第80話 熟練度カンストの散策者
「これは……エルフですな」
「この人がエルフなんだ!」
「ええっ!? な、なんですか貴方たち!! いきなり人を指差してエルフだエルフだって……て、ええええ!? エルフを知っているんですか!?」
「フフフフフ」
俺は不敵に笑った。
様々な創作において、ヒロインだったり酷い目に遭ったりと大活躍のエルフさん。
その本物が目の前にあるのである。
これが笑わずにいられようか。
「俺のいた界隈では大変有名なのだ」
「そ……そうなんですか? 道理で、私を見ても、驚きも恐れもしないはずです」
「エルフさん、これ、はい」
リュカが持っていた端切れを割いて、鼻に詰めるこよりを作った。
エルフはまだ鼻血が出ていたので、
「あっ、どうも」
とか言いながら受け取る。
エルフというのは、俺が見てきた創作だと、気位が高くて気難しかったり、人間をバカにしていたりしたものだが、なかなかどうして話しやすそうな娘さんではないか。
彼女はこよりを一旦布にすると、鼻血を拭った。
「汚れてしまったので、洗ってお返しします」
「これはご丁寧に」
うむ……とても人間の出来たエルフだ。
エルフが皆、このような話やすさであれば、快く俺の活動にも賛同してもらえる気がする。
「実は俺は、エルフの人たちに話があって来たのだが」
「だめです」
きっぱり断られた。
なんだなんだ。
いきなりバッサリやられたぞ。
「私たちエルフは、消極的に人間に接触する事は致しますが、そちらからの介入を認めないという決議を出したのです」
「なんだって」
「私自身は人間に興味がありはしますが、エルフの総体が決定したことならば従わねばなりません。この布は後日、矢文の形でお返ししますのでご住所を教えてもらえれば……」
「ふーむ……」
「困ったねえ。どうしよう」
俺とリュカは並んで考え込んだ。
そうこうしているうちに、完全に朝になった。
俺は腰に結わえてきた朝飯を取り出す。
俺とリュカの二人分、パンにチーズとベーコンを挟んだものである。
いやあ、アルマースは豚を食わないから、ベーコンの入手に苦労した苦労した。
「では、私はこれで……」
「はーい」
「気をつけてな」
俺たちはエルフのお嬢さんを見送った。
そして。
「リュカ、ちゃんと後を付けてるか?」
「うん。エルフの人たちって、シルフさんに近い雰囲気がするんだよね。だからすごく分かりやすいよ」
去っていったエルフ嬢の後を、リュカの命を受けたシルフが追いかけているのだ。
そのシルフからの伝言ゲームによって、正確に居場所が分かるという寸法である。
朝飯を食い終わり、水袋を回し飲み。
間接キスなんて気にしていたら、旅は出来ないものである。
「ふいー。一休みしたら追いかける?」
「そうするか」
屋外にいる限り、リュカの追跡から逃れることは出来ない。
距離の制限はあるようだが、なかなか強力な魔法である。
崖の上、木々がせり出すこの場所は、俺たちが渡ってきた海を一望にできる、なかなかの絶景ポイントである。
並んでその光景を見ながら、小一時間ほど休憩した。
「行くか」
「はーい! エルフの人が行ったのは、こっちの方向だよ」
迷うことも無く、リュカが方向を指し示す。
ディアマンテの地は、森や川、草原と、豊かな自然を擁する。
この自然環境は、今まで行った三つの国と比較しても、飛び抜けて恵まれていると言えよう。
エルフがこの土地に出現するのも納得である。
そして、ここはリュカが生まれ育った国。
彼女も土地勘があり、生息する野生の動植物に対する知識も深い。
割りと宿敵っぽいラグナ教の総本山であったり、そのために町々には立ち寄れなかったりと制限も多いが、リュカのサバイバル能力を十全に活かすことが出来る国であることは間違いない。
俺たちは、道なき道を進み始めた。
エルフというのは、どうも荒れ地の踏破能力に優れているらしい。
この世界に来たばかりの頃、リュカと共に辿った森の中は、すくなくとも獣道と呼べるようなものがあった。
だが、先程のエルフのお嬢さんは、明らかに道がない場所を痕跡すら残さずに通過している。
「多分、何か魔法を使ってると思うんだけど」
リュカの予想である。
ちなみに、巫女たちは自分が魔法を使っているという認識は無い。
全ては精霊の力を借りているだけなのだそうだ。
だが、傍から見ると魔法である。
俺の認識もそうだ。そのために、リュカは最近、自分の能力を呼ぶ時に俺の認識に合わせて魔法、と呼称する事がある。
「シルフさんたちの力を使ってるんじゃないよ。あの人達独自の魔法。私が知らないやつだ」
「ということは、まさしく魔法だな」
「そうだねえ。えっと……ちょっと歩きにくいから、シルフさんたちにお願いするね」
リュカが宣言して、荒れ地の只中に立つ。
「シルフさん……!」
彼女が手をかざす。
すると、ぼうぼうに生い茂った草木の中を、強烈な風が駆け抜ける。
風が吹いた場所だけが、ぽっかりと口を開いて通れるようになっているではないか。
「風を使ってね、草とかを避けさせたの」
言いながら、先導して歩いて行くリュカ。
俺たちが通過する背後では、徐々に草木が元の状態に戻っていっている。
この復元速度も……ちょっとおかしいな。
まるで、本来元に戻ろうとする力を強化する作用が働いているみたいだ。
