第111話 熟練度カンストの再会者

 ここは、繁華街である。

 以前の俺であったら、絶対に出歩かないような場所だ。

 言うなれば、俺がこちらの世界の人間として過ごした記憶は、高校一年生時点で終わっている。

 後はゲームと家の中だけで、俺の人生は完結していた。

 そんな俺にとって、繁華街という所は魔境にも似た絶対的なアウェー……であるはずだったのだが。


「うーん、あちこちから食欲をそそる匂いが漂ってきますねえ……。ユーマさん、この辺でいいんですか?」


「ああ、そのはずだ。向こうも色々律儀でな。旦那を連れてくるらしい」


 どうしてそうなってしまったのか。

 アルフォンスは、折れてしまったバルゴーンを治すために、実際に会う必要があるのでは無いかと言ったのだった。

 そして、そのためにオフで会おうと。


 即ちオフ会である。

 だが、仮にもアルフォンスは新婚一年目の若奥様である。

 年齢はよく知らんが、他人の嫁と俺が二人きりで会うのはよろしくなかろう。


 という事で、アルフォンスは旦那を同席させる事を提案してきた。

 旦那には気の毒だと思ったが、俺もアリエルを連れて行くことで同意。

 ということで、四人でのオフ会と相成った訳である。


「流石はユーマさん、どっしり構えてますね。勝手知ったる庭って感じですか?」


「いや、実はこういう所は生まれて初めてでな」


「えっ!? 全然動じてないようにしか見えないんですけど」


「うむ……命が掛かった敵地への潜入や、何者が待っているかもわからない精霊界訪問、火竜との力試しとか経験すると、ちょっとやそっとではな……」


 俺のハートはいつの間にか鋼のハートに変わっていたらしい。

 そもそも、あちらの世界に行ってから、恐怖心というものが欠如してしまっている気がするのだが。


「なるほど……それが王としての心構えだったりするんですね。ふむふむ……。あ、また違う匂いが。これは焼き魚かな……」


 俺に話しかけながらも、アリエルの気はそぞろだ。

 彼女に言わせると、この世界の食事は味付けが濃く、中毒性が高いものが多いそうだ。

 あまり長くここにいると、元の世界に戻っても食事に満足できなくなると、戦々恐々とするエルフ娘である。


「あっ、ユーマさん、あの人たちじゃないでしょうか? キョロキョロしています」


「ふむ、どれどれ」


 アリエルが見つけた男女二人連れ。

 男性はガッチリしていて、実直そうだ。体格が良く、背筋が伸びており、何らかの格闘技をやったことがあるのかもしれない。


 女性の方はややぽっちゃりしていて、メガネを掛けてちょっと垢抜けない印象。

 うん、あれはアルフォンスだろう。

 なんかそういう感じがする。


 俺は懐にバルゴーンの欠片を呼び出すと、虹色の刃をチラチラッと見せた。

 メガネの女子がハッとした顔をする。

 そして、ぽてぽてぽてっという感じの仕草で走り寄ってきた。


「ゆっ、ユーマさん?」


「はっ、ユーマです。そういうあなたはアルフォンスさん?」


「は、はい、アルフォンスです」


 アルフォンスは恥ずかしげに答えたのだった。




 最初、俺を睨みつけていたのはアルフォンスが連れてきた男。彼女の旦那さんである。

 親の紹介でお見合いをした、元自衛官だそうだ。


 こう見えて、柔道、剣道でかなりの腕前を誇るとか。

 彼は俺の近くに寄って来ると、くわっと目を見開いた。


「なんだ、これは……。まるで、大師匠のような……いや、それ以上か……」


「おおっ、分かりますか!」


 アリエルが人懐っこい様子で感心した。


「この人は只者じゃないんですよ!」


「うむ。俺も、これ以上間合いに入れば斬られると思ってしまった」


 いや、そこもう間合いだから。


「オフ会の名目で俺の愛する人に色目を使うような輩であれば、殴り飛ばしてやろうと思っていたのだが……これは俺がやられてしまう……」


 いや、やらないから。

 だから青くなって震えないでくれ。でも、震えながらも一歩も引かずに彼女の傍らにいるのは立派だ。

 アルフォンスだけが何も分かっていない様子で、ニコニコしながら俺と旦那を見比べていた。


 そんな彼女と、今は差し向かいである。

 ここは居酒屋の一室。


 俺の隣にはアリエル。

