第100話 熟練度カンストの魔王2

「これは……。ユーマ殿、あなたはもしや、わざとこの戦を拮抗状態にしてはいないか?」


 現れたエルフの長老。

 俺に向かって疑問を呈した。

 正解である。


「俺たちが出れば片付く。フランチェスコやアブラヒム本人が出てこない限りはな」


「ならば……!」


「プリム、考えた策を実行してくれ」


「は、はい! ええと……土の妖精の皆さん、森に侵入した敵を迎撃してください!」


 アリエルが経由したプリムの指令が、森に響き渡る。

 すると、あちらこちらで待機していた土の妖精たちが動き出した。


 岩に良く似た肌を持つトロル。

 木々の間を、まるで壁面であるかのように動き回るアンドロスコルピオ。

 あちこちに巣を張り、得物を待ち受けるアルケニー。


 そして、木々の上で獲物を待ち続けていた、土の精霊界一の武闘派オーガ。

 彼らがプリムの指示を得て、一斉に侵入者に襲い掛かる。


「おっ、始まったな」


「ユーマ殿、話を逸らさないでいただきたい。あなたが出れば片付く戦いであろう。ならば、あなたと巫女たちが人間たちを片付けるべきだ」


「ふむ、ならば、俺たちがいなくなったらどうする? 俺は人間だ。寿命で死ぬぞ? 巫女も子を産めば力を失う。無くなってしまうと分かっている力に頼るのか?」


 俺は逆に問いかける。

 これ、実際は巫女の人権を無視して、永遠に清らかなままで戦力として使い続ければ解決する気がするんだけど、そんな事を俺が許すはずが無い。

 だって、巫女が持っている不老の効果を最も享受したであろう、元辺境伯。ローザリンデは決して幸福そうではなかったからな。


 やっぱり、寿命を越えて若いまま生きなきゃいけないのは、これはこれで不幸なんじゃないか。

 ってことで、俺は灰王の軍勢を、俺なしで機能するようにするつもりなのだ。


「俺の仕事は、向こうの規格外が出てきた時だけだ。お前たちが自分で身を守れるように、全ての精霊界をパスで繋いだんだ。だから、俺はまだ戦わない」


「ぬう……」


「だったら、長老自身が参加してはどうだ? あんた、見た目どおりのエルフじゃないんだろう」


 俺の言葉に、長老は目を見開き、すぐに顔をしかめた。


「それを言われると弱いな……。火竜めも、水竜も緑竜も、小さな戦いには力を貸さぬ。それが約定故な」


 やっぱりか。

 この長老、エルフではない。恐らく竜だ。

 彼が手出しをすれば、戦争はすぐに終わる。


 だが理由があって、竜は精霊界の妖精たちの営みに干渉しない。

 だから俺に手を貸すように言ってきたのだろう。


「それじゃ、もううちの軍勢を信じて見守ろうぜ。アドバイスをするくらいなら罰も当たらんだろう」


「仕方あるまい」


「長老!?」


 長老が折れたのを見て、驚くアリエル。


「ねえ、ユーマがなんか難しい事言ってる。私分かんないんだけど」


「アタシも分からないんで大丈夫ですリュカ様!」


「あんたたちねえ……。頭は使うようになった方がいいと思うよ? あいつ、あたしらのために行動してるんだからさ」


「はは、独善的で不器用で言葉足らずだが、私は嫌いでは無いな」


「巫女の皆さんは、灰王のやり方でいいんです?」


「アリエル。私も、そしてこの巫女たちも皆、ユーマに救われた命だ。そのユーマが決めたことなら、余程間違ってでもいなければ支持するのが道理だろう?」


「そそ! 私たち、みんなユーマが大好きだからね!」


「むっ、そ、そ、そうかもしれん」


「ローザが赤くなったねえ……」


「リュカ様さすがです!」


 なんか褒められてるぞ。照れる。だが、外野も大体、俺の意見に賛成、と。

 さて、では戦況に注目しよう。


 森の中での迎撃戦だが、これは順当に土の妖精たちの勝利に傾いている。

 それは当然だろう。