「おっと」
俺はいつものノリでバルゴーンを召喚して振り抜いた。
切っ先が、高速で飛来してきた矢を叩き落とす。
「えっ、矢が飛んできてた?」
「うむ。いつもよりも速いな。当てる気が無かったような狙いだから、威嚇だとは思うが。間違いなく魔法が使われている」
「止まれ!」
俺たちが向かう先には、こんもりと生い茂る森がある。
なんというか、明らかに植生が見慣れたディアマンテの木々とは違う。
俺たちに向けて放たれた矢と、声はそこから届いたものだ。
「止まらねば、今度は当てるぞ。以前にやってきた人間たちと同じようになりたいか?」
男の声である。
そして、俺が感じる限り、森からは複数の視線がやって来ている。
「リュカ、エルフの娘さんの気配は?」
「森の奥だよ。あの人たちとは別かなあ」
「ふむふむ。では話はあの連中に伝わって無いのかもしれんな」
「一緒に行こっか」
そういうことになった。
俺とリュカは、恫喝の声をスルーしてもりもりと突き進んでいく。
「こんにちはー!」
リュカが朗らかに挨拶をした。
返答は俺たちを正確に狙って放たれた無数の矢である。
「これはひどい」
俺はそれらに剣の腹を押し当て、矢のベクトルをずらしていく。
だが、こいつら、普通の矢と違って抵抗するのだ。なんというか、風が矢を俺たちに当てようとしてくる。
「シルフさん、めっ」
リュカが頬を膨らませて、虚空に向かって怒ってみせた。
その途端、矢は力を失ってへろへろと地面に落ちる。
森からは驚きの声が上がった。
風の精霊に対する強制力では、エルフよりも風の巫女のほうが上なのだろう。
「風の魔法の使い手か!」
誰何の声が上がった。
「いいえ、風の巫女です!」
リュカが返答すると、向こう側が一斉にどよめく。
「変わった髪の色をしていると思ったら……」
「うわ、俺の連れていたシルフがいなくなってる! あの娘に根こそぎ奪われたぞ!」
「恐ろしい魔法の腕前だな……」
「おい、巫女とは言っても人間だ。森に入れるわけにはいかんだろう」
わいわい、がやがや。
連中の意見は統一されておらんな。
「静まれ! うーむ……」
一喝の後、エルフのざわめきは収まり、長身のエルフが一人、姿を現した。
「今、我らが従えていたシルフが全て、君の支配下に置かれたようだ。このような芸当が出来るものは、我らの長老の他には、風の巫女しかいない」
苦々しい表情だ。
なんだその嫌そうな顔は。
「だが、人間を森に入れる訳にはいかん。神聖なる森は、我らエルフ以外の人が立ち入ってはならんのだ!」
「そこをなんとか」
ノーウェイトで俺が切り返す。
エルフは一瞬、目を丸くした。
「いや、なんともならん……!」
「おたくの一存でしょ。長老連れてきてよ」
「うぬぬ! 貴様、無礼だぞ! よくよく見たら、風の巫女が何故お前のような人間を連れているのだ! それに、先程の矢を捌いた腕前と言い……」
「ユーマは私の護衛です。私は当代の風の巫女リュカ。エルフの方、私のお願いを聞いて下さい」
おおっ、リュカがまともな敬語を使って喋り始めた。
この娘は、その気になればきちんと丁寧な言葉で話すことが出来る。
外国の言語だってすぐに覚えてしまうし、頭の回転は悪くないのだ。いや、時折残念な時があるから、頭の回転にムラがあるのかもしれんな。
「あなたたちの長老にお会いしたいんです。私たちを連れて行くか、さもなくば長老を連れてきて下さい」
「なっ、なんたるっ!!」
エルフの男は激高したのか、咄嗟に魔法を使う。
これは、シルフを使ったものでは無いな。
俺は目配せで、リュカに「任せとけ」と伝える。
バルゴーンを鞘に収めて、
「
エルフの声に応じて放たれた、無数の木の枝に差し向かう。
あ、これ大剣の方が良かったな。
まあいい。
俺は抜刀で第一陣を払うと、返す刀で二陣を切り払う。この時、払いながら木の枝の方向をずらし、別の木の枝にぶつけるのがコツである。
こうすると……。
「なにっ!? 枝と枝がぶつかり合って……!」
飛来する力をずらされて、木々はめいめい勝手な方向に飛ぼうとする。
それが空中で衝突しあい、向かう先は……。
「ぬわーっ」
枝の雪崩に巻き込まれて、エルフの男が転倒した。
「ば、馬鹿な、人間が魔法を破るなど……」
「ね。私がユーマを連れてる理由分かったでしょ。でもそれだけじゃないけど」
リュカがドヤ顔をした。
可愛い。
「ユーレウスがやられたぞ!?」
「ええい、応戦だ!」
「俺たちも魔法を使ってだな……!」
おっ!
エルフどもの闘争心を煽ってしまったか。
仕方ない。連中が魔法を使えなくなるまで相手をしてやるとしようか。
俺は、今度こそバルゴーンを大剣の形に変えると、そいつを構えて攻撃を待ち受けた。
そこに、である。
「待て待て。戦いを止めよ」
落ち着いた男の声がした。
森の中から現れたのは、大変なイケメンエルフである。
「あいえぇっ、長老!?」
「長老なんで!?」
こいつが長老か。
そして後ろには、見覚えのある娘さんがシュンとした様子で付き従っていた。
きっと、後をつけられていることを気付かれて、叱られたに違いない。
彼女には悪いが、お陰でエルフの長老との交渉を開始できるというものだ。
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