第83話 熟練度カンストの集合人
エルフェンバインの平原である。
どこまでも続く広大な平原は、ぶすぶすと黒い煙を上げていた。
正確には、先刻まで城塞都市であったが、今はもう平原である。
「壮観過ぎる」
俺は呻いた。
「ユーマ様、準備しておきました!」
「早かったねユーマ。もう少しかかるんじゃないかと思ってたよ」
「ユーマ、みんなしっかり頑張ってくれたみたいだね!」
火と、水と、風の巫女。
そして、彼女たちに付き従う、各属性の妖精たち。
人が見れば、妖精たちは化け物に見えることだろう。
ドワーフ、リザードマン、ヴルカン、亜竜。
火の妖精たちは焦土と化した道の中をやってくる。
マーマン、マーメイド、ヴォジャノーイ、ケルピー。
水の妖精たちは水を操って乗り物を作り、水無き大地をも闊歩する。
そして、エルフ、ゴブリン、獣人。
この混成部隊が、今、俺の目の前に集まった全てだった。
俺が集めた、自らの手勢である。
いや、もう手勢という数ではない。
「もう、軍だな」
「うん、ユーマは頑張った」
てこてこと隣までやってきたリュカが、うーん、と背伸びをして俺の頭を撫でた。
ははは、お褒めに預かり恐悦至極。
「なんと……。これほどの軍勢を短期間で作り上げるとは。ユーマ殿は一体、これだけの人脈を、どこで……?」
戻ってきたオーベルト。
彼の後ろには、見知った顔が幾つもある。
エルフェンバイン中に散っていた、ヴァイデンフェラー辺境伯領の騎士や従者たちだろう。
「ここから離れて旅をしてる時に出来た縁もあってな」
そんなことを話しているとだ。
騎士や従者の中で一際大きい男が俺に気づき、声を張り上げた。
「おー! ユーマ殿久しぶりですなあ!」
「おおっ、ダミアンじゃないか」
お互いに駆け寄って再会を喜ぶ。
そもそも、辺境伯と絡む切っ掛けの一つとなった男だ。
こいつが俺の腕前を見て、辺境伯に見せる必要があると判断したからこそ、今の状況がある。
お陰で辺境伯を助け出す算段も立てられるというものである。
「むむっ、ユーマ殿、姿勢が良くなりましたな。体も一回り大きくなっていますぞ」
「敬語はやめてくれ。色々あったからなあ」
やはり俺は鍛えられて、そこそこ逞しくなっているようだ。
確かにこっちに来たばかりの頃と比べて、格段に体が動く気がするな。
ダミアンの他にも、次々に騎士やら従者が駆け寄ってきて、俺に挨拶をしていく。
結構たくさんの奴が生きてるなあ、と思いつつも、ここにいない顔は死んだのだなと思うとちょっと寂しい。
「ついに追いつきましたぞ!! こんなところに軍を集めているとは! いよいよ決戦ですかな!」
ガラガラと馬車がやって来て、エドヴィンが顔を出した。
また忘れてたよ、この学者。
そう言えばいたっけなあ。
聞けば、この男、エルフの里に顔を出して色々調べていたようだ。
「エルフたちには記録を残すという習慣が無かったのですが、口伝にて伝説や伝承が伝わっていましてな。それらを書き留めている間にすっかり遅れてしまいました」
奴の筆記がされた羊皮紙も、かなりの量になっていることだろう。
学者の到着をもって、俺の軍勢は勢揃いしたことになる。
俺が満足げに連中を眺めていると、アンブロシアがやって来て、俺の尻を叩いた。
「いたい!」
「何をボサーっとしてるんだい。あんたが頭領なんだよ? ここは一発、演説をぶち上げて気合を入れなきゃ!」
「えっ、俺がやるのか」
「あんた以外に誰がやるのさ!」
うーむ。
人前で話すのとか、とてもとても苦手だぞ。
というか、これだけの頭数の前で言葉を発した経験など無い。
アンブロシアとマーメイドたちがわーっと寄って来て、台座みたいなのを用意して俺をその上に立たせてしまう。
「ほら、あんたらの頭領が一言あるってさ! 注目、注目だよー!!」
大変声が通るアンブロシアである。
流石は海の女。
だが、こうして視線が俺に集中すると、緊張することこの上ないな。
膝がガクガクしだしたぞ。
「ユーマ様、頑張って!」
「がんばって!」
「がんばル」
サマラと、彼女のお付の遊牧民とリザードマンの女の子が応援してくる。
横を見るとリュカがいて、彼女は深く頷いて来た。
「いつものユーマでいいじゃん。言っちゃえ」
仕方ない。
やるかあ。
「……えー」
声を発した。
ちょっと枯れている。
いかんいかん。
しかし、俺の声は通らないなあ。腹式で発声するやり方なんぞ知らんし。
そう思っていたら、リュカが何かしら呟いた。
俺の言葉が、妙に響くようになっている。
風の魔法で、拡声効果をもたらしたのか。
「えー、えーと、本日はお日柄も良く……」
「結婚式の挨拶じゃねえんだぞ!」
アンブロシアがツッコミを入れると、騎士たちがドッと沸いた。
ええい、あいつらめー!
「ごほん、ええと、みんな、集まってくれてありがとう。俺が君たちの頭目を務める、戦士ユーマだ」
「彼が灰色の王か」
「灰色の王」
「灰色の王!」
「灰色の王!」
おおーっ!
