第99話 熟練度カンストの魔王

 エルフの森攻防戦が開始された。

 目標は、一ヵ月半ほど前、ディアマンテ帝国内部に突如として出現した森。

 まるで空間を押し広げるようにして存在しており、森が出現した分だけ、帝国の敷地が左右へと追いやられている。事実上、国土は広がったのだが、広がった部分全てがこの不可侵の森であるから、むしろ帝国内の交通の便は悪くなったと言えた。


 帝国はこの森を調査すべく、兵を派遣する。

 だが、彼らは森に侵入することなく全滅した。


 森には先住民がおり、彼らは人知を越えた力を行使する、人ならざる存在だったからである。

 前述した不可侵の森という認識は、幾度か帝国が派兵した調査部隊が、一度の成功も無く全て敗退した事から生まれている。



 遂に帝国は、国内にある世界最大の宗教、ラグナ教正教会に助けを求める。

 正教会もこれに応え、彼らが有する最大戦力、執行者を派遣した。

 執行者は聖霊の写し身と言われる、分体を操る言わば魔法使いである。


 だが、彼らをもってしても、森を攻略する事は不可能であった。

 森を攻めることが出来る執行者に対して、森の民の絶対数が多すぎた。森の民のうち、美しい姿を持った者たちは全て、執行者に匹敵する魔法使いであった。


 これらの情報を得て、ラグナ正教会は判断を出来ずにいた。

 森は、明確に国家と教会に反逆する敵である事は間違いない。

 だが、排除しようにも彼らは、強大な戦力を所有している。


 現在、アルマース帝国と敵対関係であるディアマンテが、森の制圧に全力を使ったとして、損害が大きければ外部に大きな隙を晒してしまうのではないか。

 そこへ、隣国エルフェンバインとの同盟を締結した、正教会が大司教フランチェスコが帰還したのである。




「おお、壮観だなあ」


 俺は森から見える光景に、思わず呟いていた。

 それは、森の前面に攻め寄せようとする兵の群れである。

 ディアマンテ軍の兵士だろう。


 だが、そいつが問題なのではない。

 兵士たちの背後に控える、千に及ぶのでは無いかと言う黒服の姿。


 執行者……というのとは違う。

 明らかに、俺が戦ってきた執行者にありがちな目はしていない。目にしっかりと意思の色がある、狂信者ではない連中だ。


「ラグナ教が方針を変更したな。奴ら、少数精鋭を止めたぞ。判断が早いな」


「!? どうしてそんな事が分かるんです……!?」


「執行者は強かったが、所詮強い個人なんだよ。隙をつけば、このゴブリンたちだって倒せる。人間なんだからな」


「うむ! 我らが倒したのだぞ!」

「わはは! ゴブリンを舐めるでない!」


 ゴメルとギヌルが胸を張っている。


「だが、執行者ほどでは無くても、魔法を使える人間がその倍、あるいは三倍いたらどうだ? 数が増えてゴブリンにも対応出来るようになれば、奴らに隙は無くなるだろ」


「ですが、私たちも数がいます。負けるわけがありません!」


 アリエルが語気を強める。

 そうだ。そうでなくては困る。

 いつまでも、俺や巫女たちという個人戦力が幅を利かせているようでは困るのだ。


「そのために、灰王の軍が出来たようなもんだからな。各種族、協力して人間どもと戦うんだ。奴ら、こだわりやしがらみを捨てて挑んで来たぞ」


 リュカが見せる遠くの光景は、今まさにディアマンテへと上陸する武装した兵士たちである。

 彼らは一見すると布に見える深緑の鎧に、何本もの穴の空いた杖を、背中に腰に装備している。エルド教の力を得た兵士であろう。


 流石にアルマース帝国の兵士は上陸していないようだが。

 こうしてリュカの魔法で、戦場全域を見渡す事が出来るのは、うちの軍勢の大きなアドバンテージだ。

 負けるわけが無い。


 だが、それじゃあ駄目なのだ。

 何せ、俺は巫女全員を引退させる事を考えているからな。

 彼女たち無しで戦えて、人間たちに対抗できる戦力が必要なのだ。


