第67話 熟練度カンストの潜行者

 めきめきと音を立てて、海賊船が崩れ落ちていく。

 残っていた樽の炸裂弾が、サマラの炎によって発火したのだ。


 幾つもの爆発を起こし、船を構成する木々が飛び散る。

 やがて、船は悲痛な叫びのような軋みと共に、ゆっくりと水中へ没して行った。


「ああううう」


 アンブロシアがそれを見ながら、ぼろぼろと涙をこぼしている。

 海賊だったもんなー。愛着はあったのだろう。

 だが、のんびりしている暇は無いのだ。


「リュカ、アンブロシア、頼む」


「はーい! ほら、アンブロシア、今は頑張んなくちゃ!」


「わ、分かったよ……! ヴォジャノーイ!」


「シルフさん、お願い……!」


 二人の呼びかけに応えて、二種類の精霊の共同作業である。

 まず、船を巨大な風の玉が覆った。

 目には見えないが、船から少し離れたところを流れ続ける風が、壁を作っている。


 次に、水の精霊が船の浮力を奪い、水中へ引きずり込んだ。

 イメージとしては、巨大な泡に包まれた船が、水中を航行しているような。


 空気の浮力によって、すぐに浮かび上がろうとする船を、水が押しとどめている。

 時折水面を貫いて訪れる風の矢が、船が入った泡の空気を入れ替える。


「やれるものである」


 俺は自ら発案したことながら、ちょっと感心して周囲を見回した。


「そりゃ、水と風の巫女が協力したんだ。やれないわけがないさ。だけど、とんでもない発想だねえ」


「海の中にいると思うと怖いですけど、綺麗……」


 サマラは目をキラキラさせている。

 この海で起こった冒険は、彼女にとって常に命がけみたいなものだったからな。

 後は、この泡が崩壊しないように注意しつつ、海域を脱するだけだ。


 水上では、崩れ落ちた海賊船の周りに船が集まってきている。

 俺たちが脱出したのかを探っているようだが、周囲に船影はあるまい。

 まさか水中に逃げたとは思わないだろうが、例えばデヴォラなんかは連中の中で一番頭が切れる。まかり間違って、俺たちの逃走手段に気付かれてしまうかもしれない。


「じゃあ、ゆっくりと進行ー」


 リュカの掛け声に合わせて、泡が進み始める。


「どっちに行くの、ユーマ?」


「そうだなあ」


 俺はウーム、と唸る。

 そこまでは考えてなかった。


「ノープランかい。……ま、ここまでの作戦は全部あんたにおんぶに抱っこだったからね。あんた、一国の将軍としても食っていけるんじゃないかい? これだけの策略を使える人間、軍隊なら放っておかないよ」


「ま、軍は実力よりもコネだからな。ユーマは実力こそ確かだが、コネを使ったり根回しをする方向ではからっきしだろう。海賊の参謀くらいがちょうどいいポジションだったわけさ」


 笑いながら言うヨハン。

 彼は彼で、軍隊というものの実情に詳しかったりするようだ。

 案外元々軍人なのかもしれない。


「しかしヨハン、ついてきてよかったのか?」


「何、毒を喰らわば皿までって言うだろうが。構わんよ。俺だって、あれだけ無茶苦茶な事をやったのは初めてだったからな。楽しくなかったと言えば嘘になる。だが、そうだな……」


