第一部終章 熟練度カンストの凱旋者

第109話 熟練度カンストの元ニート

 状況を整理しよう。

 俺は、この世界に戻ってきた場所である、俺の部屋、そのベッド上に身を起こした。

 アリエルが鼻を押さえて悶え苦しんでいるので、カーテンを開き、窓を開ける。


 時刻は昼間か。

 そういえば、このカーテンと窓、随分長い間開けていなかったような気がする。

 風が流れ込んできて、ようやくアリエルは一息ついたようだ。


「でも、なんだかここの空気、変な臭いがついてますね。ここ、どの辺なんでしょう」


「日本だ」


「ニッポン……? よく知らない地名ですけれど。と言っても、私も混沌界には詳しくないので、まだまだ知らない土地はありますし……」


「分からないか? 俺たちがいた混沌界とは、別の世界だ」


「えっ……!?」


 アリエルが目を丸くした。

 そして、部屋へ流れ込んでくる空気に向かって目を細めつつ、


「だって、普通にシルフはいますよ? 外の木にもドライアドはいますし。同じ精霊がいるのだから、ここも混沌界じゃないんですか?」


「なにっ、こっちにも精霊はいたのか」


 今度は俺が驚く側である。


「全然そんなの分からなかった。というかあっちでも、みんなが魔法を使わない限り精霊なんか見えなかったんだが」


「こっちには精霊使いがいないんですね。あ、確かに道を行く人が、みんなユーマさんみたいなのっぺりした顔をしてます。服装や建物も独特ですね……」


 二人で窓から顔を出して、そんな感想合戦をしていると。


「なに!? なになに!? なんで人の声がするわけ!? ま、まさかあいつの幽霊が出たわけ!? ちょっとマサル! あんた見てきてよ!」

「えーっ!? お前、だってお前の兄貴だろ!? 失踪したってのが戻ってきたのかもしれないじゃん。俺やだよ、あの腐臭のする部屋行くの!」


 聞き覚えがある声である。

 誰だったかなー。


「ユーマさん、外に何者かが……! 迎撃しましょう!」


 未だ、先程の大混乱の興奮覚めやらぬアリエルである。

 風の精霊を身にまとい、今にも魔法を放つ構えだ。

 俺はと言うと、現状をだいたい理解してきている。これもこれまで多数触れてきた、アニメやラノベ、ゲームによる教養のお陰である。


「待つのだ。今思い出したぞ。俺には妹がいたのだった」


「なんと! じゃあ、外にいるのは妹さんなんですか?」


「ほら! なんか中から声がする! しかも男と女の声だって! ありえねー! マサル行ってよ!」

「ええっ、だってお前の兄貴の彼女かもしんねーじゃん? 普通女を連れ込む事くらいあるだろ……」

「ありえねーっ! あいつ、彼女とか作れるわけねえし! キモいし童貞だし! っていうかもう、あーっ! あんたがいなかいならあたしがやるーっ!!」


 ガーンッと扉にひどい衝撃が加えられた。

 おうおう、襖が悲鳴をあげておる。

 横に引けば開くだろうに……。


「な、なんだか山賊みたいな妹さんじゃないですか!? や、やっぱり賊……!」


「そういや、アリエルはこっちの言葉がわかるんだ?」


「そう言えば……。なんだか自然に話してる感じですね? 不思議です」


 そんな俺達の目の前で、ついに妹の暴虐に耐えられなくなった襖が吹き飛んだ。


「オラァーッ!! 幽霊出てこいやあーっ!!」


「おー、これはひどい」


 ベッドに並んで腰掛ける、俺とアリエルが出迎えた。

 襖を吹き飛ばした妹は、肩で息をしている。

 その顔が上がって、俺と目が合った。


「は?」


「よう、久しぶり」


「は? は? ……マジでユーマがいるし……。っていうか、なんか体でかくなってね? ってか、何その服? コスプレ? えっ? 外人の女の人?」


「こんにちはー」


 アリエルも手を振った。


「うわっ、あれエルフのコスプレじゃね!? うわー、外人半端ねえー」


 マサルというらしい妹の彼氏が、何やら鼻息を荒くしている。

 ポケットから取り出した携帯で、アリエルをパシャリ。

 断りもなく人を撮影するとは何事であろうか。

 俺はその辺に落ちていた割り箸を拾い上げ、投げナイフの要領で投擲した。

 そいつはスイっと無音で空間を横切ると、彼氏君の手にしている携帯をやすやすと貫いてしまう。


「あ、え……?」


 ふむ、俺の技はそのままのようだ。

 アリエルも魔法を使えるようだし……。

 まだ、あの世界と繋がっているという気がする。


「お、俺のスマホがああああ」


「人の断り無く撮影してはいかんぞ」


 俺は人としての道理を説いた。


「な、何すんだよあんたあっ! まだ新しいんだぞ! 弁償しろよな……って、なんだ、これ。割り箸が刺さってる……? マジか……? やっべえ」

「マサル何ボサッとしてんのよ! あのさユーマ、今までどこ行ってたわけ!? パパもママもアンタの事心配……はしてなかったけどさ、家族から失踪者が出たとか人聞き悪いっしょ! つーか、その格好、まさかずっとコスプレして何かオタクなことしてたんだろ!?」


