第82話 熟練度カンストの進撃者
俺が抱え込んだエルフからの試練。
それは、ゴブリンキングを自称する二匹のゴブリン、ゴメルとギヌルの争いを仲裁する事であった。
そもそも、全てのゴブリンを統率する、ハイゴブリンとでも言うべきゴブリンキングが存在していたのだ。
彼は単体でエルフと交渉し、ゴブリンの立場を保証してきていた。
だが、この世界にやってきて早々、ゴブリンキングはラグナ教の執行者と戦って死んでしまったらしい。
そこで巻き起こった、キングの位を巡る骨肉の争いである。
兄のゴメルと弟のギヌル。
全てにおいて行動を優先し、疾風迅雷をモットーとする肉弾派ハイゴブリン、ゴメル。
全てにおいて策略を優先し、権謀術策をモットーとする知性派ハイゴブリン、ギヌル。
水と油のような兄弟である。
彼らに対し、俺が取った手段は……。
「ユーマ、ゴブリンたちを連れていくの?」
「うむ。何よりも実戦向きの人材だろう」
俺はゴブリンたちを従えて、ディアマンテの国境を目指していた。
一応、その途中で獣人たちとも合流している。
獣人は実に話が分かる。
俺と出会った瞬間に、彼らの長も戦士たちも、皆腹を見せて寝転んだ。
服従の姿勢である。
初対面の相手をそうも信頼するのは、いかがなものかと思うが。
「あの人達は動物の力を持ってるから、ユーマの強さが分かったんだよ」
「そうなんだろうか……」
「私はちょっと、信じられないものを見た心持ちです……。ああも容易く、獣人たちを懐柔するなんて……。ユーマさん、貴方って一体何者なんですか?」
「はっはっは! そうでなくてはな! 俺がゴブリンキングへ至るための裁定者たる者、常軌を逸した強さでなくてはつまらん!」
「いやいや、ゴブリンキングとなるのは俺であることは間違いないが、そんな俺の目から見てもユーマ様は何か分からぬ威圧感を放っておられたように見える!」
「なんだとギヌル!! お前、誰に向かってゴブリンキング宣言をしている!」
「うるさいぞゴメル! お前のように腕っ節に頼る輩がいるから、我らゴブリンは軽んじられるのだ!」
「なんだと!」
「なにを!」
「「もがーっ!!」」
あっ!
目を離したらまた喧嘩を始めやがった。
「ええい、やめろやめろ」
俺がもりもりと割って入り、二人の間に大剣化させたバルゴーンを突き立てる。
「ウグワーッ!」
「ウグワーッ!」
ゴメルとギヌルは同時に腰を抜かした。
なんというか、こう言う所は仲がいいんだよな。
「まずは二人の力を見せてもらおう。あれに見えるのは何だと思う」
森を抜けてやって来たのは、ディアマンテとエルフェンバイン国境である。
エルフの森は不思議な力があり、どうやら森に認められたものが通り抜ける時、特定の入り口から出口までをワープさせてしまうようなのだ。
俺がエルフの森に入り、アリエルを従えて、ゴメルとギヌルの件を引き受けて、行き掛けの駄賃で獣人を従えて、なんとこれがたった二日の出来事である。
エルフの森、実に効率的である。
「いえ、普通は獣人のところで引っかかるはずなんですけどね……。なんでそこを、何処よりもスムーズに制圧しちゃうんでしょうか……。ほとんど素通りに近い通過速度でしたよね」
俺たちには、獣人の戦士たちも付き従っている。
彼らの族長が、「我らの森に真に強き戦士が現れた。己の本能を信じる者よ、かの戦士に続け」と宣言したので、血気盛んな獣人の戦士たちが俺の後に付いてきてしまったと言う訳だ。
それと、ゴブリンがたくさん。
ゴブリンというのは、女が生産的で男が非生産的なものらしい。
女は畑仕事をして、狩りをして、子供を育てて家を守る。
男は勢力争いをして、戦争をして、権力争いをして、喧嘩をする。
