第85話 熟練度カンストの解放者2
「死ね、神敵! 灰色の剣士!」
「灰色の王だっつーのこの野郎!」
「ウグワーッ!?」
今、執行者みたいな奴がゴブリンのゴメルに殴り倒された気がする。
どれだけ強力な執行者であろうと、分体を呼び出す前にぶん殴れば勝てる。
単純だが真理である。
「死ね、神敵! 灰色の」
「分体ビームは反射するぞ」
「ウグワーッ!?」
俺も負けじと分体から集中砲火でやって来たビームを、バルゴーンで反射してやる。
反射先を逸らして執行者だけをこんがりと焼くようにしてやると、一丁あがりである。
「ぬうーっ!! ユーマ様流石ですな!!」
「俺も負けてはおれん! 者ども、敵兵の死体を盾にして運べーっ!」
おっ、ギヌルの死体シールド戦法が出た。
大変えげつなくも効果的、しかも味方であった者の死体に攻撃するのは、感情がある人間だと一瞬ためらう場合が多い。
その隙をついてギヌルの部下が死体の隙間から特攻していく。
怯むとゴメルとその部下たちが四方八方から襲い掛かる。
ゴブリンどもはすっかり俺に懐いてしまい、俺の親衛隊のような有様であった。
おっ、向こうで亜竜が見張り塔を崩したな。
都市に引き込まれている川からクラーケンが遡上してきて、川近辺の建造物や動く者を片っ端から攻撃している。
大混乱である。
かくして、三時間ほどでまた一つの都市を落とした。
ここからは、エルフェンバインの王都を望む事が出来る。
いよいよ目と鼻の先である。
「ありえないですよこの進軍速度……! 一日に二つから三つの都市を同時に陥落させて進んでいくなんて」
彼女は彼女で色々大変だったのか、髪の毛がボサボサになって木の枝なんかが刺さってるアリエルが俺にまくしたてる。
「ちゃんと日が暮れたらお休みにしてるだろう」
「しっかり休息まで取って、しかも三食しっかり食べてどうしてこれだけの速度で進軍出来るんですか!」
「亜竜が優秀でな」
ゴブリンどもと一緒に、俺の秘書官みたいな地位になっているアリエルである。
彼女は風の魔法を使い、ゴブリンや獣人への連絡を請け負っている。
本来ならリュカが担当するような仕事なのだが、彼女は他の巫女たちと共に、亜竜に乗って広告塔のような役割を果たしている。
彼女ら巫女の髪の色は大変目立つのだ。
普通ではない、という事を見るものに強く印象付ける事が出来る。
「やっほー、ユーマー! この竜さん、すっごく乗り心地いいよー!」
「ユーマ様がんばってー!」
「二人とも、ユーマの居場所を教えてるようなもんじゃないかい……」
すっかり巫女たちの乗り物になってしまった亜竜、チェア君である。
で、彼女たちが俺に呼びかけるものだから、そこを目指して兵士が集まってくる集まってくる。
「灰王様の下へ急げ! 王を守れーっ!!」
「うおおー!」
獣人たちが、リザードマンたちが駆けつけてくる。
俺がいる所を戦場にして、大激突である。
だが、士気と肉体の強靭さで勝る俺の軍勢の方が強い。
一瞬拮抗するものの、統率されていない兵士に対して個人戦力ですぐに圧倒する。
あっという間に、うちの軍勢がエルフェンバイン軍を押し返した。
これにて、この町の軍隊は壊滅である。
軍隊が壊走していく。
逃げ延びる先は、王都であろう。
アリエルの魔法を借りて、俺は戦いの終結宣言を出す。
「はい、じゃあ今日はこれで終わり。そろそろラグナ教の執行者が増えてきたから、夜も注意するように。明日は決戦で王都を落とします」
おおおおおおお!
歓声が上がる。
戦いが終わると、武器防具のメンテナンス要員としてついてきたドワーフたちが戦場跡を闊歩し始める。
「なんじゃこれ」
「変わった武器じゃの」
「焼き物か」
「軽いのう」
「頑丈じゃ」
ヒゲだるまどもが集まって、拾ったケラミス製の武器をコンコン叩いたりしている。
ここまで来ると、ケラミスを装備した兵士が多くなっているな。
これは辺境伯が一人で作り出したものなのだろうか。
「お館様以外にこれを作れる者などいないぞ」
「お館様はまだ生きているって事ですな」
オーベルトとダミアンもケラミスの武器を確認する。
彼らが言うならば間違いないだろう。
「ついに我らは、お館様の元へと辿りついたのだ……! ユーマ殿、本当に……かたじけない……!」
「気にするな。俺も辺境伯を見捨てたくないだけだ」
辺境伯一人を救うために軍勢を作り上げ、戦争を仕掛け、結局のところ多くの死者や町を失った人間を出してはいる訳だが。
しかし考えてみよう。
俺はヴァイスシュタットへの被害は出さないようにしたし、我が軍勢の人的損害は極めて少ない。これは俺が必勝を期する用兵を行なっているからでもあるが、面識があり、目が届く範囲にいる人間を出来るだけ救いたいと思っているからでもある。
見知らぬ人間の人生まで責任を負う程、俺は聖人でもなければ度量が広くもない。
誰かを救うために誰かが不幸になるなら、なるべく面識が無かったり、気に入らない相手に不幸を押し付ける所存だ。
後は、明日まで辺境伯が生き残っていてくれる事を祈るばかりである。
そう言えば、俺は、彼女の名前を知らんな。
助け出したら聞いておこう。
夜になった。
エルフェンバイン側は兵士を出してきており、こちらを警戒しているようだ。
王城の周囲を灯りがちらちらと歩き回っている。
斥候らしき連中も、向かってきている。
俺たちはと言うと、主戦力であるゴブリンやリザードマン、獣人たちは爆睡である。
