第87話 熟練度カンストの解放者4

 押し寄せるのはエルフェンバインの騎士たちではない。

 どこかで見覚えのある、黒服と甲冑の連中。


 ラグナ教の執行者と聖堂騎士である。

 聖堂騎士、また増えたなあ。あいつらクローン培養でもされているんじゃなかろうか。


「王様、気をつけろ! あの鎧物凄く強いぞ!!」


「おう、知ってるぞ。だから俺が出てきた」


 真横にいたゴブリンの言葉に、力強く答える。

 すると、回りの軍勢の士気が何やら上がったようである。


「我らの王がこう言っているのだ!」

「押セ! 押セー!」

「王に続くぞ!」


 えっ、俺が突っ切る流れ?

 いや、そのつもりなんだけど。

 それじゃあやりますか。


 俺は片手剣にしたバルゴーンを納刀状態に構える。

 そして走り出した。

 疾走の踏み込みに合わせた、抜刀からの斬撃の嵐。


「灰色の剣ッ」


 叫びかけた聖堂騎士を、振り上げたハルバートごと叩き切る。


「ここから先はッ」


 立ち塞がろうとした聖堂騎士を、真っ向から断ち割る。正面に道が出来る。

 寄り付こうとする兵士たちは、リュカが巻き起こした風が薙ぎ払った。

 俺たちの後ろに道が出来ていく。


「突っ切るぞ、ついて来い……!!」


 俺の言葉を、リュカが余すこと無く軍勢に伝える。

 おおおおおおっ、と俺に従う連中が声を上げ、士気を上げる。


 ぐっと、うちの軍勢の圧力が増した。

 エルフェンバイン軍が王都へと押し込まれていく。


「な、な、何だというのだこの勢いは!!」

「必勝の策なのでは無かったのか!! どうして包囲陣が通用せんのだ!」

「いけません、奴ら、動きが速すぎます! 一切の躊躇なくこちらだけを切り崩しに来ています!」

「ザクサーンの援軍はまだなのか……!」

「まだ、昼にもなっておりません……! これ程の早さで戦場が移ろうなど、誰が予想を……!」


 声が聞こえてくる。

 連中の見積もりが甘かったと言う事であろう。

 相手が人間の軍勢であれば、あるいは右翼、左翼で押し包む陣形は成功したかもしれない。


 だが、こちらは怪物の軍勢である。

 今、突っ込んでいった亜竜の体を駆け上がり、複数の獣人が敵陣の後方へと飛び込んでいく。


 構えていた弓兵たちが強襲されて悲鳴をあげる。

 身軽な獣人たちにとって、人の肩や頭すらも足場と変わらない。

 エルフェンバインの兵士を踏み台にしながら、後方の支援部隊を叩くのだ。


「王よ、先に!」


「おう、行かせてもらう」


 切り開かれた道を、俺が疾走する。

 眼前では、閉まり始めた城門がある。

 俺たちが入ってくる前に、王都への扉を閉ざしてしまおうという考えなのだろう。


 至極最もな戦法である。

 だが問題はない。


 俺は走りながら、バルゴーンを重剣へと変化させた。

 肩に担ぎつつ前傾姿勢になり、閉まりかけの城門目掛けて体ごと剣を叩きつける。


「っらぁっ!!」


 声が出る。

 それだけ、全身を使った一撃だ。


 叩き込んだ一撃に、門がひしゃげ、半ばまで砕ける。

 一人破城槌戦法である。


「ば、馬鹿なー!! たった一人で鉄の門を!?」

「なんだ、なんなのだこいつらは! 古代から培われた戦術のセオリーが通用しない……!」


「ユーマ、隙間を広げるね!」


「おう、頼む」


 着地した俺の横にリュカが進み出て、


「ガルーダさん、お願い!!」


 門に密着しながら、風の大精霊を呼び出した。

 圧縮され、王城方向への強烈な指向性を持たされた風が渦巻く。

 門を繋ぎ止める蝶番が悲鳴をあげ、すぐに壊れて飛び散った。


 結果、王都を守るはずの鉄の扉が、街の中へと飛び込んでいく事になる。

 凄まじい轟音と砂煙。

 これと共に、俺たちは王都への侵入を果たした。


