第92話 熟練度カンストの空戦人

 亜竜は飛ぶ。

 一路、俺たちが割りとしっちゃかめっちゃかに掻き回したエルフェンバインへ。

 噂によると、国民を見捨てて逃げようとした王家の権威が地に落ち、今はディアマンテとアルマースが介入して何とか国家を運営しているようだが。


 ちなみに、俺とリュカが世話になったヴァイスシュタットは、ディアマンテとアルマースから立ち寄る人間が増えたために、大変景気がいいらしい。

 国家的には独立性を失った感じだろうか。


「その辺りどう思うローザ」


「うむ。エルフェンバインとしての王国は、もう終わりだろうな。あれは、ディアマンテとアルマースが折衝するためだけの場所として、これからは存在するようになるだろう」


 己が守ってきた民は、うちの軍勢に所属する事になったため、ローザは完全に他人事として語る。

 彼女が恩義を抱いていたのは、死んだ前の王様だったそうだから、まあ仕方ない。


 新しい王様もローザを重用していれば良かったのに、ディアマンテに媚びようと思って下手に冷遇するからこうなるのだ。

 ローザが元々巫女で、ラグナ教がいい顔をしないから彼女から地位を剥奪した。

 さりとて、ケラミスは欲しいから地下に幽閉して作らせていたと。


 エッチな事になっていなかったのは、ローザが子供を産んだりすればケラミスを作り出す力が失われるから、万一を恐れての事だろう。

 大変けしからん王様であった。


「ところでユーマ、気付いているか? 何かよく分からないものがさっきから、近くを飛んでいるのだが」


「ほう」


 鳥かな?

 ローザの言葉を受けて、俺は周囲を見回す。


 ちょっと距離があるところを、何かが飛んでいる。

 一見すると手のひら二つ分くらいのサイズで、翼らしきものは見えない……。


「あ、ドローンだあれ」


「ドローン……? なんだ、それは? あの生き物の名前か?」


「いや、生き物じゃない。あれはフランチェスコかアブラヒムの使いだな。襲ってくるぞ」


 そいつらは、明らかに生物ではない。

 幾何学的な形状をして、プロペラのようなものによって浮遊している。

 亜竜の飛行についてきているのは、恐らく分体を乗り移らせて速度を上げているせいか。


 こういう、文明レベルを超越したものは、エルド教じゃなきゃラグナかザクサーンしかあるまい。

 前々から思ってはいたが、あいつら絶対にこの世界の人間じゃないだろ。


 むしろ、俺が元いた世界よりも未来から来ている可能性すらある。

 あー、UFO呼んでたりしたし、絶対未来だろうなあ。

 じゃあこれってファンタジーじゃなくてSFか!


「ユーマ考え事をしている場合では無い! 来たぞ!」


「うひょお」


 肩アーマーを必死にぺちぺち叩くローザ。

 俺は咄嗟にバルゴーンを抜いた。


 うおー!

 アーマーが邪魔だー!!


 振り抜く切っ先で、飛来したドローンを斬り裂く。

 するとそいつは、よく分からないエネルギーみたいなのを撒き散らしながら小さな爆発を起こす。


 まだまだいるようだ。

 次々に地上から上がってくる。


 うむ、流石はディアマンテ上空である。

 俺たちがやって来る事を見越して、フランチェスコが仕掛けておいたに違いない。

 あの謎エネルギーは間違いなく分体だろう。


「ローザ、悪いが鎧は捨てる!」


「なん……だと……。自信作だったのだが……」


「いや、嵩張りすぎてこれを着ていたらお前を守れん」


「……! そ、そうか、なら仕方あるまい」


 ということで、肩アーマーを剣でぶった切って強制パージである。

 これで肩から上が自由に動く。

 まだマシである。


「次からは、ユーマの動きを妨げないアーマーにせねばな」


 まだアーマーを作る気なのか。

 ひょっとしてローザ、結構お茶目な性格だったりするのだろうか。


「肩にトゲとかいるか?」


「忙しくなってきたからとりあえず静かにしててくれないか」


 ビュンビュンと俺たちに向かって特攻してくるドローン。

 流石にこのサイズだとビームが撃てないのか?


 亜竜の方がでかいのだが、こいつはドローンに体当たりをされてもさっぱり効いている様子は無い。皮の分厚さが違うな。

 俺たちの場合、ドローンに突き飛ばされると落ちて死ぬ。


 致命的である。

 バルゴーンを双剣にして、右と左でガンガンとドローンを叩き落していく。

 一匹でもガードを抜けて体当たりしてきたら、そこでジエンド。


「ああもう! ローザ、前に来い! 後ろじゃ目が届かん!」


「う、うむ!」


 ローザが恐る恐ると言った動きで、俺の腰にしがみついたまま移動してきた。

 そこへ飛び込むドローン。


「ええいドローン、嫌らしい所に来やがる」


 俺は慌てて左手の剣でそいつを叩き斬る。

 大きく体勢が動いたせいで、ローザの下半身が外側に向けて投げ出されるような体勢になった。


「きっ、きゃあああああああ!!」


 うおっ、ローザが女の子っぽい悲鳴を!

