第88話 熟練度カンストの解放者5
俺とフランチェスコは、一瞬も待つことは無かった。
互いに間を伺うとか、そういう次元ではない。
俺は勘とか、雰囲気で相手の隙が何となく分かる。あとはそこに向かって、己の技量を最大限に叩き込んだ不可避の一撃を叩き込んで、一発で倒す。
フランチェスコはどうやら、バリアのようなものを自在に張ることが出来て、こいつが集中するとバルゴーンの一撃すら跳ね返す。
以前に立体映像で姿を表した時、こいつはこのバリアを使って映像を投影していたのだろう。
でまあ、無論フランチェスコも一撃必殺である。
隙があれば確実に殺す俺と、隙を無敵バリアでカバーするフランチェスコ。
中々いい試合カードである。
「っと」
フランチェスコが刹那の間に見せた隙に、俺は踏み込みざまに変化させたバルゴーンの刺突を叩き込む。
当然のごとくそこにバリア。
「ふんっ!」
フランチェスコがビームを放つ。
バリアに阻まれた剣をそのまま横薙ぎに奮って、ビームを弾き飛ばす。
そこから牽制代わりに俺は得物を小剣に変えて、袈裟懸けの一撃。もちろん牽制でも当たれば死ぬ。
こいつは手堅くバリアでガードされる。
俺は握りを軽くして、攻撃を振り切らない。
ほら、俺の動きに合わせて、斜め後方からビームが降り注ぐ。
こいつ、ビームの射出をある程度の空間で、自在にやれるようだ。
俺たちの戦場は、フランチェスコがビームを放つ度に広くなる。
しかし、だからと言って後詰めに控えた辺境騎士団が、横を駆け抜けられる訳ではない。
こいつの攻撃間合いは、この戦場においては無限大に等しいのだ。
俺もわざわざ、仲間のカバーに回っていては攻撃の手数が減ってしまう。
俺が攻撃して奴が防ぎ、奴が攻撃して俺が防ぐ。
あえて隙を作って攻め込ませ、反撃を防いでその隙に攻撃する。
何度かのやり取りをするうちにピンと来た。
「お前、時間稼ぎをしてるだろう」
「ほう……気付いたか」
「俺とお前じゃ、この狭さでやりあったら千日手だ。それにお前、もっとでかい攻撃できるだろ。やらない狙いは、援軍が来る時間を稼ぐ気か」
「お前は危険だ。その力もそうだが、何よりもこの世界にそぐわぬ考え方こそが危険だ。我々がこれまで行ってきた、人類世界を築くプロセスを破壊する思考をする」
「知ったことか。リュカ、俺ごとやるつもりでガルーダを呼べ!」
「ええっ!? こ、こんな狭いところで!?」
俺はリュカの返事を聞かない。
既にフランチェスコ目掛けて走り出している。
普通にやり合っていたんじゃ、守りに集中したこいつを崩すのは難しいだろう。
だが、
「わわっ、が、ガルーダさん、来てーっ!!」
背後に猛烈な風が生まれたのを感じる。
俺はそいつを背にしながら、フランチェスコ目掛けて重剣へと変えたバルゴーンを叩きつける。
「なんのつもりだ!」
「押し通るつもりだ」
「させると思うか!?」
「お前がさせる、させないじゃない」
俺は反動でステップを一歩、次の踏み込みで低く、低く体勢を構えて突っ込んだ。
「俺がやるんだよ」
「ぬうっ!」
フランチェスコが下方へバリアを張る。
そこ目掛けて、思いっきり一撃を叩き込む。
バリアごと、奴の体が宙に浮いた。
「なっ、なんという衝撃!」
そこへ飛来するガルーダである。
俺はすぐさま体勢を整え、ガルーダの背後へ飛び下がる。
「迂闊な! まとめて焼いてくれよう……!」
ガルーダに肉薄されたフランチェスコ、空中から斜め下方のガルーダ目掛けてビームを放った。
風の精霊の集合体であるガルーダは、元々曖昧な肉体をしている。
ビームにやられて、すぐにその存在が霧散する。
ビームの威力は減じていない。
「なっ!?」
フランチェスコにとって、それは想像外に呆気ない手応えだったのだろう。
奴の端正な顔が、僅かに歪む。
そして俺だ。
ビームの飛来を確認しながら、既にその範囲外に抜け出している。
この攻撃のタイミング、速度は覚えた。
ビームは何者にも邪魔されること無く、床を焼いた。
石造りの床を、何層にも渡ってぶち抜くような火力が叩きつけられたのである。
この床が地面の上にそのまま立っているならば、問題は無かっただろう。
だが俺は、この下に地下室があると確信している。
その上に強力無比なビームが叩き込まれたならば、だ。
「崩れるぞ!」
俺が叫ぶ。
リュカが咄嗟に、俺の背中にしがみついてきた。
「シルフさん!!」
リュカの吐息から生まれたシルフが、俺たち二人を、そして騎士たちを包み込む。
その直後に、床が崩れた。
今までの戦いで、フランチェスコのビームや俺の斬撃で傷んでいたこの空間である。
先程の遠慮なしのビームが止めを刺した形になる。
空中に浮遊しながら、フランチェスコは一瞬思考停止状態にある。
それをよそに、俺たちは口を開けた地下への穴に身を投じた。
風の加護に守られて、ゆっくりと降下していく。
「うぬ、させんぞ……!」
追いかけてくるフランチェスコ。
だが、ビームは放たない。
当然だ。ここでビームを放ち、それを俺が反射させれば、地上で壁や床が崩れるのとは段違いの崩壊が起こる可能性がある。
「な……なんだ……!?」
下からざわめきが聞こえる。
「ユーマ殿、下に人がいます! 騎士と……新王陛下……!」
「ほう」
オーベルトの指摘に、俺は目を細めた。
なんだ、王とやらが見当たらないと思っていたら、地下に逃げていたのか。
いや、確かにエルフェンバイン王国とは、王がいなければ成り立たないものだろう。民を捨てて逃げる用意をしていたのか? だとすればある種、頭が下がる思いだ。
「何故ここが見つかった!? い、いや天井を破ってきたというのか!! 貴様ら、この通路は安全では無かったのか!!」
周囲の臣下らしき連中に当たり散らしている。
年齢は、ふむ、俺よりも若いな。
まだ二十歳とそこそこといったところだろう。その若さで、いきなり王としての地位を手に入れたのだ。
まあ普通増長するな。
先王の時代の教育係は、どうやらあまり出来がよろしくなかったらしい。
「むうっ……! 民を見捨てて逃げるおつもりかな?」
俺たちよりも高いところに滞空しつつ、声を放つのはフランチェスコである。
心なしか不機嫌に聞こえる。
おや?