 いかに死を恐れぬ狂戦士と言えど、根本的に身体能力が遥かに上の敵が、自分たち以上の数で待ち伏せしていたのだ。


 しかも土の妖精にとって、今回の戦いがデビュー戦である。

 人間側には彼らに対するデータが無い。

 つまり、土の妖精たちと戦うための装備が存在しないと言う事でもあり……。


「おおい、こっちは片付いたぞ!」


 アリエルが、オーガのギューンの声を拾ってきた。

 狂戦士の頭上から飛び降りざま、体重を乗せた棍棒で文字通り圧殺した男である。

 しかも巨体に見合わぬ俊敏さで、木々を足場に駆け回り、敵を粉砕していく。


 アンドロスコルピオは機械の様な正確さと冷静さで、複数で一人ひとり仕留めていく。

 トロルにはそもそも、狂戦士たちが森に持ち込んだ武器が通用しない。表皮が硬く、例え傷つけてもすぐに再生してしまう。

 そしてアルケニーの巣にかかった敵は、何も出来ずに餌食になった。


「敵が彼らの能力も学習してくるだろうから、個人の戦力のみをあてにしないようにな」


「はい、対策考えておきます」


 プリムが頷いた。

 ここで、灰王の軍本陣へお茶が差し入れられる。

 サマラおつきの、遊牧民幼女とリザードマン幼女、アイとマルマルお手製のお茶である。


「みなさん、おつかれさまです!」

「お茶、いれタ。熱い、さまして飲んデ」


 ここで一服。

 外部の戦況は落ち着いてきている。


 そもそも、起死回生の一撃として人間側が放った、仲間ごと焼き払う大魔法。

 あれは人間側の軍にも大きな精神的ダメージを与えている。


 リザードマンもそれなりに犠牲になったようだ。

 奴らの健闘を称えよう。


「大丈夫。リザードマン、めいよの戦死、だいジ。家族、誇りおもウ」


 マルマルはいい子だなあ。


「そうです! マルマルはいい子です!」


 アイがマルマルをむぎゅーっとした。

 仲良き事は美しきかな。


 彼女たちの背後で、まだ息があるリザードマンが次々運び込まれてくる。

 救護担当はマーマンとマーメイドだ。


 彼らが水を作り出し、患部を冷やす。

 熱を取って、飯を食って寝ていれば、リザードマンは大抵の怪我ならば脱皮して治してしまうとか。


「獣人たちも帰還して来ました。バイク? とやらと戦って、何人かやられたみたいですが、それ以上にやっつけたそうです」


「健闘したな。これで、ああいうタイプの敵との戦闘経験が積めたわけだ。プリム、休息は大事だぞ。誰だってずっと集中は出来ないからな」


「はい、心得ました!」


 偉そうな事を言ってはいるが、俺だって戦争を指揮したのは、先日のローザ奪還作戦が初めてだ。

 だが、俺には個人としての戦闘能力がある。

 それ故に無茶が効くのだ。


 さらに、俺はゲームをしている時、ギルド戦を指揮する様を近くから眺めていたことがある。

 後日、娯楽代わりに保存したログを読み返していたものだ。

 それが今役立っている訳である。


「戦場がこう着状態になったな。こうなると、持久戦だ」


 人間側から攻めは跳ね返され、灰王の軍もある程度の痛手を被っている。

 森は攻めるに難く、守るに易い。

 火でもつければ別であろうが、それを許さない軍勢が展開している。


 こういう状況を打破するのは、大きな天候の変化や、一部分でも戦況をひっくり返す大きな動きが必要だ。

 前者は神頼み。

 後者であれば、人為的に引き起こす事が出来る。


 人間側は、俺みたいに今後のことなど考える必要が無いはずだ。

 何せ、脇目も振らずに世界を新たな宗教一色に染め、特定の思想を持つ人間だけの世界に変えようとしていたのだから。

 フランチェスコは、理想郷を作ろうとしていたのかも知れんな。


「!! ユーマさん、最右翼が破られました! ラグナ教の重武装の兵士と、恐ろしく強い戦士が現れたと!」


