第75話 熟練度カンストの挑戦者

 うむ、これはあれだな。

 一つの武器の形にこだわっていてはダメだ。

 俺もちょっと意固地になっていたようだ。


 縛りプレイで相手に勝利する事はプライドを満足させるが、それで勝利から遠ざかってしまっては元も子も無い。

 そもそも今回勝利する目的は、自己満足のためではない。


 いや、俺は自己満足のために戦った事は無いのだが。

 なんて考えていたら、竜の攻撃が来た。


 足元の岩を抉り、吹き飛ばしてくる。

 吹き飛ばす程度の大きさでも、俺にしてみれば巨岩である。

 視界が塞がれる。これは大変まずい。


「しゃあない。チャレンジしてみるか」


 バルゴーンの性能を知ってから、考えはしていたものの、今まで一度もやっていなかったアクションを行なう決意をする。

 やらなかった理由は明白。

 大変難しいからだ。


 だが、これは非常時である。

 それを行なわねば勝てまい。

 よし、勝ちに行こう。


「アクセル」


 ナイフが重剣に変わる。

 俺は飛来する岩に向けて疾走した。

 岩と、正面からぶつかるようにして体ごと、剣を叩き込む。


 インパクトがビリビリと体に来るが、大部分の衝撃は、重剣が岩を砕いてしまう事で逃している。

 それでも残っている岩に、剣が突き刺さった形だ。


 俺はこれを取っ掛かりにして、飛翔する岩を駆け上がった。

 駆け上がりざまにバルゴーンのサイズをナイフに。

 岩の頂上で見たのは、肉薄するほどの距離まで来ている竜である。


 野郎、音も気配も無くなんて速度で来るのだ。

 だが想定済みだ。

 いや、そう来るだろうと思った。


「ソニック」


 ナイフを持ち上げざま、すぐに片手剣へ変化させる。

 足場が悪い。未完成のソニックの型だが、今はこれで充分だ。


 何せ目標はあちらから向かってきてくれる。

 虹の軌跡を描いて刃が抜き放たれる。


『なにっ!!』


 竜の勢いは止まらない。

 俺の剣は、過たず奴の鼻っ柱に叩き込まれる…………。


 という瞬間で、火竜は口元を窄め、ブレスを吐いた。

 小さな隙間から、凝縮された炎がぶっ放される。


 ソニックはこれを切り裂いた。

 だが、これは火竜の攻撃ではない。

 奴はブレスで逆噴射をかけたのだ。


 高速で飛翔した大質量が急制動をすることで、周囲の空気がたわむ。空間に嵐でも吹き荒れそうな程、空気が圧縮されて緊張する。

 これを、竜は翼を使って的確に解きほぐす。


 圧縮されていた空気はバラバラに解体され、ただの強い風となって周囲を吹き荒れた。

 俺は即座に、スタイルを変更する。

 抜ききった刃を曲刀に。


「リバース」


 吹き荒れる風は俺にも向かって来る。

 これを曲刀で受けながら、その一部を火竜に目掛けて流してやる。

 ほんの些細な風の動きだ。


 しかし、翼が完全に制御している空気の流れの中、その風はありえない動きとなる。

 竜が制御していた空気の動きが乱れた。

 かすかに火竜の動作が鈍る。


 戸惑っているのだ。

 その瞬間に、俺が足場としていた岩が地面へ激突した。

 この衝撃を利用する。


 俺は岩が砕け散る衝撃に乗って跳んだ。

 これに超反応した火竜、背びれから幾筋もの熱線を放つ。

 多分考えてはいない。反射的な行動だろう。


「ダブル」


 俺の手の中の剣は、双剣に変化している。

 飛来する熱線の軌道を読みきり、次々に撃ち落しながら火竜へ接近する。


『おおっ』


 漏れた声は、火竜の驚きであろうか。

 歓喜のようにも聞こえた。

 故に、奴は本気を出したのだろう。


 逆噴射となっていたブレスの気配が一瞬で変わる。

 猛烈な炎が一筋に引き絞られる。

 赤いブレスがオレンジになり、黄色くなり、白くなった。


 周囲の空気が焦げ始める。

 ここまで来ると、ブレスはもはやビームである。


 火竜め、よりによってこいつを俺に向けた。

 ここからはアドリブだ。


「ダブル……リバース……!」


 双剣の形を、二振りの曲刀へ……!

 飛来するビームの第一陣を反射。

 次のビームを反射。


 二刀はやはり気が急く。狙いが甘い。火竜へは返って行かない。

 だが、これで火竜はビームも通用しないと判断したらしい。


 故に、実に単純明快な攻撃を放ってきた。

 何の前触れも無く、俺の目の前に奴の爪が出現する。


 理解した。

 この火竜、次元とか空間をぶっ飛ばして攻撃を放つことが出来るのだ。


 攻撃を行なう挙動や、動作を省略して、いきなり結果を相手に叩き付けることが出来る。

 これを食らったら死ぬな、と冷静に思う。

 同時に、最大のチャンスであると思考よりも深い部分で理解した。


「バスター……!」


 思考が加速する。

 目の前に突きつけられた結果よりも早く、俺の思考が型をイメージする。

 展開されていた双剣は、一つの形になった。


 俺の手から離れて、真正面。

 それは大剣だ。


 俺は跳ぶ勢いのまま、こいつを蹴り上げた。

 分厚い虹色の切っ先が……火竜の爪を斜め下から迎え撃ち……それを削ぎ取りながら上へと抜けた。


 次いで起こる衝撃波。

 おっ、今の一撃、音より速かったか。


 と思ったら、俺は衝撃波に煽られてそのままぶっ飛んだ。

 反射的に、バルゴーンを呼ぶ。

 俺の手の中に、大剣が帰ってきた。


 それを盾にしながら衝撃波の中を飛び……。

 地上間近で剣を地面へと叩き付けた。


 着地の勢いを相殺する。

 足元はクレーターになったが。


「ふう……疲れた……」


 俺はそのまま、しおしおっと崩れた。

 尻を上に突き上げた大変お間抜けな格好である。

 だが、これまでに無いほどの精力を使った気がする。


『はははははははは!! 見事! 見事である! ことわりから外れた者よ! そなたは火の精霊の総代たる我の肉体に、見事傷をつけた! 我はそなたを、”竜を殺せる者”と認めよう』


