第116話 熟練度カンストの聞き取り人

 目覚めると……すっかり日が昇っていた。

 おう、いい朝だなあ……なんて思って、あれっ、何か忘れてね? と思う。


 そうだ。

 俺はこの世界に戻ってきたのだった。

 レイアに奪われたリュカを、アンブロシアを、ローザを、サマラ……を……。を……?


「うーん」


 大変柔らかくて温かい物が俺の横にくっついていて、体を起こしづらい事この上ない。

 これはなんぞ?

 横をちらりと見た。


 サマラの顔があった。

 うおおおおお!?

 あぶねえ!


 ちょっと顔を動かしたらキスするところだったわ!

 俺が驚愕にガクガク震えていると、この振動でサマラも目覚めたようだ。


「ん……ユーマ様、おはようございますぅ……」


 まだぼんやりしているようである。

 だが、俺を抱きまくらの如くがっちりと抱きすくめていて、離す気配が無い。

 それに……こう……。


 布団の他に、俺の手足に布をまとっている感触が無いというか。

 むしろ人肌の暖かさが必要以上にわかると言うか。


「ふふっ、アタシの体ってあったかいでしょ。火の精霊を宿してるから、人より体温が高いんですよ? 体をあったかくしておけばよく眠れると思って」


 ようやくサマラが手足を解いて体を起こした。


「うおおおおおああああ!?」


 俺は驚愕のあまり寝床から転げ落ちた。

 テントの中に設けられた寝床だから、転げ落ちることは即ち土台から地面に落ちることになる。

 背中を打ったがそれどころではない。


「サマラ、お、お前、おま、おま、全裸ッ!」


「ふっふっふ……既成事実を作っちゃおうと思ったんですけど、リュカ様が可哀想なので堪えました。アタシの自制心ってすごい」


「ほんとかっ。ほん、ほ、本当に俺もお前も過ちをおかしてないよなっ」


 これ以上無いってくらいに動揺する俺。

 それを見て、サマラは真面目な顔でキッパリと言った。


「何もなかったのは間違いないです。だってアタシ、男性に迫られたいタイプだから!!」


「お、おう」


 実はあれだけ積極的にアプローチしてきてて、受け身なタイプだったのか……!

 あまりの衝撃で、すっかり目が覚めてしまった俺である。

 そんな俺たちのやり取りが耳に入ったのか、サマラの侍女たる幼女二人組が、朝飯を持ってやって来た。


「おはよーございます、灰王様! サマラ様!」

「ごはんですヨー」


 メニューは、薄く焼いたパンとドライフルーツ、チーズと牛乳で入れた茶である。

 ああ、確かに布団から出てみると、朝は少々冷えるな。

 温かい茶が嬉しい。


「灰王様、おめしものも外に干してあります!」

「もってくルー」


 マルマルが外に駆け出していった。

 その間に、アイが俺のお茶のお替わりを淹れてくれる。


「こうしている状況じゃないんだけどなあ……」


 茶を啜りつつ呟く。

 すると、衣服を身に着けたサマラが、


「情報を集めて、それでどうするか決めるのも大事じゃないですか? アタシ、ユーマ様からそういう考え方を教わった気がします」


「ぬぬっ」


 焦りを指摘された気がして、何も言えなくなる。

 確かに、俺はここに来てから、何事もさっさと片付ける方針だったが、気が急いて情報集めを行ってはいなかった気がする。


「一本取られましたね、ユーマさん。彼女なりにちゃんと考えてるんだから」


 アリエルもやって来た。


「そろそろ暖かくなってくるし、外で諸族の長を交えて、今後の対策を話しませんか? それに、サマラさんには色々教えてもらわないといけないことばかりですし」


「ええ、アタシ、いろいろな事を知りました。これ知っておかないと、ヤバイ情報だって思う」


「そうか……! では、そうしよう」


 そういうことになった。

 外に出ると、日差しは随分高いところにある。

 リザードマンと遊牧民の長は既に待機していた。


「やあ、昨日はお疲れ」


「灰王様こそ、お倒れになりましたが何事も無かったのですか」


「ああ、ちょっとオーバーワークだったようだ。あっちに行って、すぐ帰ってきてドンパチだからな。俺は元々体力はそこまで無いから」


 俺の体力が無い宣言がジョークだと思ったようで、遊牧民もリザードマンもドッと笑う。

 えっ、マジなんだけどっ。


「えっと、じゃあ、お話していくね」


 サマラが座の上座に腰掛けた。

 つまり俺の隣である。


「アタシ、みんなと一緒に祭壇に行ったの。そこで、アタシは何者かに体の中に入り込まれて、自由が効かなくなった。そいつが、アータルだったってわけ」


 昨日、俺が滅ぼした火の精霊王である。

 半年以上前に、暴走した巨人状態のアータルにも一撃浴びせている。

 まあ、とにかく奴に対してはろくな思い出がない。


「サマラさん、あなたの意識はあったんですか?」


「うん、はっきりしたものじゃ無いけど、半分夢を見ているような感覚で、あいつがやっていた事は見ていたよ。ほんと……みんなや、アイとマルマルは怖がらせちゃって、ごめん……!」


「サマラ様!」

「サマラさマ!」


 アイとマルマルが、サマラを慰めるようにくっついて来る。

 サマラは二人を愛おしげに抱き寄せると、


「あのね、あいつはね、すごく焦っていた。精霊王は、段々意識が薄くなってきているんだって。長い長い時間をかけて、精霊王だったものが、ただの自然現象になって来ているって。だから、一番強い意識を持っていたレイアが代表になって、この世界にとっての異分子を呼び込んだの」


