第107話 熟練度カンストの旅行者

 朝一でエルフの長老に挨拶。


「一度でいいから竜になったところ見たかったんだけどな」


「ばかもの。あの姿はみだりに見せびらかす様な物ではない。そもそも、竜になどならん方がいいのだ」


 緊急時しか見せない特別な形態と言う事か。

 森を攻められた時でも、まだまだ緊急時では無かったのだなあ。


「お主がいただろうが。お主がいなければ、私が竜になって奴らと相対していたぞ」


「すると俺は竜相当なのか」


「今更何を言っているのか……。お主は一人で、一国の戦力に相当すると見られているのだぞ? だからこそ、気難しいドワーフや、そもそも意思疎通が難しい土の種族が付き従っているのだ」


「俺の力に従っていたのか……」


「そう言う事だ。ユーマ殿に言うのは心配のしすぎかも知れないが、無事に帰ってくるのだよ」


「それってフラグだよなあ……」


 長老と別れ、リュカと戻っていく道のり。


「フラグって? ユーマたまに言うよね?」


「ああ、何と言うか、俺流の専門用語みたいなもんだ。『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』って言った奴がその戦いで死んだりとかな」


「うんー? よく分からないなあ……。それって、戦いが終わったら絶対やりたいことがあるから、死なないぞーってならないの? 私だったらそう思う」


「むっ? むむむ、言われて見れば……」


「じゃあね、ユーマは私がそんな風な事を言っても、フラグだって言う?」


「ほう?」


 ちょっと悪戯っぽい眼差しを向けてくるリュカ。

 何を言うつもりだろう。

 彼女は少しもじもじした後で、背伸びをして俺の耳に囁いた。


「この旅が終わったら、ユーマ、私と赤ちゃん作ろう?」


「むうっ!!」


 俺、衝撃の余りカッと目を見開き、強く大地を踏みしめて全身から覇気を放った。

 俺の気に当てられてか、周囲の森から慌てて動物が駆け出していき、鳥が一斉に飛び立つ。

 リュカはそれに驚いていたようだが、すぐ俺に振り返ると、


「どう?」


「これがフラグなら、へし折るしかないな」


「へし折っちゃうんだ? ふふふ、面白いユーマ! ……でもね、さっきのは、私のほんとうの気持ちだよ?」


 そしてわーっと走り去ってしまう。

 なんという速度であろうか。

 髪の間から見える耳が赤いから、きっとひどく照れているのだ。


 俺だって顔が熱い。

 今なら顔から火の精霊ヴルカンを召喚できそうだった。





 水の中にあるジャイアントケルプの森は、今日も不自然なくらい陽の光を取り込んで、ゆらゆらと揺らいでいる。


「絶対ここ、光の透過率がおかしいよなあ」


「そうかい? だったら、水の精霊がどうにかしてくれているのさ」


 アンブロシアが割りと適当に返してくる。

 俺たちは、水中をまったりと進む。

 水の中で呼吸できる魔法を使用しているのだ。


 呼吸の手段さえあれば、後は足をばたつかせるだけで体は進んでいく。

 問題は、水に濡れる関係上、水を吸っても問題ない程度の薄着しか出来ないのでちと寒い。


 俺の隣では、アンブロシアが見事な肢体をあらわにしながら泳いでいる。

 マーメイドの長であるプリムに挨拶してきた帰りである。

 プリムの奴、最近地上で過ごす時間が長かったせいか、


「なんとなく、私も地上で暮らしたりしてみたいなーって思いますねー。もしそうなったら、地上で旦那様を見つけてもいいかも」


 なんて言っている。

 アンブロシアは個人の主義に指図しないタイプだから、笑って「いいんじゃないかい」と応えていた。

 これでいいのかねリヴァイアサン。


 問いかけたかったが、水竜はお出かけ中らしい。

 何やら、アルマースの西海岸で緑竜と会う用事があるのだとか。


 水竜も人の姿になる事ができるんだろうな。

 そうでなければ、あの巨体は目立ちすぎる。


「あの子たち、ああやってこの世界に適応していくのかも知れないねえ。今はまだ精霊寄りだけど、段々人間みたいになってきてるよ」


「ほう、変わってきてるか」


「そりゃあもう。ユーマも気付かないかい? 誰も彼も、今の時代に合わせて変化してきてる。あたしが海賊やってたころには、ここまで世界が大きく変わるなんて思ってもいなかったね」