ひどい。これはひどい。
でまあ、非生産的なのの極致がゴブリンキングで、こいつに男たちの全てが従う訳だ。
女たちにとって、ゴブリンキングは母性本能を大変に刺激されるジャイアントなお子様みたいなものだとか。
つまり、ゴメルとギヌルは女たちの母性本能を巡って争っているとも言えるのである。
うわあ、かっこ悪い。
「ユーマ様! 今何か俺たちに対して失礼なことを考えたな!!」
「俺の脳細胞にティンと来たぞ! ユーマ様そんな考えは捨てるんだ!」
「ユーマ、今表情に出てたもんねえ」
リュカが、あははと笑った。
いかんいかん。
ゴブリンどもは裏表がなく、大変分かりやすくて気持ちがいい連中だ。
汚くて臭くて粗雑で乱暴で非生産的でおバカだが、本当に裏表がない。
俺は結構好きかもしれない。
「よし、じゃあゴメル。ギヌル。お前たちの力を見たい」
俺は宣言した。
「あの国境を守る関所を、お前たちならどうやって突破する? ディアマンテとエルフェンバインの屈強は兵士が守る場所だぞ」
「ほう……! なるほど、流石はユーマ様、面白い試しだな!」
「ふふふ……! 俺の策の冴えを見せる時が来たようだな!」
「用兵は迅雷が肝要! 行くぞゴメル隊!」
「用兵は周到が肝要! 行くぞギヌル隊!」
わーっとゴブリンたちが、二匹のハイゴブリンに従って二方向へ散っていく。
お手並み拝見と行こうじゃないか。
「なんか、ユーマすごく楽しそう。あのゴブリンたちのこと、結構好きでしょ?」
「うっわあ、言葉一つで、あのゴメルとギヌルが一つの目標に向かって動き出すなんて……。ユーマさん、結構ワルですねえ……」
「フフフ」
もちろん、俺だって見ているだけではない。
いざとなれば獣人たちを率いて、ゴブリンたちに加勢をするつもりである。
どーれ、彼らの奮戦を、まずは楽しむとしよう。
一番槍は頂いたとばかりに、真正面から飛び込んでいくのはゴメルである。
真正面からとか、何を考えているのか、
何も考えてはおるまい。
しかも鬨の声まで上げながら突っ込んでくるゴブリンの集団。
関所はちょっとビックリした事であろう。
だが、流石は選りすぐりの兵士たちである。
すぐに迎撃の準備を行い、関所に据えられた見張りの台より、雨あられと矢が降り注いでくる。
「う、うわー! 撤退、撤退ー!」
ゴブリンがバタバタと矢で射られて倒れていく。
ゴメルは慌てて尻尾を巻いて逃げ出した。
おい! 本当にノープランだったのか!?
こんなんに付き合わされるゴブリンが可哀想である。
……などと思っていたらだ。
追撃で槍を持った兵士たちが出てきたところで、ゴメルは急に踵を返した。
「散れぇーい! 俺が行く!」
ゴメルの叫びに合わせて、ゴブリンがわーっと四方八方に散る。
逃げ出していた対象が、突然動きを変えたのだから慌てたのは関所の兵士だ。
ほうぼうに逃げるゴブリンのうち、何処に攻撃しようか、彼らに迷いが生じた。
故に、彼らは逃げるゴブリンの群れが、正面にまるで通り道のようなスペースを空けていることに気づかなかった。
そこを、物凄い速度で駆けてくるゴメル。
彼に気づいた瞬間には、どうやら手遅れだったようだ。
「どおりゃああ!!」
ゴメルの得物は斧。
そいつをぶん回しながら、飛び上がる。
力任せに振り下ろした斧は、兵士の一人を掲げた槍ごと叩き切った。
「ふんぬらっ!」
ゴメルは倒した兵士を蹴り飛ばし、刺さった斧を引っこ抜く。
そしてまた突っ走り始める。
目の前に突き出される槍。
これを、ゴメルはひたすら姿勢を低くして、もう四つん這いで走るような勢いでやり過ごしながら、兵士の足を巻き込んで走り抜ける。
巻き込まれた兵士は跳ね飛ばされた。
