第110話 熟練度カンストの元ニート2

 夕食時なのであった。

 結局、俺とアリエルは自宅に残っていた。


「ユーマさん、私耐えられません。掃除しましょう」


「はい」


 という事で、アリエルに押し切られて我が部屋の大掃除と相成った。

 もりもり物が片付いていく。

 俺も、物に対する執着が全くなくなっているので、片っ端からゴミ袋か、ビニール紐で綴ってゴミ置き場直行である。


 テキパキとしたアリエルの働きもあり、みるみる部屋は片付いていった。

 ほとんどが本と衣類だったしな……。


「この透明な薄い瓶に入っているのは何ですか?」


「俺の昔の小便」


「うわーっ!! な、な、なんてものを入れてるんですか!! 捨てて下さい! 捨てて!!」


「はい」


 捨てた。


「あ、あのユーマさん」


「なんですかな」


「そ、その……と、トイレは……」


「では、現代文明が誇るトイレへご案内しよう」


「ひゃあーっ! 下から水がーっ!!」


 と、アリエルがウォシュレットの洗礼を受けたりしつつ。

 やがて両親が帰ってくる時間となったのである。

 そう言えば、うちの両親は何歳だったんだろうな。まだ仕事をしている年齢か。


「おう? 鍵が開いてるな。友奈帰ってるのか?」


 ガチャリと扉が開いた。

 そこにいたのは、うちの父親である。

 俺とアリエルが、今まさにゴミを両手に持ってゴミ捨て場へ直行するところである。


「おっ」


「おっ」


 ご対面である。


「だ、誰だお前」


「あんたの息子だよ」


「はあ? ……はああ?」


 こいつ、今俺を二度見したよ。

 その後、母親も仕事から帰ってきた。

 第一声が、


「あら、あんた生きてたの」


 である。

 こちらの世界では、およそ一年近くが経過しており、俺は失踪した事になっていたらしい。


「で、こっちのお嬢さんは? あんたのコレ? あはは、まさかねえ」


「俺の嫁(の一人)」


「おおおおお」

「おおおおお」


 両親揃ってのけぞった。

 ……こいつら、こんなキャラだったか……?

 もっとこう、子供を理解する気が無い上から目線の嫌な奴らだったような……。


「それはユーマさんが変わったからでしょう。それに一年置けば、人間関係もクールダウンするものです」


「なるほど……。アリエルは詳しいな」


「伊達にエルフは長生きではないですからね」


「今幾つなの」


「女性に年齢を聞くんですか? デリカシー無いですねえ。でも、百歳は行ってませんよ」


「うわっ、本当にエルフなんだな」


「おい悠馬」


「なんだ」


「お前、いつ、どうやってそんな外人の美人さんと知り合ったんだ」


「そりゃ色々あったんだよ」


「と言うか、お前本当に悠馬か? 俺が知るあいつは、お前みたいに覇気のあるツラはして無かったぞ。お前、まるで別人だ」


「そりゃ色々あったからな」


「はいはい。ご飯出来たわよ。まさか悠馬が下に降りてきて御飯食べることになるとはねえ。しかもこんな綺麗なお嫁さんを連れてくるなんて、本当、あの時は何度この粗大ごみ、処理してやろうと思ったことか。思いとどまって良かったわ」