 爪が欠けた火竜、大変愉快そうに目を細めている。

 恐る恐る、と言う感じで亜竜たちが戻ってきた。


 亜竜の一匹が、真っ青な顔をしたサマラを頭に載せている。

 それいいな、乗り物として使えるかもしれん。


「ユーマ様! ユーマ様! 無事で、無事で良かったああああ!!」


 わー、泣くな。

 ……からのフライングボディアタック!


「ぐわーっ」


 俺はサマラを受け止めてまたぶっ倒れた。

 くたびれている所にこの衝撃は敵わん。


「ま、参った」


 きゅーっと俺はのされてしまったのである。


「きゃーっ!? ユーマ様ぁ!?」




 ハッと目を醒ました。

 すっかり夜である。

 ドワーフどもが、昼間勝手に狩った遊牧民の羊を、ジンギスカン的な感じで焼いて食べている。


 お前ら、いい加減に何かを着ろ。

 目覚めて最初に見る光景が、もじゃもじゃ髭マッチョどもの尻だった俺の気持ちを四百文字以内で述べたまえ。


「おっ、英雄のお目覚めじゃ」

「よく寝ておったのう」

「腹ペコか?」

「肉を食え」

「これからわしらの主になる方じゃからのう」


 荒く削り出された金属の串。

 聞けば、適当な岩から取り出した金属を、こいつらがこの場で火を吹きながら鍛えあげた代物らしい。

 そこにはジューシーに肉汁を滴らせる、羊肉が突き刺さっている。


「いただこう」


 細かいことは抜きにして、食うことにした。

 ……ん?

 今、わしらの主とか言ってなかったかこいつら。


「ユーマ様、ごめんなさい……!!」


「ぬわっ」


 いきなり目の前でサマラが土下座したので、俺は驚きのあまり、危うく肉の刺さった串を落とすところであった。


「どうしたのだ。面を上げい」


「は、ははーっ」


 時代がかった仕草で顔を上げるサマラ。

 うわー、もう泣いた跡とか土下座で付いた土とかでひどい事になっている。


「危うく、アタシがユーマ様にトドメを刺したかと思って……! もう、こうなったら死んで詫びようかと……!!」


「アータルから助け出した俺の苦労が水の泡になりますな」


 うむ、羊肉が美味い。

 わいわいとドワーフどもも全裸のまま集まってきて、周囲で肉を喰らい始めた。


「しっかし大したもんじゃのう」

「火竜とやり合うとは、まっこと凄腕の剣士じゃ」

「ありゃぁ剣士とか言う次元の勝負じゃ無かったのう」

「そんな凄い男が晴れてわしらの主かー」

「わしらはいい武器を作るぞー」


 どういう事? という顔をしたら、サマラが説明をしてくれた。


「ユーマ様が火竜の出した条件をクリアしたことで、竜が認めたんです。

 ドワーフたちは、火竜よりも下のレベルの妖精なので、火竜の条件に従うんです。それで火竜が言うには『これより後、火の精霊は私とユーマ様に従うようにせよ』って」


「ほほー」


『目覚めたか』


 声が響いた。

 火竜の声である。

 姿は無いが、きっとどこかで俺たちを見ている。


『では、我が名を教え、巫女が一つだけ我に願うことを叶えてやろう』


 目の前に突然、小さな炎が燃え上がった。

 炎はその中から、赤い結晶を生み出していく。

 そいつは俺の目の前に転げ落ちた。


『その石を砕きながら、我が名を唱えよ。我は赤竜”ワイルドファイア”

 火の力。その権能を有す、炎の主である』


 おっ!

 火竜の協力関係ゲットである。


 ついでに、周囲に亜竜がやってくる。

 こいつらが俺たちに与えられる戦力となるようだ。


『我が眷属も従わせよう。これらは我が血の一滴から生まれる竜の兵士。しっかりと養うように』


 闇の中から、亜竜に続いて出現するのは、人型になったトカゲ、という外見の連中だ。


「リザードマンか!」


 鱗が赤く、恐らくドワーフ同様、火を吐くことが出来るのだろう。

 口の端からチラチラと、炎の吐息が踊っている。

 連中は俺の前にやってくると、一斉に跪いた。


「軍団らしくなってきたじゃないか」


 まずは順調。

 俺が大変な命の危険に晒された以外は、順風満帆である。


「じゃあ、サマラ。一つ頼みがある」


 俺は集まった戦力を一瞥してから、火の巫女たる彼女に告げた。


「はい」


「辺境伯が囚われてから結構な日が経っている。命の危険があるかもしれんし、考えたくは無いがもう死んでいるかもしれん。

 サマラはこいつらを従えて、ちょっと王国に仕掛けてほしい。

 それで、明らかに金属ではなくて、炎に強い鎧を着ている奴がいるかどうかをチェックしてくれ。

 その鎧、ケラミスを身に着けてる奴がいれば、まだ辺境伯は生きてる。

 そして、サマラが従えたこいつらが、少しでも王国の脅威になれば、辺境伯を活かしておく気になるかもしれん」


「分かりました……! アタシに任せて下さい!」


 さて、まずは俺の軍勢による、王国への宣戦布告なのである。

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