第114話 熟練度カンストの襲撃者
「どう思う?」
「奴ら、個々人の戦闘力は極めて高いですガ、戦いに対する感覚が遊び半分でス。素人ですナ」
「その通りだ。あいつらはいきなり強大な力を得てしまっただけの、つまりはお子様だ。殲滅するコツは、奴らが本当の戦いに慣れる前に仕留めることだ。殺してしまえば二度目は無いからな」
「おお、なるほド」
俺とリザードマンたちのひそひそ話を聞いて、マルマルを抱っこしたアリエルが顔をしかめる。
「す、すっごく教育に悪いですよユーマさん」
「なにっ、こちらは質で劣っているのだ。敵の弱点を突いてなるべく犠牲が少ないように戦うのは定石というものであろう」
俺は抗議する。
ここは、遊牧民居留地に程近い草原である。
アリエルに隠してもらいながら、リザードマン総出で穴を掘り、塹壕にして身を隠しているのだ。
「アリエル、連中何をしている?」
「ううっ、凄く悪趣味なことです。見ないほうがいいですよ」
さっきから、アリエルには居留地の観察をしてもらっている。
空気を捻じ曲げ、レンズを作り出す遠見の魔法を使えるからだ。
ちょっと青くなっているアリエルを心配してか、マルマルが彼女のほっぺをぺちぺち触っている。
「悪趣味……そうだな。例えば、遊牧民から戦士を選んで、そいつらと戦って一方的に殺戮したりしてるのか?」
「な、なんで分かるんですか!?」
「餅は餅屋と言ってな。奴らの思考回路は大体分かる。つまり、あいつらがどこで油断し、どういう突発的な事に弱いかも理解できると言う事だ。よし、行くぞ」
「もうですか!?」
「思い立ったが吉日という話もある。俺は疾風迅雷が座右の銘なのだ」
「そうだったんですか……!」
「今思いついた」
「…………」
潜入、潜入である。
入り口をつまらなそうに見張りしていた若い戦士がいたので、俺は突然塹壕から飛び出して走り寄って行った。
目を見開き、歯をむき出しにしながら手を叩いては万歳するのだ。
「な、なんだ!? なんだお前!」
「あばばばばば! あばばばばばば!」
「うわー!! 何だお前ー!!」
若い戦士、金色の斧を振り回して、こっちに近寄るなというジェスチャーである。
よく分かるぞ。
変な奴がいると、どれだけ弱そうでも近寄りたくないものだ。
だが俺は構わず近寄っていく。
「くそっ、来るなよー!」
涙目になってあちらも襲い掛かってきたので、俺は背後に合図した。
一斉にリザードマンが飛び出してくる。
「えっ」
フリーズしおった。
そこに、リザードマンがこぞって襲い掛かる。
一度に放たれた槍や矢である。
ほんの一時でも放心状態になったこいつが、防げるはずもない。
あっという間にハリネズミのような有様になって倒れた。
「流石でス、灰王様! しかし先ほどのあばばばば、とハ?」
「うむ……相手の虚を突く叫びである」
なんか頭のおかしい叫びを思い切りしたらスッキリした。
「ゆ、ユーマさん、いかに勝利にこだわるからと言って、あんな勝ち方は……」
「こ、怖かっタ」
「フフフ」
ちょっとアリエルとマルマルが俺から距離を取った気がするが気にしない。
俺はその脚で居留地に入っていく。
案の定、レイアに召喚された連中は数が少ないらしい。
見張りもさっきの奴一人だった。
堂々とやって来る俺に、怯えた風だった遊牧民の女子供が、パッと表情を輝かせた。
「は、灰王さ……」
「シーッ」
静かに、と言うジェスチャーは世界共通である。
俺はそろりそろりと、居留地の中央で行なわれている血の宴に足を踏み入れていく。
後に続くリザードマンは、四足歩行をして体勢を低く低く。音を立てない。
「おい、次ぃ! なんだよ、ファンタジー世界の戦士ってのはこんなもんなのかぁ!?」
「いやいや、俺らが強すぎるだけだって!」
