第74話 熟練度カンストの謁見人2

「お、お、やる気か?」


 周囲を取り囲む亜竜の群れを、俺は睨みつける。

 どうやらこの竜もどきどもには言葉が通じない。

 故に、戦闘になってしまう危険性も高いのではないだろうか。


 この場合、俺はサマラを守りながらの戦いになる。

 比較的彼女は動けるし戦える方なので、そこまで心配はいらないかもしれない。


 ドワーフどもは諦めてくれ。

 そこまで手は回らん。

 さて、まずはあの翼があるタイプを攻撃して、機動力を奪わねば……。


 俺は思考を戦闘モードへと切り替えていく。

 普段であれば、ノータイムで切り替わる。

 だが、今回ばかりは妙な胸騒ぎがしているのだ。


 亜竜は俺たちを囲んでいる。

 目の前には、俺が打ち倒した亜竜の死骸。

 仲間が殺された状況で、連中が激昂したとしてもおかしくはない。


 だが……。

 何故、動かない?


「ユーマ様、多分、彼ら、待ってるんだと思います」


「待つ……か」


 何を待つ?

 そんなものは明白だ。

 今やこの山は、竜たちの住処である。


 そして彼ら竜の頂点に立つ存在は一つ。

 遊牧民が、ドワーフが語っていた、火竜に他ならない。


『火の巫女か』


 何の予兆も無かった。

 そいつは突然、そして唐突にそこに現れた。


 今まで何も存在しなかった空間が、鮮やかなまでの赤色に埋め尽くされている。

 見上げれば、首が痛くなるような高さに俺たちを見下ろす頭が付いている。


 正真正銘のドラゴン。

 火竜の登場だ。


「そ、そうだよ。アタシが火の巫女、サマラだよ」


『偽者であれば焼き殺しているところだ。が、そなたは本物のようだ』


 黄金の目をしている。それが、細められた。

 竜の放つ言葉は、奴の口から発されてはいない。

 何かよく分からない発声方法によって、竜がいる場所から直接聞こえてくる。


 偽者、本物と言うのは、出会ったばかりの頃のサマラと、今のサマラの違いでは無いかと思う。

 火口石を使って、ようやくヴルカンを召喚できていた最初のサマラ。


 今のサマラは、火口石と一体化し、自らの意思で自在に大量のヴルカンや、炎そのものを呼び出すことが出来る。さらには肉体は人よりも精霊に近づき、いかなる炎でも傷つかず、しかし水によってダメージを受ける。


