第81話 熟練度カンストの試練人

「私が彼らの長だ。”荒ぶる風”と呼ばれている」


「詩的な名だな。俺はユーマ」


「風の巫女、リュカです」


「アリエルです……」


 最後に名乗ったのは、俺たちの道標(みちしるべ)になってしまった形の、エルフのお嬢さんである。

 ここは森の中。

 エルフの集落だ。


 森の周囲からは一切伺うことが出来ないが、木々に包まれた所にこの集落はあった。

 大木をまるごと加工するような形で作られており、幹の膨らんだ部分に、扉や窓が付いている。


 不思議なことに、ここからは外部の風景がよく見える。

 家の中にいながらにして、森の外を見ることが出来るという寸法であろう。


「我々がこの世界にやって来てすぐ、幾つかの村をこの森が飲み込んでな。ラグナとやら言う教えを掲げる連中が押しかけてきたのだ」


「争いましたか」


「争ったな。だが、連中のごくごく僅かな者しか魔法を使うことは出来ん。何より森は我らの領域。風の精霊界そのものだ。入り込んだ外敵に、我らがいささかの遅れもとるはずがない」


 俺の間抜けな問いかけに、律儀に答える長老。

 彼の言葉によると、エルフの一族を構成する全員が、風の魔法の使い手であると言う。


 しかも、弓矢や短剣の名手でもある。

 思った以上にエルフは戦闘民族である。


「そして、君たちはそんな我らに従えと言う」


「はい」


 リュカの返答には些かの淀みも無い。

 じっと長老の目を見据えて逸らさない。


「それは、我らエルフが誕生してより、何者にも従ったことがない気高い存在であることを知っての言葉かね?」


「はい」


 うむ、多分リュカはあまり難しいことを言われても、ニュアンスだけ感じ取って細部は理解してないぞ。

 故にこれほどはっきりと、淀みのない返事をすることが出来るのだ。

 恐ろしい子。


「君たちの願いは、人間に囚われた巫女を救いに行くことだと聞く。だが、我らがそれに手を貸して、徒(いたずら)に人間を敵に回す危険を分かっているのか?」


「もう争ったんでしょう。ラグナ教の人たちは、自分と考えが違う相手を絶対認めません」


 自ら、ラグナ教による弾圧を経験し、全てを失ったことがあるリュカだからこそ出て来る言葉だ。


「あなたたちエルフは、脅されて従うんですか」


「うーん」


 アリエルが頭を抱えて唸る。

 そもそも何故、彼女が同席しているのかが大変疑問である。

 罰ゲームか何かだろうか。

 長老、リュカの言葉に面白そうに目を細めながら、そんなアリエルに告げた。


「アリエル、答えてやるのだ」


「えええええっ!? 私がですかあ!? そ、そんな私なんかが長老の言葉を代弁するとか、責任が重すぎてやりたくないというか何というか……!!」


「いいからやるのだ」


「はいぃ……」


 しゅんとした。

 そして、恐る恐るといった様子で、


「あのー、私たちエルフは、生まれ落ちたその時から、風の盟主であるゼフィロスに掛け合い、完全な自治権を得ています。だから、例え何があろうとも何にも従うことはありません」


