第117話 熟練度カンストの飛行者

 ゲイルが大変元気であった。

 俺はそれだけでちょっと嬉しくなる。

 奴は俺を見つけるなり、翼をばたばたさせて寄ってきた。


「おおー! 無事だったかゲイル。よしよし、よーしよしよしよし」


 擦り付けてくる頭をナデナデ擦り擦り。


「ユーマ様、それ私もやって欲しいです……!!」


「サマラさん攻めるねえ」


 ぬうっ。

 亜竜はペット感覚だからいいが、サマラは人間だからなあ。


 特別な感情を抱いている人間だからなあ……。

 そうは言われてもハイハイと言えぬところが、俺の童貞力を証明している。


「……」


「ぬぬぬぬぬ」


 すぐ近くまでサマラが迫ってくる。

 いかん、今回はリュカもいないから、彼女を止めることが出来る者は何処にもいないぞ!


 アリエルはニヤニヤしながら見守るばかりだ。

 仕方ない。

 俺は覚悟を決めた。


「よ、よしよし」


 頭を撫でる。

 俺と背丈が変わらないか、少し高いくらいの女性にこれをやるというのは、なかなか不思議な気持ちになる。

 リュカ相手にやるのは、小さな子の頭を撫でるようで気恥ずかしくは無いんだがなあ。


「ああ、満足……」


 サマラが目を細めている。

 ちなみに彼女の髪の毛、炎がうねるような光沢が、常に蠢き続けているのだが……触った感じはちょっと暖かいくらいで、熱くはない。

 恐らく、サマラが魔法を使い始めると熱量を増すのだと思われる。


「ユーマさん、ゲイルで空路を使うんですよね? ルート的にはどういう風になるんですか?」


 あっ、こいつ、今全身全霊でサマラを撫でている俺に質問をするのか。

 アリエルめ、目が笑ってやがる。


「あ、ああ、一応、アルマース帝国の港を一回使おうかと思う。俺たちが目立つと、必ずアブラヒムが顔を出してくるからな。そこで情報を集めておきたい」


「アブラヒム!」


 サマラが反応した。

 おお、そうだった。ザクサーン教の元締めであるアブラヒムは、サマラにとって一族の仇なのである。


「今、とっても絶滅させたい名前を聞きました!!」


 サマラの闘志が燃え上がる。

 甘えん坊モードから、一気に戦闘モードに切り替わった火の巫女である。


「よし、それじゃ出発するとしようか!」


「おー!」


「おー!」


 俺がセンター、右側にアリエル、左側からやや中央寄りにサマラ。

 サマラの位置が微妙なのは、彼女は俺と体重があまり変わらないため、やや中央側に重心を預けるのと……。


「むふふ……! 合法的にユーマ様に抱きつけます」


「サマラは合法非合法関わりなく抱きつくよな……?」


「いえ、そのっ……勢い任せでなければなかなか……」


 そんな事を言いながら、俺の腕にしがみついている。

 ゲイルはその身に風を纏うと、ふわりと舞い上がった。


 翼を広げるだけで、魔力を帯びて風に乗るのだ。

 一度、強く翼を振り下ろすと、高く高く飛翔した。

 あっという間に、火竜の山が遠ざかっていく。


「あっ……ユーマさん、なんだか……聞いたことのない音がします……! あれ、あっちに……二つ……?」


 アリエルが耳を澄ませる。

 彼女はリュカ同様に、風の魔法を使うことが出来る。

 シルフに音を運ばせて、遠い音を聞き分ける、など。


「そっちは……アルマース帝国の方向だな。願ったり叶ったりだ。ゲイル!」


 ゲイルはグオ、と鳴いて応えた。

 俺が示した方向に向かって、加速する。

 正面から受けた風圧は、アリエルが魔法で中和する。


「いました! あれ!」


「あれ……アイが見つけた謎の鳥……?」


「ヘリコプターな。まさかここまで深く入り込んでくるとは……って、あれ、テレビ局のヘリじゃねえか」


「テレビ……?」