 そこで、彼女は俺をちら見する。


「もちろん、あたしも変わってる。以前言った事と今言う事が違うってのも有り得る話さ」


「人間いつまでも同じじゃないからな」


「んー……。あんた、こと、荒事が絡むと信じられないくらい鋭いのに、こういう事には徹底的に鈍感だねえ……」


「な、なにを言っているのだ」


 俺が日常生活において徹底的にポンコツだとでも言うつもりか。

 その通りだが。


「はぁ。もう、あたしは中途半端に大人なのが悔やまれるよ。サマラみたいに単純バカなら、苦労も無いんだろうけどねえ……」


 何を言っているのか分からんぞ。

 実年齢が同じくらいなので、アンブロシアとの距離感は非常にリアルなのだ。

 年下のしっかりものリュカとか、グイグイ迫ってくる女子高生っぽいサマラとか、年上ぽんこつのローザとか、委員長キャラっぽいアリエルは分かり易い。


 こいつなあ。

 アンブロシアは普通に同い年のフリーターとかみたいな感じで、俺もどう接したものか迷うんだよなあ。


「俺も努力するぞ」


「ああ、全面的にお願いしたいね。無論、あたしもするからさ」


 この微妙な距離感よ。

 多少はこれも変わっていくのだろうかね。





「そうか、緑竜が出かけてるんだった」


「そうだぜ。ボスは水竜とデートだ」


「えっ、あいつら出来てるのかよ」


「そんなの、ギューンが適当こいてるだけだど。ボスの前でそんな事言ったら挽き肉になるど」


「やっぱりなあ」


「貴様ら、本当に精神年齢が一緒なのだな……」


 早速、ギューンやトロルとだべり始めた俺である。

 この間の蜘蛛女、アルケニーや、蠍男のアンドロスコルピオまで近寄ってきて会話に加わり始める。


「で、その後どうなのですか。森の中での戦いは、なかなか新鮮でした。生木の歩き心地は、岩場とはまた異なりますね」

「ねー。アンドロスコルピオって変なとこに拘るのよね。それよりさ、灰王様! あたしと卵つくんない?」

「アルケニーてめえ、子作りした男を食っちまう習性があるだろうが!」

「あっ、ひっどーい、それ迷信だよ? あたしら、もうブンメー的になってるんだから」

「過去にはやってただな。おら、背筋がゾゾッとして来たど」


 次々に土の妖精たちがやって来る。


「灰王様や」

「おー、灰王の旦那じゃ」

「灰王さまー」


「おおっ、どんどん来るな」


 土の妖精どもがどんどん来て、俺はもみくちゃになった。

 なんだ、俺人気か。人気者か。


「それはな、貴様が己の強さをこやつらに見せ付けたからだ。私の部下であった騎士たちと変わらぬものだよ」


「なるほど」


 気付くと、俺とローザは土の妖精たちに担ぎ上げられて大変高いところにいる。

 連中はお祭りごとが大好きなので、俺たちがやって来たのをダシにして騒ぐつもりらしい。

 どれ、ちょっと付き合って行ってやるか。


「しかし、こういう連中と付き合うのもまた楽しいものだな。まさか爵位を手放してなお、人と人を繋ぐ仕事をやれるとは思わなんだ。うむ、生き甲斐というやつを感じるぞ」


 ローザは大変楽しそうであった。

 仕事に生きる女という感じだな。


「ローザ、そういうタイプの女はな、俺の世界だと行き遅れることがあるとか……」


「ははは、なかなか失礼な事を言う奴だな。だが、そういう気遣いが全く出来ないあたりが貴様らしい。そもそも私は、人間で言えば四十三だ。いや、もう四十四だったか? 既に孫がいてもおかしくない年齢だぞ? 今更行き遅れなど気にはせんさ」