 さて……このタイミングで、連中も行動を起こすはずである。

 俺が視線を巡らせると、街中へ水を引き込む運河がある。

 そこからゴボゴボと巨大な泡が幾つも浮き上がった。


 水路から侵入していた、マーマンとマーメイドである。

 彼らに守られるように、水中からは小舟が何艘も浮上してくる。


「おおー! お早いお着きですなユーマ殿! これは戦略史上に残る迅速な戦いですぞ!」

「学者殿、今はそんなメモをしている暇では……」

「おおいユーマ殿! 我らヴァイデンフェラー辺境騎士団、準備万端にござるぞーっ!!」


 エドヴィン、オーベルト、ダミアン。

 そして辺境伯領の生き残りの騎士、従者、兵士たち。


「よし、じゃあ一気に片付けるとするか」


 俺は唇に笑みが浮かんでくるのを感じつつ、歩みを進める。

 慌てて駆け寄ってくる街中の兵士達は、マーマンやマーメイドが水の魔法で吹き飛ばしている。


「これで全員?」


「いえ、別働隊が王城のお堀に向かっています。こちらが事を起こしたら、すぐに動き出すと……ほら」


 マーメイドの長プリムの言葉の途中で、王城方面でとんでもなく大きな水しぶきが上がった。

 あれは……。


 おいおい。

 王城の堀からクラーケンが飛び出してきたじゃないか。


「あんなん、どうやって中に入れたんだ……」


「昨夜からずっと水中を探っていたのですけれど、この国の地下には、地下水が豊富に流れているようで……」


 地下水脈と堀を繋げたか。

 うちの軍勢、本当になんでもありである。


「それで、地下からはちょっと変わった部分がありまして。王城の地下がかなり深いところまで続いていて、強い土の精霊力を感じる部分を見つけました」


「おっ、多分そこにいるぞ。でかした」


 俺はプリムの肩をぽんぽんした。

 ネトネトする。


「ユーマ! マーメイドさんは裸なんだからペタペタ触ったらだめ!」


「痛い! リュカさんお尻を叩くのはいかがなものか!」


「既にユーマ殿はリュカ殿の尻に敷かれていますなあ」


 わっはっは、と騎士たちが盛り上がった。

 そんな事をしながらの、王城へ向けてのランニングである。


 王都の住民は皆家に閉じこもっている。

 窓の隙間から、こちらを見る視線がある。

 いやあ、ご迷惑をお掛けしているね。だがこれからもっと迷惑が掛かるぞ。


「もがーっ」


 クラーケンが咆哮と共に、王城の壁を突き崩す。

 基本、ここまで入り込まれることを考えていないのか、エルフェンバインの城は優美な作りをしている。

 城壁の中に更に城壁を作る事はしない。


 ということで、装飾が見事な門がどーんと構えられており、何本もの尖塔が幾何学的なデザインを描いて聳え立っている。

 その横にどーんと立つクラーケンの烏帽子頭。

 うーむ。


「ぶ、武器を持てー!」

「駄目です! 外にあらかた持ち出してしまって……!」

「ひいーっ、ま、まさか城まであんな怪物がやって来るなんてー!」


 城はパニック状態。

 俺に先行した辺境騎士団が、戦意を失い戸惑うエルフェンバインの兵士を排除していく。

 殺す必要は無い。


 手足の一本でも折れば、それで戦闘不能なのだ。

 おっ、あれは俺が教えた戦い方では無いか。

 ちゃんと生きているものだなあ。


「ユーマ、逃げてる! 偉そうな人!」


「おう、確保する。リュカ!」


「……シルフさん……!」


 リュカが、吐き出す息から風の精霊を召喚する。

 俺目掛けて集中して吹き付ける風を受け、跳躍。

 背中にバルゴーンを背負い、その形を大剣に。


「ひ、ひぃぃーっ!」


 逃げ惑っていた、でっぷり太った男を真上から押しつぶした。


「確保だ。おい、あんたは偉い人だろ?」


「ひいい、や、やめろー! わしを誰だと思っているのだあ」