「……ということだ」


 なるほど、長老としても、アリエルの言葉と同じ考えらしい。

 では、エルフは動いてくれないかもしれんわけか。

 うーむ。


「ううん、これは命令とか、要請とかじゃなくて個人的なお願いです!」


 おおっと、リュカはめげない。

 というか空気も読まず、言葉を告げる。


「なので手伝ってください!」


「あ、あの、話聞いてました?」


「聞いてます!」


 アリエルとリュカのやり取りはちょっと面白いかもしれない。

 だが永遠に終わらんな。


「ま、これは手を組まないかっていう提案だと思ってくれ」


 俺は自主的にリュカとバトンタッチ。

 交渉を引き受ける。


「俺たちは、火の精霊界に水の精霊界と手を組んだ。で、おたくら風の精霊界とも協力関係を結びたい」


「水の者たちは節操が無いからな。すぐに仲間認定を行う」


「火の方は、一応ワイルドファイアからも……」


「ええい、みだりにその名を口にするな。我らの森を焦土に変えるつもりか。……全く、あの偏屈な戦闘狂が、よくぞ人間を認めたものだ」


 長老、ちょっと態度が軟化した気配である。


「どうせラグナと戦争する可能性があるなら、多少それが早まっても変わらない」


「極論だな。下手に人間を刺激することで、全面戦争となりうる可能性を考えているのかね? 人は合理だけでは動かぬ。感情に動かされる存在だ」


「じゃあ、分からないようにエルフ以外の風の妖精を味方にさせてもらえない?」


「そこまで手を貸して、我らが得られるものは何だというのだ」


「他の精霊界との連携。この世界……混沌界にやって来て、この森しか自分たちの世界が無いんだろ。後々困ったことがあった時、手を貸せるぞ」


「ふむ……」


「俺たちの将来に投資して頂きたい……」


「ユーマさ、そういう言葉どこで覚えてくるの?」


 ちょっと調子に乗ってしまった俺。

 リュカに突っ込まれて我に返った。


 しかし、確かに俺たちが各精霊界の助けを必要とする理由は、大変個人的なものである。

 火の精霊界はノリで、水の精霊界はあちらからの申し出で協力することになったが、よくよく考えれば風の精霊界側の考え方が、至極真っ当なのかもしれない。

 場合によっては、ここの協力を得ることは難しいと判断すべきであろう。


「じゃあ、俺に試練を与えてもらって、それを俺が潜り抜けたらっていうのは」


「君はあの火竜に己を認めさせるほどの戦士だろう。ならば、試練を与えるまでも無いというのが実情だよ。問題は力の有無ではない。我らの矜持に関わる事なのだ」


 うーん、エルフ、面倒くさい。


「じゃあ、まあ、無理にお願いって訳じゃないんで、駄目なら駄目で仕方ない。今いる手勢で何とかするよ」


 いつまでもこうして彼らを説得している暇は無い。

 叶うことなら、サックリと辺境伯を助けに行きたいところなのだ。


「いや、待て」


 長老が止めてくる。

 ええい、どうしろと言うのか。


「我らが君たちを認める理由があれば良いのだ。だが、それはエルフの誇りを傷つける形であってはいかん。どうだ。一つ仕事をこなしてくれれば、その見返りとして手を貸すというのは」


 長老が難しそうな顔をしている。

 この世界で、エルフという種族が単独で身を守り続けることが出来るとは考えていないのだろう。


 実際、どれだけエルフが凄い魔法を使えたり、戦いの技を持っていたとしても、俺がディアマンテとの戦争で最後に遭遇した、あの立体映像を出すようなレベルの相手とやりあうのは、分が悪いような気がしてならない。


 今思えば、この世界の宗教のバックに、SF的な黒幕が存在しているのでは無いだろうか。

 長老も見たところ、バカでは無い。というか賢そうだ。


 俺たちが、エルフの身を守るに足る力を持っていると確信し、なんとか協力体制として妥協できる状況に持っていきたいのだろう。

 それならば、こちらも応えようがある。


「じゃあ、それで」


 俺は二つ返事で了解した。




「そもそも、風の妖精は三種類存在するんです。まずは、私たちエルフ。これは風の精霊王に最も近い力を持った種族で、風の妖精の頂点に当たります」


 どこかへ俺たちを案内しつつ、アリエルが言葉を紡ぐ。


「風だけじゃなくて、植物の魔法も使えるんだね」


「はい。生まれながらにして、それら二つの魔法を扱うことが出来ます。戦士としての修練を積んだ者は、これに加えて弓と剣、そして槍の技を使いこなします。

 次に、森の南側に住んでいるのが獣人。私たちと獣を混ぜたような見た目をしていて、動物の感覚と運動神経を持った種族です。彼らは魔法は使えませんが、生まれながらにしてとても優れた身体能力を発揮できます。

