第115話 熟練度カンストの襲撃者2

「よし、風を送り込めっ」


「はいっ! ”烈風ブラストウインド”!」


 俺が切り開いたテントの隙間から、アリエルが風の魔法を送り込む。

 これで、俺が侵入するために、テントの土台の中身を掻き出しても形状が保持されるというわけだ。

 遊園地にある、中にはいって遊べる巨大風船遊具の要領である。


「では行ってくる」


「私モ!」

「あっ、こら!」


 何か俺のお尻にへばりついたぞ。

 だが確認する手段が無い。

 俺は構わずに、どんどんと土台を切り開きながら突き進んでいく。

 外からは、くぐもった声が響いている。


「我は火の巫女! アータルの権能を以て、精霊王に逆らう愚かな者共に鉄槌を下す!」


 おや?

 基本的にはサマラの声なのだが、妙なエコーがかかっている。

 それに発声が女性っぽくない。


 なんというか、女声にボイスチェンジした男の声みたいだ。

 これは……間違いなく何者かが取り憑いていますなあ。


 そしてだいたいパオの構造は把握した。

 俺が蓄えた創作物知識を甘く見てもらっては困る。


「おっ、出たか」


 突き刺したバルゴーンの先端が、土台の布を破いたようだ。

 穴から明かりが漏れてくる。


 そこから覗けるのは……。

 地べたに座り込んだ幼女のお尻である。


「あっ、こ、これは」


「アイ!」


 俺のお尻の辺りから、もじょもじょと這い上がってくるのがいる。

 マルマル、お前いつの間にーっ。

 リザードマン幼女は、俺の目論見や段取りなどお構いなしで、俺の顔をむぎゅっと押しのけて穴から出ていってしまった。


「アイー!!」

「ええっ!? マ、マルマルなの!?」


 振り返ったアイは、目元が腫れぼったくて赤い。

 泣いていたようである。

 それを、マルマルがむぎゅうーっと抱きしめる。


 アイもすぐに、むぎゅっと抱き返した。

 美しき哉、幼女たちの友情。


「マルマル、ひとりできたの?」

「ううン、灰王サマといっしョ」


 すると、アイの視線が穴に注がれた。

 そこに、俺の顔が覗いている。


「きゃっ」


 そんなに驚かなくてもいいではないか。


「おいこら、何騒いでるんだ! ……!? リザードマンが中に!? どういう事だ!」


 真面目そうな男の声がするぞ。

 これは危ない。

 俺は臨戦態勢に入った。


「おいリザードマン、お前どこから侵入を……」


「おぉらぁっ!!」


 俺は咆哮と共に、大剣化したバルゴーンでテントの土台をぶった切りながら立ち上がる。


「うおおああああっ!? なっ、なんだーっ!?」


 目の前にいたのは、金色の杖を持った男である。

 杖は先端にトゲトゲが付いていて、戦闘的なデザインだ。だが、首から同じ金色の十字架みたいなものを下げているから、こいつは神官戦士みたいなものなんだろう。


 奴は咄嗟に後ろへ下がり、棒を構えて防御の体勢に入った。

 こいつ、驚いていてもキチンと反応する辺り、なかなか腕が立つと見た。

 今までこいつの仲間を葬ってきた奇襲戦法は通じまい。


「俺はお前の、敵だ」


 ならば正攻法で叩くまで。

 俺は踏み込みざま、斬撃を加えた。


 土台を構成していたクッションが飛び交い、足元も大変滑りやすい体勢からだが、一切の手加減無しである。

 これを相手は、見事に受け止め……られるはずがない。


「!?」


 信じられない、という顔をしたまま、そいつの顔面が斜め半分、テントの壁面に吹き飛んでいった。

 奴は彼我の能力差を考えられなかったのだ。


 神官戦士と言うことは、魔法と前衛での戦闘双方にリソースが割かれている。

 さらには、武器と首から下げたホーリーシンボルがその対象な訳だから、他の武器のみが金色の連中より、それぞれの得物の強度は劣るだろう。


 対して、俺は己の技量に全リソースを振った人間である。

 普通に立ち会って、一合持つ訳がない。

 だが、敵も流石は神官戦士だった。


「なんという強さだ……! これはまともに立ち会う事は愚策……!!」


