第103話 熟練度カンストの交渉人2

 会場の空気は、そりゃあもうひどいものだった。

 警備は緊張感と言うか、もう悲壮感に満ち満ちており、俺たちが到着するや否や、控えていた兵士たちまで集まってきた。


 先頭は、フル装備のオーベルトとヨハン、そしてリザードマンの戦士とオーガのギューンだ。

 そのすぐ後ろに俺が続き、傅くようにリュカ、サマラ、アンブロシア、ローザが続く。

 そして背後を守るのは、獣人とアンドロスコルピオ。


 ゴブリンは置いてきた。

 宮殿とかの空気に馴染めそうに無かったからな。

 いや、絶対ゴメルとギヌルはいらん騒動起こすし。


 俺たちの姿を見て、兵士たちは硬直したようだ。

 こいつらは、先日の戦いに参加していなかったのだろう。

 話に聞いていた異形の種族を目にして、思考がぶっ飛んでしまったようだ。


 誰もが緊張感に満ちている。

 唯一例外は、俺の隣で秘書を務める、エルフのアリエルだけだ。

 あ、俺も緊張はしてないな。


「ねえユーマさん、あれなんですか?」


「なんか価値のある絵なんだろうな。へえ、この世界は抽象画みたいなのを評価する文化があるのか……」


「抽象画ってなんです?」


「ああいう、一見して何を書いているのか分からん絵のことだ。俺にはさっぱりわからんが、良さがあるらしい……」


「ユーマ、あれは魔法紋だ。城を守る結界を張ると言われている由緒ある絵だぞ」


 俺が曖昧な説明をしていたら、すかさずローザが補足を入れてきた。

 流石。

 宮廷文化に詳しい。


「なんでこの人たちは緊張しないんだろう……。アタシもうガチガチなのにっ」


「ユーマはいつもあんな感じだしねえ。私も緊張してるのばからしくなっちゃった」


「あたしもだよ……。自然体で行こうかね」


 結局、会場到着までに、俺たちの空気はまったりとしたものに変わっていった。

 到着すると、入り口を守る兵士が小さく悲鳴をあげた。

 そんなに恐ろしいものか。


 扉が開いていく。

 護衛の連中は、外で待機することになる。

 中に入るのは、俺と秘書と巫女。それから、オーベルトとヨハンだけだ。


 人間のみ、中に入ってもいいというのが向こう側の条件だった。

 今更条件を飲むのはアホらしいと考えたのだが、まあここは大人になってそいつを受け入れてやろう。


「あれが……灰王か」


 席に座していた、でっぷりしたおっさんが呟いた。

 大変豪華な服を着ている。

 上座にいるから、こいつがディアマンテの皇帝か、その代理人だろう。


 で、正反対に座しているのは、儀礼用のアラブ風衣装を着た浅黒い肌の男。アルマース帝国の代理人。

 俺たちと向かい合う形になるのが、日焼けしたちょっと美形のおっさん。ネフリティス王国の代理人だろう。エルフェンバインはディアマンテに全判断を委ねるということで、出席していない。


 それから。

 三人ほど、意外と言うか、ある意味では予想通りの人物がいる。


 金髪を肩で切りそろえた、宗教的衣装の男。命のやり取りをしたので良く覚えている。

 ラグナ教を支配しているであろう、大司教フランチェスコ。


 そして髭を蓄えて、内心の読めないにこやかな表情をした美形の兄ちゃん。

 ザクサーン教の支配者である、アブラヒム。


 最後に、見覚えの無い女がいる。年齢はよく分からないが、よく見れば彼女の衣装は、ネフリティスはエルド教の導き手、デヴォラが身につけていたものによく似ていて、それをよりゴージャスにしたものだ。

