第93話 熟練度カンストの祭り人

「よし、トロルよ。一つ頼みを聞くのだ」


「なんだおめ、いきなり。馴れ馴れしいど。そもそも誰だ、おめ」


「俺は戦士ユーマ。一応火竜ワイルドファイアに認められた男だ」


「わー! わーわーわー!! そっ、その名前をみだりに口にするでねえ!! おらが山が更地になってまうべ!?」


 ワイルドファイアめ。

 一体どれほど恐れられているというのか。


 俺よりも頭二つ分は大きなトロルが、大変狼狽してしまっている。

 そいつの周囲の岩もゴゴゴゴゴ、と動き出して、


「うひゃあ」

「火竜の名前を口にした奴がいるど」

「火竜が来るかもしんねえど」

「世界の終わりだべ」


 とか頭を抱えてわめき始めた。

 ここはもしや、トロルの集落だったのだろうか。


「でな、トロル。一つ頼みがあるのだ」


「な、なんだべか」


「うちの亜竜が腹が減って困っている。食い物をもらえないか?」




 俺はトロルどもを従えて、のしのしと帰還してきた。

 トロルの一人……いや一体が、レイヨウのような動物をぶら下げている。


 彼らの使う、土の魔法で狩ったのだ。

 俺の姿を確認したのか、亜竜が顔を上げてグオ、と鳴いた。


「おう、飯を持って来たぞ。食え食え」


「ひいやあ、ありゃあ火竜の眷属でねえか」

「有翼種の上位レッサードラゴンなんて連れてくんなど!」


 わあわあ騒ぐトロル。

 なんだなんだ。案外ビビリだな。


「貴様の感覚が麻痺しているのだ」


 ポカリと頭を叩かれた。

 見れば、亜竜の上に乗ったローザである。


「時折思うが、貴様、恐怖と言うものを感じておらんのでは無いか? 平常であれば、私が跨ったこの亜竜でさえ恐ろしい怪物だぞ。だが、貴様はそれどころか、亜竜の長である天を衝くような火竜に立ち向かったそうではないか」


「いや、俺だって怖い事は……」


 指摘されて初めて気付く。

 そう言えば、俺はこの世界に来てより、何かを恐れた事があったか?


 断言できる。

 無い。


 どのような窮地に陥っても、常に頭は冷えたまま、勝利の一手を探して動き続けていたように思う。

 元の世界の俺はどうだっただろう。

 ゲーム以外に無気力になってはいたが、まだまともに恐怖を感じる人間だったのではないか。


「俺は理性で、危険を認識してはいる。だが……確かに恐怖を感じないな」


「やはりか。それは人として欠陥があると言う事でもある。だが……その性質が故に、世界の理を相手取って戦い続ける事が出来ているのかも知れんな」


 ローザは俺を肯定も否定もしない。

 なんと言うか彼女、大人なのだ。

 そして、食事を始めた亜竜から降りると、てくてくとトロルたちに近づいていった。


「いらぬ混乱を与えた事を、まずは詫びよう。私は当代の土の巫女、ローザリンデだ」


「おお! ようやく話せる相手がやって来たど」

「土の巫女かー。思ってたよりも、全然ちっこいだな」


 質量で言えば、トロルの十分の一くらいしかないだろうな。

 それくらい、トロルたちとローザは、余りにも大きさが違う。

 しかしローザは毅然と胸を張り、じっとトロルたちを見据えている。


「うん、おらたちも馬鹿でねえからな。おめが強い力を持った土の巫女だって分かる。で、後ろさいる男は、なんか計り知れねえ奴だってのも分かる」


「ああ。こやつが話したとは思うが、火竜に認められた男だ。既に火、水、風の妖精族からの承認を得て、彼らの王となる事が決まっている」


「ほおー」


 トロルが目を丸くした。


「あの偏屈なエルフと、気難しいドワーフが同意しただか! ははあー。こりゃ本物かもしれねえだなー」


「うむ。故、貴様たちにも我が、灰色の王の軍勢に加わってもらいたい。本日はこの件を要請するためにやって来た」


「ほおー。そら、実績があるのは分かっただども、おらたちはおらたちで、そうすんなりと行けねえ理由もあるでな」


「聞き及んでいる。貴様らが至上とする、野蛮な試しとやら、我が灰色の王は自ら受け、これを征するつもりでいる」


「ふむん、なら話は早いだな。来るだよ」


 おお、話の展開が実にスムーズだ。

 交渉ごとはローザに任せておけば間違いないな。

 相手の人となりを見ながら、的確に事を運んでくれる。


 そんな訳で俺たちが連れて行かれたのは、山の頂上……ではなく、なんと地下深くである。

 怪しげなガスが吹き上がっており、暗闇のはずの地下洞穴。これがぼんやりと壁面や天井が光って薄明るい。


 トロルは闇を見通す事が出来るそうで、しかも皮膚で振動を感じ、昼日中と変わらぬように動き回れるのだ。

 同じような事は、ローザにも可能だ。

 彼女は人間なので、土の魔法によって擬似的にトロルの身体能力を再現している。

 