「ほい。じゃあ、それは俺の担当」


 アリエルの報告に、俺は立ち上がった。


「灰王自ら出るのか?」


「一人で戦況ひっくり返すような敵には、俺が相手をしなきゃ無理だろ。だがそのうち、俺以外にもやれるようにするつもりだ。アリエル、案内してくれ」


「はいっ」


 長老が俺たちを見送る。

 リュカが付いて来たがったが、今回はあくまで俺たちはサポート。


「危なくなったら助けてもらうかもしれないな」


 とだけ告げて、俺は戦場に入った。





「ひ、ひいっ……! も、森が燃えて……!」


「いたな、灰色の剣士ぃ!!」


 燃え上がる森。

 倒れ伏すリザードマンと獣人、ゴブリンたち。


 赤く染まった悪夢のような光景の中、黒服の男が佇んでいる。

 炎に包まれる木々に気を取られていたアリエルだったが、男が発した強烈な殺気に身をすくませた。


「あ、あれは……何ですか……!?」


「ちょっと腐れ縁でな」


 俺は炎の中を歩いていく。


 身につけた、改良型のケラミスアーマーは炎を防ぐ。

 断熱性能まで備えて、ローザの研究熱心さには頭が下がる思いである。

 この顔を覆いながら視界を確保できる、半透明のバイザーなんか非常にかっこいい。


「いやさ、正教会はお前を灰色の魔王と断定した! 正に神敵! 主を信じる、我らラグナ教徒全ての敵!」


 その黒服……三度目の邂逅となるであろうのっぽは、まくし立てながらも、嬉しそうだ。

 俺もお前のことは嫌いじゃないな。


「俺はただの人間だぞ? 大げさだろ」


「お前は私の兄を殺した! ラグナが誇る数多の分体を滅ぼした! 次は、ネフリティスの平和を侵し、そして魔物どもを率いてエルフェンバインを滅ぼそうとした……! ただの人間に出来る所業か……!」


「ああ、まあなあ……。派手にやったもんだ」


「紛う事なき魔王! 遂にはフランチェスコ猊下と戦い、御身の誇りに傷を負わせるとは……!! このウィクサール、全身全霊を持ってお前を滅ぼすと誓おう!」


 のっぽが、棒を構える。

 既に、その全身が淡く輝いている。分体を身に宿しているのだ。


 俺も、腰に手をやった。

 そこにはバルゴーンが出現している。

 身構えつつ、周囲の状況を確認した。


 のっぽの他に、聖堂騎士が複数。それから背後には、一般の兵士たちか。

 この戦いを、固唾を呑んで見守っている。

 一般兵が介入してくる事はあるまい。まあ、介入しようとするまいと問題は無いが。


「ウィクサール様、ここは我らが!」

「そんな得物一本で、我ら強化聖堂騎士と渡り合うつもりか!」

「魔王、その首貰った!!」

「あっ、こら貴様ら!」


 聖堂騎士がわーっと俺に向かって来る。

 なんだなんだ。のっぽは全然こいつらを統制できてないではないか。

 まあそうだよな。あいつは指揮官タイプというよりも戦士タイプだ。


「……ソニック」


 俺はバルゴーンに手を当てたまま、身を沈めた。

 タイミングを計りながら、虹の刃を抜き放つ。

 パァンッと空気が爆ぜる音がした。


 衝撃波が巻き起こる。

 既に、俺の前に殺到した聖堂騎士は原形を留めていない。

 ソニックの型でまとめて切断した後、音の速さを越えた剣が生み出した衝撃波で、吹き散らされたのだ。


「ヒエッ」

「せっ、聖堂騎士が一瞬でやられた!?」

「化け物っ」

「あれが、あれが魔王……!」


 のっぽの遥か後ろにいるであろう連中が、ドン引きしたのが分かった。


「それでは、ウィクサールとやら」


 俺はわざと声を作って、のっぽに話しかけた。


「貴様と俺とで、この戦の終わりを飾ろうではないか」


 ヒューッ、俺超カッコイイ。

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