 恐らくは、エルド教の支配者だろう。


 俺が相手とするべきメインは、各国の代理人どもではない。

 この三名だ。

 俺の予想では、三名とも俺と同じ、この世界にとってのイレギュラーだろう。


「と、到着したようだな、灰王とやら」


「おう」


 俺はディアマンテの代理人におざなりな返事を返し、オーベルトが引いた席に腰掛けた。

 今は、ケラミスの甲冑に身を包んでおり、大変嵩張る外見をしている。


 その代わり、実に魔王っぽいぞ。

 俺の姿を見て、アブラヒムが変な顔をした。

 なんだ、どうした。


「そ、その格好。ぷ、くくっ……。妙に様になっているところが、あなたらしいな」


「四回目のリテイクかかったからな」


「自信作だ」


 ローザが不敵に笑う。


 一作目の鎧は、肩アーマーと胴体が繋がっていた為、可動領域が狭かった。

 土の精霊界のお祭りくらいの動きならば問題なかったが、あの鎧でアブラヒムクラスと実戦は無理だろう。

 で、徐々に可動域と鎧の量、見栄えの微調整を行なっていき、現在の灰王アーマーは見た目以上に軽く、俺の動きをあまり妨げない。


「貴様……魔女を連れてくるとは、それは挑発か……?」


 フランチェスコはイライラである。

 ラグナ教にとって、神敵の象徴たる巫女。

 それが俺の背後で勢ぞろいして座っているのだから、確かにこれ以上の挑発は無いだろう。


「落ち着きなさいな、第一管理官殿。初めまして、灰王陛下。わたしはマリア。エルド教を担当する第三管理官よ」


 マリアを名乗った彼女は、第一印象は凄く大人の女性、である。

 落ち着いた物腰で、うちの巫女たちにあるような騒々しさとか、危なっかさが一切無い。

 それだけに、腹の底が読めない。


「初めましてついでに、確認しておきたいことがあるのだけれども。あなた、あの女の声を聞いた?」


「あの女?」


「マリア、貴様、この男があれと関係があるというのか!? だとしたらこれは何もかも、あれが仕組んだことなのか!? なんということだ……!」


 フランチェスコが激高している。

 なんだなんだ。


「落ち着こう、二人共。ここは交渉の場だよ。主導権は灰王陛下にあるのだから、我らはよりよい条件での停戦を求めていくべく、共闘すべきだと思うがね?」


 アブラヒムは仲介役か。

 フランチェスコは割りと、考えていることが分かりやすい。だが、マリアもそうだが、アブラヒムは誰よりも何を考えているかさっぱり分からん。

 ニコニコして談笑していたかと思うと、本気で殺しに来たりするしな。


「まあ、話が早い。じゃあ、始めようか」


 俺が宣言すると、ディアマンテの代理人が苦々しげな顔をした。

 会場を貸しているのは自分なのだから、仕切るのは自分だと言いたいのだろう。 


 だが、この場において、各国の代理人たちはお飾りでしか無い。

 決定権を有するのは、三大宗教を司る三名の管理官と、俺。


「じゃあ、結論から行こう」


 俺は少し声を張り上げた。

 はったりなど不要である。

 それらは全て、今までの戦いで行ってきた。


 わざと人々の目につくようにして、俺達が強大である事を見せつけてきた。

 だから、ここは単純な言葉ほど力を持つ。


「停戦をしてやろう。無条件でだ」


「なっ……なにぃっ!?」


 色めき立ったのは、ディアマンテの代理人である。


「馬鹿な! 馬鹿げている! そもそも、停戦を申し出てきた側は、何か条件を提示するものだろうが! そもそも降伏なのではないのか!」


「互いに無条件での停戦。フェアだろう?」


 俺はそいつに目を向ける。

 だが、こいつは傀儡だ。別に無視しても構わんだろう。

 フランチェスコに語りかけるようにする。


「我ら灰王の軍は、戦いを続けても一向に構わん。だが、少々戦いに飽いてきている。それに、我らの望みは人間と戦うことではない」


「と、言うと?」


 アブラヒムが促した。

 三人の管理官は、これが茶番であることを理解している。

 ノリがいい参加者というのはありがたいものだ。


「住処が欲しいのだよ。我らは、この世界に漂着したまつろわぬ民だ。やって来ただけだというのに、人間たちに敵対されたのでは敵わん。それでは我らも、殺されぬために戦い、場合によっては殺すしか無い」


「なるほど。灰王陛下の戦いは、自衛の戦争だったのね? 道理で……」


 マリアがチラリとフランチェスコを見る。


「エルフェンバインを巡るかの戦いで、あれだけの規模の戦闘が行われたにも関わらず、死者の数がとても少ないという報告を受けたのよね。彼、手加減をしていたのではなくて?」


