 あっ、マスト折れちゃうか。


「うへへ」


 サマラは何を緩んだ顔をしておるか。

 あっ、俺に抱き着いてすりすりするのはおやめなさいっ、今は戦いの最中……やわらかぁい。


「おのれら何をしておるかーっ……!! やはり、灰色の王はここで消さねばならぬ……!!」


 オケアノスが凄い顔をしている。

 アンブロシアのシワになっちゃうからそういう顔は止めてほしい。

 何故だ。何でそんなにヒートアップしているんだオケアノス。


「死ねいっ!!」


 アンブロシアがはめている指輪がギラギラと輝く。

 指輪の手前の空間が歪み、巨大な水の渦がそこに発生した。

 渦はこちらを目掛けて、まるでガトリングガンのように水の弾丸を吐き出してくる。


「やべえ」


 俺はこれが洒落にならない攻撃だと判断した。

 他でもない精霊王が、ぶち切れながらぶっ放す攻撃である。しょぼいはずがない。

 という事で、サマラを抱えたままバルゴーンを抜いて突っ走る。


 アリエルの前に立ちふさがり、パラムをその後ろへと誘導しながら……可能な限り大剣のサイズを大きくして目の前に突き立てる。

 次の瞬間、ダガガガガガガガガッとバルゴーンの刀身が音を立てた。


 折れはしない、折れは。

 だが、周囲の甲板が、まるで弾丸で紙をぶち抜くような勢いで穴だらけにされていく。


 どれだけの水圧で撃ち出してるんだ、あれは。

 当たったらジ・エンドである。


「ひいいいいっ!? アンブロシアって、こんなに魔法を使えなかったはずなのにぃぃっ!」


「ぬっ、そんなにしがみつくと身動きが取れん……! サマラ、ステイ、ステイ!」


 サマラが落ち着き、俺から離れたところで、水の弾丸が降り止んだ。

 流石に連続して攻撃は出来ないという事か。

 だが、次の攻撃をじっと待っている訳には行くまい。


 俺は頭をフル回転させる。

 庇わないといけないのは三名。


 彼女たちを守っていたら、俺は攻撃に移れない。

 だが、幸い、彼女たちにも攻撃能力はある。ここは……。


「サマラ、アリエル、パラム!」


「いつでもいけますよ!」


「は、はいっ!?」


「はいーっ!」


 三者三様の返事だが、サマラは理解しているようだ。

 後方に熱気が生まれたのを感じる。火の魔法が使われているのだ。

 それを見て、アリエルも合点がいったようで、周囲に風が生まれ始める。


「な、なるほど……! では私は、水の魔法の勢いを少しでも弱め……」


 パラムの言葉が終わらないうちに、水のガトリングが降り注いできた。

 こちらからも応戦で火の玉が飛ぶ。

 風がガトリングを逸らし、少なからぬ火の玉がアンブロシア目掛けて飛ぶ。


「小癪な、巫女どもめぇっ……!」


 オケアノスの声は怨嗟に満ちている。


「何故、何故そのような男について、わしはこの女を無理やり抑え付けねば操る事も叶わんのかっ……!! 世の中は不公平である……!!」


 あっ。

 俺、分かってしまいました。


 オケアノス、あれは嫉妬だ。

 奴は嫉妬から来る怒りで攻撃をしている。

 とにかく、俺が巫女たちとイチャイチャしているのが大変腹立たしいらしい。


 そうか、そう言えばアンブロシアがオケアノスの指輪を嵌めた瞬間、こいつはアンブロシアを手に入れるためか、己の眷属に変えようとしていたからな。

 それが分かってしまえば、攻略の糸口が見える。


「サマラ! 頼みがある!」


「なんですかーっ」


 ヴルカンを射出しながらサマラが答える。

 俺は彼女の目を見ながら言った。


「俺にキスしたまえ」


「はい……って、はい? はいぃぃぃぃぃっ!?」


 あ、いかん、射出されるヴルカンの流れが乱れた。

 俺は慌てて大剣を振り回し、水のガトリングを弾き飛ばす。


「い、いやあ、アタシ的には遅かれ早かれ、将来的に必ずするもんですし? あの、その、すっごく嬉しいんだけど……その、でも、人目があると恥ずかしいし、こんな緊急時にそんな事言われても……。あと」


「お、おう」


「リュカ様にころされそう」


「おお……。べ、別に唇にしろってことじゃない。ほっぺでいいんだ、ほっぺで。俺だって唇は経験無いんだから。だが、頬ならリュカが既にしている……! つまり問題ないという事だよ……!!」


「な、なるほどぉ……!!」


 サマラが目をキラキラと輝かせた。

 そして、火の魔法を使いながら俺ににじり寄ってくる。


「で、では失礼しまっす……!!」


「よし来い、来いよう……!」


「むっ!? 貴様ら何をするつもり……ウグワーッ!?」


 訝しげなオケアノスの呼びかけが、次の瞬間悲鳴に変わった。

 サマラが見せ付けるように、俺の頬に熱烈なキスをしたのである。

 効果は抜群だ!!


 水のガトリングが停止する。

 恐らく、頬にハッキリとキスマークを付けながら、俺は宣言した。


「よし、ここから反撃だ!」

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