町に貯蓄されていた食料を腹いっぱい食い、そのまま寝ている。
で、見張りは川から吸い上げた水で、巨大な水のボールを作っているマーマンやマーメイドたち。
水のボールが草原を転がっていく様は大変シュールである。
だが、あれがある限りは海の妖精たちも、地上でも水中と変わらぬように活動できる。
ちなみに、水のボールが分体のビームを受けて、光をねじ曲げて防御していたのを目撃したので、彼らは執行者の天敵かもしれない。
そして亜竜たちは睡眠を必要としないらしく、のしのしと町の周りを歩き回っている。
「思えば……凄い事になってしまった……」
俺は空に昇った月を見ながら呟いた。
この世界の月は、俺が知っている月よりも幾分か大きい。
だが、違いはそれだけで、明るさも、見えている月の模様も元の世界と変わらない。たぶん。
明日に備えて寝なければと思うのだが、何となく興奮して眠れない。
ネフリティスから戻ってきてすぐに、休まずに動き続けたのだ。
その成果は馬鹿みたいに派手に上がっており、明日の一戦で結果が出る。
たかが、一人の女を救い出すための戦いだ。
それが、一国を巻き込んで世界のありようさえ変えて行こうとしている。
叙事詩みたいなもので語られるなら、俺はまさしく悪の側として描かれるだろう。
人類の秩序を破壊し、訪れようとしていた人間の時代を粉砕した。
さらには、一人の女を助けた事で、この世界と隣り合っていたファンタジーな世界を引き寄せた。
ついには、亜人とかモンスターとか言えそうな連中を従えて、こうして人間の国と戦争を行なう。
「まあ、ギルドのリーダーみたいなもんだな」
俺の乏しい知識では、それくらいしか例える対象が思いつかない。
正直、王なんて言われてもピンと来ないのだ。
中卒レベルの頭の限界と言おうか。
俺が大してよろしくもない頭で懊悩しているとだ。
そういうにおいを感じ取ってやって来るのだな、リュカという娘は。
何やら今日は、後ろにサマラまで従えている。
思考タイムはこれで終了だ。
「なんか考えてたでしょー」
「こ、こんばんは、ユーマ様!」
異口異音。
全く違うテンションで違う内容を同時に話されてしまった。
「まあ、いつも通り考えてたな。ああ、こんばんは」
そして当たり前のように、俺の両脇に座る二人。
リュカは割りといつも通りというか、まあ徐々に距離を縮めていっている感覚はある。
だがサマラはこれ、急激に俺に接近してきてないか?
物理的な距離ではなくて、精神的な距離。
遠からず間違いを犯してしまいそうで戦々恐々だ。
あっー。
さりげなく胸を押し付けるな。こやつ、己の体がどう使えば武器になるかを本能で熟知しておる……。
「ユーマ! ユーマったら!」
サマラの攻撃に気を取られていたら、リュカにぺちぺち叩かれた。
痛い痛い。
お前すっごく力強いんだから、ぺちぺちでも結構な痛さだぞ!
「向こうから見てたらね、ユーマが何か考えてるなーって思って来たんだよ。はい、これお水」
リュカが差し出した水袋。
アンブロシアが魔法で濾過した水だから、腹を壊す心配は無い。
水で腹を壊すというと、来たばかりの頃を思い出すなあ。
「おう、ありがとう」
受け取って、ぐっと
俺は酒よりも水の方がいいな。
戦場の夜は静かだ。
遠くから斥候とうちの連中が小競り合いをしている音が聞こえてくるが、それくらいはちょうどいいアクセントである。
「いやな。これで辺境伯を助けたら、コンプリートだなと思ってな」
「こんぷりいと?」
「全員集まるって事だよ。ほら、俺を召喚したらしい何者かが、巫女を全員集めろって言ってたからさ」
「へえ…………って、何それ。私、初めて聞いた」
「アタシもです!」
「あっ、話してなかったっけ」
そういや、あれは俺の夢の中だった。
だが、俺がこっちの世界に転移してくる時、確かにあの声が俺に囁いたのだ。
俺の力を必要とする者がいる、というようなニュアンスの言葉を。
「……やっぱり、ユーマって別の世界の人だったんだね」
「そんな世界があるなんて、信じられないです」
あっ、異世界の話もしたこと無かったな。
目を丸くするリュカとサマラ。
「どなたか、精霊王のお一人がユーマ様を召喚したのかもしれないですね。その方の考えは正しかったんですね」
「サマラ、違うでしょ。ちゃんと全部、ユーマが考えて決めたんだから」
「リュカと一緒にな」
「うん!」
すると、サマラがなんだか羨ましそうに俺たちを見た。
「やっぱり……ユーマ様とリュカ様は特別ですね……。妬けちゃうなあ……」
「だから、これからはサマラも一緒にね」
リュカが、どう見ても彼女の姉くらいの年齢であるサマラの頭を優しく撫でてやる。
それでサマラもほっこりしたようだ。
うむうむ、仲良き事は美しき
俺が眼福を感じているとだ。
視界の端辺りで、物陰から見覚えのある男がちょっと顔を出している。
あれ、あいつアブラヒムじゃないか。
今はお呼びじゃない。
リュカとサマラに見えないように、アブラヒムに向かってシッシッ、と追い払うようにした。
奴はちょっとショックを受けた顔をして引っ込んだ。
いい所なんだから邪魔をしないで欲しい。
だが、奴が来たということは明日の決戦、かなり混迷の度合いを増しそうである。
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