第94話 熟練度カンストの祭り人2

「安心せよ。肩アーマーを以前よりも盛っておいた」


 祭りの開始前である。

 ローザが後ろを向いて、何やらごそごそやっていたかと思うと、両手にケラミスの肩アーマーを持っていた。


 いつの間に作ったのか。

 いや、今この瞬間に作ったのだろう。

 彼女は土を使って、ケラミスという陶器に似た非常に頑丈で軽量な素材を作り上げる事が出来る。


 これが、ローザの得意な魔法なのだろう。

 そして、素材を作るのみならず、鎧や武器の形に形成することも出来るのだ。

 それがこれだ。


 俺が両肩に装着すると、なんとも世紀末臭漂ういかめしいアーマーとなった。

 やだ、なんだかこの絵面悪役みたいじゃないですか。


「なかなか似合っているぞ。貴様のイメージカラーが灰色なのが悔やまれる。私としては、全身ダークパープルや艶のある黒でまとめてマントの裏地を赤に……」


「ローザは魔王みたいな格好が趣味だったのだなあ……」


「額冠も兜にバージョンアップしよう」


「まあ待て、落ち着けローザ」


「だがユーマ、見てみろ。あのように実にいかめしい外見の者たちが相手なのだ。こちらも見栄えがせねば始まるまい」


 ローザが指差す先である。

 この大地の祝祭に参加しようと、土の精霊界中から集まってくるのだろう。


 トロルの他に、もっとスラッとしていて筋肉質な角のある奴……多分オーガとか、そもそも人間ですら無い、下半身がサソリだったりするアンドロスコルピオとか、下半身蜘蛛のお姉さんアルケニーだとか、確かに厳つい見た目の連中がどんどんやって来ている。


 みんな楽しげに談笑しつつ、それぞれ用意したのであろう、切れ込みが入った棒を携えていた。

 トロルと緑竜が用意した棒が、特に地味だったらしい。

 やって来る連中の棒は、色とりどりにデコレーションされている。


「よう、あんたが火竜に認められたって剣士かい? 見た目じゃ分からんなあ。まあ、近くにいるだけでこう、俺の膝が笑いそうになるからそうなんだろうが」


 気さくに声をかけてきたのはオーガの青年である。

 トロルに負けないほどの上背で、三メートル近い。すぐ隣にアンドロスコルピオがやって来て、


「こいつは半分野生の獣みたいなものだからな。そんなこいつが言うのだ。君は恐ろしく強いのだろう。だが、この祭りは強さだけで勝ち抜けるものではないぞ」


「へえ、案外いい男じゃん? 男って見た目じゃなくて、中身から湧き上がるような自信とか、凄みってのがいいのよね……!」


 アルケニーはいつの間にか隣に来ていて、俺の鎧を細い指先でさわさわしている。


「なんたる破廉恥」


 おっ、ローザがぷんすかしている。


「そのようないやらしい手つきで、私が作った鎧をさすらないで欲しいものだ」


 鎧の話ですか、そうですか。

 俺の回りに色々集まってきて、わいわいと歓談を始める。

 どうやら、俺は注目されているようである。


「そりゃあお前、火竜ってのは精霊界最強の生物だからな。そいつに認められた奴なんて、恐らく何千年ぶりだぜ。お祭りにもなろうってもんだよ」


「なにっ、精霊女王レイアに捧げる祭りでは無いのか」


「そんなもん建前に決まってるだろうが。うちのボスがめでたい事がある度に、こうやってみんなを集めて祭りをするってだけだよ」


 なんだとお。


 俺をダシにして盛り上がるためのイベントであったのか……!

