第98話 熟練度カンストの議長

 全てのパスが繋がった翌日である。

 火竜の山を拠点とすることが決定し、ここでうちの軍勢の首脳会議が開かれた。


 進行役、俺。

 議長、ローザ。

 他、巫女三名は俺の後ろにちょこんと座っている。


「これより、我々の統一名称を、”灰王の軍”と呼称する。では自己紹介を」


 ローザの宣言の後、ドワーフの長が立ち上がった。


「あたしゃ、ドワーフの長でダナってもんだよ。うちの穀潰しどもが、灰王の軍の装備全般を担当することになるさね。後は、土の巫女様にもケラミスの技術を教えていただきたいね」


「善処しよう。次」


「シュ……。リザードマンの長であル。名はシェダール。よろしク」


「はーい。海の民の長で、マーメイドのプリムポムパメラ。プリムと呼んでくださいね。水竜リヴァイアサンも私を通じて、この会議に参加します」


「エルフの長、荒ぶる風だ。今後とも、見知り置きを」


『あら……エルフの振りをまだなさっているのですか?』


「緑竜の、それは内密に、内密に、な?」


「獣人の長、シーガルだ。我らの武勇は灰王のために!」


「ゴブリンの戦士の長、ゴメルだ!」


「ゴブリンの兵士の長、ギヌルだ!」


「「真のゴブリンキングは俺……なんだときちゃまー!!」」


 仲良くハモッた上に殴り合いを始めたゴブリンキングどもである。

 その背中を、緑竜がひょいっと摘まんで離れさせた。


『土の妖精全てを代表し、私こと緑竜が参加いたします』


 土の妖精たちは、みんな脳筋だったり根暗そうだったりしたもんな。


「緑竜様、うちのリヴァイアサンが、久しいのう、相変わらずフットワークが軽いなって言ってます」


『ええ、こちらこそ。それに、私の足で動き回り、私の目と耳で見聞きするのは信条ですからね』


「では最後に、我らの王、灰王から一言」


「灰王です。よろしくお願いします。じゃあ会議を始めます」


 俺が間抜けな挨拶をした。

 こんなん、セリフも思いつかないので、前日にうんうん唸りながら書いた当たり障りの無い文章を丸暗記し、棒読みで口にするだけなのである。

 だが、それでも場に集まった各種族の長たちが、俺を侮る雰囲気は無い。

 皆、俺のほうをみて拍手をしてくる。


「会議の進行は、土の巫女ローザリンデ。私が勤めさせて頂く。では最初の議題だが……。

 ラグナ教とザクサーン教、そして古代エルド教が、軍事面に於いて手を組んだ」


「ふむ、それらは人間が信じる宗教だろう? 我が森にも、幾度かラグナ教の者たちが攻めてきたようだが。実力はともかく、頭数が足り無さ過ぎる。あれでは我らエルフだけでも容易く迎撃が可能だろう」


「エルフの魔法を扱う実力は高いと聞いている。これについて、議長から意見があるようだ。灰王、発言をどうぞ」


 ローザが俺に振って来た。

 俺からの意見は、言わばメタな話である。

 現実世界でゲームや創作物にどっぷり浸かっていた俺だからこその意見。


「あのな、ラグナ教の執行者。あれは多分、わざと使える人間を絞ってる。その気になれば幾らでも増やせるぞ」


「なんと!? 根拠はあるのか?」


「俺が、ラグナのお偉いさんであるフランチェスコと戦った。あいつの祈りの言葉は祈りじゃなかった。システムへのアクセスだな。執行者に力を与えるシステムが外に存在してるんじゃないかって事だ。一人一人の質は落ちるが、今よりももっと量を用意する事は出来るだろ」


「システム、アクセス……? 理解しがたい言葉だが……」


「つまり、フランチェスコが力を与える何かを持っていて、そいつを使って執行者を作り出してるって話だ。じゃなきゃ、あの男が行使する力が、俺が知ってる分体と比べて自由すぎる」


 空を飛んだり、ビームを放ったり、バリアを作ったり、立体映像を作ったりな。

 あいつだけファンタジーじゃない。SFなんだ。


「これはな、ザクサーンのアブラヒムもそうだ。こいつはザクサーン教の指導者な。何度か会ってるんだが、こいつも神出鬼没で色々な場所にいきなり現れる。空飛ぶ円盤みたいなので移動してるんだな」


「ユーマ様、ザクサーンの狂戦士に関しても何か知ってるんですか!?」


 質問はサマラから。


「あれは、人間を特攻兵器に変える魔法か何かだろ。キーになるのが、ザクサーン教の信者ってことなんじゃないかと睨んでる。だから、弾数はザクサーン教徒と同じ数。だけど使い切ったらおしまいだから、出し惜しみしてる。じゃないと狂戦士がどこからでも出てくるっていう、あの神出鬼没を説明できない」


「なるほど! 流石は灰王様だぜ! サッパリ分からんが!」

「我らは灰王様についていくぞ! 状況がサッパリ分からんが!」


 ゴブリンキングどもはおバカだが気持ちのいい奴らである。


「でな。こいつらがそろそろ、リミッターを切って本気で来るだろって話だ」


「灰王、そりゃあんたの思い込みなんじゃないのかい? ここまで、どうも信じられないような話ばっかりだよ」


 ドワーフの長、ダナが疑問を呈する。

 精霊界からやって来た彼女たちだが、世界の状況をこのひと月ふた月で勉強し、随分詳しくなっているようだ。


「そうだな。じゃあ、そいつら全部と真っ向から戦ってきた俺の勘、これが証拠だ」


「話にならないね……と言いたいところだけど、うちらの軍は、あんたの勘で動いてきているからね……。正直、相手はたかが人間とは思えないところもあるみたいじゃないか。エルド教とやらの連中なんか、見たことも聞いたことも無い武器を使うとか?」


