第102話 熟練度カンストの交渉人
東へ行かねば、行かねば、と思う内に月日が過ぎた。
現在、ディアマンテ帝国とエルフの森が睨み合っている状態。
森の攻略に失敗した帝国は、他国へ応援の要請を出したようだったが、エルフェンバインは土の精霊界と、ネフリティスは水の精霊界と睨み合っており、身動きができない状況だった。
本来敵対国家であるアルマース帝国に至っては、半年前のガトリング山大噴火(対外的にはそういうものだとされているようだ)、そして竜が出現し、時折国土の上を飛び回るようになり、ディアマンテに関わっているどころではない。
そのような訳で、未だに帝国は森を攻略する糸口を掴めないでいた。
まあ、本音はもう戦いを仕掛けるのは御免だと思っているのではないか。
そんな辺りで、俺は各国へ使者を出した。
停戦の申し出である。
オーベルト、ヨハン、学者といった一応人間な連中を起用し、それぞれに姿を消したエルフを護衛につけた。
待つこと一週間ほどである。
「ええええっ、なっ、なんでそうなるんですかあああ!?」
アリエルの悲鳴が響いた。
「これは既に、エルフの長老会で決定したことなのだ。お前も灰王と仲がいいのだからいいだろう。それに、何か? もしや心に決めた者でも」
「いませんけどっ! そりゃ、ここ数十年いませんけどっ」
「では問題あるまい。我らエルフと、灰王の仲を取り持つ大使でもあるのだ。誇りに思うといい」
「ぬぐぐ」
悔しそうな顔をしてアリエルがやって来た。
ここは、灰王の軍臨時作戦本部である、エルフの森である。
「ね、ユーマ。聞いた? 聞いた?」
「うむ……。なんか断片的に。アリエルが正式にうちに所属するんだろ?」
「違うよー。あのね、エルフの長老がね?」
「せっ、せっ、政略結婚なんてっ……! ううううっ」
こっちまでやって来たアリエルが、テーブルに突っ伏した。
「ほう、アリエル、誰と結婚するんだ?」
「あなたですよっ!」
「えっ」
「ようこそ!」
驚く俺。
暖かく迎えるリュカ。
何だ、何だこれは。
これはあれか。嫁とか増えていくというパターンか。
困るぞ! 俺はまだ童貞だというのに。
「何を悩める男みたいな顔してるんですか」
じとっと見つめてくるアリエル。
「大丈夫ですよ。どうせ、他の妖精族は人間と種が違いすぎて子供を作れませんから。ああううう、よりによって、なんで私が、私がーっ! そ、そりゃあフリーですけど! ずっとフリーですけど!」
「あっ、俺だとお嫌ですか」
凹む。
「いえっ! 別にユーマさんが駄目ってわけじゃないんですよっ!? でもでも、ほら、私だって自由恋愛の末に結婚とか、してみたいわけですよ! それが、まさか政略結婚をしなければいけなくなるとは……くぅぅ~っ」
「リュカ様、彼女面白いですねー」
サマラがエルフ料理など食べながら、呑気に見物している。
「で、彼女は第何夫人になるんです?」
「第五かな?」
「五!?」
目を剥いたのは俺である。
いつっ! いつ頃からそんな話になっているのだっ!!
俺は何も聞いていませんよっ!?
「みんな、ユーマの話は聞いてるんだよ? ユーマ、私たちが巫女じゃなくてもやってける世界を作ろうとしてくれてるでしょ。今までの事も全部、人間を敵に回してでも、すっごく強い竜と戦ったりしたのも、全部……私たちのためでしょ?」
「は、その通りです」
何故か丁寧語になる俺。
改めて言われると、どうしてそこまで尽くしてきたのかよく分からなくなる程度には、彼女たちのために駆け抜けてきた気がする。
だがまあ、敢えてどうしてと聞かれれば、こう答えるしか無い。
俺は特に、やりたい事など何もなかったのだ。
長いニート生活で、俺の中にある何かをやろうとするモチベーションは枯れ果てている。
一つだけ残っていた、惰性で剣術スキルを上げるという気持ちも、頂点を極めた今となっては存在しない。
「だから、俺は別に守りたくてやった訳じゃ無くてな。最初にリュカと会って、東に連れてく約束をしたから、その流れでだな」
「その流れで、私を守るために何万っていうラグナ教の分体と戦って?」
「アタシのために、精霊王アータル様に真っ向から立ち向かって!」
「あたしの村を救うために、長い事汚名を被って海賊やってくれたよねえ」
「その……私のためにというか、やり過ぎだと思うのだが。世界のあり方まで変えなくても良かったのではないか?」
「ほらあ」
リュカ、サマラ、アンブロシア、ローザ。
四人が言葉を継いだ後、最後にリュカがまた微笑んだ。
「ユーマは、私たちを助けてくれたんだから。最初はユーマにそんな気持ちが無くても、ユーマ、一回も逃げなかったでしょ?」
「逃げるのはまあ、元の世界でやり尽くした感があってな……。というか、アンブロシア、お前、俺のことは別にそこまで好きじゃないって……。いや、ローザもいいの!? 前のエルフェンバインの王様とかと何かあったんじゃ無いのか」
「それはそれだよ。あたしなりの恩の返し方もあるって事さ」
「ユーマ様、アンブロシア照れてますから。絶対この娘、ユーマ様の事好きですから」
「なっ!? サマラてめえこのっ!?」
何やら真っ赤になったアンブロシアが、サマラに襲いかかる。
だが、肉弾戦ではサマラ一番体格がいいからな。おお、笑いながらアンブロシアの攻撃を捌いている。
アンブロシアは海賊だった割に、攻撃が単調だな。
もっとこう、フェイントを織り交ぜてだな。
「わっ……私はこう、年甲斐もないと分かってはいるのだが……自分でも驚いてはいるのだ。そういう部分が自分の中に残っていたというか……おいっ! 聞いているのか貴様! 大体だな! ディートフリートはよくよく見れば貴様に似て……って何を言っているのか私はーっ!!」
うおーっ!