「だよなあ。ぎゃっはっは! んー、じゃあ、そうだな、次、お前」
おっ、ここにいる連中は、どうやら俺が倒した奴らと比較して年かさのようだ。
さては若い連中を先遣隊として差し向けたんだな。
あいつらが小学生から中高生とすると、こいつらは大学生くらいだろうか。
「くそっ、調子に乗りやがって!」
遊牧民から一人の戦士が飛び出していく。
「あっ、ユースフ、お前まで殺されたら俺たちは!」
「やめろユースフ! 耐えるんだ!」
「これが黙っていられるか!? どれだけ化け物のように強かろうと、エルデニンの三部族の誇りにかけて俺は勝つ!」
ユースフかー。
俺は奴の背後からそろりと近づき、わき腹をつついた。
「うひょっ!? な、なんだ!? ……お、お前……!?」
「俺が引き受けよう。武器を貸せ」
「お、お前、どうして……? 死んだって聞いたが……」
俺は呆然とするユースフから武器を受け取ると、そのまま舞台へと赴いた。
「お、おまえらあ」
我ながら情け無いと思えるような、へっぽこな声を張り上げる。
簡単である。
腹から声を出さず、猫背になって喉を絞って甲高い声を出し、ちょっと裏返らせる。
「た、た、ただじゃおかねえぞぉ」
「わははは!! もう戦士がいねえっつうのかよ! すげえ弱そうなのが出てきたわ!」
「あーあ、かわいそー。ちゃちゃっと決めてやれよ!」
「いやいや、こう見えてすげえ強いかもしれねえじゃん? しっかり遊んでやるって!」
そんな事を言い合うのは、二人。
外にいるのはこいつらだけだな。
戦場と思しきここには、十名を越える戦士たちの死体がある。
殺しとは、むごい事をする。
俺は渾身の演技で、へっぴり腰で剣を構えた。
上手いこと刃先を震えさせ、怯えている振りも忘れない。
「へっへ、来いよ遊牧民の戦士様! ほれほれ! 先に打ち込ませてやるぜ!」
相手は、金色のレイピアを持った男だ。
相手の攻撃をいなし、捌き、突き刺すスタイルか。
まともに動かれると厄介だな。
俺は敵の得物、動き、そして構えを観察する。
そんな俺の周囲で、遊牧民たちは静まり返っている。
そこにあるのは、戸惑いだ。
え?
なんで灰王がここにいるの?
あの演技なに?
そんなところであろう。
下手に俺の身バレがしないうちに動いてしまうとしよう。
「う、う、うわああああ」
俺は悲鳴みたいな掛け声をあげながら、バタバタと相手に駆け寄った。
ちょっとわざとらしすぎたか。そもそも戦士がこんな歩き方はしないよな。
「うひゃひゃ! 受ける! 超受ける! こんな戦士見たことねえーっ!! ほれ、ちょいっとな!」
俺が振り下ろした剣を、レイピア使いは切っ先で跳ね除けた。
武器としての強度が全く違う。
剣はレイピアに捌かれただけでなく、半ばから上をへし折られ、切っ先が空を飛ぶ。
「そぉいっ」
俺はここでバルゴーンを召喚し、跳ね飛んだ切っ先を剣でぶっ叩いた。
剣の先端は急激に勢いを変え、レイピア使いの顔面目掛けて突撃する。
「えっ」
狙い過たず。
剣先が奴の目玉に突き刺さった。
これで片側の視界を奪ったな。
俺はそのまま、見えなくなった側に回り込んだ。
こいつの背後にいる、もう一人を相手にするためだ。
そいつはバカ笑いをした格好のままで硬直している。
何が起こったのか、理解し切れていないのだ。
俺はそいつ目掛けて、足元に落ちていた剣を蹴り上げた。こいつらに殺された戦士の得物である。
飛来した剣が、ようやく反応し始めたそいつの腹に突き刺さる。
「ぎゃ、ぎゃあああああ! お、俺の目が! 目がああああ!!」
「ごぼおおおおおっ!?」
レイピア使いが背後で滅茶苦茶に武器を振り回している。
よーし、死角からお仲間を突き出しちゃうぞ。
俺は腹に剣が刺さった男を、力任せに引き起こすと、レイピア使い目掛けて放った。