どこからか湧き上がってきた声が、集団の中を拡散していく。
「火竜と渡り合った戦士!」
「水竜に認められた戦士!」
「我らの王!」
「混沌界の王!」
なんだなんだ。
俺の耳元にリュカの言葉が届く。
「みんなね、ユーマがどういう人なのかって噂してたみたい。で、世界中で色々言われてる、ユーマの噂とか武勇談があってね。それを聞いて、すっごく期待してたって」
ひょえー。
俺はそんな大したやつではないぞ。
「私も聞いたよ。でも、全部、本当のことだった。ユーマは凄いことをして来てるんだから、自信を持って!」
うーむ、そうなのだろうか。
そう言われると、そんな気がしてきた。
「ごほん」
気を取り直す。
「俺はユーマ。えー、諸君らの王である」
おおおおーっ!
と一堂がどよめいた。
どこか喜びの感情を含んだどよめきである。
エルフのアリエルが、びっくりしてキョロキョロしている。
ゴメルとギヌルは大盛り上がりだな。
ドワーフどもも来ている。何やら熱っぽく、周囲に喧伝しているな。なになに? 火竜との戦いを、わしらは見ていたんじゃぞ、と。
「これから、俺たちは精霊界の枠組みを越えて一つになる。それで、まあやるわけだ。何をやるかって? 戦争だ」
おおおおおっ!!
今度は歓声だ。
みんなやる気充分である。
「俺たちの最後の仲間である、土の精霊界はまだ接触できていない。何故なら、土の巫女がこの国の王に囚われているからだ。俺たちの目的は、土の巫女を救い出すこと。そして、土の精霊界を仲間に加える事だ。これから大変厳しい戦いになるかもしれないが、諸君らの全力を出し切ってほしい。期待している」
わーっ!!
大盛り上がりだ。
俺が言う事はそれだけなのだが。
なんだ。
何故みんな、何かを期待して俺を見ているのだ。
「ユーマ殿! せっかくなのですから、あなたの剣の冴えを見せてやって下さい!」
ダミアンの大声が聞こえる。
その言葉に、うちの軍勢は期待で目を輝かせて俺に注目する。
ひえーっ。
一体何人が俺を注視しているのだ。
「よーし、じゃああたしが」
「アタシが相手を出すね」
「私が出しちゃうね」
三人の巫女が進み出てくる。
三人同時なのか?
えっ、そういうこと出来るの?
「ヴォジャノーイ! 集まり来たりて、形を成せ、カリュプディス!」
「ヴルカン、集って形を成せ! サラマンダー!」
「シルフさん、あの人呼んできて! ガルーダ!」
何も無いところから、渦潮が湧き上がる。
自ら行動し、触れたものすべてを飲み込んで破砕する、生きた渦潮カリュプディス。
サマラの胸から放たれたヴルカンが組み合わさる。
巨大な四足歩行のトカゲが姿を現し、周囲の温度を上げる。これが火の大精霊サラマンダー。
そして、リュカが呼び出した風の中に、人と鳥を足したようなシルエットが出現する。
風の大精霊ガルーダ。
こいつら、登場するなり、俺に襲い掛かってきた。
うわー、なにをする貴様らー。
「洒落にならんって」
俺はバルゴーンを抜いた。
渦潮が俺を飲み込まんと迫ってくる。
これに向かって、抜き打ちざまに十字の斬撃。
渦の一角を崩す。
隙が出来たカリュプディスの脇を抜けると、サラマンダーがそこに向かって突撃してきた。
全身これ灼熱の炎というトカゲである。
俺はバルゴーンを大剣に変化させると、大地に叩きつけて、その反動で飛び上がった。
駆け抜けるサラマンダーの頭上を通過する。
背後に着地ざま、尻尾に向かって大剣を振り下ろした。
炎の尾が切断される。
ガルーダは逃げ場が無いよう、剣を引き戻した俺の両脇に風の障壁を作る。
そして真正面から、指先を俺に向けての風の弾丸を発射である。
「えげつねえ」
思いながらも、俺はバルゴーンを刺突剣へと変えた。
そのまま、一直線に進む。
放たれる弾丸。
正確にそれとベクトルを合わせて、真正面からバルゴーンで突き破る。
勢いのままに、俺は刺突剣でガルーダを突いた。
ダメージを受けたようで、風の大精霊が距離を取る。
同時に風の障壁が消えた。
タイミングを合わせていたのだろう。
サラマンダーとカリュプディスが突っ込んできた。
既に、俺の装備は双剣に変わっている。
双方からの攻撃を、左右の剣で受け流しながら……互いをぶつかり合わせる。
猛烈な水蒸気が立ち上った。
流石に、ぞれぞれの属性を大量に集めた大精霊。
簡単に対消滅させるという訳にはいかない。だが、明らかに反する属性同士がぶつかって動きを鈍らせた。
ここに、俺は変化させた大剣をたたきつけて、一匹ずつ撃破。
最後に飛び込んでくるガルーダ。
俺もまた大剣を高飛びの棒代わりに跳躍して、空中で体ごと回転させながら剣を降りぬいた。
頭頂から股下までを一直線。
ガルーダが左右にずれ、消滅した。
そして着地。
一瞬、周囲は静寂に包まれ、すぐに大歓声が巻き起こった。
「なんという強さだ!」
「あれが我らの王カ!」
「灰色の王ばんざい!」
「灰色の王!」
おお、照れる。
超照れる。
「よ、よし。ということで、エルフェンバイン王都へ向けて進軍開始だ」
気を取り直し、俺は開戦の言葉を告げる。
恐らく世界始まって以来であろう、人と、人ならざるものとの戦争が始まる。
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