第78話 熟練度カンストの君臨者

「リヴァイアサンの、おなーりー」


 マーマンが時代がかった掛け声をあげる。


「リヴァイアサンってのは、あいつらの王様なわけ?」


「そうじゃないみたいだよ。なんて言うのかね。相談役? まあ見てな。たまげるからさ」


 アンブロシアが悪戯っぽく笑う。

 リュカはリュカで、ワクワクとした目線で主役の登場を待っている。

 やがて、遠くまで見通せる透き通った水の中、彼方に点が現れた。


 それは徐々に大きくなり、ああ、これはリヴァイアサンの鼻先かと理解した。

 そしてまだまだ大きくなる。

 どんどん、どんどんと大きく……。


 おいおい。

 ついには、鼻先のでかさがプリムの立ち姿と同じサイズに。

 それでもまだまだ遠くにいるらしい。


 どんどんとさらに近づいてきて、とうとう俺たちの船よりも大きくなった。

 そこで、ちょうど到着したらしい。


 顔だけでも、二階建ての家屋に匹敵するほど。

 後ろに続く蛇のような体は、どれほどの大きさがあるのか想像も出来ない。


『我はリヴァイアサンなり』


「わーっ」

「わーっ」

「わーっ」


 水の妖精たちが歓声を上げる。

 リヴァイアサン、満更でも無さそうである。

 なんでこいつらはこんなに仲良しっぽいのだ。


「水の妖精たちは、なんていうか凄く一体感があるんだって。水はどこまで行っても、一つに繋がっているものだから……って」


『そなたが灰色の王であるか。火竜めから聞き及んでおる』


「おっ、そいつはどうも」


 リュカとアンブロシアは、リヴァイアサンとは二度目らしい。

 初めて遭遇した人魚たちは、巫女である二人に対してとても好意的だったそうだ。


 そしてすぐにリヴァイアサンに会ってくれという事になり、かの水竜はフットワークも軽くすぐに出現、意気投合して、それじゃあ協力しようかという話になったのだとか。

 つまり今回の対面、俺とリヴァイアサンの顔合わせ程度の意味しかない。


『そなたはこの世界の理に縛られぬ存在。そなたが介入を果たしたが故に、風の娘は命を救われた。これは世界が辿る運命が、新たな分岐に入ったことを意味する』


「ワイルドファイアも同じような事言ってた」


『これ、あ奴の名をみだりに口にするな。来るだろうが』


「あ、すみません」


『以後注意するようにな。海が干上がったら、我らばかりでなく、海に暮らす人間たちも困ることであろう』


 あの火竜、そこまでとんでもない奴だったのか。


『話は戻るぞ。この時代は、人と精霊が分かたれる別離の時代であった。我らは混沌界から離れ、やがて単なる現象としてしか世界に関わらなくなる、そのはずであったのだ。混沌界は物質界へと変わり、物質を支配する人間の時代が始まるはずであった』


「それが、俺が来た事で変わったと」


並人なみびとであれば、世界の命運を変える事など叶わなかったであろう。だが、そなたは世界が辿る道を明確に変えた。そなたは風の娘を救い、火の王アータルを下し、新たな火の巫女を誕生させ、新たな水の巫女を誕生させた。そしてこの上、土の巫女をも元の位階へ戻そうとしているのであろう。これは何を意味するのか』


 リヴァイアサンはそこで一息入れた。


『我ら、四竜四王は、この流れは止まらぬものと判断した。火竜と火の王は力を持ってそなたを認めた。既に火に属する軍勢は、そなたの望みどおり動いている事だろう。我ら水の者たちは、そなたには従おう。だが、人に対する積極的介入はせぬつもりだ』