「妹さんは何を言ってるんですか?」


「まあ、ああいう兄に対する敬意が全く無い人間だ。

 おう、戻ったが、俺はすぐに出ていくぞ。それからはもう戻ってこないからな」


 俺は告げた。


「それってどういう……」


「お前、俺に構っている暇があるのか? 俺は無い。出ていってくれないか」


「お前、何言って……。 ……ユーマ、絶対おかしいって。あんたじゃないみたい」


「出ていってくれないか?」


「ふ、ふん! 行くよ、マサル!」

「俺のスマホ~!」

「保険入ってるっしょ!? だからあたしが格安でいいって言ってたんじゃん!」


 おお、諦めて出て行く事にしたようだ。

 何というか、俺に対して戸惑っていたようだな。元々ろくな関係ではない妹であるし、両親である。

 こちらもさっさと用事を済ませて出ていくのが良かろう。


「良かったんですか……?」


「そういう関係なんだよ。気にするな。さて……」


 俺はVRディスプレイを立ち上げる。

 ネットにはまだ接続されているようだ。まあ、両親や妹が、こいつの設定をどうこう出来るとは思わない。


「何をするんですか?」


「ちょっとな。どうするかネットで検索する」


「ネット……? 網ですか?」


「うーん、ちょっと違うなあ。なんと言えばいいのか……。シルフを使って、情報収集するようなのの、もっと条件をこちらで設定できる奴だ」


「へえ……って、それって、物凄い事なんじゃないですか!?」


 考えてみると、そうかもしれない。

 あちらの世界では、検索なんてろくに出来ないしな。

 さて、画面が起動した。何を検索しよう。


『異世界 帰還方法』


 うむ。

 やはり、ラノベやゲーム、ネット小説のような内容しか出てこないな。

 そもそも異世界、帰還と言うキーワードは、異世界から現実世界へ帰ってくるものばかりが検索されてくる。


 何か……。

 何か、俺がこちらの世界で関わったもので、向こうの世界に関係あるものがあれば。


 むむむむ。

 ぬぐぐぐぐぐ。

 うぎぎぎぎぎぎ。

 むきー!!


「もがー!!」


「あっ、ユーマさん落ち着いて!!」


 何ともならぬ怒りのあまり、暴れだした俺である。

 慌ててアリエルが、背後から止めに来た。

 うおーっ、アリエルは華奢だとばかり思っていたが、後ろから抱きしめられると案外あちこち柔らかくてこれは何というかけしからんですな!


 今がリュカたちを奪われて、それどころでない事は分かっている。

 だが男の本能という奴なのだ。


「ユーマさん、冷静になりましょう。いつもあなたは冷静じゃないですか。どんな危機的な状況でも、絶対に冷静さを失わないで、常に勝利する方法を探している。それが私の知るユーマさんです」


「むっ、それを言われると面目次第もござらん」


 俺は大人しくなった。

 やはり、あれだな。

 俺は一人では駄目のようだ。


 こうしてアリエルが付いてきてくれなかったら、俺はどうなっていただろう。

 想像すると、ゾッとする。

 途中で今みたいにブチ切れて、何もかもメチャクチャにして、それでも何とかする方法など考えつきもしなかったのではないか。


 あー、俺はどうして、祭壇の時にアリエルに逃げろとか帰れみたいな事をドヤ顔で言ったのだろう。


 恥ずかしい!

 取り消したい!


 一人じゃ何も出来ない俺ではないか!

 アリエルがいてくれて助かった……!!


「ありがとう……!」


「な、なんですかいきなり!? もう、離しますよ?」


「ああ、名残惜しいが頼む」


 俺は開放された。

 うーむ。アリエルの抱擁は暖かかった。

 そして、俺の心持ちも落ち着いてきたぞ。


「じゃあ、ちょっとゆっくり考えるとしよう。時間はあるのか無いのか良く分からないが……他にやれる手段も無いからな」


「はい! 私は、この世界についてちょっと勉強してみますね。この辺の紙を綴じたものを読んでいいです? うわ、紙薄ーいっ……! それに、この色づけ、精密過ぎません? ほおーっ。へええーっ」


 今度はアリエルがうるさくなった。

 だがまあ、好きにさせておこう。

 色々世話になったし、これからも世話になるしな。


 誰かが一緒にいるというのはやはりいいものだな。

 俺は思いつつ、VRディスプレイを再び拾い上げた。

 こいつを付けて、ゲームの世界に没頭していた頃、やはり俺は一人では無かった時期があった。


 あの頃は楽しかったな。

 アルフォンスにも世話になった。

 引退したはずだが、元気だろうか……。


「……アルフォンス」


「はい? 何か言いました?」


「そう、そうだよ、アルフォンスだ! 俺はバルゴーンを折られた。バルゴーンはアルフォンスが作ってくれた剣だ。で、異世界でも俺はバルゴーンを振るえた。繋がってるじゃないか」


「え? ええっ!? 一体、何を言ってるんですか?」


「俺の剣を打った鍛冶師がいるんだよ。そいつに連絡をつけてみる」


 俺は久々に、懐かしきVRMMOの世界、『ジ・アライメント』にアクセスする。

 俺のアバターはまだ存在している。

 そして、そこには連絡先も。


 あいつはまだ、このゲームにアクセスしたりするのだろうか。

 俺は一縷の望みを託し、アバターに残っていたアドレスから、アルフォンスへメールを送った。

 全文はこうである。


『俺だ。

 ユーマだ。

 アルフォンス、いきなりだが頼みがある。

 お前にもらったバルゴーンが折れてしまった。

 これを治して欲しい。

 この剣に、俺と俺の大事な人たちの命運がかかっている。

 これを読んだら連絡して欲しい。

 勝手な願いだとは思うが、どうか、頼む』


 俺は送信ボタンを押した。

 この言葉が、あいつに届くことを祈りながら。

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