「うむ。あいつらが使うテクノロジーは、正直うちのゴブリンや獣人、リザードマンの天敵だ。亜竜だって落とされかねないな。ありゃ、このまま武器なんかが発達していけば生まれるっていう、未来の武器だよ。連中はそれを先取りして作り出す力がある」


「そいつは……実際に、鹵獲した武器があるからね。信じられる話だよ」


 ドワーフたちは、エルド教の武器を手に入れていたらしい。

 アンブロシアがニヤッと笑ったから、彼女がどうやらネフリティスまで行ってかっぱらってきたようだ。

 

『死を恐れぬ兵士、彼らを強化しうる技術、そして我ら精霊界の神秘と戦える魔法と武器。これを彼らが有していると言う訳ですね』


「ああ、これから本気でそういうのを出してくるだろう」


 俺は、ディアマンテ上空で突撃してきたドローン、そして水中で襲い掛かってきた潜水服の人間たちを思い出す。

 一つ一つなら対処は可能だ。


 だが、全てがまとめてやって来たならどうだろう。

 大変厄介なことになる。


 今は、灰王の軍の動きが極めて迅速な為、先手を打ち続けて来られているだけだ。

 これを……俺は、常に人間の軍相手に対等以上に戦えるようにしたい。

 条件としては、巫女が一人もいなくなっても、戦えるようにする。


 今まで頭の中でモヤモヤしていたものを吐き出した形だ。

 我ながら突拍子もない話だとは思う。

 だが、誰も笑ってはいなかった。


「我ら獣人族は、灰王に武勇を捧げる誓いを立てております故」


「我らリザードマン、灰王のご判断を全面的に支持すル」


 ドワーフたちは、エルド教の武器を解析し、相手が間抜けな人間というだけではない事を実感している。

 今までの勝利は、単純に、


『相手が分断されていた』

『こちらが先手を打ち続けた』

『相手がこちらを知らなかった』


 というだけだ。

 これからは違う。

 まあ、人間同士で争っている余裕は無くなるんじゃないか。


 その分、こちらも人間を滅ぼすくらいの気概で臨まなければ、いつ足元が危うくなるか分からない。

 ただ一人だけ。

 エルフの長老は、疑いを抱いているようだった。


「馬鹿な……。人間がそれほどの力を持っているはずが無い。我らは古き時代から、人の世に姿を現す事もあった。彼らは原始的な精霊の力を行使するのが精一杯の、弱き生き物だったはず」


「そりゃ、各宗教はこの世界の理に縛られて無いからな。あいつら全員、俺と同じなんだよ」


 長老が、ギョッとした顔をした。

 俺も、話しながら気付いた事だ。


 奴らはもしかすると、全員外の世界からやって来たのでは無いか。

 それぞれ、仲違いしながらもなんとか三つの宗教で、世界を染め上げて行っていたのだろう。


『灰王殿も、この世界の理からは解き放たれておりますね』


「よく言われる。フランチェスコなら分体を与える力、アブラヒムなら人を狂戦士に変える力、エルド教のボスは未来の技術。で、俺はこの剣」


「灰王様だけしょぼくないか?」

「ばっかお前、灰王様に聞こえるだろ!」


 聞こえてるぞゴブリンキングども。


 まあ、何と言うのだろうか。

 奴ら三大宗教の連中が、他人や世界に干渉する力を持っているとすると、俺はこの切っ先が届く範囲に於いて無敵という力。ごく個人的な狭い範囲の力だ。


 しかも俺の力の場合、与えられた力じゃないだろ、これ。

 俺がコツコツゲームで積み上げてきた剣術熟練度と、アルフォンスからもらったバルゴーンの力だ。


「俺がいるんだ。俺以外にこういうことが出来る奴がいるってのも不思議じゃない」


 俺は誰かに呼ばれてここに来た。

 あいつらも、誰かに呼ばれてここに来たのか。

 誰に呼ばれた?


「うーむ……」


 エルフの長老、大変難しい顔をした。

 こりゃ中々の堅物である。説得には時間がかかるぞ、と思った時である。


「たっ、大変です!! 森が……エルフの森が!!」


 飛び込んできたのはアリエルだ。

 肩や頭に葉っぱがついているが、それはこの火竜の山付近には生えていない植物のもの。

 つまり、パスを通って森から森へ移動してきたことになる。


「どうしたのだ、アリエル」


「長老、人間たちが大勢で、森を囲んで……! その多くが、魔法を使っています!!」


「なんだと……!?」


 うわ、動きが早い。

 フランチェスコが動き出したのだと俺は確信した。俺がドローンとやりあった件から、こちらの動きに注目していたのだろう。

 長老にとっては、痛い教訓になってしまうかもしれない。


「よし、動くぞ」


 俺が立ち上がると、巫女たちが続く。


「行こう、ユーマ! エルフさんたちを助けなくちゃ!」


「頑張りましょう! 木を燃やさないように注意しなくちゃ……」


「驚いたね、ユーマの話の通りじゃないかい? こちらも油断はできないね」


「では、これにて会議を終了する。各々、種族に通達を。戦を始めるぞ!」


 ローザの言葉と同時に、獣人、リザードマン、ゴブリンが立ち上がった。

 灰王の軍が動き出す。

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