第101話 熟練度カンストの魔王3
さて、俺の作戦はこうだ。
灰王の軍に、灰色の王ありと全軍の前で見せつける。
一度でいい。これ以降、俺はこの世界の表舞台に立つつもりは無いからだ。
その一度で、可能な限り多くの人間たちの目に、俺を焼き付ける。
俺を恐怖するように仕向ける。
これは、今回敵対している相手が、狂信者でも悪党でもない、ただの兵士であるからこそ成立する話なのだ。
可能であれば、裏でこの状況を眺めているであろう、ラグナ教やザクサーン教の親玉にも出てきて欲しいものだが。
「大仰な物言いをする! 死ね、灰色の剣士……いや魔王め!」
ウィクサールが俺目掛けて襲いかかる。
以前はこいつの実力を探る意味もあり、さらには守るべき相手もいたから、積極的には打って出ていなかった。
だが、今回は違う。
俺の目的自体が、俺の力を衆目に焼き付けることにあるからだ。
人間の世界に、恐怖というものを刻みつけねばならない。
「ぬうんっ……!!」
俺はバルゴーンを大剣に変えた。
この方が見栄えがするからだ。
虹色の軌跡を描く巨大な刃が、ウィクサールの振り下ろした棒を受け止めて……。
「ふんっ!」
俺は同時に、ウィクサールの腹を蹴り飛ばした。
「なあっ!?」
奴から受けた攻撃の衝撃を、そのまま蹴り足に乗せる自己流の受け流しだ。
己の馬鹿力をまともに喰らい、ウィクサールは吹き飛んでいった。
俺は待つこと無く、奴の後を追う。
「アリエル、姿を消しておけ」
「はっ、はい! ユーマさん、ご無事で!」
「うわあっ、魔王がこっちに来るぞ!」
「火吹の筒を使うんだ! エルドの連中がくれたあれを!」
「ええいっ」
何名かが、背負っていた筒を俺に向ける。
銃である。
だが、それは俺には効かない。
ガンガンと放たれた弾丸が俺に迫る。これを、俺は刃の腹で受け止めながら、角度を調整して全て跳ね返す。
「うわあああっ!」
「つ、筒が効かない!!」
「そうだ、通用しない」
俺は奴らに聞こえるように、肉薄したところで囁いた。
そのまま、大剣の腹で数人をまとめてなぎ倒す。
倒れ伏した兵士を足がかりにして、跳躍した。
「おのれ、魔王ーっ!!」
ウィクサールが棒に魔力を込めて光り輝かせる。
飛び降りてくる俺目掛けて突き上げられたそれを、真っ向から大剣で殴打した。
分体の力が放つ光と、バルゴーンの虹色が干渉し、凄まじい輝きが周囲に放たれる。
どうやらこれが、停滞していた戦場で大きく目立つことになったらしい。
周囲がざわめき始める。
ちなみに、ウィクサールの棒は分体ごと砕いた。
「ぬうわぁーっ!?」
大仰な悲鳴をあげて転がっていくウィクサール。
凄い。
あいつを相手にしてるだけで大変見栄えのあるやり取りができるぞ!
「ウィクサール司祭がやられた!?」
「司祭を守れ!」
「魔王と言ってもたかが戦士が一人! 恐るるに足らず!」
「うおおーっ!!」
あちこちから、俺につっかけてくる兵士どもが押し寄せてくる。
どうやら、軍勢の中にいた指揮官やら将軍が発破をかけているようだ。
それはそうだろう。
今のところ、人間側は目立った成果を挙げられていない。
つまり、指揮官連中も手柄を手に出来ていないという事だ。
そして、俺は奴らにとって、強者であるウィクサールを倒すほどの、大変目立つ標的。
俺を運良く仕留められれば、奴らの手柄になる、と。
押し寄せる人波。
この兵士達の中にも、俺を倒して名を上げようとする奴はいるだろう。
可哀想だが、お前らは俺を倒すのではない。
俺の作戦の礎になってもらう。
「ブレイク」
俺は大剣を使った型の名を呟く。
余りにも大振りで大雑把で、威力だけを重視した型のため、実戦向けではない。
だが、こういう押し寄せる大群相手なら、最高の技である。
即ち、
「魔王の大剣が大きくなった!?」
「や、奴め大剣を突き立てて逆立ちしただと!?」
「か、回転しながら剣を引き抜きィィィィ!?」
「それを、体ごと振り下ろすだとぉぉぉ!?」
「うおおおおお、押すな、押すなぁぁぁぁあ!」
「止まれぇぇぇぇ!?」
大群は急に止まれない。