 アルフォンスの隣には旦那さんがいる。


 旦那さん、アルフォンスが俺と浮気するのじゃないかと心配してついてきたのだそうな。

 アルフォンスは確かにふんわりしてるし、悪い男に騙されやしないかと、心配でならないのだろう。

 ちょっと奥さんに対して過保護気味な旦那さんである。


「では、再会を祝して乾杯」


 俺とアリエルのグラスには、ウーロン茶が注がれている。

 アルフォンスはフルーツのカクテル、旦那さんは生ビールだ。

 グラスが打ち合わされたあと、アルフォンスがちょっと笑った。


「なんだか、ユーマはそういう事するタイプじゃないと思ってた」


「ああ、あの頃の俺は本当にコミュ障だったからなあ……」


「全部、異世界に行ってから変わったの?」


「そういう事になる。随分物事に対して前向きになった。退くという事を知らんだけかもな」


 二人でわはは、と笑う。

 何せ、数年の間、二人でパーティを組んだ仲だ。

 ゲームの中と外見は違えど、互いの人となりは、よく知っている。


「私のバルゴーンで、どんな冒険をしてきたの。話して聞かせてよ」


「ああ、いいぜ。こいつは結構な優れものでな。あの世界に降り立ったばかりの時も……」


 俺たちの間で、話の種は尽きない。


 過去の思い出話もあれば、今までどうしていたのかという今の話。

 そして、これからの話。

 旦那さんは複雑そうな表情で俺たちを見つめていた。


 これが、男女の恋愛感情の無い関係だということは見ていて分かるのだろう。

 そうとも。

 俺たちは戦友なのだ。


「不思議な関係ですねえ。ユーマさん、リュカさんにもそこまで打ち解けた話し方しないですもんね?」


「リュカはほら、女だからな。俺は女との付き合い方がいまいち分からん」


「あ、ひどい。私も一応女なんだけど」


「アルフォンスはアルフォンスだろう。それ以外の何かじゃない」


 そんな感覚だ。


「枝豆と豆腐サラダです」


 おつまみがやって来た。

 俺とアリエルが無言になる。

 居酒屋の出来合い料理だが、やはりこの世界の飯は美味い。


 一心不乱に枝豆を食い、豆腐サラダを貪る。

 この後、ナスの揚げ浸し、若鶏の唐揚、オニオンフライを平らげて、俺たちはようやく人心地がついた。


「こちらの世界のお料理は恐ろしい中毒性があります。もう、私はこの世界のお料理を忘れられそうにありません」


 アリエルが悲しげに呟いた。


「この世界の料理を覚えて帰るしか無いな。向こうで再現しよう」


「そう、それですユーマさん!! 私はその事に全力を使おうと思います!」


「やっぱり、異世界にまた行くつもりなの?」


 アルフォンスの言葉に、俺は頷いた。


「最早あちらが、俺の世界だ」


「そうかあ……。残念だけど、ユーマが決めたことなら仕方ないよね」


「なあ、彼は大丈夫なのか? 何か訳の分からん事を言っているが……」


「ああ、分かんないよね。ユーマはね、異世界から帰ってきてて……」


「いや、君、それを信じてるのか? そんな事あるわけがないだろう。おいユーマさん、うちの妻におかしな事を吹き込まないでもらえないか? 彼女はこう見えて繊細なんだ」


 俺に威圧するように視線を向けてくるが、その奥底に恐怖が見える。

 彼は悪人ではないようだが、オーベルトにすら及ばない程度の戦士だろう。俺に歯向かうのは現実的ではない。

 俺も、弱い相手に手を出す趣味など無いから、ここは分かりやすく話を進めることにした。


「本題に移ろう。これを」


 俺はテーブルの上に手をかざした。

 そこに、バルゴーンの欠片を召喚する。

 何の前触れもなく、虹色の刃が生まれた。


「あっ」


「ああっ!!」


 アルフォンスが弾んだ声を漏らし、旦那さんが驚愕に呻いた。


「これ、バルゴーンだよね? ジ・アライメントの中なら、何回も見たけど、こうして手にとって見ると……」


 アルフォンスは、己が鍛えた剣の欠片をつまみ上げて、ため息を漏らす。


「うん、凄く、綺麗かも。ちょっと感激しちゃう。本当に虹色なんだね……。……伝わってくるよ。確かに、バルゴーンは幾多の戦いを経て砕かれた。ユーマとこの剣が一緒に辿ってきた記録。記憶。この子を通じて、私もあの世界と繋がったみたいね」