 サマラが首を傾げた。

 アリエルはあちらの世界でテレビを見ているため、疑問を感じはしない。


「テレビって言うのはな……」


 俺は説明を開始する。

 その横で、突然その空間に、謎の飛行物体が出現した。


「あっ」


「あれっ」


 アリエルとサマラが驚愕に叫んでいる。


「お、おい」


 俺は、そいつが誰なのかを察して、ちょっと青ざめた。

 テレビ局のヘリコプターは、突然並行して飛行し始めた飛行物体に驚愕している。

 飛行物体の一部が、ピカピカと輝いた。


「あー、バカ、よせ、やめろって……」


 飛行物体から、ビームが放たれる。

 それは狙い過たず、ヘリに直撃した。


 ヘリが一気に赤熱化し、とろけた様に見えた。

 次の瞬間、起こるのは爆発である。


「あー。やっちまったか」


 飛行物体がこちらへやってくる。

 その上には、見覚えのある髭の男が直立していた。


「おや、誰かと思えばあなたか、ユーマ殿」


「アブラヒム、やっちまいやがったなあ……。あれ、放送されてたらどうするつもりだったんだ」


「どうもこうも。あれはこの世界に入り込んだ異物だろう? ならば破壊して構うまい。悪いのは火竜と共に、世界の壁を砕いた何者かなのではないかな?」


「むうっ、それを言われると弱いな」


「死ね、アブラヒム!!」


 いきなりサマラが激昂して、半身を起こす。

 胸元が輝き、衣装を焼き切りながら放たれる炎のビーム。


 今までの流れを全く無視する形で放たれた攻撃で、これはアブラヒムも予想外だったようだ。

 顔をひきつらせると、全身に銀色のバリアを放って攻撃を受け止めた。


「あ……危ないじゃないか……!! 私が死んだらどうするつもりだったのだね!?」


「殺す気よ!!」


「あなたたちは彼女の側では無かったと理解していたのだがね……。ここで始めるつもりか……?」


「まあ待て! サマラ、ここはこらえろ。気持ちは分かるが、こいつはみんなとは関係ない」


「うぎぎぎぎ……!」


「よし……よーしよしよし」


 さわさわ撫で撫で。


「あっ、あっ、ユーマ様、今はそんなところ撫でるの、いけません、反則……」


 よしっ、サマラが骨抜きになった。


「ま、まあ、テレビ局のヘリを落としたのはいい。状況を掴んでるんだろう。教えてくれ」


「ふむ、私があなたにそれを教える筋合いは……と言いたいところだが、彼らとの相性はあなたのほうがいいだろう。あれらは、私たちを倒すために最適化されている」


「そうなん?」


「私たちの作り出す防御の光壁は、あなたの攻撃を防げるが、彼らの攻撃を防ぐことは出来ない。彼らが武器に特化していると言うことは、つまりそういう事なのだよ」


「恨み骨髄だなあ……。お前ら何をやらかしたんだよ」


「私たち以上にやらかしたあなたに言われたくはないな」


 うむ、それについては言葉も無いな。反省もしないが。


「で、困ってないのか? 俺も事情があって、奴らを狩って回らねばならんのだ」


「それは良いニュースだね。アルマース近辺にも、彼女の私兵たる金色の武器の者たちが現れている。だが、幸い私の力は数を頼みにするものだ。拮抗は可能だろう。だから、一番派手な相手を頼みたいのだが」


「派手な……?」


 その時だ。水平線の近くにキラリと輝くものが見える。


「ありゃなんだ」


「船……ですね。全身金色の、趣味が悪い船です」


 アリエルが顔をしかめる。

 あんまりしかめてばかりだと、シワになるぞ。

 しかし、船が金色だということは……。


「そう、あの船全てが彼らの力だということだ。私の力では、あれを破壊することが叶わなくてね。あちらも、私も決め手がない状態だ……! 聖戦士では落とせず、奴らも聖戦士の壁を超えられていない」