 顔面を半分切り飛ばしたと言うのに、こいつは冷静に呟きながら、全力でその場から逃げ出していた。

 背中を向けての全力疾走である。


 テントを破り、逃げていく。

 これを追いかけて倒すのは難しい。相手が逃走に全ての力を使っているからだ。


「斬って死なないやつがいるのだな」


「灰王様、あいつはしなないんです」


「なるほど、分かった。では次は殺そう」


 アイの情報を得て、俺は心に誓った。

 死なない奴を殺す方法くらい幾らでもある。


 今はあいつに関わっている場合では無いのだ。

 俺はテントの入口へ向かった。


「むっ、どうした、出てくるとはグワーッ」


 サマラの背後を守っていた金色の武器の奴をさっさと切り捨てる。

 見渡すかぎり、これで異世界から召喚された勇者様一行は全滅らしい。

 残るはサマラだけである。


「……!? き、貴様……!!」


 振り返ったサマラが目を見開いた。

 炎の色をした髪は、紅蓮の色に染まって逆立っている。


 元々、彼女の髪は炎の光沢を持つオレンジに近い色合いだった。

 つまり、髪の色が炎の熱量と同じ意味合いを持つなら、熱量が下がっていると言う事になる。


「お前、サマラの体を自由に操れてないな? 誰だ」


 俺の言葉に、奴は一瞬言葉を失った。

 思いつきのままに言ってみたのだが、いい線いっていたようだ。


「なるほど……レイアが危険視するわけだ。異界から即座に舞い戻ったのみならず、巫女を守らせていた異世界の勇者を尽く退け、我の前に立つとは……!」


 サマラの肉体を操っている、奴の目からは猛烈な敵意が伺える。

 これは、明らかに俺を恨んでいる者の目だ。

 ……おかしい。俺は恨まれるような事をしたかな……。したな……。いっぱいやったな。


「……誰だっけ、お前。体がサマラだって事は分かるんだが……そうだよ、おい、さっさとサマラから出て行け。それは俺の女だ」


「なにっ、貴様っ!」


「そんな、俺の女だなんてユーマ様っ!」


 あっ、露骨にサマラの表情が緩んだ!

 口からは二つの言葉が同時に飛び出してきたぞ。

 俺を敵視する声は、明らかに男の声の響きを持っていた。


「ええい! すっかり諦めたかと思ったが、まだ反抗するか! 大人しく我に体を明け渡し……うううおおおおおお!? 抵抗力が上がっているうううううっ!?」


「ユーマ様が俺の女だって! 俺の女って! 言ってくれたんだからアタシはあんたに操られてる場合じゃないのよぉぉぉぉ!! ユッ、ユーマ様さっさとこいつをぉっ!」


「お、おう!」


「灰王さま、サマラ様がもとに戻ってる!」

「サマラさま、がんばレー!」


 幼女たちが応援に駆けつけた。

 周囲を取り巻いていた遊牧民やリザードマンも、何やらサマラの中で二つの力がせめぎ合っている事を理解したらしい。


「火の巫女様ーっ!!」

「そんな訳のわからない力に負けるなーっ!」

「巫女様、戦うのでス!」

「おおおーっ!」


 声援が上がる。

 さて、俺はと言うと。

 じっと、目を凝らしている。


 一見すると、サマラが一人芝居をしているようにも見える。

 だが、揺らいで逆立つ髪の色。

 オレンジ色の色彩が現れて、さっきまで髪を一色に染め上げていた紅蓮と拮抗し始めている。


 これは、サマラの意思が復活したという意味ではないだろうか。

 その切っ掛けが、俺の放った俺の女宣言というのがアレだが。

 分かった、責任は取ろう。


 なので、責任を取るためにどうやってサマラを救い出すかだ。

 そもそも、サマラを操っているのは何者なのだろう。

 リュカに乗り移ったレイアではあるまい。


 あれは本当に女だった。

 それに、レイアと言うのは土の精霊女王の名前だ。

 精霊王たちの中で、唯一女王という呼び名を冠しているのだから、女なのだろう。


 サマラの声の反響音が男のようだったり、口調が男のようだったり。

 これは、サマラを操っているのが男だと考えられる証拠になりはしないか?