 こういう連中は初めてだな。

 なんというか土の精霊界、大変根明ねあかな空気を感じる。


『集まったようですね』


 厳かな緑竜の声が響き渡る。

 竜は、集まった連中がわいわいと準備をすすめるのを、目を細めながら眺めていたのだが、そろそろ祭りを行える段階になったと判断したらしい。


 その巨体を起こして、天を仰いだ。

 すると、壁や壁面がぼんやりと光っていたものが、強い輝きを放つようになる。


「ありゃな、この世界の天井や壁には、魔力を吸って光る石があるんだ。ボスが魔力を放って、その輝きを強くしてるってわけだな。ちなみに誰が触れても多少は光るんだが」


「ほうほう」


 俺も、まだうすぼんやり輝く壁に触れてみる。

 すると、そこの石は輝きを増す……どころか、スウッと光を消してしまった。


「なにぃ」


「あっ! 珍しいな! お前、全く魔力が無いんじゃないか。今時、動物でも魔力が無いのなんていないぞ」


 オーガが珍しがっている。


 そうか……。

 俺は魔力が無かったのか。

 まあ、この世界の人間じゃないしな。


「お前……魔力が無いのに、どうやって火竜に力を認めさせたんだよ……。うわ、底知れねえ」


 俺からすれば、魔力があるというのがよく分からん。

 そもそも魔法を使っている巫女と、ずっと一緒に旅をしていたが、その点疑問にも感じなかったな。


『では、楽隊、準備を』


 緑竜の声に応じて、影から何やら物々しい連中が登場した。

 構成員は土の妖精たちなのだろう。

 髭を生やした小人もいる。


 そいつらが、打楽器やら弦楽器やらを軽々と担いでいるではないか。

 彼らは楽団なのだ。


 大地に各々の楽器を設置すると、彼らはちょっとしたオーケストラのように展開し始めた。

 その数は、二十名ほど。


「ほう……。妖精の世界にも楽団がいるのか……」


 感心したように呟くローザ。

 彼女は元々貴族だったから、王都に呼ばれた際に楽団の演奏などを見る機会もあったのだろう。

 楽団へ向けて、緑竜が歩み寄っていく。


 その姿が、徐々に小さくなっていった。

 お、お、お……?

 竜の姿が、人間ほどのサイズの……緑のドレスを纏った女に変わっている。


 緑竜……彼女は楽団の前に立つと、すいっと手先を振り上げた。

 演奏が始まる。

 指揮者って事か。だが、奏でられる音楽はクラシックじゃない。なんだか民族音楽めいていて、似たようなものが幾つか頭のなかに浮かぶが、全く同じものを俺は知らない。


「よし、始まりだぜ」


 オーガが俺に囁いた。

 自然と、この空間の中央が広く空けられ、そこに二体のトロルとオーガが進み出てくる。

 互いに、見た目の違う棒を抱えており、音楽に合わせて動き出す。


 ダンスを踊るように足元はリズムを踏み、互いに間合いを伺う。

 こう、音楽が鳴り響く中で戦おうとすると、音にノリを持っていかれるよな。


 互いに機会を狙って攻撃しようとしているのだが……。

 リズムに合わせてしまっている。

 徐々に盛り上がっていく音楽。


 ああ、ここで来るな、と俺は察した。

 案の定、音楽が一際大きく、言わばサビに当たる部分になって、背中を押されたようにトロルとオーガが駆け出した。


 打ち合わせられる、棒と棒。

 それは合わさると同時に、甲高い音を立てて砕けた。


「ああー、イマイチだなこりゃ」


 俺の隣でオーガが呟いた。


「お前も分かるのか」


「まあな。前回のチャンピオンは俺だぜ。耳には自信があんのよ」


 なんと。

 この祭りのチャンピオンということは、恐らくなかなかの腕なのだろう。

 俺を見て膝が笑う、とか言っていたが、実戦とは違うからな。


「てか、一発目でお前分かったのかよ!? タハッ……、おめえ本当にスペシャルだな」


「剣に関わる事だけなら、まあ不可能なことはあまり無いな」


「棒を剣に見立てたって訳か。砕くために振り回される剣なんざありゃしないだろうに! ほんと、面白ぇな! そら、お前さんの番だぜ!」


 どういう順番で決められてるのかは知らんが、どうやら俺の出番らしい。


「ユーマ、期待しているぞ。私の鎧のかっこいいところを見せて付けて来い」


「俺の心配では無いあたり実にローザらしい」


 心強い? 声援を彼女から受けて、俺は舞台に立った。

 相手は、ここに来た時に遭遇した、第一トロルと俺が命名したやつである。


「喧嘩になったらおめに勝てねけども、祭りなら別だど。おめが祭りのルールが分かんね内におらが勝つど!」


 汚い! トロル汚い!