「奥深く……随分広大な空間が広がっているようだが。ユーマ、足元に気をつけるのだ。私の手に掴まるがいい」


「ではお言葉に甘えまして……ここかな?」


「ひゃっ!? ばかものっ! わ、私のお腹にしがみつくな!」


「痛い! いきなりチョップをしてくるのはいかがなものか」


「ええいうるさい! 貴様はデリカシーと言う物が足らん!」


 暗闇で俺の頭にチョップを連打するローザ。

 うむうむ。

 辺境伯時代と比べて、明るくなったものである。


「おーい、ちゃんとついてくるだよー」


「むっ、済まぬ済まぬ」


「今行くぞ」


 気を取り直して案内される俺たちである。

 しっかりとローザの手を握っていると、彼女が先導してくれる。

 徐々に闇にも目が慣れてきて、天井や壁面の薄明かりでもこの空間を見渡せるようになった。


「いや……これは広いな。天然の洞窟と言うか、まるでこのために掘った人口の空間だ」


「んだ。ここはもう、土の精霊界だべ。おめも知ってるべ? 混沌界と精霊界はもう、深く繋がってしまっただ。だから、ここは地上と地続きになっただよ。ほうら、見えてきた」


 空間が徐々に開けていく。

 天井が高くなり、まるで宮殿の様相を呈していった。


 その空間の中心、デジャヴを覚える光景だ。

 巨大な生物が鎮座している。


「地の四竜か……」


「うんむ……。レイアの御使い、緑竜様だべ」


 おおー!

 それは、まさしくドラゴンって感じのドラゴンだった。


 緑の鱗に、黄金の角、やはり金色に輝く瞳が俺たちを睥睨している。

 翼はあるが、火竜と比べると小さめかもしれない。体の大きさは劣らないくらいある。


 これで四竜全部と会った事になる。

 ……いや、風の竜とはまだ会ってないな。


『来ましたか、灰色の王よ。そなたの事は、火竜と水竜より聞き及んでいます』


 大変上品な声が響いた。

 なんか田舎のおっちゃんって感じのトロルたちだが、その上司が上品だというのは実に不思議な印象を受ける。


『そなたには、これより試練、”大地の祝祭”に挑んでもらわねばなりません』


「大地の祝祭……?」


『土の精霊女王、レイアに奉納する一種の祭りです。トロルを初め、土の精霊界に存在するあらゆる妖精たちの代表が集い、己の力を示しあいます。この祭りにて、そなたの力を示し、土の妖精たちを従えるのです』


 なるほど、合理的である。

 土の妖精たちが参加する重要な祭りにおいて、俺が誰よりも抜きん出た実力を示せばいい。


 確かに、そうすれば妖精たちも俺に一目置くことになるだろう。

 火竜の名を使って脅すような真似は、本来やりたくはない。


「祝祭とやらは、どのように進行するのだ?」


『私が舞台を作り上げ、祭りの始まりを宣言します。それより、決められた武具を持って、各種族の代表者が己の力を示しあうのです』


 なんとなく、俺の中のイメージは奉納相撲。

 大体間違ってはいないだろう。

 ところで、土の精霊界では、精霊女王レイアが緑竜よりも上位なのだろうか。


 火の精霊界は精霊王アータルよりも、感覚的には火竜の方が上だったような……。

 水はよく分からんし、風はそもそも会ってすらいないが。

 俺が思っている事を察したのか、ローザが答えてくれた。


「四竜は精霊の力の権化だ。同時に、四王は精霊の力そのものでもある。共に表裏一体であり、どちらが上と言う事は無い。言い伝えでは、同一の存在であると言う話もある」


「なるほど……」


 では、俺たちがその祭りとやらをやっていたら、レイア本人もやってくるかもしれないのだろうか。

 なんとなく、土の精霊女王と言うのがイメージが湧かない。


 ゼフィロスはスーパーセルだったし、アータルは炎の巨人だった。オケアノスは海に発生した巨大な渦潮だった。

 女王とは言うが、綺麗なお姉ちゃんの姿だったり……はしないのだろうな。


『演技を見せましょう。これ』


「へへー」


 トロルが二体ほど出てきた。

 手には、いかつい棒を持っている。

 ふむ……?


 あの棒、切れ込みが入っているな。

 あれでは、力いっぱい打ち込むと折れてしまう……なるほどな。

 俺はこの祭りの意図を理解した。


『向かい合って……始め!』


「おおおー!!」

「むおー!!」


 向かい合った二体のトロルが、棒を振り上げて突撃する。

 そして、防御など考えもしないかのように、棒を互いの体に叩き付けた。

 すると、澄んだ音を立てて棒がへし折れる。


「おお、これは……」


 ローザもこの音に驚いている。

 この祭り、戦いを模した動作をすることで、武器を破壊する事が目的なのだ。


 いや、武器と見えるが、この棒が祭りの道具なのだろう。

 そして折れた時に、このような透明感のある音を立てる。


『より速く、相手の体に武器を当てる。これも大事です。ですが、何よりも重要であるのは、いかにしてこの音を奏でるか。どうですか?』


「面白いな。いかに棒の特性を見極めるかが重要という訳か」


 俺は進み出て、折れた棒を拾い上げる。

 断面がガラス質になっていた。

 木の棒では無く、陶器のような素材だ。


 これならば、参加者の体格など関係無い。

 より、棒を熟知し、扱う腕に長け、そして美しい音を奏でられるものが優れているとされる。

 そんな祭りだ。


「ユーマ、ひどく難しそうだが……やれるか?」


「こいつを剣だと見立てればな」


 俺としても、折れる事が前提の剣を扱うなど初めてのことだ。

 何より、いかにして美しく音を立てて折るかを競うなど。


「だが、挑戦し甲斐はある。やろうか」


 俺は宣言した。

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