「火竜、あんたにお願いがある」


 サマラが告げる。

 最初は物見遊山で火竜やドワーフを見に来たのだが、彼らをうちの陣営に取り込むことが出来れば、大きな戦力となる。


 チャレンジする価値はあるだろう。

 そんな俺の思いを、サマラは汲み取っていたようだ。


「アタシたちに力を貸して欲しい」


『我に願うは、代償を必要とする。それを理解しての事か?』


「うっ」


 あっ、サマラが怯んだ。

 火竜は火の精霊力を集約した存在のようだ。

 それだけ、サマラとは親和性が高い生き物なのだとは思うが、どうも言う事を聞かせることが出来ないようだ。


 亜竜でさえ、サマラの支配に逆らったのだ。

 その親玉ならばさもありなん。


『我が従わぬのが不思議か? 我は、アータルと並ぶ火の精霊力の具現。アータルより選ばれて巫女と成ったそなたの上位にあたる』


「なるほどー」


 俺は納得した。

 巫女は、精霊たちに命令する権限を持っている。

 だが、彼女たちが最上位命令権を持っている訳ではないと言う事だ。


 火竜の話が本当ならば、こいつは全ての火に属する存在への絶対命令権を持っている事になる。


「なるほど!」


 エドヴィンも納得した。

 膝が震えている癖に、俺の横に並んで一心不乱に羊皮紙を書き付ける男である。

 大変根性がある。


 ドワーフたちは、ポカーンと口を開けて火竜を見上げ、突っ立っている。

 あいつらはこの場で特に役に立つわけでもないから、放って置こう。


「じゃ、じゃあ、お願いは聞いてくれないの?」


 サマラがちょっと涙目になった。


「サマラ殿、ユーマ殿にいいところを見せるつもりだったのかも知れませんな」


「えっ、そうなん?」


「そ、そ、そんなことないーっ!!」


 慌てて否定してくるサマラ。

 火竜はその様子をじっと見つめている。


『しかし、過去の約定に過ぎない。今は、精霊界が混沌界と通じた前代未聞の時代と言えよう』


「ほうほう。そちらもお困りということか」


 俺は相槌を打つ。

 サマラと亜竜たちが驚いた目で俺を見る。


 この状況、火の巫女と火竜による、一対一のやりとりである。

 そこに堂々と割り込んでくる者がいるとは思ってもいなかったのかもしれない。


『そなたは』


 じっと火竜が俺を見た。

 俺の目が確かなら、火竜は口の端を吊り上げたように見えた。即ち、笑ったのだ。


『巫女よ。面白い者を連れているな。世界の理から外れた、我も知らぬ者だ』


「え、俺?」


「ユーマ様のことですね。なんか、竜の雰囲気変わりました」


『その者に免じて、我に一つ、願いを行なう機会を与えよう』


 パッとサマラの表情が明るくなる。

 ドヤァって顔でこっちを見る。

 可愛い。


 っていうか、何やら俺に免じてってこいつは言っている気がする。

 俺は嫌な予感がするぞ。


『我に一太刀でも浴びせてみよ。さすれば、我はそなたらに我が名を教え、眷属を与え、一つだけ、願いを聞いてやろう』


 ほらぁ。

 火竜は絶対好戦的だと思っていたのだ。


 だって火の竜である。

 暑く燃え滾ってバーニング、という感じがしないだろうか。

 ドヤ顔だったサマラ、笑えるくらい一瞬で、顔色がスーッと青くなった。


「かっかっかかかかかっ、火竜と戦うの!? 無茶! 無茶苦茶! 無理無理無理無理! ユーマ様死んじゃう!!」


「いやいやいや。あっちが譲歩してくれてる訳だから。っていうか俺一人で戦う前提?」


『我の吐息が当たれば巫女も死ぬ』


「俺一人でやろう」


 そう言う事になった。

 炎のブレスなのに当たったら火の巫女も死ぬとか、これもうわかんねえな。

 なんでかなーっと思って、火竜と相対した。


 とりあえずいきなり斬りかかってやれ。

 俺はバルゴーンを重剣タイプに変えながら、肩に担ぐや否や、全力疾走である。


 高山の地形にはもう慣れた。

 戦う分には平地と変わらん。


 姿勢を低くして、体ごと剣で当たっていくスタイル、アクセル。

 ただでさえ体の大きな竜では、この動きは見切れまい。

 そんな風に思っていたわけだが。


「うらっ……っととと!?」


 俺がスイングした重剣が空振った。

 そこに火竜の姿は無かったのだ。

 何か嫌な予感がチリチリと後頭部にしたので、剣を斜めに構えながら一歩横にずれた。


 すると、バルゴーンを掠めながら振り下ろされた爪が大地を割る。