 そうだな、指揮官が欲しい。

 俺はゲーム的な戦略や戦術は出来るが、それ以上は出来ない。

 もっと大局的に戦争が出来る奴を育てなきゃな。


「ということで、今回君たちは見学な」


「はーい!」


「ユーマ様! アタシ戦えます!」


「あたしだってやる気充分だよ!」


「貴様、何も考えていないようで色々考えていたのだな……」


 素直なリュカと、お役に立ちたいサマラと、単純に血の気が多いアンブロシア。

 流石にローザは、俺の真意を読み取ったようだ。人生経験が違うなあ。

 とりあえず、俺は灰王の軍首脳陣を見回し……。


「プリム、ちょっとこっち来い」


「はいはい、なんですかー?」


 マーメイドの長を呼んだ。

 彼女は水のボールみたいなものに乗ってやって来る。


「とりあえず、君が戦争時は指揮官ね。水の精霊界、種族が全部一つにまとまって動いているじゃない」


「はーい。拝命しました」


 ゴブリンどもが物言いたげにこちらを見ているが、天地がひっくり返ってもお前らが指揮官になる事は無いぞ。

 リザードマン、獣人ともに、指揮するよりもボス自ら先陣に立って戦うタイプだ。


 エルフの長老はまだこちらを信用しきっていないようだし、緑竜に指揮権を渡すのは俺が指揮を取るのと変わらない。

 今現在も水の種族を統括している、プリムが適任であろう。


「そう言う事で、俺についてきて色々盗んで。ローザも色々教えてあげて」


「なるほど、現場指揮官を育成するのだな。良かろう」


 そんな訳で、攻防戦の戦端が開かれる。

 まず、森から出たところで兵士たちとリザードマンが激突する。


「これ、前に来た人間たちよりも随分数が多いですね。援軍に来てもらわなかったら、森に入られていたかもです」


「アリエル的には、エルフだけで止められると思ってた?」


「うーん、森には入られますけど、生かして外には出さないですから」


 ちょっと自慢げに言う。

 確かに、エルフは全員が風と植物の魔法を使うことが出来るし、弓と槍、短剣の扱いもそれなりにやる。

 並の兵士であれば歯が立たないだろう。


 だが、それは兵士が何の工夫もしていない時に限られる。

 兵士の一人が、もみ合う一軍の背後から何かを放り投げた。

 それはリザードマンたちの中に落下し……。


「あ、いかん。プリム、あれを覚えておいて。今後人間はあれを多用すると思う」


「はい。なんですか?」


 首をかしげたプリムの視界で、放り投げられた何かが爆発した。

 中には金属の欠片や、尖った石などが入っていたのだ。それを火薬で爆発させる、手投げ弾。


 リザードマンも一瞬動きが止まる。

 彼らはパニックになる事こそ無いものの、想定を超えた出来事があるとフリーズしてしまうようだ。

 この隙に、人間たちが押し返していく。


 いや、流石はドワーフの鎧だ。リザードマンに、今の爆発で死者は無い。 

 だが、この手投げ弾で情勢が変化している。

 既に勢いは人間側にある。


「あっ、あっ、大変です! 何かまた投げてきましたよ!」


「プリム、対応策は考えられる?」


「原因が分からないので……!」


「爆発する前に投げ返す」


 俺は彼女に伝えて、アリエルに頼んで拡声の魔法を使ってもらう。


「手投げ弾だ! 時間を置いて爆発する! 爆発する前なら投げ返せ!」


 俺の指示があると、リザードマンたちも忠実に動きだす。

 人間側は慌てたようだ。


「なんだ、今の声は!?」

「炸裂玉の仕組みを知っているだと!?」

「今のが魔王だ! 化け物たちのボスがいるぞ!」


 ここでローザが口を挟んでくる。


「戦況をどう見る、プリム?」


「ええと……これで五分五分なので、現状維持を……」


「ふむ、よく見てみろ。ユーマが言っているのはあの辺り……楔のようにリザードマンの軍勢に食い込んだ部隊の事だ。奴らがあの状況を維持する間に、エルド教の兵士が入り込んでくるぞ」


