第108話 熟練度カンストの尖兵……?

 山を抜けていくと、やがて高原にたどり着く。

 この先に向かうべき東の地とやらがあるのだと言うが、その気になれば行ける程度の場所なら、幾人もの先人が辿り着いているのではないだろうか。

 だとすれば、フランチェスコたちがとっくにそこを征服していてもおかしくはない。


「ユーマ、それはね」


 リュカが、空中で何かをかき回す仕草をした。


「この辺、すごく濃い空気が溜まってるの。それでね……」


 リュカがかき回した後の空が、徐々に変化していく。

 具体的には、眼前に広がっていた風景が変化していくのだ。


 美しい高原の風景が、両端に岩山がそびえる物々しい山道に。

 これは、リュカがシルフを用いて使う魔法と同じものだ。その極めて大規模な効果が、巨大な岩山一つを覆い隠す程の規模で使われていたのだ。


「これを見つけられないと、到着できないんだよ、たぶん。すごく昔の巫女がやったんだと思う」


「なんと……!」


「ほええ」


 ローザとアリエルも唖然としている。

 下の方では、サマラとアンブロシアが驚愕の余り何か叫んでいるではないか。


 山道と言うか、天然の回廊である。

 チェアくんが入り込んでいく程度のスペースはあるが、ゲイルが上を飛ぶには切り立った岩場があちこちに突き出しており、苦しい。


「これは、ゲイルも地上を歩いた方がいいな」


 俺の言葉に、ゲイルは不満げにグオーと鳴いた。




 地上を歩くと言うので、ゲイルには誰も乗っていない状態だ。

 体力のないローザだけをチェア君に載せ、他の面子は歩いている。


「しかし雰囲気抜群だねえ……。霧がかかっていて、なんだかうすら寒いよ。それに……」


「うん。びっくりするくらい静かだわ。リュカ様、何か聞こえます?」


「動物は……いるみたい。音を、この霧が吸い込んじゃうんだね。これじゃあ、空から見下ろしても霧のせいで見えないよ」


「植物の精霊もいるみたいです。だけど、精霊たちのバランスに手が加えられている気がします。よほどこの場所を他人の目から隠したかったんでしょうね」


 アリエルは、横合いから突き出していた木の枝に触れている。

 枝に茂った葉は、この霧から水分を吸収するためか、漏斗のような形をしていて、中に水が溜まっている。


「この湿度では、野宿は難しいだろうな。先を急ぐ他あるまい。それ、がんばれがんばれ」


 ローザがチェア君の頭の上で、ぺちぺち叩く。

 チェア君はこれがくすぐったいらしく、目を細めている。

 岩の回廊はどこまで続くものだろう。


 これが、何十キロなんて長さだったら参るな、と思っていた矢先だった。

 不意に、霧が晴れた。


 それはもう、不自然なほど唐突である。

 山と山に囲まれた、円形の土地がそこにはあった。


「宮殿か? いや、神殿だな」


 俺は唸った。

 精緻な細工が施された、一枚岩の柱が幾本か。

 地上から突き立ったそれらが、やはり一枚岩の天井を支えている。


 天井は穴をくり抜かれ、ちょうど輪のような形になっていた。

 神殿らしき建造物。その中央には、石の祭壇が4つある。

 恐らく、東西南北を表す場所に一つずつ。


「これは、巫女を意味しているのかもな」


「四人で来て正解だった?」


 リュカが首を傾げる。

 最初は、俺とリュカとの二人で来るはずだったが、これは二人きりだったらどうにもならなかったのかも知れん。

 結果として、サマラ、アンブロシア、ローザの四人を助け出した事が、この祭壇の形に合致したようだ。


「これ、色分けされてますね? 古いものっぽいのに、色あせてないなんて凄い。ええっと、こっちが青で、向こうが赤で……黒と緑?」


「ほいほい。アリエルのいるとこが水だね、そうなると。あたしはそっちかい」


「アンブロシアの向かいだから、アタシは赤で火?」


「私は黒で土だな。いいのか? もう上がってしまっても」


「どうかなあ」


 言いながら、リュカも緑の祭壇に上がっている。

 四人の巫女が、四つの祭壇を埋めた。

 うむ。


 案の定、何も起きないな。

 俺はてこてこと彼女たちの祭壇の間に向かって歩いていった。


「よし、じゃあ今日はここまでだな。時間はあるからゆっくり解析しよう。リュカ、ゼフィロスを呼べそうだったりしないか?」


「うん、そうだね、やってみる!」


 会話しながら、四つの祭壇の中央へ。

 俺が辿り着いた瞬間だ。


 突然、巫女たちが四色の輝きに包まれた。

 響き渡る声。


『勇者よ! 約定は果たされました! 今これを持って、人の時代は終わり、精霊の時代が再び始まるのです!』


 その声色は歓喜に満ちている。

 だが、聞き覚えのある声。

 俺は振り返った。


 リュカの方向だ。

 四人の巫女は、いつの間にか、誰もが光の中に浮かび上がっている。

 意識は無いようだ。


 ただ一人を除いて。

 リュカが、俺を見ていた。


 その瞳の色が金色に輝いている。虹色ではない。

 先程の声は、リュカの口から発せられたものだ。


「お前、夢に出てきたアレか。なんだ。何をしている」


『勇者よ、礼を言わねばなりません。あなたは全ての障害を潜り抜け、今こうして一つの時代を終わらせようとしています。この身は、私が世界へと送り出した、受肉した精霊女王としての肉体。本来であれば、我が巫女が相当していたのですが、それは未だ現存していたために叶いませんでした』


