第104話 熟練度カンストの入浴者
ひとまず停戦は成った。
仮初とは言え、世界に平和がやって来たと言えよう。
人間は、共通の敵である灰王の軍が出現した事で、互いに争う事を止めた。
だが、人間同士も完全には信頼しあえない以上、灰王の軍とも戦い続ける事は上策ではない。
そこへ灰王の軍からの停戦通告がやって来て、世界は互いににらみ合う状態で停滞した。
これが平和である。
この場にいるのは、俺、リュカ、マーメイドのプリムとエルフの長老、そして緑竜だ。
「では、軍の管理権限はプリムと、長老と緑竜に分配するので、よろしくやってくれ」
「はいー」
「ふむ、また見事に戦いを収めたものだな……。私はもっと、人間たちは物分りが悪いものだと思っていたが」
「連中、この世界の人間じゃ無いよ多分。何らかの目的があって、宗教を運営してる。で、世の中を俯瞰で見てるから、俺の提案に利があると思えば受け入れる。お互いウィンウィンってわけだ」
『ラグナ、ザクサーン、エルドの教えですね。では我々も、灰王殿のお考えを踏襲するとしましょう。それで、灰王殿と巫女の皆さんはどちらに行かれるおつもりで?』
「ああ。前々からその予定だったんだが、東のほうに行く用事があってな」
「風の精霊王ゼフィロス様が、私に東に行けって言ったの。だから、その言葉にようやく従えるなって思って」
俺の言葉に、リュカが続けた。
すると、エルフの長老が目を細める。
「古来、精霊王は属性そのものを象徴する存在だった。属性の力を司る四竜には確固たる自律意思があるが、精霊王はもっと、現象に近い存在だ。それが言葉を伝えるとは、聞いたことが無いな」
「リュカがそういう啓示を受けたっぽいシーンには、俺も居合わせた。それから、俺も巫女を四人を守れ的な夢を見た気がするけど。まあ、何者かの意思なのかもしれない」
そして、エルドの管理官であるマリアが、あの女と呼んだ存在のことも気になる。
それって、フランチェスコがあれとか呼んでいたから、連中はそれを警戒しているんだろうか。
個人のことなのか、集団なのかは分からない。連中は、俺がそいつと関わっていると考えている節があった。
ふむむ。
俺をこの世界に呼び寄せた存在も、声色自体は女っぽかったような。
それに、呼びかける言葉の内容はちょっとデジタルだったりして、それはフランチェスコが魔法を発動する時のキーワードに似ていたような気もするんだよな。
「旅に出るという事か。それも良かろう。灰王殿は少々働きすぎだからな。たまには骨休めをするのも良い」
うむ。俺は生き急いでいるんじゃないかというペースで、この世界を駆け抜けたな。
今までの人生で、これほど忙しかった記憶はない。
「ただし、アリエルは連れて行くように」
「えっ、連れてくのか」
「無論だ。あの娘は、ああ見えてエルフの中でも高い魔力を持っている。お主の子供を産んだとしても、強い魔力を受け継がせることが出来るだろう。巫女に手出しはできないかもしれないが、アリエルならばどうとでもしていいぞ」
「ほ、ほほう」
俺はモワモワンっと妄想する。
リュカがお尻をつねってきた。
「痛い!!」
「そっ、そうゆうのは良くないと思う! えっと、その、上手く言えないけどよくないと思う!!」
「あっ、分かりました」
俺はリュカさんの訴えを全面的に受諾することにした。
泣きそうだったので。
「尻に敷かれているな」
「リュカ様のお尻素敵ですもんね」
『お尻に敷かれていますねえ』
こらっ、三人でヒソヒソするんじゃない!
しかもうち二人は竜だろっ! 俗なことをするな。
「で、ではそのようにするので、後は任せる。解散!」
俺はそれだけ告げると、リュカの背中を押しながらその場を離れることにした。
やって来たのは、エルフの森に設けられた俺たちの住まいである。
巨木の
何故か最初からアリエルの部屋まで用意されていたのだが、これが長老の用意周到な罠だったのだろう。
「お帰りなさいユーマさん、リュカさん。皆さんお待ちかねですよ」
出迎えたのはアリエルである。
彼女は大変フットワークが軽い。
細々とした仕事から、他の種族同士の連絡を取り合い、人間関係というか妖精関係を調整したり、人間側との連絡を受け持ったりしている。
これと同じくらい忙しいのはローザで、彼女は主に灰王の軍を国家として成立させるべく、各種族の知識人を集めて、助手に学者のエドヴィンを従えて日々立法を行うべく仕事に励んでいる。
暇なのは約二名である。
アンブロシアはぶらぶらと森の中を散歩しており、森の中ゆえ船もないため、手持ち無沙汰そうである。
サマラは……放っておくと俺の寝込みを襲って大変嬉しい……いや、貞操的に危険な状況を作り出そうとするため、常にリュカの監視下にある。
今は風呂を沸かすという任務を与えられ、アンブロシアともども作業に取り掛かっているはずだ。
「おお、ユーマ。帰ってきたか。リュカも一緒か。むっ? リュカの目元が赤いではないか。何かあったのか?」
ローザがエドヴィンを従えて顔を出した。
随分晴れやかな表情をしている。どうやら立法作業は順調に推移しているようだ。
「あれはもう終わったぞ」
「えっ、終わったの」
「人と違い、妖精たちは純粋だ。人間のように邪智を疑い法で縛るより、互いの特性を明らかにしてそれに従って補佐し合う法にしたのだ」
「ははあ。人間は薄汚いということだな」
「言ってしまえば、無駄な賢さがあるな。幸い、灰王の軍には貨幣制度が無い。さらには、種族ごとに食性も異なり、生活圏ですら違う。均一の法で縛ろうという考えに無理があろう」
「全くですな。いやはや、しかし、ユーマ殿について行ったあの旅が役に立ちましたなあ。私が調べた記録が存外に役立ちましてな。ああ、無論本にする作業もしておりますし、私は最近、ドワーフとリザードマンたちに文字を教えておりましてな」
久々に現れたエドヴィン。大変元気そうだ。
こいつが文字を教えるということは、うちの軍勢、そのうち一つの共通言語を持つようになるんだろうか。
いろいろな種族が、一つの学び舎に通ったりしてな。
夢は広がるばかりだ。
「まあ、あと一週間もあれば良いだろう。それまで、ユーマはゆっくりと羽を伸ばすと良い。サマラとアンブロシアが、今回は頑張っているぞ?」
「私も、湯船を拡張しましたからね! なんと、露天風呂ですよ」
この家に備え付けの風呂は、2~3人が一度に入れる大きさで、生きている木である家から直接生えている。どうやら、アリエルがこれを魔法で大きくしたらしい。
しかも露天とは……!