 何とフェアプレー精神の無い男であろうか。

 いや、トロルの性別は見た目でよく分からんのだが。


 無論、外野からのルール説明などあろうはずもない。

 土の精霊界が、暗黙の了解をもって行うお祭りなのだ。大体、盆踊りで詳しい踊り方解説などしないものであろう。それと同じパターンなのだな、と考えておく。


 では、ルールを学ぶにはどうすれば良いか。

 盗むのである。


 目の前で、最初から一撃必殺の気迫を込めた本気モードのトロルがいる。

 こいつから盗む。


 だがいかんせん、こいつはパワーファイターだ。

 出来れば、さっきまで話をしていたオーガから盗みたかったが、贅沢は言っていられんだろう。


「よし行けユーマ! その肩アーマーの威力を見せてやれ!」


 ふむ、俺のアドバンテージは、確かにこの肩アーマーやマント、そして兜。

 本来の動きよりも、俺を大きく見せる効果がある装備だ。


 やってみるか。

 聞こえてくる、リズミカルな演奏。


 緑竜が変じた女が、横目で俺を見つめてくる。

 その口元には笑みが浮かんでいるが、嘲弄する意志は感じない。期待してやがる。


 俺はリズムに合わせて、歩み始める。

 このリズムは、ただの演奏では無いな。ある程度心得が無いと、己のタイミングを持っていかれるリズムだが……。


「何をボーっとしてるど! いただくど!!」


 次の瞬間、地面を蹴ってトロルが飛び跳ねた。

 こいつは驚いた! この巨体で、実は軽量級の戦いをするのか!

 俺はその攻撃を、一歩下がりながら棒の根本、そこを肩アーマーの棘に当てて打ち砕く。


 あまりよろしくない音がした。

 トロルが顔を歪める。


「これだばダメだ! おかわりをくれろ!」


 外野から棒が放られてくる。

 ほほう……。そういうルールか。


 どうやら、相手の体に当て、より一定以上の良い音を立てる事が重要らしい。

 そのためには、切れ込みが入った棒の芯を当てに行かねばならない。

 先程のように、棘によって芯をずらされると、くぐもった音になる。


「仕切り直しだべ! そこに黙って立ってるだよ!」


「お断りだ。大体分かったからな」


「はぁ? おめ、なにを」


 トロルは言い切れなかった。

 俺が踏み込み、奴が握ったばかりの棒を打ったからだ。

 棒の芯と芯がぶつかりあい、甲高く澄んだ音を響かせる。

 互いの棒が折れた。

 一瞬、その場は静寂に包まれる。


「おかわりをくれ」


 半ば機械的に棒が放られてきた。

 これをキャッチしながら、俺は回転する。


「おあ!?」


 棒がトロルの小手部分を打つ。甲高い音を立てて砕け、


「次々に放ってくれ。あるだけ寄越せ。おかわりだ」


 やけくそのような勢いで、俺目掛けて棒が放り投げられてくる。

 俺はそいつを回転して受け取りながら、振り向きざまに上下左右、トロルの脛、腰、肘、胸、肩、頭、そして顔面と、連続して真芯を叩き込んでいく。


 当たる部分によって、音色が変わっていく。

 なるほど、これは楽しい。


 どう打てばどのように音が出るか。

 どう打てばどのように砕けるのか。

 俺は理解し始めた。


 周囲の静寂が、どよめきに変わっていく。

 それはすぐに、空間を割らんばかりの歓声になっていった。

 トロルは棒立ちのまま、叩かれるばかりだ。


 まるで棒とトロルで、そういう一組の楽器であるかのように。

 やがて俺たちの足元に、うず高く砕かれた棒の山が出来上がった頃。

 トロルはがっくり膝を突いた。


「お、お、おらの負けだぁ……! 不意まで討ったのに、こてんぱんにされたど……」


 おいおい泣き出す。

 あっ、参ったな。

 元気出せよ。


 俺が肩をポン、と叩いたら、俺に抱きついて泣き出した。

 うぎゃーーっ、つぶれるーっ。

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