 リュカの視線がローザに注がれる。

 なんだあの目は。


 つまらないものを見るような目だ。リュカの視線ではない。

 これはあれだな。

 乗っ取りやがったな。


「おい、リュカから出て行け」


『話を聞かない方ですね。それに、呼び出した時よりも一層、人格が強固になっているよう……。巫女たちは余計なことをしてくれました。この世界にやって来たばかりのあなたなら、この結果に納得したでしょうに』


 俺は無言で歩みを進める。

 腰にバルゴーンを召喚した。


「ユ、ユーマさん! こ、こ、これ、一体、何がどうなってっ」


『ですが、我が宿願の全ては成りました。勇者ユーマよ。貴方の冒険は、今ここで終わりを迎えたのです。本当にお疲れ様でした』


 俺の首筋が、ヒヤリとした。

 肉体が反応する。

 

『さようなら、勇者ユーマ』


アクセル・・・・


 聞こえたのは、俺ではない男の声だった。

 まだ若い。

 だが、声色に満ちているのは悪意と喜び。


「…………!!」


 誰もいなかった所から、そいつは現れた。

 金色に輝く剣が、俺の見知った構えと共に振り下ろされてくる。

 重剣の構え、アクセル。

 それを、俺はバルゴーンで受け止め……。

 甲高い音がした。

 何かが俺の背後から飛び、頭上を越えて眼前に突き刺さった。

 虹色の刃。

 バルゴーンの刃。


「なん……だと……?」


 まさか俺がこのセリフを吐くようになるとは。


『勇者よ、安心なさい。彼は、新たなる勇者。彼と、彼が率いる”ギルド”の戦士たちが、この世界に新たな秩序をもたらすでしょう。彼には、あなたが見せた全ての技を与えてあります。そして、彼は自ら鍛え上げた最強の剣を以て、あなたに成り変わる』


「女神レイア様よ! 勇者ってなんだよ? 俺は、魔王を倒せってあんたから聞いたぜ?」


 現れた男が、リュカを乗っ取ったやつに尋ねる。


『勇者リョウガよ。この者は、この世界にて悪事を働き、魔物を召喚して人間たちに戦いを挑んだ、紛う事なき魔王です。勇者よ、あなたの力がこの世界には必要なのです』


「へっ、オーケーオーケー。やってやろうじゃねえか。チートで作ったこのカンストの魔剣、デュランダルが唸るぜ! さっきのしょっぼい魔剣は、ちょっと虹色でびびったけどよ。だが俺の剣の敵じゃねえや」


 リョウガとか呼ばれたのは、まだ年若い少年だ。

 戦うのが楽しくて堪らないという目をしている。

 俺が魔王だと聞き、戦う大義名分を得たからか。


「BANされるかと思ったら異世界召喚だもんな! びっくりしたぜ! だが、安心しな。俺がお前を倒したら、後ろの女たちも世界も、俺がまとめて守ってやるぜ!」


「ユーマさんっ……!」


「おほーっ! エルフの女の子じゃん!! すげえ! マジファンタジーなのな! こりゃあ、面白くなって来たぜ……!!」


「アリエル、逃げろ」


「ユーマさん、だけどっ! みんなが! リュカさん、サマラさん、アンブロシアさん、ローザさん……! 見捨てなんて……!」


「俺がなんとかする。お前は逃げろ」


 俺は折れたバルゴーンを構える。

 うーむ。


 済まんなアルフォンス。

 俺もまだまだ未熟だ。


「泣かせるね……。本当は悪人じゃない魔王ってやつだろ? へっ。俺はそういう今時流行りのは嫌いなんだよな。魔王になったからには、そいつはもう討伐されるべき存在なんだよ。悪なの。絶対悪! ってことで……死んでくれや」