「てめえ、実の息子にそんな事考えてやがったのか」


「ユーマさん、本当にご両親と仲が良くなかったんですね」


「うむ……」


 微妙な空気が支配する食卓であった。

 両親ともに、俺との距離を測りかねている。

 それはそうだろう。長い間引きこもって、家族ともろくに顔を合わせなかった息子が俺だ。


 両親は両親で、俺のことを理解しようとはしなかった。連中なりの普通・・の基準の物差しで俺を測り、俺が苦境にある時に味方をしなかった。

 そんな俺が一年失踪し、いきなり人間が変わった様になって戻ってきた。


 しかも外人の嫁がついている。

 ああ、これは俺があいつらでも驚くわな。

 だがこちらから歩み寄るつもりは無いぞ。


「でも、ユーマさんの人間らしい所が見られて、ちょっとホッとしました。みんなにも見せてあげたらいいのに」


「あまり面白いもんじゃないぞ」


「強いだけの人って、たまに一緒にいて不安になるんですよ。弱いところもあるから人間なんです」


「むうっ、良いことを言う……」


 そんな俺たち二人の会話を聞いて、両親はヒソヒソ話し合っている。

 奴ら、俺との会話の間合いを計っているな。

 飯も出来合いの惣菜だし、米だけ炊く方針か。しかしこっちの世界の飯は出来合いの惣菜でもやっぱり美味いな。化学調味料バンザイである。


「なあ、お前……そのな。彼女が出来たんなら、就職とか、な」


 父親が何やら切り出してきた。

 かつて扉越しに俺に対して説教をかましたとき、俺が黄色いサムシングの入ったペットボトルを持って暴れまわったから、どうにも腫れ物を触るかの如き対応である。


「職か……」


 俺は白米に惣菜をたっぷり乗せて頬張った。


「あの、お父様、お母様。ユーマさんは既に、その、ご職業のようなものについておられます」


「なんと!?」


「なんですと!?」


 そこまで驚くのか。


「お前に出来るような仕事があったのか……」


「それどころか、たくさんの部下の方を抱えてですね……」


「信じられん」


 両親は理解を放棄したようである。

 まあ、そんなものだろう。


 お互いの理解を放棄して随分経つからな。今更こうして互いの距離が縮まるものでもないだろう。

 だが、こうして寝床と食事を提供してくれることには感謝しよう。


「ごちそうさまでした。風呂と寝床の厄介にはなるが、なるべく早く出ていくつもりだ」


「あ、おい!」


 父親が呼ぶ声がするが、知ったことではない。

 俺は食器を片付けると、アリエルを伴って部屋に引っ込んだ。


「何ていうかですねー」


 アリエルがベッドに腰掛けると、足をぶらぶらさせた。


「ユーマさんが、ちょっと屈折した感じになってる理由がよくわかったかもです」


「分かられてしまったか」


「そういう、男の人の弱い部分を見ると、女って母性本能をくすぐられるのです。きっとリュカさんたちも知りたがると思いますよ」


「ヌウーッ」


 何というか、気恥ずかしい。

 俺は身悶えた。


 と、そこでVRディスプレイのお知らせLEDが点灯している事に気付く。

 これは、もしや。


「またその、ぶいあーるっていうのをやるんですか? それをユーマさんが被ってる間、私は暇なんですけど」


「むっ……」


 俺は考え込んだ。

 部屋を見渡す。

 だが、部屋の中のものは全て捨ててしまったのである。


 そこで、俺は隣りにある妹の部屋に向かった。

 鍵が掛かっている。

 奴は彼氏と出かけたまま戻ってこない。


 鍵も奴の手にあるだろう。

 ならばこじ開ければいい。

 俺はトイレから、トイレお掃除スティックを持ってきて身構えた。


 先端がちょっと湿っているが気にしてはいけない。

 これを、ドアをなぞるように……こう。

 天井に引っかからぬよう、斜めから振り下ろす。


「ユーマさん、流石にそれで物を切るのは無理が……」


 とか言ったアリエルの目の前で、妹の部屋の扉が真っ二つに割れた。


「うわああああ!? なんでそれで切れるんですかあっ」


「うむ、俺は段々剣術というものを理解してきた気がする。剣を手にするから剣術なのではない。俺が剣と思えば、それは既に剣なのだ」


 言うなれば、心技体のうち、技だけが飛び抜けて高かった、歪な状態が俺なのである。

 これに、徐々に心と体が追いついてきているような気がする。


 剣の技術は変わらないが、以前の俺よりも、今の俺はより強い。

 俺は納得しつつ、お掃除スティックを握ったまま妹の部屋に入った。

 そしてファッション雑誌を、アリエルに手渡す。


「これを読んでるように」