軍隊が、俺が全力を持って振り下ろす刃目掛けて殺到してくる。
俺はただ、狙いも付けずに全力で大剣を叩き込むだけだ。
虹色の輝きが、一直線に迸る。
切っ先は瞬間だが、音速に達し、衝撃波すら生み出す。
大剣は衝撃波を切り裂くほどの鋭さを持たない。それ故に、その重量と、生み出した衝撃波でそこにいた多くの兵士達を粉々に消し飛ばした。
恐らく、この一撃で数百という兵士が倒れている。
鼓膜を破りかねないほどの爆発音と、ただ立っていることすら許さぬ強烈な衝撃波。
俺に向かってきていた軍勢が、まるごとその足を止めた。
「ひぃぃ、な、なんだあれ」
「スタッカリーノ男爵の兵団が、男爵ごと全部吹き飛ばされたぞ!」
「魔法かっ!?」
「魔物たちだって、あんなデタラメな奴いなかったぞ!」
「ば、化物だあっ」
戦意が低い連中が、逃げ出し始める。
「こっ、こらあ貴様らあ! 逃げるな! 戦え! 前に進めえええ!!」
重武装の兵士に守られた男が、何やら叫んでいる。
あれがこの辺りで一番偉そうな奴だろうか。
俺は一直線に、そいつを目指した。
槍のように真っ直ぐ、バルゴーンを正面へ。そのまま疾走する。
「ここから先に行かせはバハッ」
運が悪いやつが前に立ちふさがり、真っ二つになった。
大剣モードのバルゴーンの切れ味は鈍い。だが、それは片手剣や曲刀モードと比べて鈍いだけだ。
分厚い刃でも、人体を両断するくらいは容易い。
数人を文字通り粉砕しながら進んだところで、俺を止める者はいなくなった。
目の前には、重武装の兵士たち。
目を恐怖に見開いてこちらを見ている。
必死に手にした盾を構えて……。
「な、何が向かってきているのだ!? お、おい! 守りを固めよ! わしはここから後方へ転進する! 逃げるのではない、転進だ!」
兵士達はすっかり竦み、手にした槍を突き出すもへっぴり腰だ。
やる気がない相手に手出しをするつもりなど無い。
俺は奴らの盾を足場にして駆け上がると、兵士を踏み台にしながら、逃げ出そうとする指揮官目掛けて剣を投擲する。
「な、なぁっブッ」
頭頂から股間まで真っ二つである。
着地ざまにバルゴーンを蹴り上げる。
バルゴーンは宙に跳ね上がりながら、形を片手剣に変えた。
「う、う、う、うわあああああああ!?」
重武装兵士たちが、盾と槍を投げ捨てた。
そのまま、一目散に逃走を始める。
恐怖が生まれた。
恐らく、指揮官を守っていたのだろう、選りすぐりの兵士が逃げ出したのだ。彼らが抱いた抗えない恐怖。
これが周囲の兵士にも伝播し始める。
ディアマンテ帝国軍の右翼が瓦解した。
「お前らーっ! に、逃げるなあああ! うおおおお、私を押し流すんじゃなああああい! うわおおおおお!! 灰色の剣士ーっ! 灰色の剣士ぃぃぃぃーっ!」
おお、ウィクサールは元気だ。
だが逃げようとする人の流れに抗えず、どんどん流されていく。
さて、お次は中央か。
ちょっと走らねばな……。
そう思っていたら、俺の意思を汲んだのだろうか。グオオオンッ、という鳴き声が頭上から響き渡る。
「ゲイルか! 一人でやろうと思っていたが、戦場は広いからな。助かる」
ゲイルは満足げに、グオッと鳴いた。
俺はすぐさまこいつの背中に飛び乗る。
「ま、魔王が空から!!」
ここは一つ、効率的に行こう。
ゲイルに乗った空の上から、ディアマンテ軍を見渡し……明らかに広い空間を有し、騎馬やら旗やら、豪奢な鎧が固まっている場所を発見。
あれが本陣か。
そいつらは、頭上を指差して何か叫んでいる。
一際豪勢な銀色の鎧を着た奴が、ポカーンと俺を見上げているな。
あいつがボスか。
「ゲイル、行くぞ」
首をペチペチ叩くと、グオ、という返事が来た。
次の瞬間、ゲイルが急降下に移る。
俺は、こいつが下降し切ったと見たところで、背から敵陣目掛けて跳んだ。
横合いから、複数の黒服が慌てて飛び出してくる。
奴らは高速で分体を呼び出すと、そこから光を放ってくる。
狙いが正確であるほど、これは返しやすい。
落ち着いて、分体ビームを一発ずつ、黒服に突き返してやる。
「ぐわーっ!!」