実にノーフューチャーな戦いである。
兵士が冷静になったら、寄って集って突き殺されるであろう。
だが、ここがゴメルの非凡な所であろう。
こいつはただただひたすら、兵士の中を一直線に駆け抜けた。
で、回りから逃げたはずのゴブリンが戻ってくる。
ゴブリンたちは、粗末な槍や短剣を、混乱してる兵士に向かって突き立てるのだ。
弱い者には滅法強い。
それがゴブリン。
なるほど、流石である。
「よーし、足が止まったぞ! 石を投げーい!!」
ここでギヌル隊登場。
ゴメル隊諸共、兵士たちを投石で攻撃である。
「うおおおー!? ギヌル何をしよるかーっ!!」
「ぬはははー! ゴメル、お前が命をかけて作った敵の隙を利用してやろうという事に決まっておろう!!」
投げられる石は、ゴメル隊が時間稼ぎをしている間に拾い集めたのだろう。
各々、ゴブリンが複数の拳大の石を抱えている。
これを、当たる当たらないも気にせずに、ひたすら投げつける。
関所側の弓兵は、ゴブリンと味方の兵士が混戦状態になっており、攻撃が出来ないようだ。
故に、後方で石を投げるゴブリンに狙いを定めた。
矢の雨が降る。
「げげえ!? ま、まさか俺たちを狙うとは!? このギヌルにも予想がつかなかったわ!」
そこは予想しておこうぜ!?
目の前でゴメルの部隊がやられてただろ!
お前策士とか言うけど、絶対考えてないよな?
全く付き従うゴブリンが可哀想に……などと俺は性懲りもなく思ってしまったわけだが。
「よし、今だ! お前ら、死んだ仲間を盾にして進撃!」
ギヌルが号令を発した。
するとゴブリン、死んだ仲間ゴブリンを担いで、そのままのしのしと進軍を開始したでは無いか。
次々に降り注ぐ矢。
だが、それらは肉の盾によって防がれ、動くゴブリンには届かない。
冷徹な作戦だが。だが、実に効果的。
しかも、この冷酷な戦いぶりに動揺したのか、関所側からの矢が、随分甘い狙いになっている。
「ゴメル! 今のうちに関所を抜けてしまえ! お前が行ってる間に、ここの人間たちは俺たちがやっつけてやるぜ!」
「ハッ! これ以上お前の下らねえ策に巻き込まれるのはゴメンだからな! 行かせてもらうぜ!」
ゴメル隊とギヌル隊がスイッチする。
合流したギヌル隊が兵士に突き掛かり、ゴメル隊はすぐさま、手薄になった関所に飛び込んでいく。
恐れ知らずのゴブリンども。
うーむ。
俺は奴らを見くびっていたかもしれん。
「ユーマ様、我らも、我らも」
獣人たちがソワソワしている。
ゴブリンどもの活躍に、闘争本能を掻き立てられたらしい。
「ううっ、例え人間たちだと言っても、流石に私は罪の意識が……!」
懊悩するアリエル。
「悪いが、俺も時間が無くてな。辺境伯がいつまで生きてるかも分からんから、ちょいと急な手段を取らせてもらっている」
「貴方、人間じゃないんですか? なんで、それなのに平気で人間に敵対するような事を……」
「人間の味方が人間だとは限らん」
目の前のリュカの肩をぽふぽふ叩きながら、俺は言う。
「俺ら人間は、妖精たちと比べると出来が悪いみたいなんでな」
まあ、現実世界にいた頃とか考えると色々とな。
肉親の方が、逃げ込んできた息子を精神的に追い詰めたりとかだな。
「ユーマ、獣人さんたちもう我慢出来ないって! 行こ!」
「仕方ないなあ。よし、行くぞ獣人! 俺に続け……って、速い速い!! なんでそんなに足が速いんだ! 俺を置いていくなーっ!」
ものすごい速度で関所に向かっていく獣人を追いかけながら、俺もまた走り出したのだった。
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