 サマラと縁があり、サマラを操ることが出来……。


 そうそう。

 俺を個人的に恨んでいるような男。

 俺にひどい目に遭わされた男……。


「……アータルか?」


「なにっ、貴様、何故それをっ!!」


 サマラを操っているそいつが驚きの声を上げた。

 その瞬間だ。

 サマラの背後に、炎の巨人が浮かび上がった。


 あれは、ガトリング山を崩しながら火口から現れた姿によく似ている。

 だが、あれよりも理性的で、均整の取れた肉体をしていた。


『我が真なる名を言い当てるとは……!』


 火の精霊王アータル。

 こいつは、火の巫女であるサマラを内に取り込んで復活した事がある。

 俺がこいつの胸板をぶち破って、サマラを救出した所、奴は理性やら能力やらを失い、リュカが召喚したゼフィロスにボコボコにされて消えた。


『お陰で、我はこの身を晒すことになったわ』

「おおお……!」

「ア、アータル様だったとは……!!」

「アータル様が我らに危害を……!?」

「うム、アータルは元より気性荒き王であル」


 動揺する遊牧民たち。

 そこへ、リザードマンの長の言葉だ。


「火竜とアータル、二つの力がせめぎ合い、我らが火の精霊界は保たれていタ。だが、精霊王たちは徐々に、己の意識を失いつつあル」


「えええ……。アタシの中にいるの、アータル様なのぉ……!? か、勘弁……!」


 サマラ的にはトラウマとも言える記憶である。

 あれ以来、サマラの体質は火の精霊に近づいてしまい、深い水の中に浸かると死んでしまうようになったらしい。逆に、どれだけ高温の場所でも、例え炎をその身に浴びたとしても、怪我一つしない。

 不便だが便利な体質になってしまった。


『だが、それが分かったからと言って我をどうするつもりだ? 我は魂から巫女の肉体と同化を始めている。直接霊体を攻撃する手段でも無い限りは、貴様にはどうする事も』


「俺は霊体を攻撃できるぞ。伊達に魔法やビームを打ち返したり切り裂いたりしてないからな」


『……待て』


 一瞬アータルは黙って、掌をこちらに向けた。


『こ、この巫女の体がどうなっても良いというのか。それに、我が消えれば貴様が配下としている眷属たちの力も衰えるのだぞ……!』


「なんと三下めいた事を言うのか。だが、話を聞こう」


 俺はちらっとリザードマンの長を見た。


『我は火の性質を司る。我ら精霊王は、徐々にその人格が薄らぎつつあるのだ。故、肉体を必要とした。我が滅べば、火の性質もまた変容しよう。火が生み出す神秘の力は弱まり、竜は獣に、眷属は妖精から土着の種族へと変わる……!』


 つまり……亜竜は動物並になるし、リザードマンやドワーフは、ブレスを吐いたり炎に対して無敵だったりではなくなる、と。


「構いませヌ」


 それに対するリザードマンの長の返答はシンプルだった。

 

「ドワーフの意見はどうだろうな。不便になるんじゃないか?」


「構いませヌ。あれはあれでどうにかするでしょウ」


「そっかー」


 俺はアータルへ顔を向けた。


「そういうことだ」


『ちょ、ちょっと待て! ええい、こうなれば貴様を焼き尽くして……!』


「ぐぬぬぬ!! させるわけ無いでしょぉ!? ユーマ様はアタシが守るんだからーっ!!」


 おおっ、なんか女子にあるまじき声を漏らしながらも、以前は刃が立たなかったアータルに必死に抗うサマラ。

 いいぞぉ。

 なんというか胸が熱くなってくる。


 この努力を無駄にはすまい。

 なに、物事はやらかしてから考えればいいのだ。


「いっけー、灰王様!」

「灰王さマー!!」


 幼女たちの声援を背に受けて、俺は跳躍した。

 サマラの背後に聳える、アータルの巨体めがけて……。


『う、う、うおああああああ!! いやだ、我はまだ消えたくは無……!』


 虹の輝きが、紅蓮の巨人を一閃した。

 アータルは天を仰いだ体勢で一瞬フリーズすると、次の瞬間には後方へ向けて、爆散するかのように粉々になって飛び散った。


 無論、実体は無い。

 着地した俺の前で、へなへなとサマラが崩れ落ちてくる。


「ユーマ様……! アタシ、信じてました……!」


「おう、ただいま」


 俺は彼女を受け止めて……そこで、何だか体が重いことに気付いた。

 ああ、そう言えば、現実世界でアルフォンスと会って、その足でここまで来て……それで一気に動き回ったのだった。


 流石に俺もくたくただ。

 俺はサマラを抱きとめながら、自分もぶっ倒れた。


「ユーマさん!?」


「ユーマ様!?」


 アリエルとサマラの声を聞きながら、俺は意識を手放したのであった。

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