「ぐわわーっ!!」
黒服どもが灰になっていく。
俺はそれを横目に、馬上の騎士を一人蹴り落としながら着地した。
ちょうど、銀の鎧の目の前である。
で、無造作に馬の首を刎ねる。
ナムナム。
首を失った馬はどうっと倒れ込み、銀の鎧は「アヒャー」と叫びながら転げ落ちた。
俺はそいつの元まで歩み寄り、バルゴーンの切っ先で兜を切断した。
ぷくぷく太ったヒゲの顔が
「貴様が人間どもを束ねる首魁か?」
「ヒ、ヒャァー」
「重ねて問う。貴様が人間どもを束ねる首魁か?」
バルゴーンが、ぷるっぷるの頬の肉につぷっとめり込んだ。
ぴゅーっと血が出る。
「アヒャー! そ、そ、そうですー!! あっあっ、ち、違いますゥー! 私は皇帝に任された将軍ですゥー!」
「そうか。ならば貴様が死ねばこの軍は終わりだな」
わざと無表情に言ってやる。
すると、ヒゲは凄く泣きそうな顔になった。
こいつ、戦争とか慣れてないんだろうなあ……。
というか、これだけ後方でこれだけの大群に守られていたのだ。
いきなり本陣を攻められるとは思ってもいまい。
覚悟が足りなかったのだ。
「おっ、おたっ、おた、お助けェ」
「ほう……では、大人しく全軍を退け。そうすれば助けてやろう」
「アッ、ハッ、ハイィ」
そんな事したら、こいつも首都に戻ったら処刑されるんじゃないかなーなんて思うが、口にはしない。
「お、お前たち、退却、退却だァ!」
ヒゲが、周囲に向かって命令を飛ばしている。
その間に、俺に向かって矢やら銃弾が飛んで来るのだが、まあ想定内である。
一つ一つ、丁寧に射手に向かって反射してやる。
それを見ながら、ヒゲはビクビクである。
だが、俺が特に怒った様子も無いのでホッとしたらしい。
「それじゃあ、て、撤退しますんで……」
俺にペコペコしながら、逃げようとする。
多分貴族だろうに、なんとプライドが無い男であろうか。
まあディアマンテって、ラグナ教に牛耳られているような国だからな。
案外、皇帝や貴族の権威は低いのかもしれない。
ともかく、これで仕事は終わりだ。
俺はやりきった気分で、ゲイルを呼ぼうとした。
その時だ。
天空が突如かき曇る。
うむ。これ、覚えてるぞ。
最初にディアマンテとエルフェンバインが戦った時だ。
あの戦の終わり際に、奴が介入してきた時と同じなのだ。
俺の予想を裏付けるように、天空から雲を割り、極太のビームが降り注いだ。
俺目掛けて。
それは恐らく、降り注げばエルフの森であろうと焼き尽くすほどの熱量の塊。
何者も抗うことのできぬ、絶対の神の裁き。
そうだったのだろう。
俺が相手でなければ。
「ビームは」
俺はバルゴーンを一度鞘に収め、正確に、角度を調整し……。
雲をビームが割ったため、その姿を露わにしている、攻撃を放った相手を見据える。
そいつは、まるでUFOのような形の飛行物体だ。
そこをめがけて、
「反射するぞ」
下から、斜め上へ。
ビームを切り裂きながら、打ち返す。
「アヒャー!?」
ヒゲが俺の足元でこてんと転がった。
反射されたビームが、未だ放たれているビームとぶつかり、干渉しあい、やがてエネルギーが本体へと逆流していく。
雲間で、UFOの先端部分が爆発した。
同時に、ビームも中空で破裂する。
眩い光が、戦場全体を照らし出した。
一瞬遅れて、轟音。
あっ、空を飛んでるゲイルは無事であろうか。
心配になって空を見上げる。
すると、亜竜がへろへろになって降りてきた。
目を回している。
「よし、ゲイル。走って帰るぞ」
グオ~、とへろへろした返事がある。
俺はぶっ倒れているヒゲのほっぺをペチペチすると、
「運の良い奴だな。俺の近くにいて助かったぞ」
すっかり目を回しているから、返事は無い。
周囲の兵士達も、失神している。
だが、それを更に取り巻く戦場の人間たちは見ていたようだ。
恐怖に満ちた視線が、俺に注がれる。
せいぜい、灰王の恐ろしさを喧伝して欲しい。
それこそが戦いの抑止力になるのだから。
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