 最後に、森の西側に住んでいる小鬼(ゴブリン)。彼らが問題なのです」


「ついに獣人とゴブリンが来たか。そのうちトロールとか出てきそうだな」


「トロールは土の妖精ですから、もういると思いますよ」


 いるのか。


「彼らは私たちへ従属する、いわば奉仕種族という関係にあるのですが、ちょっと困った問題が発生しておりまして……」


 アリエルが俺たちを導いた先である。

 そこは、何というか大変見覚えのあるところだった。

 森と、かつてそこにあったであろう村が一体となった場所。


「ユーマ、ここって……!」


「うむ。あそこは俺たちがトウモロコシを食べた場所じゃないか」


 リュカを助けてすぐに、森を抜け、現れた村。

 ラグナ教によって滅ぼされた、トウモロコシ畑のある村だ。

 森に溶け込んだそこに、今はたくさんの小人が走り回っている。


 青や緑色の肌をして、獣の皮を使った粗末な衣装を着た小人たち。

 耳は尖り、鼻が大きく、下顎から牙が突き出した特徴的な顔立ち。

 そいつらが……喧嘩している。


「ああ、ゴブリンだなあ……」


「ゴブリンの姿も知っているのですか!? エルフも最初から知っているようでしたし、貴方は一体……!」


「ユーマは妙に物知りだよね」


「まあ、昔ちょっとな」


「ふむ……詮索はしませんけど、不思議な人ですね。ええと、ちょっと待っていて下さい」


 アリエルは俺たちを手で制すると、周囲からシルフを集め始めた。


「アリエルね、音を大きくする魔法を使うよ」


「ほう」


 シルフの動きから、リュカにはアリエルが使おうとする魔法が分かるのだ。


「皆さん!! 落ち着いて下さい! アリエルが来ました!」


 声が響き渡る。

 アリエルが叫んだだけではない。シルフが彼女の声を拾い、それぞれのゴブリンの元まで送り届けたのだ。


 ゴブリンたちはハッとして争いをやめ、こちらを振り向いた。

 おお、何やらゴブゴブ言い始めたぞ。


 その中に、二人、中心人物らしきゴブリンがいる。

 太めで大柄なゴブリンと、細身でずる賢そうなゴブリンだ。


「アリエル様! おいでになっておられましたか!」

「言っていただければ迎えに参りましたものを!」


 二人のゴブリンがやってくる。

 そして、アリエルに同時に声をかけて、お互いギロリと睨み合った。


「おいギヌル! まるで長のように振る舞うのはやめろ! 俺の権威が落ちる!」

「なんだとゴメル! お前が長であるかのような物言いはやめろ! 俺が長だ!」


「あ、なんか分かった」


「分かってもらえましたか。ゴブリンたちは、本当ならもっとたくさんいるんですけど、この世界に来る途中で、大部分のゴブリンが世界中にばら撒かれてしまったみたいなんです。で、その余波でゴブリンの王、ゴブリンキングが亡くなりまして。今、こうして二人の王子が争っているんですよ」


 おっ、ギヌルとゴメルとか言うゴブリンが取っ組み合いを始めている。


「やーめーなーさーいーっ!! あなたたちが争っていたら、ゴブリンも一つにまとまらないでしょう!」


「しかしアリエル様! ゴブリンキングたる俺を差し置いてこいつが!」

「しかしアリエル様! ゴブリンキングに相応しい俺を差し置いてこいつが!」

「なにい」

「やるかてめえ」

「「もがーっ!!」」


 また殴り合いを始めた。

 ゴブリンたちが集まってきて、周囲で盛り上がる。


 あっ。あいつら、食い物を賭けてるぞ。

 自分たちの長を巡って争う様を娯楽にする奴があるか。

 そして、アリエル、疲れた表情で振り返る。


「これを解決して下さい」


「うん、そうだと思った」


 大変面倒くさそうなミッションを引き受けることになった。

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