 奴は身構えた。

 デュランダルとやらを腰だめにし、鞘から抜き放つ体勢。


 ソニックか。

 良かろう、付き合ってやろう。


「折れた剣で俺とやる気か? だが、俺はお前の技をそっくりそのまま使える。そして、俺の剣はお前の剣より遥かに強い!」


『勇者リョウガの力は、技のコピーと最強の魔剣。既に切り札である魔剣を折られた魔王に、勝ち目はありません。さあ、今こそ!』


「おうよ! ソニック!」


「ソニック2」


「えっ」


 リョウガが放った音速の抜刀。

 これに対し、俺は一歩後ろに下がりながら、等速の抜刀をぶつける。


 ちょうど、奴が生み出す衝撃波と逆位相の衝撃波を生み出す形だ。

 振り切られるはずのデュランダルが、間抜けに空を斬る。

 衝撃波が互いを打ち消しあい、そこには何も起こらない。


「な、何を……」


『馬鹿な……。魔王ユーマ、あなたの力は、その剣……』


「こいつは思い出の詰まったもらい物だ。それを折りやがって」


 それに、だ。


「俺の女たちに、何をしてくれるだと? お前……ふざけるなよ?」


 俺は多分、初めて本気で怒った。

 俺のことなどどうでもいい。


 だが、アルフォンスがくれた魔剣と、俺を信じてくれた女たち。

 こいつらに泥をかけるような真似を許せるか? 許せるわけが無いだろう。


「ちぃっ! だけど、俺の剣の方が強い! 何をしたか分からんが、これで終わりだ魔王!」


 デュランダルが俺に迫った。

 必殺の気合が篭っているのだろう。なかなかの剣速だ。

 俺は慎重にこの速度を見極めながら、指先を伸ばした。


 そして……。

 デュランダルの切っ先に速度を合わせて、そこを指先で摘む。


「はっ!?」


 微細な力を込めて、振り切られようとするデュランダルを軽く捻る。

 力のコントロールにより、この剣における支点を変更。作用点である俺を力点に転換し、力点であるはずのリョウガを作用点にする。

 必殺、てこの原理返し。


「ぬわああああああっ!?」


 結果、リョウガが自分の力で振り回された。

 そのまま俺の指からデュランダルはすっぽ抜け、奴ごと吹き飛ばされる。

 これが、俺の力ということなのだろう。


 つまり、力でも武器でも、魔法でも何でもない。

 剣というものに関わる技術そのもの。

 俺は、宙に浮き上がるローザに近づいていく。


 彼女の腰には、ケラミスの剣が装備されている。

 これを抜き放ち、折れたバルゴーンとの二刀流だ。

 俺に向かって突っ込んでくる、リョウガ。


「ああああああああ!! こ、この化物めええええ!!」


『勇者リョウガに力を!!』


 リュカの体を借りた、レイアとやらの魔法が放たれる。

 それはリョウガの体を包み込み、奴の速度を倍に引き上げる。


 目にも留まらぬ速度と言う奴だ。

 俺はその速度に対応して、両手の剣を同時に叩き込んだ。そして足元のそれを蹴る。


「せえいっ!!」


 リョウガが気合とともに振り下ろしたデュランダルが、ケラミスの剣を砕いた。

 バルゴーンも弾かれ、粉々に砕け散った。

 その破片を、俺は掴み取る。


「どうだ! これでお前の武器は何もなくなった! 俺の勝ち……だ……?」


 リョウガの体が前のめりに倒れていく。

 まあ、体は支えられまいな。片足では。


 俺が蹴り出した、折れたバルゴーンの切っ先。

 そいつが、リョウガの左足を、膝下から切断している。


 三面からの同時攻撃だ。

 俺は倒れた奴の前に立ち、見下ろす。


「ひっ、ひいいいいいっ!! お、俺の足が! 俺の、俺の足がああああ!! そんな馬鹿な!? 俺は、俺は最強の勇者のはずなのにっ……!! いやだ、死ぬのはいやだあああ! 殺さないで! 殺さないでえええ!!」


 バルゴーンの切っ先を拾い直す。

 俺はこれを、リョウガの頭に向けて……。


『我が権能を持って命じます! ゼフィロス! アータル! オケアノス! 汝らが力を借り受け、この者を世界より退去させん事を!!』


 ……なに?

 俺の体を、光が包み込み始める。


「ユーマさん!!」


 飛び込んできた者がいた。

 アリエルだ。


 彼女は俺の体を抱きしめて、そのまま光に飲み込まれていく。

 俺たちは次の瞬間、何も無い虚空に投げ出され……。






「……おいおい」


 俺は目を見開いて、呟いた。

 嫌というほどに見慣れた光景が目の前に広がっている。


 古びた板張りの天井。

 長らく掃除されていない、薄汚れた蛍光灯。

 地面に投げ出された、VRディスプレイ。

 テーブル脇に並んだ、黄色い中身の詰まったボトル。

 そこは、俺の部屋だった。


「う、うう……ん」


 俺の隣で声がする。

 アリエルだ。


 どうやら……俺は戻ってきてしまったようだ。

 だが、こいつがいるという事は、夢オチは無いな。


「ユーマさん、こ、ここは……。うわっ、くさっ! この部屋くさぁっ」


 鼻を押さえて転げ回るアリエルを他所に、俺は考えるのだった。

 さて、どうにかして、あの世界に戻らねば。



――東征の魔剣士編・了  ……第一部終章・熟練度カンストの凱旋者編へ

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