 うわあ、危ない。

 この火竜、でかさで言えば胴体だけでシロナガスクジラくらい。


 翼を広げたら超高層ビルに匹敵する翼幅になり、頭から尻尾までの長さは恐らく五十メートルほどか。

 で。


 こいつ、どうやらこの間やりあった、ラグナ教のノッポよりも遥かに機敏なのだ。

 今は翼を畳み、空を飛ぶ気も無い。


 だがこいつなら飛ぶ必要がある時など、滅多にあるまい。

 この巨体でこの速度、地上でも最強だろ。


『よく避けたな』


 いや、お前が驚いてるのか。殺す気満々か。

 これは、あれだ。


 大剣や重剣はダメだな。死ぬ。


 双剣……は防御できる次元の攻撃ではないから却下。


 片手剣……は機動性がそれほどでもないからいかん。


 刺突剣……で攻撃範囲を狭めるのは悪手。


 小剣……冗談だろ。


 ならば……俺の選ぶ選択肢は一つ。


「はあ!? ユーマ殿、本気ですかな!?」


「ユーマ様ー!! そ、それは無茶ですー!!」


「なんじゃあれ」

「なんじゃいありゃ」

「小さいぞ」

「あれでやるんかのう」

「だが魔剣じゃぞ。どうなるかは分からん」


 俺が選択したスタイルは、ナイフ。

 バルゴーンが取りうる最小のサイズだ。

 本来であれば、刺す事を重視する戦闘スタイルだが、バルゴーンの切れ味ならば振り回しても充分な威力になる。


 もちろん、これほど巨大な相手には刃が小さすぎて、ダメージが大きくは無いだろう。

 だが、今回は一太刀浴びせればいいのだ。

 ならば、最も取り回しがよく、なおかつ肉体に負荷をかけない武器がいいだろう。


『ほう!』


 火竜は楽しげに声を漏らす。


『空けよ』


 奴が一声発すると、亜竜たちがぞろぞろと下がっていった。

 ついでに、亜竜の一匹がサマラとエドヴィン、ドワーフどもを摘み上げて持っていく。


「あれー」


「ふおー」


 避難させてくれたのだろう。

 逆を言うと、これからのやり取りで、確実に他の者を巻き込むと火竜が判断したわけだ。

 気の利く竜である。


 すっかり周囲に誰もいなくなると、竜は満足げである。

 そして唐突に攻撃に移る。


 大地が爆発した。

 竜が蹴ったのだ。


 一瞬、強烈な地震が起こり、山が鳴動する。

 それだけのパワーを込めて、俺に向かって前進してくる。


 俺はまあそう来ると思っていたので、奴が大地を蹴った瞬間に体を寝かせた。

 頭上を衝撃波を伴って竜が通過する。


 俺の体が、通過の余波で巻き上げられる。

 これに逆らわないのがミソである。

 衝撃波に身を任せ、一体となればいいのだ。


 そうするとほら、衝撃波の中を自在に動ける。

 爆発や衝撃波には波長と言うものがあるが、これは生身では大変読みにくい。剣の刃先の振動などで読み、理解して実行する。

 これが俺的にベストなやり方である。


 風に巻かれた枯葉の如く舞い、しかし高速で竜に肉薄する。

 これに対し、火竜は翼の片方を広げて空を打った。

 発生する風。


 やべえ、これ、衝撃波の逆位相じゃねえか。正確に撃って来やがった。

 俺が身を任せていた衝撃波が一瞬で消滅し、俺は着地する事になる。


 そこ目掛けて、鋭い尻尾の一撃である。

 こいつにナイフを一発くれてやれば……なんて刹那のタイミングで思ったが、すぐに思い直して俺は横っ飛びに跳んだ。


 大地を抉る尻尾。

 全身の鱗が変化し、全てが鉤状のアンカーと化している。

 地面が吹き飛び、土砂が舞い上がる。


 ちょうどいい按配である。

 俺は舞い上がった土砂の、大きな塊に向かって跳躍、それらを足場にして駆け上がる。

 土塊が落下する速度よりも、上から新たな塊が降ってくる方が速い。


 次々に乗り換えながら竜の背中に迫る。

 すると、背中には所謂、怪獣の背中の背びれみたいなものがあり、これが真っ赤な結晶なのだ。

 それがピカッと輝き……。


 慌てて俺は、放たれた熱線をナイフで弾き返した。

 角度を操作して、上手く奴の体に当てたつもりだったが、これを火竜、新たに生み出した熱線で撃ち落す。

 攻撃のタイミングを逸して着地する。


「うーむ、強い!」


『そなた、強いな』


 かくして、俺と火竜は再び元の位置である。

 この化け物、どう攻略してくれようか。

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