「あっ!」


 エルド教の兵士たちは、凄まじい速度でこちらに向かって来る。

 おおっ、あいつらの速度がおかしいと思ったら、奴らは乗り物に乗っているのだ。

 動物に乗っているのではない。あれは……。


「バイクだな……」


 俺の呟きに、ローザがポンと手を打った。


「バイク? 馬も無いのに走る車か! なるほど、貴様無しでは、とても想定できない戦力ばかりだな」


「だが、俺無しで色々やってもらわんといかんのだ。あれは俺が知ってるバイクと違うな。多分、動力は魔法だろう。ってことは……ラグナ教とエルド教の合作だな」


「ど、どうすればいいでしょう!」


 慌てるプリム。


「バイクの動きを見てみろ。突っ走って来るが、早い分小回りがきかなそうだろ。じゃあどこが弱点だ?」


「横から襲えば転んでしまいそうですねえ」


「そうだな。つまり伏兵に弱い」


「なるほど! じゃあ、獣人の皆さんを脇から進ませてください! 向かって来る相手を、真横から攻撃します!」


 リザードマンの軍勢が割れ、生まれた通路を猛スピードで獣人の遊撃兵たちが駆け抜けていく。

 彼らは凄まじい勢いのまま、兵士たちの頭上を駆け抜けて、こちらへ向かって来るバイク軍団の側方へと回りこんでいく。


 だが、バイク乗りどもも銃を持っているからな。

 さながら竜騎兵ってところだろう。援軍はかなり食い止められるだろうが、獣人にも犠牲が出るだろうな。

 ここでプリム、敵軍後衛の動きに気付いたようだ。


「黒い服の人間たちが動き出しました。あれは……何をしているんでしょう?」


「さあ……? 私もあれは知りませんね」


 プリムとアリエルが並んで首を傾げている。


「あれは魔法陣だな。魔力が弱い分、複数の人間が魔力を融通しあって強大な魔法を行使するやり方だ。俺の世界の知識だとそうだった」


「ふむ……では、まずいのでは無いか?」


 ローザが魔法を使用する。

 俺たちの目の前に、土で作られた戦場の盤面が出現した。


「あれから放たれる魔法が、執行者の使っていた光の魔法だとするならば……味方ごとこちらを焼き払う事になるのではないか? リザードマンは身動きが取れぬぞ」


「ふむ……。ローザ、今の魔法、誰か土の妖精に教えておいてくれ」


「構わないが、どうするつもりだ、ユーマ?」


「リザードマンには悪いが、これは灰王の軍の学習機会とさせてもらおう。少なからぬ犠牲は出るだろうが、それによって人間側が脅威である事を実感してもらう」


「一応、対抗はしてみます! マーマン、マーメイドの隊! 水の防御壁を!」


 プリムの判断は迅速。

 だが世の中、迅速では間に合わない事も多々ある。

 なんとかある程度張り巡らされた、水の防御壁。


 敵軍後衛から放たれた巨大な光の渦が、容易くそれを突き破っていく。いや、多少は減じたな。

 魔法が、敵軍兵士とリザードマンを巻き込み、戦場に巨大な穴を穿つ。


「これは、人間側の兵士も使い物にならなくなるであろうな」


「だろうな。人間じゃない連中が来るぞ。まさか中にいたとは気付かなかった。フランチェスコめ、本気だな」


「どういうことだ?」


 ローザの質問に、俺はリュカが映し出す戦場の風景を指差して見せた。

 兵士たちは恐慌状態に陥り、リザードマンたちも余りの状況にフリーズしている。

 バイク兵は獣人と激しく争っており、その足は止まっている。


 魔法使いたちは巨大な魔法を使用した直後で、魔力切れなのか動きが無い。

 戦況は確かに停滞した。

 だが、その中で一箇所だけ動きのある場所がある。


 兵士たちの中衛である。

 彼らの中から、戦場の中央に穿たれた、森へと続く巨大な通路に飛び出してくる者たちがいる。


 この状況で、感情に左右されず、戦闘行為に没頭できる。

 間違いない。

 ザクサーン教の狂戦士だ。


 即ち、これは三大宗教の連合軍だったのである。

 狂戦士たちが森へと侵入してくる。


「なっ、なんてこと……!」

 

 アリエルが悲鳴をあげた。

 動揺している暇などない。

 迎撃戦の開始である。 

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