こいつ、部下とか平気で見捨てるタイプの奴に思えたのだが。
「おお、フランチェスコ殿! 約定通り、我が国はラグナを全面的に受け入れる用意が出てきている! 故、俺が無事であれば民など幾らでもラグナ教へ改宗させよう! だから、その侵入者を片付けてくれ!」
「大司教殿! 王がこうまで仰っておられるのです! 何卒、御力を貸して下さいますよう!」
「何たる事だ……」
わなわなとフランチェスコが震えている。
この隙に、俺たちは地上へと降り立った。
オーベルトが今にも、王に向かって剣を抜きそうだ。
何と血気盛んな男なのか。恨みがあるのは分かるが、今は王のことは放っておくべきだ。奴が絡んでいると、どうやらフランチェスコが追ってこないようだからな。
「陛下。国とは何かご存知か?」
「国、だと!? この非常時に何を言っている! 国とは王家だ! 我ら王家が続けば、エルフェンバイン王国は続く! 故、俺は今からアルマースへと身を寄せるのだ! 奴らの力を借り、エルフェンバインを取り戻す!」
「陛下。あなたはご存知無いようだ。国とは何か。それは、民だ」
「何を言っている、大司教……!」
「民がラグナを信じる。それ故に、民は心を一つとし、規律を持って新たな時代を切り開く礎となる。そのためには、上が誰であろうと我ら正教会は構わないのです」
「な、な、何を言っている!!」
きな臭い空気になって来たな。
俺はダミアンをけしかけて、オーベルトを担がせた。
「なっ、何を!?」
「うるせえ。黙ってろ。せっかくあっちでいざこざが起きてるんだ。俺たちは目的を果たすぞ」
「うむ、ユーマ殿はぶれませんなあ」
「これはまさしく歴史ですぞ。ユーマ殿といると胸躍る出来事ばかり……! いや、実に楽しい……!」
ダミアンは俺と並んで走り、学者氏はもう、どれほど書いたか分からないというのに羊皮紙を取り出しては書き付けている。
俺たちが進んでいくと、リュカが前に飛び出していった。
「ユーマ、こっち! こっちから、強い精霊の力を感じるよ! 多分、土の精霊。辺境伯がいるよ!」
「おっ、でかした」
リュカの後に続く。
地下道は、何本かに枝分かれしていて、どうやら地下牢も兼ねているようだった。
それぞれの牢の中には、白骨化した死体があったりして、この地下に入り込んだ時点で、エルフェンバインはその人間を生かして帰す気は無かったのだろう。
だが、幸いというか、辺境伯は生きているようだ。
戦争が起こり、ケラミスの需要が発生し、彼女の有用性が生まれれば王国は彼女を殺すわけには行かなくなる。
「いた! へんきょうはくー!!」
リュカがダッシュした。
ほとんど明かりがない空間だというのに、彼女は呼気から呼び出すシルフで地形を察知し、ソナー代わりにして自由に動き回れるようだ。
うーむ、風の魔法って万能。
だが、少し行けば俺たちにも分かる。
曲がり角から、明かりが漏れてくるではないか。
「その……声は……」
掠れた女の声がした。
いた。
ようやく、いた。
声を聴くのはおよそ三ヶ月ぶり。
以前はこんな、細くて掠れた声では無かったように思うが……確かにその響きは、聞き覚えのある彼女の声だった。
「お館様!」
「お館様、ご無事で!!」
辺境騎士団がラストスパートをかける。
気持ちは分かる。
お前らの悲願だったものな。
しかし、何とも慕われるご領主様だ。
結局、俺とダミアン、オーベルト、エドヴィンが一番最後に到着した。
目の前にあるのは、巨大な檻。
岩に刻まれた空間に、直接鉄格子が焼き付けてある。
檻の中は広大な空間になっており、奥深くはまるで坑道のように掘り進められている。
ぼんやりとした明かりが一つだけあり、それが、彼女を照らし出していた。
地べたに力なく座り込んでいるのは、薄汚れた黒髪の女。
ヴァイデンフェラー辺境伯。
「おお……やはり、ユーマだったか」
彼女は、随分と痩せた容貌を綻ばせた。
「私の民を、守ってくれたのだな……。感謝する」
「どういたしまして」
言いながら、俺はこの檻を切断した。
さて、ミッションコンプリートだ。あとは脱出するばかり……。
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