今度はローザが俺に掴みかかってきた。
何故怒っているのだ。
「なるほど……色々あるんですねえ」
「そうだよ。みんな仲良くて楽しいから、アリエルも歓迎するよ!」
自称第一夫人のリュカが、新入りを迎え入れた!
ぬうっ……。
気がつくと、ハーレムになっていた……!
ぽかぽかとローザに叩かれながら、俺は世の不思議を噛みしめるのである。ローザのパンチは効かなかった。
そんなじゃれ合いをしている所に、重要な報告が入る。
「灰王陛下にご報告申し上げます!」
「あ、どうぞ」
俺が促すと、我が作戦本部に獣人の長が入ってきた。
獣人はそのフットワークの軽さと機動力から、灰王の軍における伝達を請け負ってもらっている。
そして情報を統合し、報告をするのが長の仕事だ。
「ディアマンテ、アルマース、エルフェンバイン、ネフリティスともに、交渉に応じました。見事、灰王陛下の読み通りです」
「うむ……あっちの顔を立てて、こちらから停戦の申し出をしたからなあ。願ったり叶ったりだろう」
「どうしてなんです?」
アリエルが尋ねてくる。
彼女はこうして一々興味を持って聞いてくるのだが、俺としてはこのように疑問をストレートに言ってもらうとやりやすくていい。
「今まで、国同士で睨み合うことはあったけど、どの国も国境関係なく敵と隣接し続けるってことは無かったんだ。しかも相手は理解できない、別の種族だ。国にとって、とんでもない緊張状態が続いてただろうよ」
「ふむふむ……。じゃあ、攻めたりすれば良かったんじゃないですかね?」
「そうだな。緊張に耐えきれずに暴発すれば、幾つもの局地戦が起こっていただろう。だが、それ以前に、エルフの森防衛戦でうちの軍勢が暴れたのが良かった。あの戦いで、人間側は妖精たちが、理解できない怪物なのではなく、協力して人間を迎撃してくる知性ある敵対者だと理解したんだ。あの場に、エルド教やザクサーンの連中もいただろ?」
「ああ、なるほど……」
「現にディアマンテは手痛い被害を被ったし、未だにエルフの森を制圧どころか、侵入さえ出来ないでいる。同じようなことが国内で起こったら、他の国はどうするだろうな? ……ってことだ」
「全てユーマさんの策だったんですねえ……。ちょっと見直したかもです」
「まあなあ。俺としちゃ、こんな面倒なことしたくないんだけどな……」
「でも、みんなのためにやってくれるのがユーマなんだよ! ほら、アリエルもユーマのこと好きになってきたでしょ!」
「そっ、それとこれとは別ですっ」
また騒がしくなってきた。
だが、エルフたちはおろか、今はどの種族の連中も、俺を灰王と呼ぶ。
唯一このアリエルだけが、俺をさん付けで気安く呼んでいるのだ。
今まで距離が近かったから、あまり俺を神格化しないで済んでいるのだと思うが、長老がアリエルを俺のもとに遣わしたのは、それも一因なのかと思ったり。
「灰王陛下……あの」
返答を待っていた獣人が、いかに声掛けしたものかと迷っている。
「あっ、すまん。では会談の準備をしよう。会場はディアマンテの王都辺りでいいんじゃないか? その辺り、オーベルトが戻ってきたらまた詰めて、伝えるとしようか」
「御意に。して、灰王陛下が直々に?」
「ああ」
俺は答えながら、巫女たちとアリエルに振り返る。
「全員で行くとしようか。これが最後のデモンストレーションになるだろう。灰王の軍に、四人の魔女ありってな」
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