「単刀直入に言う。地下に土の巫女がいるか?」


「な、なんの……ぎゃあ!」


 しらばっくれようとした気がしたので、ナイフにしたバルゴーンで奴の手のひらを串刺しにする。


「地下に土の巫女がいるか? いるならば、どうやって地下へ行く?」


「い、い、いる! いるから! だから抜いて! 手が、わしの手があああ」


「よしよし。じゃあ道を教えてくれ」


「そ、それは……」


「……!」


 俺はそこで飛び退いた。

 ナイフにしていたバルゴーンを、咄嗟に片手剣にしながら振るう。

 太った男ごと俺を攻撃するように、極太のビームが叩きつけられる。


「あじゃぱーっ」


 あっ、太った男が灰になった。

 俺はバルゴーンでビームを反射している。

 だが、これは何者かが受け止めたようだ。


「灰色の剣士、直々に攻めて入ってくるとはな……。恐れ入った。これは確かに、私の落ち度であった」


 ビームは、何階もある城の階層を突き抜けて叩きつけられたようだ。

 城を貫くように空いた穴は、石であるというのに熱気で赤く溶けており、そこから声が聞こえてくる。


 誰なのか。

 おおよそ見当はつく。


「二度目か。俺は地下へ行くのだ。邪魔をするな」


「二度目だが……煮え湯を飲まされたのは二度ばかりではない。貴様の好きにはさせんぞ、灰色の剣士……!」


 途端に、天井が抜けた。

 崩落する……というのではない。

 天井を構成する石が、一瞬でバラバラに分解された。


 光が生まれる。

 輝きに包まれながら、男が降りてくる。

 肩口で金色の髪を切り揃えた、豪奢な金の飾りが施された黒いローブの男。


 立体映像で、俺と見えたことがある男だ。

 これが、アブラヒムの言っていたフランチェスコであろう。


「ラグナ教の執行者か! ええい、食らえ!」


 何人かの辺境騎士団が向かっていく。

 おいバカ、それはフラグだ。


 分体が姿を表していない事から、油断したのかも知れん。

 だが、俺はあのラグナ教のノッポと戦ったから知っている。分体を使いこなす奴らの中で、上位の連中は体に分体を憑依させたりして戦うぞ。


背教者イレギュラーめが……!」


 フランチェスコは目線もくれずに、騎士たちに向かって掌を向けた。

 一瞬である。

 輝いたと思ったら、先程天井を貫いてきたビームが放たれていた。


「うおわあああ!?」

「な、生身で分体の光線を……!!」


 だろお?

 絶対そうなると思ったんだ。


 俺は既に、そこに駆け込んでいる。

 バルゴーンを一閃しつつ、ビームを切り払う。

 そのまま壁面を駆け上がりながら、滞空するフランチェスコ目掛けての跳躍抜刀。


「なっ……!? なんとぉっ!!」


 フランチェスコが両手を合わせて、光を生み出した。

 分厚く束ねられたビームが生まれる。


 これが、俺のバルゴーンとぶつかり……うおっ、ふっ飛ばされた!

 背後へと吹き飛ぶ俺を、


「シルフさん! ユーマを受け止めて!」


 リュカがカバーする。

 対するフランチェスコも、俺の剣戟を殺しきれずに大地に叩き落された。

 膝を突いて着地している。


 ノーダメージだ。

 おお、こいつ。

 多分、あのノッポよりもずっと強いな。


「このままお前を生かしておいては、時の流れが逆行してしまう……! 人の時代が幻想の時代へと変わるなど、あってはならないのだ……!!」


「ほう、正義の味方みたいな事を言いやがる」


 俺も着地した。


「では、さながら俺は魔王ってところだな」


 向かい合う俺とフランチェスコ。

 俺と奴の間には、誰も入り込む事が出来ないでいる。

 さて……こいつを片付けるのは、かなり骨が折れそうだぞ……。

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