第77話 熟練度カンストの到着者
アルマース帝国と言えば、検問されたディマスタンのような大きな街が印象に残っている。
だが、こういう小さい港街であれば、それほど注目はされないものらしい。
俺はおざなりにこの地方っぽい格好をして、てくてくと町中に入り込んで来ていた。
この町で、リュカやアンブロシアとの再会をする予定である。
するりするりと人の間をすり抜けていく。
海辺の港のあたりの……長時間停泊すると金がかかるから、きちんとした港の辺りには、金がある連中の船しか泊まってないはずで……。
「おっ、いたいた」
人だかりである。
アルマースの水夫どもが集まっている。
大方、フリーっぽい女が二人で船に乗っているから、口説きにでも来ているのかもしれない。
おっ!
一人風で吹き飛ばされた。
手を出そうとしてやがるのか。
俺、ダッシュ。
「そら、どいたどいた」
鞘に収まったバルゴーンを使って、水夫どもの人波を掻き分けていく。
「うわーっ」
「なんだなんだ」
「邪魔するな! 俺は美女を一目見にだな……ぐわーっ」
うむ、結局、大半を薙ぎ倒してしまったようである。
半分以上が海に落っこちている。
なんともいたましい犠牲であった。
「ユーマが来たよ!」
そこにあったのは、ほどほどサイズの船である。
ボートよりは大きい。人が眠れる程度のスペースを持った、モーターボート程度の大きさであろうか。
俺の接近に気付いたあのモコモコと布を着込んだのは、リュカであろう。
弾むような動きで分かる。
ボートの上で助走をかけて……跳んだーっ。
「ユーマーっ!!」
「ぐわーっ」
見事な迎撃のダイビングボディプレスである。
背丈の割りに、リュカは色々と実用的なお肉がついていて太ももやら二の腕が太い。あと、お尻も大きい。
ということで、強烈な質量の直撃に、俺はダウンを喫してしまった。
「ユーマ、久しぶり! こんなに長い間離れてたの、初めてだよね!」
何やらリュカからのスキンシップ的なものが激しさを増しているな。
倒れた俺の上に跨って、俺のほっぺたをむにむにしたり肩や胸をぺたぺたしてくる。
「あー……なんか、会えて安心しちゃった……」
ぺたんと、俺の胸に頬を押し付けてくる。
「うむー」
俺も俺でちょっと嬉しくなって、リュカの頭を撫でてやった。
「おーい」
声が掛かった。
一人蚊帳の外であった、普段どおりの格好の女である。
つまり、アンブロシア。
何故君は、このアルマースの地においてそんな海賊っぽい格好をしているのかね……。
顔とか首筋とか胸元とかが見える、海賊ルック。
これは大変、ザクサーン教の男たちには刺激が強い。
男どもが群がっていたのも仕方あるまい。
相手がアンブロシアでなかったら、どこかにさらわれていたかも知れない。
「見せ付けてくれるのはいいんだけどね。こっちはこっちで色々進展してるんだ。とりあえずこの面倒な港から離れたいんだよ。さっさと乗り移りな」
「うい」
「あ、はい」
俺とリュカは顔を見合わせて、ちょっと赤面した。
公衆の面前で見せ付けるようにイチャついてしまった。
だが、このイチャイチャが功を奏したようである。
水夫どもは「ギギギ」「悔しいのう悔しいのう」という顔をして、周囲から離れていく。
現れた俺が、女たちの主と見られたようだ。
中には、海に突き落とした俺に突っかかろうとする奴もいるのだが、フシギな力が働いて、海から上がってくる事が出来ない。
アンブロシアが水の精霊を使って邪魔をしているのだ。
そんな訳で、邪魔な連中が多い港から離れる事になった。
「もうねえ。あんたと離れている間、リュカが大変だったんだよぉ? 毎日毎日、”ユーマは今どうしてるかなあ”とか”ユーマ、ちゃんとご飯食べてるかな”とか”サマラと先にそうゆう関係になっちゃったらどうしよう”とか……!」
アンブロシア、一々可愛らしい声を作ってリュカの言葉を再現するのである。
これにはリュカさん、猛烈に顔を真っ赤に染めて恥ずかしがる。
「もーっ! なんでそういうことゆうの!! アンブロシア嫌い!!」
ぽかぽかとアンブロシアをぶつ。
「あっはっは、痛い痛い! ごめんよリュカ! だって、あんまりいつもユーマの事を気にしてるからさ!」
うむ。
嬉しくもあり、気恥ずかしくもあり。
「あっ、もう出てきてもいいですかね」
ぬっ、何やら人の声がした。
今は港から離れた海の上である。
俺たちが乗っている船は大きさも小さく、俺、リュカ、アンブロシア以外に乗組員はいない。
だが、聞き覚えの無い第三者の声がしたのだ。
「ああ、いいよ。出ておいで。こいつがあんたたちの頭領になる男さ」
「ほーほー。どれどれ。なんだかのっぺりしてますけど、いい面構えですね」
俺の視界に現れたのは、青白い肌をした女性である。
髪の毛にあたる部分が一体化しており、髪というか帽子のような。
目元は完全に人間に近いのだが、首筋には切れ込みのようなラインが入っている。
そして船べりから身を乗り出しているのだが、彼女は半身が海の中。