「ふむふむ」


『土と風については、そなたが自ら出向き、その地の四竜と話すが良い。まあ、火竜ほど激しい者は他にはおらぬだろうがな』


「あ、はーい。私たちは灰色の王様に協力します」


『えっ』


 プリムがいきなり俺に寝返ったので、リヴァイアサンがびっくりした。


「だって、混沌界の地上って見てみたいじゃないですか。リヴァイアサンだって興味無いですか?」


『むむむ……無いといえば嘘になる。だがな、我にも立場と言うものが……。よし、全員集合!』


 リヴァイアサンが号令を放つと、わーっと水の妖精たちが集まってきた。

 マーマン、マーメイド、下半身魚の馬はケルピーか? クラーケンに巨大海蛇シーサーペントもだ。


 たちまちの内に、この場は満員電車のような混み様になった。

 ぎゅうぎゅうである。

 泡が押しやられて割れそう。


「あっあっ、泡割れちゃう、割れちゃう」


 リュカがハラハラしている。

 仕方ない。


 俺は鞘の先端で、泡の外側にいたシーサーペントをつついた。

 何? という顔でこっちを見るシーサーペント。


「あまりぎゅうぎゅう押されると、泡が割れるからね。そうなると困るからね」


「あたしに任せておきな。そこのあんた! 泡が無くなると、風の巫女が困る事になるのさ。ちょいと船を上に押し出してくれないかい」


 シーサーペント、表情が読めない顔ながら、了解したという風に頷いた。

 巨大な尻尾が、ぺちんと船を上に弾き出す。


 ぷかっと船が浮き上がった。

 おっ、なんかどんどんと上昇していってしまうぞ。

 このままでは水面ではないか。


「出た!」


 リュカの宣言どおり、船はぷかぁっと浮かんでしまい、海上へ登場である。

 ちょうど近くを商船が通っており、


「ぎゃあっ」


 とか商船から悲鳴が上がった。

 そりゃあ、水中から船が上がってきたら驚くだろう。俺だって驚く。

 俺たちが浮上した事に気付いたようで、妖精たちが慌てて後を追いかけてきた。


 それはもう、集団である。

 水中から突然、無数の人影が浮かび上がってきて、しかもそれが全て青白い肌をした人間に似た人間ではない何かなのである。


「ぎょえええ」


 商船に乗っている連中が、こぞって絶叫した。

 ガレー船なのだが、漕ぐ速度が思い切り上がる。


 慌ててこの場を離れて行ってしまった。

 あの速度では、漕ぎ手が何人か死んでるかもしれんなあ。悪い事をした。


「お三方、いきなり浮上されるのでびっくりしました」

「ですけど、一応リヴァイアサンが話をまとめましたので」

「私たちはユーマ様の軍勢に加わって、川を遡上して行動を起こそうかと思います。エルフェンバインでしたっけ?」


 おお、妖精たちに話は伝わっているらしい。


「うん、色々な話はしておいたよ。だから、大体全部知ってるんじゃないかな」


「あたしもフォローしたしね」


 有能な女子たちである。

 そうこうしていると、港から小船がやって来る。


「おーい、おぉーい! ユーマ殿ー!」


「あ、学者だ」


 エドヴィン登場。

 小船を一つ買ったようで、自ら櫂を使ってこちらまでやってくる。

 肉体派の学者だ。


 彼は水面に幾つも浮かんだ、マーマンやマーメイドを見て一瞬ギョッとした。

 いや、あれは驚きに目を見開いただけだ。恐怖心を覚えるような繊細さなど、この男には無い。

 火竜レベルの化け物でもなければ、怖がらないだろう。


「うほおおおおお!? こっ、これはあああああっ!! あ、あなた方が水の妖精族ですかな!? いやあ、全くユーマ殿から連絡が無いので、怪しんで追いかけてみれば! やはり行動というものはするべきですなあ! あっ、君ちょっといいかね! 船に上がって上がって!」


「早速始めたぞこいつ。流石過ぎる」


 俺はしみじみとこのエドヴィンを評した。

 船にマーメイドの女の子を乗せて、色々質問している。


 どうも、精霊界からくる妖精たちは、あらかじめこちらの言葉を使えるようになってやって来ているようだ。

 世界が繋がっているから、人間の世界の言葉も分かるという事なのだろうか。


「それはですなユーマ殿」


 突然学者が俺の思考に割り込んできたぞ。


「俺はまだ何も言ってないのだが」


「聞きたそうな顔をしていたのですぞ。言語に関してですが、ディアマンテからエルフェンバイン、アルマースにおいて使われるそれぞれの言葉は、かつてあった共通言語を基にしていると言われているのです。

 そのため、中心の土地であるエルフェンバインの言葉を覚えてしまえば、これら三国であまり困らずに会話が出来るのですよ。ただ、ネフリティスに近い地方になるとまた訛りがきつくなり、言葉が通じにくくなるのですが。

 そして彼ら妖精は、おそらく古来に存在した共通言語を使っていると見えますな。これは即ち、かつて妖精たちの世界と我々の世界が地続きであった証左となるものなのですよ。大発見ですぞ!!」


「しかしドワーフも普通に言葉が通じたろう」


「あの御仁たちはあまり妖精という外見ではありませんからなあ」


「???」


 リュカが首をかしげている。

 うむ、エドヴィンの話す言葉はちょいと難しいからな。


「何て言うか……。あの学者、本当に学者だったんだねえ。あたしはちょっと見直したよ。言われて見ればそうかもしれないね」


 対して、エドヴィンの言葉に納得しているアンブロシアは、こう見えてなかなか教養があるようだ。

 年の功という奴であろう。


「何かあんた、失礼なことを考えてたろ?」


「滅相も無い」


 勘が鋭い。


「仲良くされているところ失礼ですけど」


 プリムがやってきた。


「明日の朝一で、私たちはエルフェンバイン方面へ向かう予定です。なので、どなたかが先導していただけると」


「あいよ。そんじゃ、あたしがやろうかね。あんたはあの娘と水入らずでやりな」


 アンブロシアがリュカを目線で指し示す。

 リュカは未だ、エドヴィンが言っている事が分からないようで、彼がマーメイドの女の子に何やらまくしたてているのを、首を傾げながら聞いている。


「は、では遠慮なく……」


 俺がリュカのところへ向かおうとしたら、アンブロシアが肩をすくめた。


「もう、そうやって否定しないあたりが憎いねえ。ま、いいんだけどね。あたしはリュカやサマラほど、あんたを男として好きなわけじゃないし」


「えっ」


 期待していた訳ではないが、どこかで期待してしまうのも男のサガというものである。

 なのでこうして否定されるとガーンとなってしまう、繊細な男心。


「あっ、何を悲しそうな顔してるんだい!? あのね、あたしはあんたを、気の合う相方くらいに思ってるんだよ。また組んで、海を荒らしまわってみたいもんさね」


「そうだったのか……」


 露骨にホッとする俺。

 引きこもりだった頃は、人間関係こそ薄かったが、アルフォンスがいてくれたお陰で救われていたような気もする。


 やはりこういうのは大事にせんとなあ。

 しみじみとなる俺。

 そこへリュカがやって来た。


「ねえユーマ。今度は、ちょっと大変なところに行くことになるよ」


「大変なところだって。そいつは一体?」


「シルフさんが教えてくれたの。ディアマンテ帝国に、突然森が生まれたんだって。そこに、強い風の精霊力が集まってるって」


 なるほど、ならば次はディアマンテ。

 ドワーフたちから聞いた話では、そこにはエルフがいるはずだ。


 いよいよファンタジーめいてきたこの世界である。

 しかしよりによって、ラグナ教の本部があるディアマンテか……。とんだ凱旋もあったものだ。

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