「ふん……。灰色の剣士。貴様が私を愚弄した事は忘れてはいない。だが……貴様の目的が、単純な殺戮などでは無かったことは理解している。それでも、貴様が世の混乱を巻き起こしたことに相違は無い。何故……貴様、魔女を生かす……!」


 フランチェスコが、俺の背後に腰掛けているリュカに注がれる。

 他に巫女はいても、奴の視線はリュカだけを捉えていた。


 リュカもまた、視線を受け止めて見つめ返す。

 全ての始まりは、リュカが処刑されようとするあの場所だった。


「虹の髪の魔女。その女が死んでいれば、そもそもこのような事態にはならなかったのだ。貴様はその女がどういう存在なのかを理解しているのか?」


「回りくどいな。率直に頼む」


 俺が言うと、フランチェスコのこめかみに青筋が浮かんだ。

 うん、こいつは俺ととことんペースが合わないんだな。俺もこいつは苦手だ。


「まあまあ。つまりね。あなたは四人の巫女を助け出している。だが、そもそも巫女は一人だったのだよ。分かるかね?」


「リュカしかいなかったという事か?」


「そういう事。ラグナ教は魔女と呼んでいるけれど、ここは正式な呼び名を使うわね」


 アブラヒムとマリアが引き継ぐ。


「風の巫女リュカは、最後の巫女にして、時代の鍵なの。彼女がいるから、次々にみんな、巫女として目覚めていく。逆に彼女がいなければ、巫女としての能力は薄まっていき、やがて人と精霊は決別する。まあ私たちも、これほど劇的に世界が変容するとは思ってもいなかったけれど」


「我らの神も人が悪いな」


 アブラヒムが肩をすくめた。

 なんだろう。

 アブラヒムとマリアからは、神と言う奴への敬意を余り感じられない。


 まあいい。

 まだ話は俺のターンだ。


「こちらは何も差し出すつもりは無い。敗北などしていないのだからな。それに、我々灰王の軍が動いたために、諸君ら人間が国家間で諍いを起こす余裕はなくなり……そうだな。平和が訪れたと思うが。そうだな、諸君からの感謝ならば受け取ってもいい」


 奮然と立ち上がったのは、ディアマンテとアルマースの代理人である。

 まあ、相争っていた二国だからな。面子というものがあるだろう。

 だがこの場を支配する管理官は、そんなものに興味は無さそうだ。


「私たちとしては、これだけの早さで世界を塗り替える灰王陛下は危険極まりないと言わざるを得ないのよ? だけどね」


「ああ。我々が、与えたり、作り上げる力を得た分を、あなたはその剣の技量のみに費やしている。正直……どうやってあなたを滅ぼせばいいのか、見当もつかない。特に、あなたに近いタイプであるフランチェスコとやりあって生き延びたと聞いたときには……」


 アブラヒムの苦笑である。


「マリア! アブラヒム! 貴様ら、この男に迎合するつもりか? 我らがここまで薄めた神秘が、また振り出しに戻ってしまったのだぞ? これでは、またあれがやってくる!」


「あれだと? さっきから彼女とかあれとか、何なんだ。そんなものが来るのが困るのか? 停戦に関してはどうなる」


 フランチェスコがあまりに意味不明なことを言うので、俺は鼻を鳴らした。

 謎なんかほのめかされても面白くも何とも無いぞ。

 だがそこを取り持つのが、アブラヒムだ。


「ああ。つまりね。私たちもあなたのように、目的があって動いているということだ。ご覧のとおり、決して一枚岩では無いが」


「ねえ灰王陛下。停戦はしてあげるわ。だけれども、きっと後悔する。あなたは後悔するに違いない」


 くすくすと笑うマリア。


「なんだかヤな女ですねっ」


 アリエルがぷんすか怒った。

 それで、停戦交渉は終わりだ。

 古代エルド教の宗主であるマリアが停戦を受諾したことで、人間側もまた、灰王の軍との戦いを全て取りやめることになった。


 彼らは渋々ながら、この世界に新たな隣人が住まうことを認めたのである。

 だが、何だろうか、この場で飛び出してきた思わせぶりなセリフの数々は。

 何か俺は見落としているんじゃないだろうか。


 ……まあ、いいか。

 そうなったらその時の事だ。

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