 俺は慌てて彼女の襟元を掴むと、思いっきり手元へ引き寄せた。


 一瞬前までローザがいた所を、ドローンが通過していく。

 やべえ。


「し、し、死ぬかと思った……。私の命などどうでもいいと思っていたはずなのだが……。心の準備が出来ていないと、こうまで恐ろしいものなのだな」


「いや、ローザ、そんなに固くしがみ付かれると動きが……!」


「すっ、すまない! だが、て、手が思うように動かないのだ!」


 しがみ付いた姿勢のままで、体が固まってしまったらしい。

 極度の緊張で強張ってしまったのだな。


 これはいかん。

 俺は必死に思考を巡らせる。


「亜竜!」


 グオ、という暢気な返事が来た。


「もっと速く飛べるか!? あのドローンどもをぶっちぎれるか?」


 すると、亜竜は自信ありげにグオ、と鳴いた。


「よし、やれ!」


 俺が許可を出す。

 すると、亜竜は一瞬、羽ばたきを止めた。

 その直後、翼が、尻尾が、そして亜竜の頭部が変形する。


 流線型に、鋭い鏃のような形に変化していく。

 俺は慌てて、ローザを抱き寄せたまま亜竜の背に身を伏せた。

 そして、亜竜の咆哮が響き渡る。


 凄まじい風の圧がやって来た。

 すぐにバルゴーンを消し、ローザの上に圧し掛かるような体勢で固定しながら、俺は必死にしがみ付いた。

 視界の端を、ドローンが後方に向かって流れていく。


 あちらも加速したようだが、追いつけない。

 直線距離を飛行する速度なら、亜竜が圧倒的に速いという訳か。

 いやはや、とんだ空中戦だった。


「むぐぐ、い、痛いー」


「我慢しなされ」


 押しつぶされた形のローザがもぞもぞしている。

 うちの巫女たちで一番スレンダーなので、こうやって俺がカバーになって覆い隠せるのだ。


 これがサマラだったら二人まとめて吹っ飛んでいるところだった。

 スレンダー万歳である。


 やがて、亜竜は飛行速度を緩めていった。

 再び翼を広げ、まったりと空を滑空するようになる。


 なるほど、後方にディアマンテの国境線にある関所。

 国境を越えたようだ。

 今回はこの亜竜、いい仕事をした。後で名前をつけて今後も重用しよう。


 俺が体を起こすと、鎧にしがみ付いたままのローザも起き上がってきた。

 あっ、顔に跡がついている。

 なんだか間抜けである。


「ひい、ひい、ひどい目に遭った……。空とは、恐ろしいものなのだな……」


「普通はああいう事は無いと思うがな」


 ゆっくりと彼女の指を、一本ずつ鎧から離していく。


「私は土の巫女。やはり空は相性が悪い……。早急にエルフの森と各地の森を繋げて、地上を移動できるようにせねば」


「その前に、トロルたちを仲間に加えなきゃな」


「ああ。トロルとやらがどのような者たちなのかは知らぬが、交渉であれば任せておけ。だが、エルフの長の話では、必ず貴様の腕が必要になりそうな雲行きだな」


「ま、そこは役割分担って奴だ。荒事は任せておけよ」


「そうか。頼りにしているぞ?」


 どっちが上なんだか。

 長年で身についた、領主の風格のようなものがこの女にはある。

 可愛げみたいなものがちょこちょこ分かってきたんだが、それでも付き合いづらい御仁なのかも知れんな。


 俺たちがこれからについて会話する間にも、亜竜は目的地となるエルフェンバイン北部の山に辿りつく。

 すっかり周囲は夕方。

 気温も下がってきており、大変冷え込む。


「寒くて叶わんな。早くしたに降りよう。私の力で幾ばくかの暖を取る事が出来る」


「そうか。よし、降りてくれ」


 俺の言葉に従い、亜竜は降下して行った。

 山裾に着地する。

 そして、グオ、と鳴いた。


「なんだ、腹が減ったのか」


 火竜の眷属たちは、基本的に体に内燃機関を持っている。

 食事をしなくても、酸素と何らかの可燃物を食べて、燃やして活動のエネルギーとして生きているのだ。


 だが、本気を出して動くなど、多量のエネルギーを消費した後は食事が必要になる。

 ここで一眠りと思っていたが、亜竜の食事を探す必要がありそうだ。


「ちょっと一狩り行ってくる。例の暖を取れる奴を作っておいてくれ」


「分かった。気をつけろよ。ここは既に、土の妖精の領域だ」


 亜竜とローザを後に、俺は山間をぶらぶら歩き回る。

 狩りとは言ったが、どんな動物がいるのやら。

 普通の動物であれば俺を怖がるから、狩るのもちょっと大変だったりするのだが……。


「おい、おいおめ」


 いや、大変だ。

 動物なんかいるのかってほど、高山植物がちょっとと、岩地しかないではないか。


 おっ!?

 遠くに、四足の動物が見えるような。


「おい、おめ、どこから来ただか」


「レイヨウかな……」


「おめ、こら、無視すんなど」


「いや、空耳かなと思って」


「おらは保護色だべからな」


 声は聞こえていたのだが、そこには何者の姿も無かったので、俺だけに聞こえる妄想の声かと思っていたのだ。

 一人部屋に篭りゲームに興じていた頃は、ディスプレイを消した時、何となく孤独を感じ、脳内で人の声を再生したりしたものである。

 だが、こんなだみ声を脳内再生する事は絶対に無い。


「では出てきたらどうだ」


「もういるど」


 俺の目の前で、岩かな、と思っていたものが動き出す。

 岩に良く似た肌質で、しかも図体がでかかったので見誤っていたのだ。


 岩が立ち上がる。

 そいつは、大変大雑把な造形の巨人である。


「ここは土の精霊界だど。混沌界が混じってるだども、みだりに入っちゃなんねえ」


「もしやトロルさん?」


「んだ」


 第一トロル発見である。

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