「そうか……。まあ、俺は年を取るので、それなりに満足したら頼む」


「む?」


 一瞬、ローザはよく分からんという顔をした。

 しばらく考え込んで、ハッと気付いたようだ。


「う、うむ、そうか。ま、まあ、私も女らしい生活とやらをしてみても悪くは、うむ、悪くは無いかもしれんな」


 なんだろうな。どうしてか、年上という感じがしないのだ。

 さて、次で最後。

 旅程の途中にあるから、みんなで行くとしよう。





 地上をチェアくんが行き、その上ではサマラとアンブロシアが荷物番。

 空はゲイルが、リュカとアリエル、ローザを乗せて飛んでいる。御するのは俺……のはずだったのだが。


「せっかく火竜の山に挨拶に行くんだから、ユーマ様が一緒じゃなきゃダメ!!」


 猛烈なサマラの抗議に遭い、俺は折れてチェア君の頭上にいる。


「うふふ、新婚旅行みたいですね」


 この世界にそんな習慣あるのか。

 サマラが真横で俺にピッタリくっついてくる。この大変積極的なアプローチよ。

 アンブロシアは、やれやれって感じで後ろで荷物に寄りかかっている。


 今回のゲイルの御者はローザ。

 馬に乗れる系女子なので、割りとその要領でゲイルを繰るのも上手かった。

 ゲイルはちょっと不満げであったが。


「森を出ると、すぐに火竜の山っていうのも便利だよね。あっ、ユーマ様、見えてきました」


 サマラが指差す方向に、ドワーフの集落。

 すぐ近くには、以前見たときよりも随分大きくなった遊牧民のテント群がある。増えたなあ。


「……あれ? あのテント、前に見たことがあるような」


「エルデニンの部族ですね。こっちに合流できたんだ……」


 サマラの声に安堵の色がある。

 やはり、部族のことを心配していたんだな。


 エルデニンの部族とは、彼女が生まれ育った一族である。巫女を人工的に生み出すために、なかなかえげつない選定をしていたようだが、それでも所属している人間は排他的ではあるものの、悪人ではなかった。ただまあ、サマラ以外の巫女候補者は全員死んでいるそうなので、やっぱり善良な部族では無いかも知れん。

 そんな事を思っていたら、馬がこちらに寄ってくる。


「おーい、そこの亜竜止まれー。見覚えのない不思議な形の亜竜だな。まるで話に聞く火の巫女が乗るという御座竜のような……って、うおー!! サマラ!!」


「えっ、うっそ!? ユースフ!? 生きてたのあんた!?」


 並走し始めた馬の上、髭を蓄えてはいるものの、若い男がこちらを見上げている。

 こいつは、エルデニンの部族……その頃は三部族だったが、これに所属する戦士だった青年だ。


 サマラの幼馴染らしく、彼女に想いを寄せていた。

 ……幼馴染ってことは、このユースフも十代か。


「サマラも、あれだけの事があって生きていたんだな! その姿……噂に聞く火の巫女は、俺が知るお前と随分姿形が違っていたから、別人だとばかり思っていたが」


「うんうん、アタシだよ! あれから海を冒険したり、火竜に会ったり、国を相手に戦ったり……すごかったよ……」


「そうか、苦労したんだなあ……。俺も死ぬほどの怪我をしたんだが、今はもう、この通り馬にも乗れて……おい、隣の男は、もしや」


「うん、ユーマ様だよ。アタシ、この人の子供を産む!」


 ユースフがあんぐりと口を開けたまま固まった。危うく馬から転げ落ちそうになる。

 気持ちは分かるぞ、若人よ。


 これは大変な寝取られである。

 まだ清い関係だけど。


「しょ……正気か!? そ、そんな男のどこがいいんだ!」


「そんな男とは挨拶だねえ。こう見えて、こいつは灰王だからあんたたちの王なんだよ?」


 のっそり身を起こしてきたアンブロシア。

 金髪に小麦色の肌の彼女を見て、ユースフはちょっとポーッとなったが、すぐにハッとした。


「馬鹿な……! じゃ、じゃあ、たった一人でディアマンテ軍に恐怖を刻んだという伝説の王が、そ、そいつだったのか……!?」


 衝撃を受けているユースフをよそに、ドワーフたちが、リザードマンたちが俺たちを出迎える。

 遊牧民もやって来た。


 いつものドワーフ男たちは、降りてきたローザと喧々囂々論議を戦わせているな。

 武具の作成について、ローザは一家言ある。

 ドワーフたちも彼女を認めているようだ。逆に、本来なら自分たちの巫女であるサマラとは、ドワーフはあまり付き合いが無い。


 ふと視線を感じて見上げると、火竜の山の頂上にあいつがいた。

 結局、奴の手を借りることは一度も無かったな。


 そもそも、名前を言うだけで誰もが震え上がる竜ってどれだけだよ。

 なあ、ワイルドファイア。

 偉大なる火竜は、俺を見下ろして少しだけ笑った気がした。

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