近づいてみた。
「ああ、どうも。噂は伺ってます。ユーマさんですよね。私はプリムプムパメラです。水の妖精族の代表みたいなものです。プリムって呼んで下さいね」
ちらりと覗けた彼女の胸元は、女性らしい起伏はあるものの、細かな造形は無くのっぺりと。
そのまま下半身へ続いている。
水面にぱしゃりと跳ねた彼女の腰から下は、青白い魚のような姿だった。
ちなみに鱗は無い。
「もしかしてイカですかね」
俺が尋ねる。
「ご明察です。私、ユーマさんともやり合ってますよ」
おっ、何かとんでもない事を言うぞ、このイカ娘。
プリムの姿は、まるでおとぎ話に出てくる人魚姫である。
だが、細かい造形が明らかに人魚とは違う。
人間とは大きくかけ離れた生き物が、人間の造形を真似たような、そんな歪さを感じる。
だがまあ、これはこれで美しい。
青白い肌は、太陽に照らされると真珠色の光沢を放つ。
「クラーケンは、私たちが混沌界へと現れる為の船でもあるんです。クラーケンが壊されて、その中から私たちが現れたわけですよ」
プリムが手を指し示すと、彼女の背後から、何人ものイカ人間が顔を出した。
「いっぱいいるね……。何とお呼びすれば」
「男はマーマン、女はマーメイドと呼んでください」
ほうほう、そのまんまなのか。
彼女たちもまた、ドワーフ同様に異なる精霊の世界からやって来たのだという。
そう言えば、この海は水の精霊王オケアノスが、堂々と闊歩する魔境であった。
常にアータルがいるようなものだから、あちらの世界と繋がっていてもおかしくないのか。
「元々、群島の海は水の精霊界に近かったのさ。だけど、あたしが三つの指輪を身につけて、水の巫女としての力を完全に身につけた。それに、リュカがいたからね。条件が揃って、向こうの世界がこちらにやってきたのさ」
アンブロシアの言葉に、リュカが頷く。
プリムが補足。
「当代の風の巫女は、特別なんです。本当ならば、私たちの精霊界と、この混沌界の別離を司る存在だと言い伝えられているんですけど。彼女が死ぬことで、精霊界と混沌会は永遠に分かたれ、交わることがなくなると。でも彼女が無事に生き残って、水の精霊界と繋がった土地にやってきたのでこうやって……海が水の精霊界に変わった訳です」
なるほど、分からん。
「それからそれから。話は聞いてますよー。ユーマさん、あの火竜と勝負したそうじゃないですか。どひゃー、正気じゃねー! あれ、単体で世界を壊す事が出来る本物の化け物ですよ? うちのリヴァイアサンも”ありえねー、マジありえねー”って言ってましたよ。あっ、うちのリヴァイアサンとも勝負します?」
「そんな、立ち寄る駅ごとにスタンプを集めるみたいに軽く言わないで欲しい」
遠慮しておいた。
というかおいおい。この海にも、火竜みたいなのがいるのか。
「詳しい話はこの子たちの城でやろうかね。さあ、行くよ」
アンブロシアが宣言した。
すると、巨大な泡が水中から上ってきて、この船を包み込む。
泡は物理法則を無視しながら、ゆっくりと水中に沈みこんでいった。
周囲が一面の水に変わる。
それは、俺が過去にテレビで見ていた海の中の風景とは違う。
まず、異常なほどの透明度だった。
まるで地上にいるかのように、遠くまで見通すことが出来る。
水中に一歩入った瞬間から、この辺りは水の精霊界なのだ。
そして、船を取り巻く大量のマーマン、マーメイド。その数は数千人はいるのでは無いだろうか。
彼らの奥で、見覚えがある巨大なイカも悠然と泳いでいる。
中には、下半身が魚のようになった馬を引き連れている連中もいる。
「きれいでしょ」
リュカが俺の肘を突っついて言った。
アンブロシアも頷く。
「なかなかのもんだろう? 水の妖精たちは基本、事なかれ主義でね。無茶を言わなけりゃ、こちらの願いは聞いてくれるって話だった。それがどうだい。あんたが遠くで火竜との勝負で勝ったと言うじゃないか。途端に妖精たちの態度も一変さ。あんたの指示ならば多少の無茶でも従うと来たもんだ」
彼女は肩をすくめる。
そして、ふと首をかしげた。
「……あれ? あんた一人だったかい? もう一人本当なら来ていたような」
「あっ」
俺は思い出した。
エドヴィンを宿に置きっぱなしである。
あの学者、地団太を踏んで悔しがるに違いない。
「後で回収に行こう」
「エドヴィンさんは大丈夫なの?」
「多分大丈夫」
考えない事にした。
そんな俺たちの船が進む先。
水底から突き出した巨大な螺旋が見えてくる。
信じられないほどのサイズの貝殻だ。
これのあちこちが削られ、妖精たちの居住区となっている。
その頂上に、プリムが降り立った。
「うちのリヴァイアサンももうすぐ来ます。顔合わせしておきましょう」
うちのって。
火竜と比べて、随分扱いが雑である。
ともあれ、船は貝殻の上に係留され、俺たちは水竜リヴァイアサンの登場を待つことになるのだ。
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