「ほいほい。で、その他の敵の位置なんかは……」


「あれを下したら情報提供しようじゃないか。あなたは敵だが、少なくともあれらよりは随分マシな敵だ」


「そりゃどうも。よし、行くぞゲイル」


 ゲイルの首をぺちぺち叩くと、グオ、と鳴いた。

 そのまま、一直線に黄金の船に向かっていく。


「よし、俺がガードを担当する。アリエル、風圧。サマラ、攻撃な」


「分かりました!」


「は、はいっ、がんばりまーっすっ!!」


 超高速の亜竜が、金色の船との距離を詰めていく。

 おうおう、あちらさん、驚いてやがるな。

 金色の矢がビュンビュン飛んでくる。


 こいつもまともに受けたらいけない奴だ。というか、ようやく弓使いが登場か。

 これが最初にいたら、俺はやられていた可能性がある。

 何せ、切り落とす事ができない攻撃だからな。


 俺は刃を金色の矢に合わせる。

 ゆるりと左右、上下へとそのベクトルを変化させる。

 ほんの僅かな動きでベクトルを変えれば、矢は方向性を見失ってあちこちへ飛び去っていく。


 冷静に狙いを定められていないな。

 心の準備をする時間を与えたらダメだ。

 こいつが正確な狙いで攻撃してきた場合、俺でも攻撃を逸しきれる自信は無くなる。


 破壊困難な、絶対物質の矢。

 放たれた時点で、そいつは明確な殺意を持った物体となる。


 俺は込められていた気合が抜けた武器なら折ることが出来るが、放たれたこの矢は折ることが出来ない。

 という事で。


「サマラ!」


「はーいっ!! ヴルカン! ヴルカンヴルカンヴルカンッ! サラマンダーサラマンダーッ!!」


 炎の奔流が放たれる。

 これを、アリエルが風に乗せて船へと運ぶのだ。

 その一瞬だけ風圧が強まるから、俺は空いた片腕でサマラの手を握ってホールドする。


「うっふふ! ユーマ様の手……! テンション、上がってきたーっ! サラマンダーッ!!」


 サマラの胸から飛び出す炎が、巨大なトカゲの形になった。

 そいつが風に乗って、随分近づいた金色の船に飛び込んでいく。

 おお、矢が止まった。


 どうやら船の中は阿鼻叫喚のようである。

 冷静に対処していけば、あいつらの戦力なら難しくは無かろうが……。


「冷静にさせるかよ」


 金色の船直上。

 俺はサマラを抱き上げた。

 ゲイルが急旋回する。


 アリエルが手を伸ばし、風を巻き起こした。

 ゲイルから落下しつつ、俺は大剣をサーフボード状に変化させた。


「サマラ、しっかり掴まってろ!」


「はい!!」


「おらぁっ、行くぞおっ!!」


 風に乗り、虹色のサーフボードが黄金の船へと突撃していく。

 到着した瞬間、俺は一撃。

 船べりにいた魔術師らしい格好をしたやつを真っ二つにした。


 同時に、サマラの胸から飛び出したヴルカンが、ヒーラーらしき男に襲いかかっている。

 俺は着地と同時に、バルゴーンを変形させようとして……。


「パターンは二つだけか……。じゃあ、片手剣で……!」


 回転しながら、バルゴーンが俺の腰へと収まり、鞘が出現する。

 俺はポンっと真上へサマラを放り上げた。

 サマラは胸元から炎を発しながら、勢いを殺して着地する。


「よしサマラ、ここはタンクがいない。最大火力で薙ぎ払え」


「はいっ!! むううううううう!!」


 サマラが溜め始めた。

 俺は、彼女を狙って襲いかかる連中を、斬って、斬って、なぎ払い、受け流して捌いて撃ち落とし。

 叩いて蹴って、打ち払う。


 バルゴーンにダメージが入らないよう、金色の武器の打点をずらしながら攻撃を受け流し続ける。

 船上にいる生き残りは、十人と少しか。

 双剣なら少しは楽なのだが……!


「サマラ、俺が時間を稼ぐ。たっぷり溜めて……ぶっ放せ」


 手数が足りない分を、正確さで補えばいい。

 一瞬でも相手が隙を見せれば、


「ぐげえっ!?」


 指を切り落とす。

 相手の気が武器に載っていないなら、


「ばかなっ!?」


 武器を叩き折る。

 金色の武器は、どうやら時間をかけると再生してしまうようだ。

 だが、次の再生まで間が持てばいい。


 遂には、攻め寄ってくる奴がいなくなった。

 俺に恐れをなした……と言う訳ではない。

 俺の背後で膨れ上がる、猛烈な熱量。


 灼熱の輝き。

 奴ら、これを見て腰を抜かしたのだ。

 これだから、戦闘経験が足りない奴らは。


 恐るべき攻撃ならば、放たれる前に撃破すれば良いだろう。そんな計算も出来ないのか。

 だからこのような事になる。


「ぶっ放せ、サマラ!!」


「はいっ……!! ”アータル”!!」


 サマラの胸から生まれたのは、純粋なる火の精霊と化したアータル。

 生まれ出た炎の巨人が、拳を高らかに振り上げる。

 次の瞬間、炎に包まれた一撃が、船上を焼き尽くしたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る