「異分子……俺か?」


 俺の問いかけを、サマラは否定する。


「そうじゃない。ユーマ様じゃないんです。もっと、もっと昔に、三人の人間を呼び込んだ。三人は、それぞれ宗教という形で人間を支配して、発展させたって。精霊王たちは、人間が生み出す知恵の中に、自分たちの意識を繋ぎ止める方法があるんじゃないかって期待してたみたい」


「人を自立させるとか、そういう意味じゃないのか?」


「最初は、そういう意識もあったみたいなんですけど……なんだか、昔の記憶は曖昧で……。今凄く強いのは、消えてしまうことへの恐怖、だったと思う。すっごく、凄く怖がってた」


 サマラが、アイとマルマルをより強く抱きしめる。

 おいおい、幼女たちが苦しがりはしないか。


「サマラ様はやわらかいからだいじょうぶだよ!」

「ふかふカー」


 なるほど……!!

 確かに寝ている俺に抱きついていたサマラは大変柔らかく……うっ、体の一部が反応を。鎮まれ、鎮まれ俺よ。


 だが、サマラがアータルの感じていた恐怖を共有していたのなら、今朝のあれはそんな感情を紛らわせる意味があったのかもしれないな。

 それに……。


「サマラが感じた、精霊王たちの恐怖を、みんなは今も感じてるって訳か」


「うん、多分……そう思います」


「助けに行かねば……」


 むしろ俺の気持ちが落ち着かなくなってきたぞ。

 いつの間にか、俺はあの娘たちに、強い思い入れを抱くようになっていたらしい。

 いても立ってもいられん。


「お、お、俺は行くぞ!」


「灰王様、でしたらば移動手段はこちらに」

「人里を抜けることになるでしょうナ」


 話を聞いていた遊牧民の長が合図すると、馬がやって来た。

 リザードマンたちも旅支度をしているではないか。


「あ、いや、リザードマンも来るのか? ここから一番近い場所というと……」


「海ですナ。我ら、命を賭しても灰王様に従う所存でス」


「いやいやいや。リザードマンは犬死になるだろうが。いいから。あっちはあっちで、海の連中と協力するから。な? お前らは遊牧民と、ここを守っていてくれ」


 俺の言葉に、リザードマンの長はちょっと不服そうな雰囲気になった。

 忠誠心は嬉しいんだが、火属性の種族が海に行くのはいかんだろう。絶対死ぬって。


「ユーマさん、海に行くと言うことは……目星がついてるんですか?」


「ああ、情報を集めながらになるだろうが、アルマース帝国からネフリティスの方面に向かおう。アンブロシアに乗り移ってるのは、精霊王なら恐らくオケアノスだ。そいつの根城があの辺だからな」


「地続きならエルフェンバインでもいいんじゃないですか? そこなら、ローザさんがいると思いますけど」


「海はプリムがいる。あいつなら灰王の軍も指揮できるからな。プリムを救い出せば、二方面攻撃が可能になる」


「ふむふむ……ユーマさん、やっと調子出てきましたね。冷静さが戻ってきた気がします」


「いや、そうでも無いんだけどな……」


「じゃあ、そうと決まったら用意しよ! 亜竜の生き残りは、火竜の山に避難してると思うから、ゲイルとかも迎えに行ってさ!」


 サマラが勢い良く立ち上がった。

 空元気かもしれないが、自らを鼓舞する気持ちというのは大事だ。


「よし! ゲイルも無事なら、三人で行くか! サマラ、海に落っこちるなよ! 死ぬからな!」


「ユーマ様が私をずっと抱いてくれていればいいんです! なんならその先までしていただいても……!」


「ええっ」


 俺は静かになった。

 アリエルがそんな俺を指差して笑う。

 おのれ。


「では、我らが一族、灰王様と巫女様、そして秘書官殿を火竜の山までお送りしましょう」

「山に入れば我らが護衛でス。さあ、行きましょうゾ」


 かくして、俺たちはゾロゾロと大移動することになった。

 アイとマルマルは村に置いていく。

 これからの戦いにはついてこれそうもない……というか、ついて来られては困る。

 俺がこの世界に帰ってきてからそれなりに時間が経過してしまったし、今回のアータル陣営は、不意打ちで勝利したようなものだからだ。


 次に向かう先で待ち構える精霊王は、きっと俺たちを迎撃する準備を整えている事だろう。

 そんな危険な場所に、幼女たちを連れて行く事はできない。


 サマラは二人をぎゅっと抱きしめた。

 二人もサマラをむぎゅーっと抱き返す。


 うむうむ。

 仲良きことは美しき哉。

 俺はほっこりした。


 すると、アイがサマラの肩越しに、空を見上げてポカンとする。

 俺も彼女の視線を追ってみた。

 ああ、なるほど。


 その先にあるのは、空に開いた大きな穴だ。

 この世界と、俺がいた現実世界は時間の流れが違うのか。


 空に開いた穴は、日が暮れようとしているところだった。

 ついさっきまで、同じ青色だったから気づかなかったのだ。


「灰王様、あそこから何かでてきたみたいです」


「何か?」


「はい、丸くて、尻尾が生えてて、飛びそうにないのに空を飛んで……頭の上で、何か回してたみたい」


 ヘリコプターだ。

 どうやら、こちらの世界に現実世界がやって来てしまっているらしい。

 どんどん状況がややこしくなっていくぞ。

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