ヒュンヒュンとレイピアが空を切る。
それと同時に、男が体中を寸断された。
「ああああああああ!」
おおっ、レイピア使いが狂乱状態である。
俺は奴の死角へ、死角へ回る。
で、片手剣化したバルゴーンで、ちょうど奴のレイピアが振り切られた瞬間を狙い……。
「っと……!」
細い切っ先を叩き折った。
大体、動きが止まったところであれば、こいつらの武器も破壊できるようになってきた。
「!! お、俺の武器が……!」
「はいー! みんな武器を手に取って! 一斉攻撃!」
俺が叫ぶと同時に、遊牧民たちの背後からリザードマンが飛び上がった。
無数の槍がレイピア使いを目掛けて降り注ぐ。
結果は見届けない。
俺はリザードマンたちを信じているからだ。
「よし、次行くぞ! 次はどこにいる?」
俺の問いに、ハッと我に返ったらしいユースフが駆け寄ってきた。
「おっ、おっ、おまっ、お前! 一体どどどこに!? お前、サマラがおかしくなっちまって……」
「いいか? サマラは性悪な精霊女王だか女神だか分からん奴に操られている。今から解放に行く。サマラを守っている邪魔者がいる。今から全員消しに行く。分かったらついて来い」
「お、おうっ!」
リザードマンの他に、遊牧民の男たちも加わる。
一斉にドヤドヤと、サマラ(中身は別物)とレイアが呼び出した連中がいるという、テントを目指す。
「よし、では散れ! 俺は横からいきなりテントを破いて飛び込む」
「ユーマさん落ち着いてください! 破天荒過ぎます!」
「なるほど分かった。アリエルとマルマルとユースフは俺に続け!」
「何がなるほどなんですか!? もっ、もうっ……!!」
かくして、正面からリザードマンの群れがテントに詰め掛け、別の角度からは一斉蜂起した遊牧民たちである。
途中、レイアの下僕らしき泥人形がいるが、数の力で圧殺していく。
俺たちは遊撃隊だ。
彼らから離れて、大きく迂回しながらテントを目指す。
遊牧民のテントというのは、いわばパオである。
作りが大変しっかりしており、そのために入り口などが明確に定められている。
リザードマンと遊牧民で、その出入り口を塞いでしまおうという作戦なのである。
「この部族の長や、重要な人間はそこに集められている! 盾にされるぞ!」
ユースフが走りながら言う。
うむ、それらの懸念事をクリアする為の作戦なのである。
相手に考える隙を与えない。
冷静になる隙を与えない。
騒乱の中で、こちらは粛々と目的達成を目指す。
遠くで爆発が起こった。
あれは、サマラがヴルカンを呼び出したのだろう。
始まったようだ。
「サマラさマ……! きっと、アイも一緒にいル……!」
「なるほど、そうなのか。じゃあさっさと行くとしよう」
俺はマルマルを抱き上げると、ユースフにくっつけた。
「うおっ!? お、俺か!?」
「アリエルは魔法を使うからな。お前を火の巫女サマラ付きの侍女、マルマルの護衛に任命する」
「お、おう……!」
そんな訳で、突撃するのだ。
テントの側面に当たる部分へと回り込み、近づいていく。
「控えよ! 火の巫女の御前なるぞ! 大人しく下るなら、我が眷属に加えてやらぬ事も無い!」
遠くから声が響いている。
サマラの声だ。あいつはこんな仰々しい喋り方はしないから、中身は別人だろう。
どういう構造なんだろうな。
だが俺の腹の中で、フツフツと怒りが煮えたぎっているぞ。
「おいお前、テントは敷物や羊の乾燥したふんで作られた、防寒材の上にあるんだ。その下から潜っていけば気付かれないぞ」
「なるほど、下から攻めるんだな。いい情報を感謝だユースフ」
バルゴーンを構えた。
さっさとサマラを救出しようではないか。
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