 ヨハンはぐるりと顔を巡らせる。

 リュカを見た。


 なにっ。

 リュカはやらんぞ。


「太陽の方向から、あちらか。俺は本来、エルフェンバインに行く予定だったんだが、誰かさんが戦争を終わらせたせいで行く理由が消えてしまってな」


 これまでの間に、ヨハンには事情を説明してある。

 エルフェンバインとディアマンテの間で起こった戦争は、俺とリュカが発端であり、それを一日で終わらせたのも俺たちだ。


「なら、責任を取ってもらおうじゃないか。エルフェンバインまで連れて行ってくれないか?」


「それくらいならいけるな」


「へえ、噂に聞いた象牙の王国かい。象牙色に輝く王城と城壁は、西方諸国一の美しさだって言うねえ。一度拝んでみたいもんだよ」


 詳しいな、アンブロシア。


「アタシも知ってる。でも、ユーマ様とリュカ様は、王城までは行ってないんですよね? 確か、どこそこの辺境伯のお世話になったとか」


「おお、ヴァイデンフェラー辺境伯な。ついでだから挨拶に行くか」


「うん、そうだね! そしたら巫女が四人揃うし!」


「おー、ついに揃ってしまうかー」


「揃ってしまうねー」


 サマラの言葉を切っ掛けに、俺とリュカは盛り上がる。

 思えば、辺境伯と別れてから二月ばかりか。長いような短いような。


「ちょっ、ちょっとお待ちよ?」


「い、今巫女が四人って言いました? 四人って」


「うむ。ヴァイデンフェラー辺境伯は土の巫女だぞ」


「えええええっ!?」


「はいいいいっ!?」


 おや……? サマラには話していなかっただろうか。

 いや、話していてもアルマースはずっとゴタゴタしていたからな。覚えていられなくても仕方ない。


「私のお母さんくらいの人なんだけど、あ、私お母さんには会ったこと無いんだけど、でね、色々とお世話になったんだよ」


 おっ、なんか今リュカがサラッと重い事言ったぞ。


「そうかそうか。じゃあ、俺が仕官させてもらえるかもしれないな。その時はよろしく頼むぜ、ユーマ、リュカ」


「なるほど、そういうやり方もあるな」


 ヨハン、世渡りが上手い。

 この場合、俺とリュカが彼にとってのコネになる訳だな。


 手伝ってもらった礼だ。

 それくらいはしてやってもバチは当たらんな。

 そんな訳で、泡はエルフェンバインに向かって進行する。


 だが、進む速度は人が小走りになる程度。

 長時間水中にいると、姿勢もあって腰や背中が痛くなるし、何より排泄なんかが大変不便である。

 ということで、時々島や大陸に寄港しながら行くことになる。


「これから、貴族の人に会いに行くんですよね? こ、こんな汚れた服でいいのかな……。新しい服とか……」


「金は略奪したものがたっぷりあるからねえ。半分以上は船と一緒に水の中だけど。でも、これだけあれば一生遊んで暮らせるさね」


「アルマースに寄ってこうよ! 久しぶりにケバブ食べたーい!」


 女性陣が大変かしましい。

 金もあることだし、少しくらい豪遊してもいいだろうと俺も思う。

 だが、俺もニートとして生活していた期間が長く、自由になる金が無かったので物欲というものがあまりなくてな……。


「最小限買っておけばいいんじゃないか?」


 というヨハンの提言を受けて、着替えを少々、食料を買って、あとは船を小舟二艘とし、連結させた。

 これで男性女性のスペースが作れるぞ。


「もっと贅沢しなよー。お金ならあるんだからさあ」


 アンブロシアめ、金があればあるだけ使ってしまうタイプだな。

 危険すぎる。

 こいつに金を預けないようにしよう。


 かと言って、リュカはお金の価値そのものを分かってないし、サマラは人がいいから、騙されて変なものを高値で買わされてしまいそうだ。

 金の管理は苦手なのだが、俺が持っていくしかあるまい。

 ああ、金勘定が得意な奴が一人欲しい。


「あれ、なんだか食堂が騒がしいねえ」


 アルマースの港に立ち寄り、みんなで飯を食っているとだ。

 何やらわいわいと騒いでいるではないか。


「どれ、こういうのは俺が得意だ。行ってこよう」


 すっかり一行に溶け込んだヨハンが、世慣れた風に人々の間に入っていった。

 おお凄い。ぺらぺら会話をしているではないか。

 なんたるコミュ力だろう。奴がリア充か。


「ほうほう」


 顎を撫でながら戻ってきた。

 何やら、浮かぬ顔だ。


「どうしたヨハン」


「それがな。あまりよろしくない知らせだ。いいか。エルフェンバインの王が崩御したそうだ。それで、息子たる王子が後を継いだ。ここまではいいか」


「うむ。ご冥福をお祈りします」


「それ、ユーマの神の祈りか何かか?

 まあいい。問題はここからだ。その王子ってのは、この間の戦争の事をよく思っていなかったらしい。で、だ。戦争責任を追及すべく、ヴァイデンフェラー辺境伯をその地位から解き、王都へ招集したそうだ。つまり……」


「辺境伯は、もう辺境伯ではない」


「いや、それもあるが」


「えええええ!」


 リュカが素っ頓狂な声をあげた。


「辺境伯さん、どうなっちゃったの!?」


「そこが問題だな。恐らく、次の王は辺境伯を良く思っていない。辺境伯とやらは巫女なんだろう? だが、エルフェンバインはれっきとした、ラグナ教を奉じる国家だ。違った教えを信じる人間が、貴族の地位にいられたのが今までおかしかったくらいだ。ならば、どうなるかは分かるよな」


「アカン」


 俺は察した。

 つまり、あれだ。

 辺境伯の身が危ない。


 俺たちがエルフェンバインを離れている間に、世の中はよろしくない方向へ転がってきていたようだ。


「さらには、だ。エルフェンバインはディアマンテとの国交正常化のために、ラグナ正教会から使節を受け入れることにしたらしい。アルマースでは、今ちょっとした警戒態勢に入りつつあるな。また、ラグナとザクサーンの戦争があるかもしれんぞ」


「きなくさいねえ……」


「戦争……!」


 アンブロシアも、サマラも顔の色を失っている。

 これから向かう場所が、なかなか大変な状態になっているというのは面白かろうはずがない。

 そして、土の巫女だと知らされた相手の苦境。


「ユーマ」


 リュカの言葉は、みなまで聞かなくとも分かる。

 俺も同じ気持ちだからだ。


「よし、助けに行くか」


 実情がどうであろうと関係は無い。

 かくして、俺たちのエルフェンバイン再訪に、戦乱の気配が漂い始めたのである。



――群島の海賊剣士編・了  ……王国の反逆者編へ

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