「お、おい、君……」


「大丈夫、大丈夫だから。私はどこにも行かないから。でもね、ちょっとだけ……。鍛冶師として、この子バルゴーンが求める事をしてあげなくちゃ……。この子はまだ、戦おうとしている。一緒に歩んだユーマの手の中で、力になろうとしている。だから、その望みを叶えてあげるの……!」


 個室居酒屋で良かった。

 次の瞬間繰り広げられた光景は、オープンな空間ではきっと注目を集めてしまっていただろう。

 アルフォンスの頭上に、バルゴーンの欠片がふわりと浮かび上がった。


 彼女が手をかざすと、虹の破片から、同じ色をした飛沫が飛び散る。

 これは徐々に激しくなると、集まり、欠片を膨れ上がらせる。

 

「ユーマさん、本当にこの人、あの剣を打った鍛冶師なんですね……。人は見かけによらない……」


「ああ、本当はゲーム上での作業なんだが、俺がゲームで鍛えていった剣術が現実になったのと同様、アルフォンスにも変化が生じていたのかもしれないな」


 頭上で、ゆっくりと虹色の剣が形を成していく。


「この子、砕け散る時に、リソースの大半を欠片に集めて凌いだんだね。だから、こうして治すことが出来る……。でも、気をつけて。折れてしまったら、本当にこの子が死んでしまう事もあるから……」


「うむ。今度は折らない。本気で扱わせてもらう」


「そっか。安心した」


 それほどの時間はかからない。

 バルゴーンは数分で、元の形を取り戻した。

 ただ、刀身に何か文字が刻まれている。


”決して折れぬ我らが友情にかけて”


「ちょっと恥ずかしいんだけど、私からの餞別だよ。ユーマはずっと戦い続けて行くんだね」


「まあな。取り戻さなきゃならんものがある」


 バルゴーンは俺の手に収まると、またその姿を消した。


「ただ、気をつけて。リソースが少し減っていたから、新しい分を足したけれど、前ほど柔軟に形を変えられなくなっているから。その代わり、少しだけ取り回しがよくなっているよ」


「AGIにボーナスがある感じか?」


「そうそう。%補正だから、ユーマには効果が大きいんじゃないかな」


「助かる」


「……何語なんだ」


「私もさっぱりです」


 さあ、目的は果たした。

 我が愛刀は元の姿を取り戻し、親友との再会も成った。

 ならば、後は元の世界に戻るばかりである。

 旦那さんが支払いをしている間に、俺はアルフォンスに別れを告げた。


「では、帰るとする」


「うん、元気で」


 アリエルは何か言いたそうだったが、空気を読んで黙っていてくれたようだ。

 旦那さんは気が気では無いようで、こちらをチラチラ伺っている。


 大丈夫だ。

 俺達はそういう関係では無いので。

 俺はアリエルを伴って、繁華街の道の中央へ進んだ。


 向こうから人混みを掻き分けて車がやって来て、俺に向かってクラクションを鳴らす。

 まあ待て。

 すぐに終わるから。


 街頭に照らされ、星の見えない薄闇の夜空。

 俺は声を張り上げた。


「ようやくお前の力を借りられるぞ!」


 周囲を行き交う連中が、ギョッとして俺を見る。

 頭のおかしい奴が、いきなり叫び始めた、とでも言いたげな目線が集中する。


「伝説の火竜と言うなら、次元の壁を越えてやって来い。なあ、ワイルドファイア!!」


 俺が、朗々と奴の名を呼んだ瞬間だ。


 世界の空が、割れた。

 甲高い音を立てて、砕け散ったのだ。


 かつて結んだ約定を果たすため、最強の火竜、ワイルドファイアが現実世界に降り立つ。

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