「ゆったり入れそうだな」
「何言ってるのユーマ? みんなで一緒に入るに決まってるじゃん」
リュカが当たり前のように、何かとんでもないことをサラッと言った。
「ユーマ様ぁ!」
俺の脳が、リュカの言葉を消化する前に、とんでもないのが来た。
サマラである。
おっ、あの、それは下着姿ではないですかな?
俺にまっすぐ突っ込んできて、ジャンプして来る。
「お帰りなさーい!!」
「ぐぅわあーっ」
俺はむちむちした褐色の柔らかいものに押し倒された。
このユーマ、一生の不覚である。全く反応出来んかった。
「ユーマ様、一緒にお風呂入りましょ! 今日のお風呂はすっごいんだから」
「うんうん、あたしとサマラの自信作さね。随時、お湯の入れ替えも出来るよ!」
アンブロシアもけしからん格好である。
彼女は水中で水着のような姿で行動するようになってから、割りと人目が無いところでは、こういう動きやすい服装を好んでするようになった。
これはいかん、いけませんぞ。
「ははは、ユーマ殿、まるでハーレムですな! では、邪魔者はこれで……」
「邪魔者はこれで失礼しますね……」
エドヴィンに続いて逃げようとしたアリエルを、
「シルフさん」
「うわあああっ!? か、風の魔法の使い手である私の支配を受け付けないほどの風の拘束魔法ですって!? ご、後生ですリュカさん、逃げさせてえーっ!!」
リュカが確保したようだ。
おう、アリエルの外堀が埋まっていく……。
「そら、サマラ、ユーマを連れて行っちまいな!」
「喜んでー!」
後ろからサマラがガッシリ俺をホールドして、ぐいっと持ち上げた。
うおー、何たるパワー。
俺の足をアンブロシアが担ぎ、二人がかりで運ばれていく。
ハハハ、これは抵抗できませんなあ。
「そーれ、剥いてしまえー!」
「あっ、ユーマ様ってやっぱり結構たくましい……!」
「あーれえー」
俺は悲鳴をあげた。
おかしい、普通逆では無いのか。
「私もやるー!」
リュカ参戦!!
かくして俺はあられもない格好にされてしまい、
「むうっ……! 貴様ら、下まで脱がすのはやりすぎでは無いのか……? むむむ……ほう、こうなって……」
「お、おお、お……あたし、初めて見るよ……」
「ああああ、アタシだって、その、大人のは初めてで……!」
「きゃーっ……! ゆ、ユーマの……? きゃーっ」
「あの、こ、この空気はなんですかね?」
そんな流れで、風呂に入ることになったのだった。
風呂があった空間が大きく開かれ、外に向かってせり出している。
湯船は大きく広がり、その大半を外に向かってはみ出させている。
ちょうど、時間帯は日が暮れた頃合い。
木々の合間から、星空が覗き始める。
「えいっ」
水音がした。
一番風呂の俺の後ろから、ざぶざぶとお湯をかき分けてリュカがやってくる。
「ふふふ、ひろーい! あったかーい」
「リュカ様、抜け駆けです! むむむ、転んでは命にかかわる……」
「お湯は半分火の精霊が関わってるから、別に大丈夫なんじゃないのかい? さあさ、みんなでユーマを囲もうじゃないか」
「う、うむ。まあ、たまには皆で入る風呂というものも良いかもしれんな」
俺を囲むように、右隣にリュカ。左にサマラ。斜め前に、アンブロシアとローザ。
それぞれに、胸元や腰回りやら、個性があって大変よろしい。
眼福である。
「あっ」
「あっ」
「あっ」
「あっ」
四人の目線が、俺に注目する。
あっ。
いかんいかん。
俺が大変な事に……!
「おっ、男の子だもんね! 仕方ないよねっ」
「りゅ、リュカ様、そう言いながら凝視するのはどうかと! その、気になるのは仕方ないですけどっ」
「ひええっ……! あ、あんなになるのかい……?」
「…………!!」
そんな光景の背後で、一人まったりと湯船を満喫するアリエルである。
「ま、まあ、これは君たちがミリョクテキであったという証左だよ。決してハズカチク無い」
「ユーマ、変な喋り方になってるよ?」
「気のせいだ」
そういうことにしておこう。
何ともまあ、これは紛うことなきハーレムなのであった。
俺の人生にこれほど大きな幸運がやってくるとは。さては俺は明日死ぬのか。
なんて思ってしまう夜なのであった。
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