「……良かったんですか?」


「いいのだ」


 良くはない。

 だが、何事にも犠牲はつきものだ。

 振り返っている時間が惜しいではないか。


 アリエルが雑誌のグラビアページを開き、「ほほー」とか「おひょー」とか言い始めたので、俺はこの隙にディスプレイを起動した。

 メールが来ている。


 これは……アルフォンスのアカウントからだ。

 あいつのアバターは、まだ削除されていなかったらしい。


 時間は、俺が食事から戻ってくる数分前。

 ならば、まだディスプレイを起動しているかもしれない。

 俺はアバターに乗り移ると、ゲームの世界へ降り立った。


 アルフォンスとは別れた後も、あいつのフレンドコードは俺に登録されている。

 俺はログインした旨を、あいつのコードに送信した。

 そのまま、じっと待つ。


 場所はチュートリアルの時に滞在していた、懐かしき始まりの町だ。

 どれほどの時間が過ぎただろう。

 恐らく、現実世界にして一時間ほど。


「やあ」


 随分昔に聞いた声が、背後から響いた。


「よう、久しぶり」


 俺は、別に何でもない事のように振り返る。

 振り返った先に、あいつがいた。

 何でもないこと……な訳が無い。


 こいつは、俺にとって、あの時たった一人の仲間だった。

 俺は今、多くの仲間達に囲まれるようになり、あの頃とは何もかも違う。

 だが、間違いなく、こいつは俺にとって特別な一人のままだ。


「アルフォンス。変わらないな」


「そっちこそ、ユーマ。いや……ちょっと変わった? なんだか、大人っぽくなったみたいだ」


 こいつのプレイヤーは女なんだよな、と今更ながらに思う。

 そう言えば、芝居がかったような口調の男だった。

 何というか、乙女ゲームに出てくる男性キャラクターのような。


「僕はもう引退したはずだったんだけど……未練だね。アカウントをどうしても消せなかったんだ。それで、時々こうしてインしては、始まりの町でみんなを見てた。どう? 随分寂しくなっただろ」


「ああ。プレイヤーが減ってるな。寂れてる気がする」


「新しいゲームが始まってさ。ジ・アライメントはバージョンアップで対応したんだけど、失敗。そこでプレイヤーが一気に離れたのさ」


「そうか……」


「もうすぐ、サービスは終わると思う。だけどユーマ、その前に君に会えて良かった」


「ああ。俺もだ」


 会話はそこで途切れた。

 俺がおもむろに、それをテーブルの上に置いたからだ。

 それは、データとしてアルフォンスから受け取った、魔剣バルゴーン。


 実体が無いはずのこの剣は、異世界で常に俺の相棒として、道を切り開いてきた。

 今ここにあるバルゴーンのデータは、欠損している。

 ちょうど、データ量が半分になってしまっているのだ。


「……これが、メールの件だね。なるほど……」


 アルフォンスはこれを手にして、考え込んだ。


「完全にデータが壊れてしまってる。それに、前のバージョンの武器だから、今のバージョンじゃ手出しが出来ないみたいだ」


「そうか……」


 少しだけ、俺はがっかりした。


「でも……どうして、このデータは壊れているんだい? 君はこの一年間、一度もインしてなかったはずだけど……」


「ああ、それはな。笑い話だと思って聞いて欲しい」


 俺は語りだした。

 これまでの話を。


 ダメダメな男が異世界に落ち、そこで一人の少女と出会って、世界の様々なものを敵にして、あるいは味方にして戦ってきた話を。

 そして、世界から追い出され、共に戦い続けてきた剣を折られ、それでもまだあの世界へ戻ろうとしている話を。


「なんとかしてくれ」


 俺は頼んだ。

 無理を承知でだ。

 アルフォンスは腕組みをして、考え込んだ。


「僕もさ、いい加減、君に別れを告げたってのにずっとこのゲームにインしてて、逃避だってのは分かってるんだけど。……彼にも悪いと思ってるんだけど」


 彼ってのは、現実世界の旦那の事か。

 分かっちゃいるが、こうして聞くとちょっとショックだな。


「多分、これは……ゲームと、現実と、そっちの世界が繋がってるんじゃないかと思う」


「繋がってる……?」


「ユーマの話が本当なら、ユーマは、ジ・アライメントのユーマと、現実のユーマと、異世界のユーマが、一つになってしまってるって事。なら……僕もそうなって来ててもおかしくない」


「どういう事だ……?」


「現実で会ってみよう……!」


 そいつは、唐突なオフ会のお誘いだった。

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